なんという品種か知りませんけれど、
今頃まで、実がついているのは、すごく珍しいような…
晩生(おくて)でも、11月が最後と思っていました。
GIDを書くと、妄想についての質問や反論が多く、
質問のほとんどは、「心の性別は妄想でないか」、
反論のほとんどは、
「心の性別を理解できないのは、頭の悪い差別主義者だ」
ってな感じです。
妄想と、妄想みたいな、すれすれのところって、
はっきりと、しません。
どうせ、妄想の定義って、文学的でしかありませんので、
言葉を議論しても、埒(らち)が明きません。
精神の病気では、妄想よりも、客観的に測れる症状のほうを、
診断の決め手にすることが、少なくありませんが、
妄想って、目立ちますので、ひどいのがあれば、
他の症状の検査をするまでもなく、病気とわかります。
統合失調症の急性期の症状では、
お薬が入っていなければ、検査を拒否しますし、
精神運動興奮がひどければ、緊急に対処する必要がありますので、
検査もへったくれもありません。
「脳味噌に受信器を埋め込まれた」と言い、
「明日の朝になれば、処刑される」と、怯(おび)えながら、
包丁を構える人がいれば、とりあえず、検査は必要ありません。
たぶん、包丁を構えて、命懸けになると、気持ちが大きくなり、
他人に自分の被害を訴え、正当に自己防衛しなければいけないと、
思っています。
命懸けになればなるほど、恐怖がなくなるって、
ルバングの小野田寛郎さんも、言っていました。
包丁を持って、エスカレートすればするほど、気持ちが楽になります。
もう怯(おび)えません。
無実の罪で、今にも処刑される、と確信している人でしたら、
命懸けで暴れるのは、確かに正当と、思い込んでいるはずです。
ブルックリンのチェースマンハッタン銀行に、
GID(性同一性障害)の連れ合いの男が、強盗に入って、
人質を取った事件も、
ベトナムの戦場で使っていた自動小銃を構えて、
破れかぶれの気持ちだったのかも知れません。
こういう連れ合いと、GIDのMtFとが、一緒になるのは、
現在の日本も、同じです。
天才と精神の病気とは、紙一重と言われていますけれど、
犯罪とも、カップルです。
騎虎の勢いで、イケイケの気分になっていますので、
見境(みさかい)がつかずに、攻撃的です。
それは間違っている、妄想だと、言ってあげれば、
刺されます。
ひどくなると、
いちばん親身に世話をしてくれている母親のことを、
自分に危害を加える得体の知れない何者かが、
母親に化けている、と思い込み、
真っ先に刺し殺してしまいます。
もっとひどくなると、母親の顔がわからずに、
ゲゲゲのろくろ首(くび)の女のように見えたり…
わたしも、包丁と格闘した思い出がありますが、
恥ずかしいので、省略します。
ろくろ首って、首が長ーく伸びる伝統的な女のお化けです。
ゲゲゲの人が詳しいので、質問はそちらにお願いします。
わたしは、ろくろ首でありません。
患者さんは、数日で精神運動興奮が鎮静して、
入院から二週間後に、昏迷からも脱して、
すっかり、気持ちが落ち着くようになりました。
お薬の副作用のせいで、手先が震え、
まだ舌が縺(もつ)れるうちに、
今度は妄想が、ぞろぞろと出てくるようになりました。
魚釣りの餌にするミミズって、お店に行くと、
毛糸の塊(かたまり)みたいなのを、売ってくれます。
にょろにょろが、何百匹も何万匹も、
手鞠(てまり)みたいに、縺(もつ)れ合っているの。
そういう脳味噌ね。
3ヶ月ほどで、保護室に入ることもなくなり、
妄想を言わなくなりましたが、
たぶん、妄想は無くなっていないと思います。
心の中で、絶対に間違いないと確信していますが、
人に言うと、変に思われて、精神病でないかと疑われるから、
人に言わなくなっただけです。
人に言わないものを、あれこれと詮索しても、
仕方がありませんので、
今でしたら、各種検査が済んで、この状態になれば、
初発でも、退院の運びとなります。
何度も入院を繰り返している人でしたら、
1ヶ月で退院できると思います。
母親のろくろ首を刺した患者さんは、
よその精神科に通院中でしたけれど、
昔でしたので、1年半ほど、入院してもらいました。
人と普通に、明るく元気にお話ができるようになりました。
心の中で、妄想を確信していたのでは、
物事の判断が変になり、独断専行や独善が多くなります。
だんだんと周囲の人から、疎外されるようになり、
孤立して、人とのお話ができなくなると、また症状が悪化します。
妄想を隠している人は、判断の理由を問われた時に、
嘘をつかなければなりませんので、
たとえ説得力のある嘘をついても、
言葉と行動が、矛盾して来るかも知れません。
人格障害の状態とも言えますが、
昔は、人とのコミュニケーションが、円滑にできるようになるまで、
長期入院する人が、珍しくありませんでした。
お薬の副作用も、大きかったしね。
今は、精神運動興奮が鎮静すれば、妄想を人に訴える状態でも、
家族と一緒に暮らせるように、退院してもらいます。
御家族のいない人は、長期入院になります。
人格障害の状態って、GID(性同一性障害)も、それと言われています。
GIDを、統合失調症の希釈液と見る考え方ですけれど。
統合失調症の軽いのが、人それぞれの性格や生活状況などによって、
さまざまな症状として現れます。
その一つがGIDである、とします。
その考え方に、あまり賛成しませんけれど、
決定的に否定する根拠もありません。
どうして、人に言わない妄想を持っていると、わかるかと言うと、
今度、入院した時に、気持ちが楽になり、
たくさん、妄想を喋ってくれる人ですと、妄想の中身から、
前回に退院した時にも、妄想を持ち続けていたと、わかります。
精神科の医師に対して、妄想を言うのでなく、
一般の人に対して、妄想の中身を、こらえきれずに、
本当のことのように確信して、初めて言ってしまうことを、
カミングアウトと言います。
一般の人は、患者さんのカミングアウトによって、
初めて、精神の病気と知りますが、
カミングアウトの前から、
それらしき変なことを洩らしていた人でしたら、
はっきりと、精神の病気とわかる妄想を聞かされても、
ああ、やっぱり、と思うだけかも知れません。
今まで、一度も、それらしきことを洩らさなかった人でしたら、
カミングアウトをしなければ、
精神の病気と、気づかれることはありません。
人に言わずには居られないほど、病気が悪化すると、
カミングアウトをしてしまうことになりますが、
病気と言えるほどでない人でしたら、堪(こら)えるほうがよろしい。
いったん、言ってしまうと、
一生、精神病という偏見や差別に晒(さら)されますので、
カミングアウトを良いこととする考え方は、間違っています。
でも、お医者さんでしたら、
患者さんから、妄想を早めに言ってもらえれば、
精神運動興奮に至らないうちに、手当をすることができます。
早めに手当をすれば、予後も良好です。
お医者さんにとっては、妄想を打ち明けてもらえることは、
信頼されていることですので、大歓迎です。
お医者さんの立場と、世間一般の人の立場とを、間違えると、
世間一般の人に対するカミングアウトを、
お医者さんが大変良いこととして、患者さんに勧めてしまいます。
患者さんと、お友達になろうとするお医者さんは、
この間違いを、冒すかも知れません。
精神運動興奮にならずに、妄想を信じて、
しかも周囲にカミングアウトしてしまう気持ちを、
抑えられない人は、
統合失調症や人格障害でなく、
妄想性障害と言われるかも知れません。
カミングアウトをしてくれたほうが、よりましで、
たぶん、カミングアウトをしないタイプの人格障害のほうが、
重大な結果を招きます。
カミングアウトを、患者さんに勧めたほうが良い、
とする気持ちに、お医者さんは、なるかも知れませんが、
世間の差別や虐待を、昔の癌を告知しなかった時代のように、
御家族や世間の人に、嘘を吐(つ)いてまで、
予防しようとするのは、あまり感心しません。
マスコミや学者さんが、
人を扇情して、新しい世論を作ることにより、
既得権の無い空白地帯に、
フロンティアの発言権や地位を、築こうとしますので、
狂瀾(きょうらん)を既倒(きとう)に反(かえ)すって、
困難かも知れません。
1970年前後にSRS(性転換手術)を受けた日本のGIDを、
支援していた日本の同族の経済組織が、
インドのダリットの人たちに、
世襲の既得権というカーストのない空白地帯に、
新しい職業として、せっかく、
コンピュータのプログラミング技術を教えてあげたのに、
麻薬に溺れたり、ヒジュラになったりする人が、
あとを絶ちませんでした。
大廈(たいか)の顛(たお)れんとするは、
一木(いちぼく)の支(ささ)うる所にあらず、
とも言いますけれど、
アメリカの経済のグローバル化と、日本のバブルの崩壊って、
同じ時代の動きってことを、知らなければいけないのかも。
日本の人が、欧米のGIDの運動や、同性愛の市民権運動などの、
尻馬に乗るのは、
自分の首を締めることになるって、知らないと…
欧米の人にとっては、いいことなのよ。
キリスト教やイスラム教などが、
同性愛差別や、精神障害者の差別の張本人だったから。
でも、日本って、キリスト教は流行しなかったし、
世界で最初に、
精神病の人を処罰しない社会慣習ができた国なの。
欧米とは、ぜんぜん違うのに。
統合失調症って、妄想だけでなく、認知障害が出てきます。
こっちのほうが、たぶん、病気の本体なの。
妄想って、文学的な表現だもんね。
認知障害って、ようするに、脳味噌の性能が低いってことです。
統合失調症では、いったん、高くまで発達していた能力が、
思春期以後に低下します。
簡単に言うと、たとえば、
二桁と二桁の足し算が、暗算できなくなります。
東京大学の医学部出身の人なのに、そうなるの。
言葉は支離滅裂でなく、ふつうに喋れるのに、そうなります。
論理的に喋れるのに、計算ができなくなったりします。
一時的に記憶を棚上げにして、傍(かたわ)らに置いておくのが、
できないみたい。
思春期以後に、急に、そうなる人もいれば、
ちょっとずつ、そうなる人もいます。
社会生活が困難になり、統合失調症と診断される年齢は、
進行の具合によって、人それぞれです。
二桁の足し算は、一例にすぎません。
足し算は、ちゃんと出来るのに、
ベッドメーキングができなくなる人もいます。
敷き布団を、袋状のシーツに入れたり、
一枚きりのシーツを、敷き布団の上に敷いて、
お布団の下に周囲を折り込むって、できません。
敷き布団の上に、毛布を敷いて、
掛け布団の下に、毛布を掛けるのも、できません。
ちゃんと寝れるように、寝具を設(しつら)えられないの。
掛け布団のカバーも、交換できません。
組み合わせられないの。
物事を実行する手順を、頭の中で組み立てて、
実際に実行することができなくなるの。
実行機能障害って言います。
人によって、お布団を押入の中に、片づけられなくなります。
棚の中の物を使うと、元に戻せません。
実行機能障害だけでなく、
空間認識の低下が混じっているかもね。
整理整頓する能力と、
ベッドメーキングや、掃除機を使ったり、
自転車のパンク修理をしたり、蛍光灯を付け替えたりする能力とは、
また違うみたい。
自転車に乗る能力も、また別ね。
あんなの、子供の頃に覚えると、身体の病気にならない限り、
一生、忘れないものですけれど、
就職して、結婚して、子供を産んでから、
初めて精神科を受診させられて、統合失調症と診断された人が、
その15年も前の思春期に、
すでに一旦習得していた自転車に、乗れなくなる症状が現れています。
進学や就職や結婚には、差し支えがないのに、
自転車に乗れなくなる症状に、
御本人や周囲の人は、気づきませんでした。
精神科のお医者さんが、日常生活を見ていれば、
思春期に統合失調症と鑑定できますけれど、
実際に、精神運動興奮状態になって、診察室に連れて来られたのは、
15年も後なの。
こういうのって、全部、客観的に検査ができるでしょう?
幻聴や幻視などの幻覚も、その場に居合わせれば、
客観的に検査ができますけれど、
試験的に状況を再現して、検査をするのは、難しいかもね。
精神の病気って、急性期の精神運動興奮が出て、
暴れている時は仕方がないけれど、
文学的な妄想がどうのこうのってのだけでは、
確定診断されません。
文学的な解釈には、妄想のほかに、現実検討能力ってのもあります。
こいつが低下するって言うの、統合失調症では。
みんなに、自分の判断を伝達することができるように、
しかも、みんなの共感を得られるように、
状況を客観的事実として把握して、意志を合理的に決定する能力かしら。
自分の心の中だけでしか通用しない判断は、現実検討能力が低いの。
客観性とか、事実とか、合理性とか、
コミュニケーションとか、共感とか、意志とか、
このへんが、現実検討能力のキーワードかしら。
文学的なので、統合失調症の診断基準には含まれていませんけれど、
妄想のほうは、診断基準になっていますから、面倒です。
でも、ひどい妄想があれば、すごく目立ちますから、わかりやすいの。
共感って、賛成の意味でありませーん。
たとえば、貧乏だったのに、お金がないのかと、
蔑(さげす)まれたので、カーッとなって、殺した、
もしも、自分が裕福だったら、鼻や顎で扱われても、
モナリザの微笑で応答できたのにって言えば、共感できます。
太陽が眩(まぶ)しかったので殺したって言えば、
カミュの異邦人ですけれど、共感できません。
わたしの知っているMtFのGIDの人は、
太陽が眩しかったので、お母さんを撃ち殺した、
と書いたほうが共感できる、と言っていました。
人格障害では、現実検討能力が低下せずに、妄想もない、
と言われていますが、文学的な表現ですので、検査できません。
脳味噌のMRIを撮っても、
目で見て直観的にわかるような異常がないのに、
精神の病気では、脳の認知機能が、明らかに低下します。
妄想や、現実検討能力の低下って、
たぶん、その結果にすぎません。
GID(性同一性障害)の性自認や心の性別が、
妄想かどうかってことよりも、
認知障害のほうが、大切かもね。
精神の病気って、内因性のものは、
うつ病も、統合失調症と、
あまり区別のつかない症状になります。
うつ病って診断されたり、統合失調症って診断されたり、
お医者さんによって、異なる人が、たくさんいます。
お薬も、抗精神病薬と抗うつ薬を、同時に飲んでいる人も、
いるでしょう?
抗てんかん薬も、精神科の患者さんのお薬を見せてもらうと、
わかりますけれど、
抗精神病薬や抗うつ薬と、同居しいることが、よくあります。
うつ病やてんかんのことを言い出すと、話が進まないので、
ここでは省略しますけれど、発達障害や性分化疾患の人にも、
てんかんって少なくありません。
客観的に検査のできる症状について、
実際に検査をすると、能力の低下の認められる人って、
これこれの検査結果なら、
これこれの行動や、文学的な言い訳(わけ)って、
だいたい、相関関係があります。
いちいち、検査をしなくても、
行動や言葉から、見当がつくかもね。
妄想や性自認って、言い訳の一つみたい。
行動も、言い訳と同じような目的だったり。
自殺は、それ自体が端的に、根本的な病気と思いますけれど、
何かの能力の不足から来る苦痛のせいで、
能力の不足の言い訳のように、自殺するのは、
どうしようかしら。
収賄(しゅうわい)で任意出頭を求められて、
事情聴取のあと、帰宅した人が、
天地神明に誓って、賄賂(わいろ)をもらっていません、
これは冤罪ですって、遺書に書いて、首吊り自殺をします。
贈賄(ぞうわい)側は、逮捕されて、自供しています。
自殺した人の書いた領収書も、出ています。
事件が発覚するまでは、
普通の快活明朗な人だったり、謹厳実直な人だったり…
こういうのって、言い訳のような自殺かも知れませんけれど、
自殺そのものを、端的に動かし難(がた)い病気とするのが、
正解です。
GID(性同一性障害)も、子供がいないのに、
健康な体の人が、心の性別と言って、
性転換を希望する生殖拒否の症状は、
端的に、精神の病気とするのが、正解かしら。
第二次世界大戦の、日本人の集団自決みたいに、
あれは、精神の病気ってことになれば、
日本人って、遺伝的に精神の病気の素質が、
大きいのかも知れません。
単一民族って、そうなりやすいとか…
その代わりに、精神病の人を処刑しないっていう社会慣習が、
世界で最も早くから確立した国です。
わたしは、生殖拒否のGIDも、その類と思いますけれど、
日本って、世界で最もGIDを大切にする国です。
やさしい国です。
だって、欧米の同性愛差別みたいな、
過酷な虐待の歴史がなく、
伝統的に、世界で最も同性愛者が大切にされていた国なのに、
さらに、日本は世界一同性愛を差別して来た国として、
同性愛やGIDを、もっと大切にしようと言うのですから、
精神障害者や同性愛者を、猫可愛がりに大切にする日本の、
心やさしい伝統そのものです。
精神科のお医者さんが、けっして、患者さんの傷口に、
お塩をなすりつけないって、日本人の精神なのよ。
思いやりの国です、日本って。
古き良き時代の精神かしら。
同族社会って、こういうことになります。
家族精神病かしら。
GIDの専門医と、自助組織と、患者さんの関係を見ると、
そういう気がします。
かつての、わたし自身を見るような…
でも、わたしは、性腺や生殖機能を壊して、
自傷を良いこととする性転換医療は、
間違っていると思います。
緊急避難的には、仕方ないところもありますけれど。
性ホルモン剤やSRS(性転換手術)を使わずに、
身体を自傷しなくても、
何度でも、戸籍の性別を変更できるようにするのが、
正解です。
男が妊娠して、女が立ち小便をしても、一向に構いません。
同性で結婚しても、どうでも良いの。
身体を大切にして、ちゃんと世代交代をするのが、健常です。
社会のみんなで、生殖を分担すると、単為生殖になるの。
蟻(あり)や蜂(はち)や、ヒドロ虫みたいにね。
あれって、女王蜂って言いますけれど、
家族ですよね、母蜂ですよね。
日本人って、天皇が家長の家族主義だから、
それを目指すようになるのは、良いことなのかしら。
人に産んでもらったり、精子をもらったりって、
1970年前後の性転換医療で、すでに経験しています。
40年前の古いことを、
どうして復刻するのかって、なつかしい感じですけれど、
代理と生殖の分業をつきつめれば、クローンになるかも。
マリアさんみたいに、処女懐胎したり。
摩耶夫人(まやぶにん)みたいに、
うっかり、股(また)と脇(わき)を間違えて、
脇の下から、お釈迦さんを産んでしまったり。
遺伝情報を使わずに捨てるのは、自殺と思うけれど…
ついでに言うと、1960年代に、半陰陽でないのに、
今で言うGIDのMtFが、
すでにセーラー服で中学校に通学するのを、
教育委員会と交渉して、認められていますけれど、
今頃、真似(まね)をするって、
芸がないと言うより、復古主義かも知れません。
うちでは、SRS(性転換手術)を受けてしまいましたけれど、
後に治癒して、たいへん良い結果になっています。
できるなら、手術を受けずに、身体の性別を受け入れるのが、
最善です。
思春期よりも前から、治療を受けているGIDは、
そうなる可能性が高く、
次世代の豊かな心が育つのを、期待しています。
医学部の教授は、石みたいに頭が固い。
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