梨(なし)の冬芽です。
葉を落とした樹木って、冬は、冬芽や樹肌を見て、識別します。
品種までは、わかりませんけれど、おちんちんみたい。
ゆうべの夢の中で、わたしは、
どんぶりばっちゃ、浮いた浮いた、ステテコしゃんしゃんって、
歌っていました。
1970年頃に、SRSを受けたMtFのGIDの、赤坂の芸者さんが、
この都々逸(どどいつ)を歌いながら、踊ってくれましたけれど、
精神は、体の世話をするためにあります。
体の世話ができなくなると、精神の病気です。
体が体の世話をするためのコミュニケーションが、
他の個体と、コミュニケーションをする時の、共通の規格でしたら、
精神として解釈されると言うことですが…
精神の病気って、精神として解釈され難(がた)く、
体と体の独自のコミュニケーションを、他の個体に発信するので、
体の病気でないのに、
結果として、体が体の世話をインチキして、体を壊すようになると、
精神の病気とされます。
他の個体の体を、壊す人もいますけれど、
たいていは、犯罪と言われます。
体が体の面倒を見る機能に、異常があれば、精神の病気とされます。
体や脳の器質に、原因となる病変もないのに、
他の人の体に危害を加えるのを、犯罪でなく、
自分の体が、自分の体の面倒を見る機能に、低下があると見て、
精神の病気として、社会が連帯責任を持つ優しさは、
日本の人が世界に誇るべき素晴らしい文化です。
欧米の猿真似(まね)をしなくても、よろしい。
欧米でしたら、言葉も通じない異民族が、
自滅する病気に罹(かか)れば、喜ぶべきです。
民族を超えようとした新約聖書のキリスト教は、
生殖拒否を、精神の病気として忌避せざるを得ませんでした。
嘆きの表現ね。
同性愛差別になりました。
日本人は、同族社会ですから、みんな、言葉の通じる血縁です。
精神障害者を間引くのは、自分で自分を間引くようなものです。
病気でも、みんなで工夫して生きて行かねばなりません。
それが、大昔からの、人類の文化を作ってきました。
病気の人ばかりが、生き残って、健常な猿は、絶滅しました。
毛皮の皮膚を持った健常者なんか、絶えてしまったでしょう?
欧米の考え方とは正反対の歴史が、人類の進化を支えて来たの。
日本に、その文化が残っています。
キリスト教は、生殖拒否の精神の病気を、忌避すべきでなかった。
病人を毛嫌いするのは、イエスキリストの考え方に矛盾しています。
健常な人も、老化すると、体の世話が難しくなりますので、
若く元気なうちに、子供を育てて、備えます。
体が死んでも、子供がいれば、若返ったも同然です。
世代交代します。
若く、体が元気なのに、生殖を拒否して、世代交代をしないのは、
体の世話をしないのと、同じですので、精神の病気と言われます。
体の世話どころか、体が元気なのに、わざと傷つけて、
体の世話をしようとするのも、精神の病気です。
自己同一性と、免疫機能に似た自他識別の境界性が、
自我機能の、二つの目玉であると、言いました。
子供を生んで、育てて、世代交代するには、
自己同一性だけでなく、
自分と他人との境界を、調節しなければいけません。
お腹(なか)の中の赤ちゃんが生まれて、
一つの体が、二つになるのですから、当たり前ですけれど。
自他の境目(さかいめ)って、固定されていませんから、
どこに境目を設定するかが、自他識別の境界性の機能です。
免疫機能に似ていますが、自我機能の目玉の一つです。
生殖を拒否して、健康な体を、わざと自分で傷つけて、
傷ついた体の世話をするって、自我機能が低下しています。
精神の病気なの。
老化した体や、病気の体を世話するって、
どの個体にも共通の、生まれつきの、一律の自動行動では、
ありません。
個体の特殊性に応じて、臨機応変に行動します。
精神って、そのために自覚されます。
自己同一性と、自他識別の境界性っていう自我機能ね。
いくら個体それぞれの特殊性に応じて行動すると言っても、
どうせ、一定のプログラムに、その都度、数値を入力して、
その答えの通りに、行動するだけなので、
自動機械と同じでないかと、思うかも知れません。
そうなの。
でも、生物のプログラムって、変わります。
情報に応じて、神経細胞の形が変化するの。
よく使うと、神経伝達物質を受容する神経細胞の樹状突起を、
千手観音みたいに繁茂させて、
その先端の受容体が幅広くなります。
使わないと、アポトーシスみたいに、自分から破壊されるの。
男性の朝立ちみたいに、使わずに封印されていても、
毎朝、試験的に電気を通して、アポトーシスを防ぎます。
それを怠れば、GIDの生殖機能のように、破壊されます。
性ホルモン剤を使っているから。
自我があるから、昨日の経験も、一年前の経験も、
今現在のことも、ぜんぶ同じ個体の出来事であり、
けっして、それぞれに違う個体の出来事でないと、
理解できます。
自己同一性の機能ね。
この個体の経験も、
70億人の経験も、1万年前の人の経験も、
この個体の昔の経験のように、
現在の状況に応じて、将来の行動を見積もるための、
基本資料として、利用できることを知ります。
情報の規格が共通なの。
コミュニケーションによって、他の個体の経験記憶も、
この個体の経験のように、客観的に使えます。
自他識別の境界性の機能ね。
自我機能って、みんな一緒っていう協調機能のことなの。
昨日の自分と、今日の自分とが、違う自分でしたら、
昨日の行動と、今日の行動が、バラバラになってしまい、
責任っていう考えが、出てこないでしょう?
昨日の行動の責任を、今日の自分がとります。
同じように、あしたの自分も、あさっての自分も、
協調しています。
手と足が、ばらばらに動いていたのでは、
うまく行動できません。
協調させて、一つの行動に纏(まと)めるでしょう?
この個体の行動も、他の個体の行動も、協調させて、
一つの行動に纏(まと)めなければ、
みんなと一緒に生きて行けません。
みんなと一緒でないと、
70億人が食べて行く食糧さえ、生産できません。
みんなで、同じ品種のお米を作り、みんなで改良したから、
熱帯のお米を、日本のような寒い土地でも、作れます。
みんなで、力を合わせて機械を作ったから、
田植えや稲刈りも、機械でできます。
みんなで用水路を作って、みんなで井戸を掘ったでしょう?
お水がなければ、日本でお米なんか、作れないもんね。
サモアの人は、うまいことを言います。
蛇口をひねるたびに、あなたの顔を思い出すでしょうって。
簡易水道を作ってくれた日本人に、
お礼(れい)の言葉を述べたそうです。
サモアの人って、アメリカインディアンみたいに、
日々の暮らしの言葉が、こういう洒落た表現なの。
周恩来って人も、日中国交回復のセレモニーの席で、
水を飲む時は、井戸を掘った人のことを忘れないって、
言っていました。
みんなと一緒でなければ、
たぶん人間って、一人も生きて行けません。
だって、言葉がなければ、知能もないでしょう?
手話でも、記号でも、なんでも構いませんけれど、
とにかく、言葉を知らなければ、
人間の知能って、ミミズぐらいの賢さです。
この体さえ、治(おさ)められません。
言葉って、自分一人で発明しても、役に立ちません。
みんなに通じる共通の規格や、
約束事の塊(かたまり)みたいなもの。
法律なの。
みんなで作る議会があって、
わたしたちが、井戸端でお喋(しゃべ)りしているのは、
その議会の発言なの。
言葉の使用そのものが、
言葉っていう法律を作る議会の発言です。
法律って、法律に使われる言葉の意味を、
どうして、定義するのかしら。
その定義に費(ついや)す言葉の意味は?
わたしたちの日々の生活って、その現場です。
使用そのものが、言葉の定義ですから、
人間が生きるって、GIDや統合失調症の人の主張とは、
かなり違うって、わかります。
病気の精神で生きて行くのは、茨(いばら)の道です。
イエスキリストという人は、それを望んだはずなの。
心って、体の面倒を見るためにあるって、覚えておいてください。
そういう考え方があるってね。
目的論で申しわけありませんけれど、
本能ってのも、目的論でしょう?
個体が生きるためとか、世代交代するためとかね。
目的を示して、日常感覚で生物を理解するって、便利なんです。
アリストテレスの発見かしら。
彼は、物体の力学的運動や機械的変化にも、
目的があると、理解しました。
アインシュタインの相対性理論も、一理ありますけれど、
ニュートンのような、天体の運動の仕方のほうが、
庶民的で便利でしょう?
ニュートンの運動の法則って、
もちろん、アリストテレスの考え方を継承しました。
わたしは、アリストテレスの古典的な論理よりも、
記号論理のほうに、馴染みがありますけれど、
ウィトゲンシュタインやラッセルも、
やっぱり、アリストテレスと同じ形式論理です。
ヘーゲルの弁証法よりも、
空間や時間の日常感覚を、よくなぞっています。
心のことも、性転換のような、逆立ちした弁証法的な観念論よりも、
アリストテレス風の、実用的な医療が、着実かも知れません。
心って、体の世話をしています。
心のために、体を手術するって、あくまで心の病気の治療です。
けっして、自由な美容手術でありません。
生殖が絡(から)んでいるから、
仕方なく精神の病気にしておくのでなく、
手術という医療を受けるから、仕方なく病気なのでなく、
心の性別が、体と違うと言って、
性ホルモン剤や、体の手術を求めて、生殖機能の阻害を望むのは、
絶対的な、心の病気と、わたしは思います。
性転換医療全体が、オカルトのような気がするの。
治療を受けるのが、ヘーゲルの観念論なら、
医療を行なうほうも、マルクスの弁証法だったりして。
一人が雄牛の乳を搾(しぼ)れば、
もう一人が、笊(ざる)で受ける感じね。
どちらも、滅び行く人たちのような、気がしてなりません。
ヘーゲルやマルクスの弁証法って、オカルトだったみたい。
オウムやナポレオンやヒトラーやスターリンを、思い出すの。
性転換医療の間違いって、たぶん、それです。
ただの感じですから、後日、釈明しますけれど、
性転換って、昔の新左翼の運動にそっくり。
どこぞの総理大臣がやっていた運動ね。
わたしは、精神の病気の人の、体のことが心配です。
苦しさは、お薬や脳内麻薬や、お酒や手術などによって、
感じなくしてしまうことが、可能なの。
でも、苦しいのを感じるって、体の世話をするためです。
GIDって、教科書みたいに、精神の病気の典型って、わかります?
結局、世話をされずに放棄された体が、犠牲になります。
けっして、新聞のような、美談でありませんけれど、
なんとか、切らずに、おいしい実をならせたい。
梨(なし)の木のこと。
病気だからと言って、切るのは簡単ですけれど…
0コメント