洗い張り 360 精神症状のプラカード

根津の丁子(ちょうじ)屋っていう洗い張りのお店ですけれど、
屋根の上に、昔の物干し台みたいなのがあって、
伸子張(しんしば)りをして、
鯉(こい)のぼりみたいに、干しています。
 
うちのお母さんも、若い頃は自宅で洗い張りをしていましたけれど、
高校のお友達の家も、洗い張りのお店でした。
よく知っている光景ですけれど、今は専門のお店でしか、見られません。
 
昨日のブログの、エミール・ゾラの 、
"居酒屋" に描かれている洗濯女のお仕事と、似たようなものね。
日本の着物は、縫い目の糸を抜いて、
生地にほぐしてから、お洗濯します。
縮まないように、伸子っていう細い編み棒みたいな竹ひごで突っ張って、
生地を伸ばしたまま、干すの。
 
乾くと、また縫い合わせますから、
自分で着物を縫えない人は、洗うこともできません。
昔の人は、だれでも、お洗濯ぐらい、自分でしましたから、
着物の仕立ても、自分で出来ました。
 
生地をプレゼントされると、
貰(もら)った人は、自分で着物を縫いました。
贈りものには、着物の生地が、喜ばれたの。
 
わたしが、半陰陽の人の、SRS(性別再判定手術)に、
初めてかかわった頃は、
まだ、北欧の船乗りさんから、生地を贈られた女性が、
自分で、洋服を縫って、着ていました。
彼女は、ちんちんを小さくして、女性器を整形して、
女のままで、生きて行くことになりましたが…
 
着物の時代も、洋服になってからの時代も、
お洗濯と育児が、一番しんどい女のお仕事でしたけれど、
とりわけ、襁褓(おしめ)やT字帯ね。
家庭用の電気洗濯機を、世界に普及させた日本人は、
賢(かし)こかった。
ついでに言うと、着物の女性は、パンツを穿(は)きませんでした。
合理的です。
 
この写真のお店って、東京大学と根津(ねづ)神社の間の道を、
東北のほうに歩いて、不忍(しのばず)通りを越えた所にあるの。
昔の藍染(あいぞめ)川のほとり。
根津神社から300メートルぐらいの所かしら。
文京区です。
 
紺屋(こうや)さんでしたけれど、
洗い張りだけが、家業として残ったそうです。
紺屋って、藍染め専門の、染め物屋さんで、
徳島県で生産された蓼藍(たであい)を使います。
 
 
カミングアウトして、裁判所の判決や法律を楯に、
権力尽くで、精神の病気の人の、日常生活の中の、
病気の心を正当化しようとするGID(性同一性障害)の運動は、
たぶん、昔の部落解放運動や、新左翼の運動と、同じ目に遭います。
 
部落解放運動も、自分は被差別部落出身なのだって、大声で叫んで、
特権のように、カミングアウトしました。
部落解放の、錦の御旗を掲げて、
職場での立場を、確保しようとしましたけれど、上手く行きました?
 
そんな、一時の流行を、法律の後押しで叫んでも、
職場の日々の人間関係は、築けませんでした。
引っ越しをして、転職して、
普通の人のような顔をして暮らせば、
部落差別から逃れることができました。
 
部落差別って、いわれの無い社会的な差別ですけれど、
GID(性同一性障害)の人にも、
極貧の生まれの人や、資産家の生まれの人や、
在日韓国朝鮮の人や、その子孫や、未解放部落出身の人などが、
少なくありません。
みんな、生まれつきの社会的な差別です。
 
GIDっていう精神の病気は、かなり違います。
新左翼の運動って、性転換に比べると、桁違いに大きな流行でした。
世界的に、猫も杓子も、青年は左翼運動に、身を投じましたけれど、
日本では、東京大学の安田講堂が落ちてから、
いっぺんに、世間の雰囲気が変わりました。
マスコミが寝返ると、学生もしらけました。
 
就職しないと、いけないもんね。
いつまでも、新左翼の雰囲気に漬(つ)かっている人は 
過激派と呼ばれて、マスコミから唾(つば)を吐かれました。
昨日までと、大違いです。
 
そう言えば、神戸の新興やくざが、麻薬撲滅運動ってのを、
全国的に起こしたことがありました。
進歩的な文化人や、左翼の政治家が賛同して、警察も後援しました。
でも、関東の伝統的なやくざは、面白くありませんでしたので、
やくざ同士の殺し合い事件が、頻発しました。
 
関東のやくざって、保守系の政治家の、
出身母体のようなものでしたので、
左翼政党が負けて、保守政党が勝って、警察が寝返りました。
その日から、警察は、関西のやくざを指(さ)して、
暴力団という新しい言葉を、使うようになりました。
マスコミも寝返ったの。
 
その後、関東のやくざのことも、暴力団と呼ぶようになったので、
左翼政党の力が、完全に無くなったわけでは、ありませんが、
まだ子供ながらも、わたしは、
大人たちの、仁義無き戦いに、呆れ返りました。
 
昭和30年代後半と、記憶しています。
神戸のやくざの、田岡っていう親分と、市川房枝って人が、
一緒に、麻薬撲滅の横断幕を掲げて、デモ行進していました。
当時は、やくざの親分って、自治会の会長さんみたいなものでしたから、
親分さんの冠婚葬祭には、かならず、
地元の警察署長や、市長さんや、議員さんなどが、出席しました。
土地の顔役なの。
 
市川さんって、婦人運動をやっていた人で、国会議員もしていました。
麻薬撲滅運動ってのを画策したのは、田中清玄って人で、
ようするに、やくざの世界を、全国統一する狙いで、
自分が、操りたかったの。
田中さんって、共産党の書記長だった人で、
戦前に逮捕されると、あっさりと転向して、
共産主義から足を洗いました。
戦後はスターリンの意向を、昭和天皇に伝える役回りでした。
 
後の、オイルショックの時に、欧米の大手石油資本を通さずに、
アラブと日本の、石油の直接取引を開拓した人です。
 
反対陣営の、関東のやくざって、笹川良一って人が、牛耳っていました。
船舶協会を作ったモーターボートの人で、
漢奸罪で銃殺された川島芳子の恋人でした。
 
川島芳子さんって、
清朝の愛新覺羅(あいしんかくら)っていう王家の娘さんで、
東洋のマタ・ハリとか、男装の麗人とかって言われた人です。
僕は男として生きて行くって、言っていました。
政治家では、岸信介って人が、関東のやくざの後援者でした。
 
1970年前後に、SRS(性転換手術)を受けた日本のMtFの人たちって、
田中清玄さんに面倒を見てもらっていたの。
彼は、赤坂の料亭組合を作ったぐらいの人でしたから、
そっち方面に詳しかったの。
 
田中さんや田岡さんって、新左翼の過激派を匿(かくま)ったり、
部落解放運動に、お金を出したりもしていました。
戦後の闇市を仕切っていた在日韓国朝鮮人の新興やくざを束ねて、
港湾労働者の全国組合を作りました。
婦人運動と手を組むぐらいだから、
MtF(male to female)のGIDを後援したのも、わかるでしょう?
 
わたしの血縁の人も、造船や海運に手を出していましたので、
経営者としては、笹川って人にいい顔をして、
沖仲(おきなか)や労働組合の対策では、
田岡って人に、頭を下げていました。
当時のMtFのうちでも、お肉の輸入をしていた人たちは、
部落解放同盟の枠を分けてもらっていたので、
田岡って人に、お金を払っていたと思います。
 
でも、MtFの人って、現金で、
田中さんよりも、岸さんや笹川さんのほうに、
人間的な魅力を感じるなんて、言っていました。
二股(ふたまた)を、掛けていたの。
関西のやくざが、暴力団と呼ばれても、別に慌てずに、どこ吹く風で、
安田講堂が落ちても、ステテコしゃんしゃんって、踊っていました。
 
     GID(性同一性障害)の病気では、引きこもりが大敵なの。
     できるだけ、みんなが手を引っ張ってあげて、
     網を持ってあげると、墜落せずに、網に救われます。
     御本人は、放っておいて頂戴って、言いますけれど。
     
     カミングアウトして、
     マスコミの吹聴するGIDを美化する運動に乗って、
     法律を楯に、叫びまくって生きて行こうって言うのも、
     みんなと、たくさんの関わりを持つ手かも知れませんけれど、
     プラカードを掲げて、日常生活をしようってのは、
     長続きしません。
     心を見透かされて、浮き上がってしまうだけです。
     
     安田講堂の後の過激派なんか、連合赤軍や日本赤軍や、
     成田空港の反対運動や、国鉄の労働組合って感じですよ。
     ごねて、暴れて、働かずに、
     法律やスローガンだけで、甘い汁を吸おうとして、
     みんな沈没しました。
     三島由紀夫って人の、割腹自決なんてのも、その一種です。
 
     この人たちに共通しているのは、
     日々の暮らしの人情の機微に、入って行けないの。
     駅長を吊し上げて、
     エロ漫画を読みながら、電車を運転しているのに、
     天下国家のスローガンを、額(ひたい)に貼り付けているの。
     中国の文化大革命の、紅衛兵みたいなものね。
      
     そんなことに、かまけていたから、
     みんなと一緒にお仕事をする家庭的な雰囲気に、
     戻れなくなってしまったかのように、口実を作ります。
     結果として、浮き上がって、
     日々の暮らしに戻れなくなってしまったみたいにね。
 
     でも、最初から、それが目当てで、
     わざとスローガンを掲げて、カミングアウトしたのですよ。
     結果的に、そうなったのでなく、計画的犯行なの。
     ヒステリーって言います。
 
     みんなと一緒にやって行けなくなる前に、
     自分から先手を打って、
     カミングアウトをして、口実を作ろうとします。
     精神の病気のせいで、みんなのやることが、できません。
     だから、自分から跳ね上がって、
     性転換をカミングアウトするの。
     心の性別のせいだって、騒ぎ立ててれば、
     精神の病気を、覆い隠せるでしょう?
  
     陽動作戦とか、カムフラージュとか、煙幕を張るとか、
     隠れ蓑とかって、言います。
     ダミーの症状ね。
 
     プラカードに掲げられた心の性別っていうスローガンに、
     まんまと騙(だま)されるのは、マスコミや政治家のように、
     日々の生活から浮き上がっている人たちだけです。
     浮動票みたいに、霞(かすみ)を食べて生きている人ね。
     遊び人って言うか、やくざのお仲間です。
 
     実際に、地べたで、GIDの人と一緒に暮らしていれば、
     だれも、だまされません。
     そんなGIDのカミングアウトや性転換の運動は、
     昔の新左翼の過激派や、部落解放運動と同じようなものなの。
 
     足元をすくわれそうになると、
     自分から先に、辞表を出さざるを得なくなります。
     飛行機を乗っ取り、北朝鮮に亡命するのも、
     お腹に日本刀を突き刺して、首を切り取ってもらうのも、
     GIDの性転換と、似たようなものです。
 
     みんな、乳幼児期の軽症の発達障害と、
     服装の中性化や、性行動の異常や、家族制度の否定などが、
     共通しています。
 
     できるだけ、たくさんの人に網を持ってもらって、
     たくさんの人にかかわってもらい、
     引きこもらずに、たくさんの人に助けてもらって、
     みんなと一緒に暮らして行くって、
     精神の病気の人には、いちばんいい方法なの。
 
     患者さんの言葉って、事実と異なる精神の病気の症状なのに、
     そんな言葉を着飾って、
     心の性別や、カミングアウトや、SRS(性転換手術)を、
     美化していたのでは、
     昔の過激派と、同じ轍(てつ)を踏みそうな…
 
三島由紀夫って人の人脈に近い小説家に、川端康成って人がいて、
ガス管を咥(くわ)えて、死にましたけれど、
"伊豆の踊り子"や、"雪国"って、
御本人みたいな人が、小説に登場します。
 
伊豆の湯ヶ島や、越後の湯沢っていう温泉町に投宿して、
小説を書いていますから、
描かれている風景に、日常生活がありません。
 
旅行者の優雅な目ですから、日本情緒あふれる建物を描いても、
所詮は、旅館みたいなものかしら。
御自宅も、高級料亭のような趣味でしたけれど、
日常生活が立ち行かなかったみたい。
 
福島県の大内宿や、長野県の妻籠宿(つまごじゅく)などにも、
昔の宿場の民家が残っていますけれど、
映画のセットみたいな感じがします。
 
わたしの子供の頃って、
田舎は、茅葺きや藁葺きが普通でしたから、
こんなに綺麗でなかったって、覚えています。
岐阜県の神岡ってところで、育ったの。
 
嘘の塊(かたまり)みたいに、展示された日本情緒が、
旅館や町並みに、残っているように、
川端や三島って人の小説を読むと、
自殺も無理からぬことと、わたしは思ってしまいます。
 
GID医療も、それかしら。
旅館や、町並み保存地区みたいな、心の性別。
ガス管を咥えて、お腹を切るのでなければ、
水商売や芸能人の人みたいに、
性転換を売り物にして、お金儲けに精を出さないと、
生きて行けないかも知れません。
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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