庭に成木物(なりきもの)を作ると、縁起が悪いと言われます。
わたしは、果物の木が大好き。
枇杷(びわ)は、手間も要りません。
GID(性同一性障害)の、心の性別って、
物的証拠がないのに、
たんに、内側から直観的に感じらる心の一種でしたら、
古典的な、プラトンの考え方みたいなものかしら。
すごく素朴で、なじみ易い人が、少なくないかも知れません。
でも、社会に適応できない原因を、
体の性別による社会や文化に適応できないからと、
言い訳をするための、直観でしたら、
GIDの心の性別って、ちょっと厄介かも知れません。
譬えは悪いけれど、
和歌山の毒物カレー事件や、秋田の連続児童殺害事件の、
犯人の女性には、怨みやお金などの、具体的な動機がありませんでした。
周囲の人に、白い目で見られていたようで、
普段から鬱憤(うっぷん)が溜まっていたのかも知れません。
そういう人って、転居しても、転職しても、
どこへ行っても、みんなと一緒の仲間になれないことが、よくあります。
生まれながらの、変更不能な性別の機能って、動物には確かにありますし、
人間も、男女の生殖器の機能が違っているように、
それを制御する脳の機能も違っています。
でも、人間の脳の機能の一部を、心と言うのは、
知能や自我のように、人間において著しく発達して、
人間特有の機能とも言えるからですが、
この機能の目的は、他の動物と同じように、生殖の制御です。
人間では、他の動物のような、無意識の自動機能でなく、
個体それぞれの特殊性に応じて、
知的に客観的に自覚されて制御されます。
男女の自覚される生殖機能のうちで、自我によって制御不能なのは、
女性の性周期や、男性の射精ぐらいのものです。
当たり前のことですけれど、
性周期や射精も、自我の傘下に入ろうとしているので、
自覚できるようになりつつあります。
ほんの、ここ1000万年ほどのことです。
社会生活がうまく行かないと、
性周期に変調をきたしたり、インポテンツになったりします。
個体それぞれの特殊性に応じて、生殖を制御する方法を、社会性と言い、
他の個体とのコミュニケーションによって機能します。
現生の70億人や、死んだ個体の経験などの中から、
当人の特殊な状況に近い情報を、選び出して、行動を決定する機能です。
他の個体の経験という情報がなければ、
自分一人では、当てずっぽうでしか行動できませんので、
良い結果になるか、悪い結果になるかは、一か八かです。
たぶん、悪い結果になります。
自分一人の特殊な判断は、遺伝で言えば、突然変異のようなものです。
生き残るか、自然淘汰されるかは、やってみなければ、わかりません。
社会の中での人為淘汰も、自然淘汰の一種です。
ホモサピエンスでは、これが大きいかも知れません。
コミュニケーションによる社会的な判断は、
すでに他の個体がやってみた結果がわかっていますので、
うまく行く確率が高くなります。
人間は、個体それぞれの特殊な状況に応じた判断を、
社会性の能力に、委ねています。
他の個体との、コミュニケーション能力が、大切です。
知能や、さまざまなの能力との協調機能や、
コミュニケーション能力などが、生まれつきに低いと、
発達障害と言われます。
GIDでは、乳幼児期に軽症の発達障害の見られることが、
少なくありません。
軽症と言うのは、
学校教育において、特別な配慮を必要としないもので、
軽症の発達障害の子が、一流大学に医学部に入学して、
ノーベル賞を受賞することも、十分にあります。
その人がGIDであっても、別に不思議でありませんし、
カレーに砒素(ひそ)を入れて、わが子を橋から突き落とすことも、
ごく普通にあり得ます。
性別には、生物学的な性別だけでなく、文化的な性別もあるとするのは、
GIDの言い訳に、すでに、巻き込まれているかも知れません。
誑(たら)し込まれているような、抱き込まれているような…
精神科のお医者さんは、わざと、巻き込まれた振りをして、
精神の病気の人の気持ちを、安らかにしてあげます。
気持ちよくしてあげるのが、緊急に必要な処置です。
妄想や性自認などに同調するのは、良くありませんので、
短期的にも、絶対に同調しません。
でも、急場を凌ぐには、仕方ありませんので、
誑し込まれた振りをして、安心してもらいます。
いつまでも、気持ちの良い世界に安住しないように、
少しずつ腰をあげて、娑婆世界に出て行くように、
心の背中を押してあげます。
具体的なテクニックを、
たくさん知っているつもりの精神科医もいますけれど、
だいたいは、生まれつきの素質だけで、いい目をしている人ですので、
お医者さんって、世間知らずです。
やくざや詐欺師の人は、お医者さんが一番いい鴨(かも)と言います。
新興宗教にも、お医者さんが名前を並べるしきたりがあります。
GIDの人は、気持ちの良いことを、血の滲むような努力と、表現します。
たとえば、MtF(male to female)の人が、
女性のパンツや衣服を身につけるのは、
思春期の健常な男の子と同じように、
成人した娘さんのいるGIDでも、性的に気持ちの良いことですけれど、
MtFの人は、朝早くから、女性の衣服を身に付けて、
時間をたっぷりと使って、お化粧をして、
一生懸命、女性の真似(まね)をして、
女性に成り済まして、就職活動をすることに、夢中になり、
GIDの権利を主張する社会運動に、躍起になることを、
血の滲む努力と言います。
好きなことをやって、道楽をしているだけですから、
手鏡の先生も、血の滲む努力をしていたはずです。
受験勉強をして、医学部に入学する努力と、さほど変わりませんから、
心配は要りません。
GIDでは、発症後、10年以上経(た)ってから、治り始めますけれど、
1年ぐらいで、治り始めるように、できるかも知れません。
人格障害の治療のようなものですけれど、
マスコミや学者さんや医師が、心の性別なるものを吹聴していますので、
10年間ぐらいは、治療効果がありません。
GIDにたかって稼(かせ)いでいる人たちの事情が、
呑み込めるようになると、治り始めるかも知れません。
理由もなく凶悪犯罪を起こしてしまう人を、悪く言う報道に比べると、
ましかも知れません。
凶悪犯罪者をこき下ろすのは、
人格障害という精神の病気を、悪化させるようなもので、
部落差別と同じような根を持つ健常者の病気です。
健常者のほうが、人格障害よりも、重症だったりしてね。
現在のGID医療は、
SRS(性転換手術)を受けるための、手続きのようなものですけれど、
将来は、SRSを受けずに、
体の性別の文化に馴染めるように、持って行くための治療に、
変更されなければなりません。
1年ぐらいで、治り始めるようにするには、そうしなければいけません。
長居は無用です。
SRSが目的でなくなり、
体の性別に、適応できるようにするのが、目的でしたら、
現在のような、治療という名の手続きは、批判されるかも知れません。
いわゆるGIDの専門医が、GIDの治療を行なう必要もありません。
一般の精神科や心療内科の治療さえ、必要ないかも知れません。
人殺しをしたような、悪い人でも、
老人になれば、みんな、よぼよぼになります。
どんなに悪い人でも、みんなで大切にしてあげます。
将来、凶悪犯罪者になる赤ちゃんでも、
みんなで大切にしてあげるのと同じです。
人間の価値は、善悪を超越しています。
悪い人間にも、親切にしてあげます。
人殺しには協力しません。
昔から、言い古されていますけれど、罪を憎んで、人を憎まずです。
性別の文化は、性的快感のための、遊びの文化でなければ、
すべて生殖のためですので、
体の性別に由来して、体の性別と一致しています。
性的快感は、生殖のために発達しましたから、
性的快感のための、人間の遊びの文化も、
ようするに、兄弟姉妹の小鳥たちが、遊ぶことによって、
兄弟姉妹の中の序列を決めて、
飢饉の時には、序列の低い個体から、
兄弟姉妹に従順に殺されて行くようなものです。
人間の本能も、生殖の優劣によって、序列が決まり、
序列の低い人は、性的快感に遊んでいるように見えて、
個体の生存を危うくしますので、
生殖の優劣は、個体の優劣を決めると言っても過言でありません。
生殖本能は、性的快感を求める遊びによって、
個体の生存本能を支配しています。
生殖できない個体が、
みずからの個体の生存を、危うくする仕方の一つとして、
GID(性同一性障害)という精神の病気があるようなもので、
遮断機の降りた踏切に置き去りにされた我が子を助けるために、
踏切に入った母親が、電車にはねられて即死するようなものです。
子供が死ぬと、世代交代が危うくなりますので、
自分という個体が死んで、世代交代を守ろうとします。
子供のいるGIDでは、自分という個体が死ぬことによって、
世代交代を守ろうとします。
子供のいないGIDでは、自分という個体が死んでも、
世代交代を確保できません。
娘さんの多い父親が、子供のいるGIDになりやすいかも。
生殖が個体の生存に優越する現実や、
個体が死んでも、世代交代を守ろうとする現実を見ればわかるように、
GIDって、武士道のようなものです。
三島由紀夫って人が、割腹自殺したようなものかしら。
江戸時代の山本常朝っていう人の、葉隠っていう武士の心得にも、
「GIDと云ふは死ぬ事と見つけたり」と、書かれています。
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