マイム 455 井戸を掘り当てた喜び

     
     【Mayim Mayim】
     旧約聖書 イザヤ書第12章第3節
    usha'avtem mayim besason mima'yney hayeshuah とか…
     「あなたがたは喜びをもって、救いの井戸から水をくむ」
 
     作曲 : Emanuel Pougatchov Amiran
 
 
     イスラエルの歌や踊りは、
     東欧や南ロシアのものと、区別がつきません。
     
     イスラエルの土地に残ったユダヤ民族は、
     遺伝的に、アラブ人と混血して、
     言語や宗教でも、アラビア語を話すイスラム教徒になりました。
 
     イスラエルと戦争を続けているパレスチナのアラブ人って、
     ユダヤ人とアラブ人との、混血の人たちです。
 
     大部分の、イスラエルの土地を離れた人たちも、
     それぞれの移住先の民族と、混血しましたから、
     血筋の上での、ユダヤ人は、
     すでに、消滅しているのかも知れません。
 
     旧約聖書の言葉がありましたので、
     ロシアやヨーロッパに移住した人たちは、
     ユダヤの祝祭の習慣や、葬送の儀式などを、継承しました。
 
     キリスト教が、旧約聖書を捨てなかったので、
     ユダヤ教は、絶滅しなかったのかも知れません。
 
     古代のユダヤ教やキリスト教よりも、
     中世のマホメットの解釈のほうが、遙かに合理的ですので、
     ユダヤ教徒がイスラム教に改宗するのは、当然です。
 
     日本の人から見ると、
     どうせ、ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も、
     親と子と孫の関係の、近縁の宗派にすぎませんから、
     似たり寄ったりに見えますけれど。
 
     イスラエルの土地に帰ろう、
     というシオニズム運動が、20世紀に起こりましたので、
     共通の言葉として、旧約聖書の言葉から、
     ユダヤ民族の言葉が、人工的に復元されました。
 
     ヘブライ語ですけれど、
     ほとんど、現代アラビア語と、古代の宗教語との、
     折衷かも知れません。
     パレスチナに居残ったユダヤ人の子孫たちが、
     アラビア語を話していましたので。
 
     儀式用の祈りの文言として、旧約聖書の言葉が、
     ヘブライ語によって、伝承されていましたが、
     ギリシャ語の翻訳と、照らし合わせなければ、
     その意味を、理解できませんでした。
     
     歌や踊りなどは、東欧やロシア南部のものと、似ています。
     ジプシーの歌や踊りとも、そっくりですので、
     ユダヤ人って、
     旧約聖書の言葉と、冠婚葬祭の儀式だけが頼りの、
     幻(まぼろし)の民族とも言えます。
 
     GID(性同一性障害)も、
     性転換によって纏(まと)められただけの、
     精神の病気ですから、全体としては、
     影や足のないヒステリーに、すぎないかも知れません。
     
     ユダヤの歌や踊りに触れると、
     ナチスの強制収容所を思い出します。
     滅び行く人たちの、哀愁が漂っていますけれど、
     性転換の喜びにも、
     生殖機能を断って、死んで行く人たちの、
     ものの哀れが、見えるような気がします。
 
     どうして日本人は、学校の盆踊りのように、
     フォークダンスとして、流行(はや)らせたのかしら。 
     悲しい踊りです。
     敗戦直後の進駐軍が、普及させたそうです。
 
     GIDの人って、
     みんなと一緒に、こういう歌や踊りを、楽しめません。
     発達障害の人って、それが多いのですけれど、
     みんなと一緒のことをするってのに、喜びを感じないの。
     むしろ、みんなと違うことをして、褒(ほ)められたいの。
     
     一緒ってのが、嫌(いや)なのですけど、
     たぶん、一緒のことをすると、馬鹿にされるからです。
     生まれた境遇が、そうですと、仕方がないのですけれど。
     たとえば、貧乏ですと、みんなと一緒のことができません。
     お金がありませんから。
     
     だれも助けてくれません。
     みんなと一緒のことをしない、と言われて、非難されます。
     攻撃されます。
     お金がなければ、できないのに…
 
     でも、みんなと一緒って、とても楽しそうでしょう?
     天照大神(あまてらすおおみかみ)って人が、
     天岩戸(あめのいわと)を開いたのは、
     こういう歌や踊りのざわめきが、聞こえて来たからなの。
     裸踊りでしたけれど。
 
     そうすると、GID(性同一性障害)の人たちも、
     自助組織を作って、
     自分たちだけで、楽しめば良いではないかと、思うのは、
     たぶん、間違いです。
 
     駆け出しのGIDの人たちは、ほぼ全員が、そう思います。
     自分たちの仲間を、作ろうってね。
     仲間内のみんなと、競争するように、自滅を急ぎます。
 
     生殖機能を阻害して、自滅したり、
     性別を偽(いつわ)り、自分や人をだまして、
     他人の生殖活動を、妨害することによって、
     喜びに興じたりするのは、精神の病気です。
 
     追い詰められたからと言って、
     精神の病気を、美化してはいけません。
     収容所の中の、ホロコーストを美化するようなものです。
     絶対にいけません。
     悪質な宣伝に、乗ってはいけません。
 
     ゲットーの中のユダヤ人って、
     みんな、焼却処分にされました。
     タイタニックが沈んだときに、
     海に飛び込んだ人は、一人残らず、死にました。
     救命ボートの人たちは、海に浮かんでいる人を、
     だれも助けてくれませんでした。
 
     手を出すと、ボートを沈められます。
     生きる人と、死ぬ人の一線は、神聖で、厳格なの。
 
     犯罪のほとんどは、仲間内の争いです。
     子供のいるGID(性同一性障害)が、性転換を美化するのは、
     子供のいないGIDを、沈めるための、他害行為なの。
     自傷と他害って、同じ病気の症状として、現れます。
     GIDの自助組織って、底辺の社会の、共食いの現場です。
 
     GIDの人は、性別を差別されているから、一緒に踊れない、
     と言います。
     たぶん、違います。
     性別以外の、何かを差別されて、一緒に踊れないから、
     GIDを発症して、性別のことであるかのように、
     自分や人を、誤魔化そうとしているので、ありませんか。
 
     GIDをカミングアウトした時に、
     そうだと思っていたと、みんなに言われたそうです。
     もともと、心の性別の暮らしに、馴染んでいたので、
     みんなに、そう思われていたと、GIDの人は言います。
 
     それも、違います。
     言われたのは、その通りですけれど…
 
     心の性別に馴染んでいたので、そう見られていたのでなく、
     みんなと一緒のことができずに、
     隅っこのほうに、はじき飛ばされていたので、
     みんなから、のけ者にされる生活が、
     染み付いていただけです。
 
     あなたがカミングアウトをしたときに、
     みんなは、そのことを指(さ)して、
     そうだと思っていたと、言ったのです。
 
     心の性別を口実にして、体を自傷する精神の病気に、
     逃げてはいけません。
     生殖を捨てては、いけません。
 
     きっと、生まれつきに変更不能な、
     自分自身のことや、生まれ育った境遇のことなどに、
     みんなと一緒にできない理由があります。
 
     生まれつきの変更不能なことを、みんなに差別されても、
     生殖を捨てずに、家庭を持ってください。
     美容外科に、性転換を注文するのは、
     自分から、収容所に入るようなものです。
 
     自分で、これと言える原因を、しっかりと把握して、
     変更不能であることを訴えて、戦ってください。
     けっして、心の性別に逃げて、生殖を捨ててはいけません。
 
     精神の病気の、多くの人は、発達障害のせいで
     躾(しつけ)を習得するのが、
     たいへん困難で、苦痛でした。
     変な癖(くせ)がついていますけれど、
     性別のことが、苦しかったのでは、ありません。
 
     このビデオは、ドイツのベルリンで、撮影されたそうです。
     井戸を掘り当てた喜びって、
     タイトルに、書いて置きましたけれど、
     大阪の人は、お尻のことを、お井戸と言います。
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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