山茱萸(さんしゅゆ)の茱萸って、グミのことですけれど、
サンシュユは、グミ科でなく、ミズキ科です。
神戸の地震よりも、今回のほうが、
たくさんの知り合いが、犠牲になったかも。
港町の被害が、痛恨でした。
地震のエネルギーは、大きかったかも知れませんけれど、
津波は、10メートル足らずでしたのに…
政府の学者さんは、想定を超える地震の規模と、言いますけれど、
奥尻島は、もっと小さな地震でも、30メートルでした。
わたしは、函館の生まれですけれど、
実家は、造船や製鉄や化学コンビナートなどの、港のお仕事と、
農家や山のお仕事などを、兼業していました。
昔は、大家族が多かったので、一つの屋根の下に、
鉄みたいな人や、馬鈴薯(馬鈴薯)みたいな人や、サリンみたいな人が、
一緒に暮らしていました。
地方の営林局の局長が、
毎日、お役所から、蟹(かに)や鮭(さけ)を、持ち帰ります。
営林局なのに、水産物ばっかり。
山の中の、鉱山の町で暮らしたり、
関西の、やくざや娼婦の町で暮らしたり、
ニューヨークの氷河湖のほとりや、
デトロイトやサンフランシスコで暮らしたり、
インドやアフガンやスーダンや、
リビアやイタリアやロシアや上海などに、出稼ぎに行ったり…
津波の流木や、アメリカの原子力空母みたいに、
横須賀の町に、流れ着きました。
日本のGIDって、せいぜい1万人ぐらいしか、いませんから、
顔を覚えることができます。
全員を一人一人、知らなくても、
誰々の友達や、あの人の出身地や、同(おな)い年の人などを目印に、
ほぼ全員に、津波のように、辿(たど)り着きます。
性転換って、GIDの人たちの顔を知って、
どこそこの誰々さんを、なつかしく思い浮かべなければ、
全体像が見えて来ません。
国会議員が、政治の主張を聞けば、
賛成する政治家や、反対する議員さんたちの、
話し方や人柄や、配偶者や御家族などの、なつかしい思い出が、
心を過(よ)ぎるそうです。
国会議員の定数って、知れていますから、
お互いに、直接にお付き合いのある間柄(あいだがら)なのかしら。
昨今は、世襲に近い実態ですから、
お医者さんに、似ているかも知れません。
議員の親戚同士が、結婚して、与党も野党も、縁(えん)続きなの。
政治家の議論や、選挙の争いと、
一般の国民の人たちが、
個人的に会ったことも話したこともない政治家の主張に、
一票を投ずる気持ちとは、全然、違うかも知れません。
性転換ってのも、せいぜい1万人の、お互いに顔見知りの、
GID(性同一性障害)っていう仲間内の人たちの出来事なの。
けっして、見ず知らずの国民やマスコミの人たちが、
文化や法律や主義主張を振り上げて、
善(よ)し悪(あ)しを、判断するようなものでは、ありません。
性転換って、お互いに、ベッドを共にする人たちの、出来事なの。
1万人の人たちの、一人一人の肌の思い出や、
二人だけの、忘れられない人生の輝きや、
一緒に食べて、旅をした人を、頼みますと言って、
死んで行ったパートナーの言葉などが、
次から次へと、津波のように、襲ってきます。
珠玉(しょぎょく)の想い出を、手掛かりにして、
1万人の人の、具体的な心や生活の、苦しみや喜びに、
辿り着くことができるの。
1万人って、そういう限界の人数ですけれど、
盥(たらい)の中の津波にすぎません。
血縁の婚姻関係を、結んでいるみたいに、
古い血族社会に、浮き沈みしている人たちです。
けっして、マスコミや新聞が、ニュースのように報道したり、
思想のように論評したり、できるものではありません。
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