新緑 450 またヒステリー

横須賀、ありきたりの町の様子。
 
 
わたしは性分化疾患の治療から、
GID(性同一性障害)の性転換に、関わるようになりましたので、
頭が単純に出来ています。
 
患者さんの、証拠のない訴えは、判断を保留しますけれど、
患者さんが、痛い、苦しい、と言うのなら、痛い、苦しい、とします。
そうでなければ、医療が成り立ちませんので。
 
精神の健常な人でしたら、物事を、常識的に判断できますので、
体のごつい女性や、背の低い男性が、性転換をしたいと言えば、
体のごつさや、背の低さのせいで、
みんなの偏見に、晒(さら)されて、
しょっちゅう、差別虐待されて、
いつも、心が苦しいのでないかと、思いやります。
 
子供の頃から、心と異なる体の性別を、苦痛に思っていたので、
体を、心の性別に合わせるために、性転換をしたいと言えば、
もしかしたら、ヒステリーかも知れない、と思います。
 
女の子なのに、男の子のように、体がごついとか、
男の子の背が低いので、女の子のように見えるのは、
思春期よりも後です。
 
体のごつさや、背の低さを、からかわれるだけでなく、
のけ者にされる女の子は、きまって、可愛くないと言われ、
虐(いじ)められる男の子は、おかまといわれますから、
死にたくなるほど、苦痛です。
 
知らない人の間では、異性に間違われるままに、甘んじていると、
少しもからかわれませんので、異を唱えないほうが、無難です。
 
思い切って、異性装をすると、よく似合うので、
みんなに褒(ほ)められます。
引け目に感じて、怨(うら)めしく思っていた体の特徴が、
異性装では、誰にも負けない優越感を惹(ひきおこ)してくれて、
とても気持ち良くなります。
性転換をしたいと思うのは、当然です。
 
それなのに、患者さんは、
思春期以後の、体の見掛けのせいで、性転換をしたい、と言わずに、
思春期よりも前の、子供の頃から、心は異性だったので、
性転換をしたい、と言います。
体の差別に、触れようとしません。 
 
御両親は、思春期以後の我が子が、
体のごつい、男の子のような女の子や、
背の低い、女の子のような男の子であっても、
心を傷つけないように、
そのことを、けっして、口に出しませんでした。
タブーでした。
 
青年期の子供が、自分の心は、幼児の頃から異性だったと言い、
性転換をしたいと、涙目(なみだめ)で訴えると、
親御さんも、この子は性別を間違えて生まれて来たのでないかと、
思いたくなります。
 
そうでなければ、世間の偏見を、
どうすることができると、言うのでしょうか。
 
事実、GIDの味方になり、
SRS(性転換手術)をしてくれる美容外科医や形成外科医が、
偏見や差別の張本人でありませんか。
敵しか、味方になってくれる人が、いないではありませんか。
 
御本人も、御家族も、底なしの無力感に、打ちひしがれています。
藁(わら)にも縋(すが)る思いとは、このことです。
ほんとうに、子供の頃から、異性の心だったと、思い込みます。
命の恩人のお医者は、藁人形の藁みたいなものです。
 
思春期以後の体が、異性に似ていたせいで、
差別されて、遺書まで書いた悔(くや)しさが、
生まれつきの、心と体の性別の、違和感による苦しさに、
置き換わります。
タブーが葬り去られ、記憶が封印されて、思い出せなくなります。
 
ヒステリーの典型です。
わたしの頭って、単純でしょう?
性分化疾患をやっていましたので…すみません。
 
こうして、SRS(性転換手術)を受けたGID(性同一性障害)の人は、
性転換後の性別の社会に、
顔や体の見掛けにおいて、いわゆる埋没が可能です。
 
そして、顔や体の見掛けが、
望みの性別に、似ても似つかないGIDの性転換を、強く支援します。
心と体の、性別の異なる苦しさを、自分も経験したから、と言います。
 
いわゆる埋没の可能なGIDの人も、不可能なGIDの人も、
GIDと診断された後に、統合失調症を発症する確率は、ほぼ同じです。
治癒する確率にも、違いがありません。
GIDの診断時に、統合失調症の発症や、GIDの治癒を、
個別に予想できませんので、申しわけないと思っています。
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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