葉っぱだけで、すみません。
スイレン属の植物は、ぜんぶ、睡蓮って言いますけれど、
日本で、ふつうに睡蓮って言っているのは、園芸品種ばかりで、
幾つかの原種を、交配した作品です。
バラに似ているかも。
日本に自生しているスイレン属の植物は、ヒツジグサ1種だけみたい。
これが、それなの。
うちの家の、裏山の池で、自然に繁殖しているのかしら。
湧き水が、溜まっています。
午後1時頃の、未(ひつじ)の時間に、咲き始めるそうなのに、
お花のない写真で、すみません。
他のスイレン属のように、根茎や、むかごがなく、
種(たね)でしか、繁殖しませんから、
小さな池に、ヒツジグサが育つとは、思えないの。
種子は、3ミリぐらいで、袋の中に入っていて、
水に浮きますので、水面を流れます。
でも、湧き水が溜まっているだけの池でしたら、
どこからも、種(たね)が流れ込みません。
鳥が種(たね)を食べて、糞(ふん)を落としたのかしら。
GID(性同一性障害)も、どこからか、種が飛んで来るか、流れ込むか、
みんなの真似(まね)をする能力って、
とても大切ですけれど、なぜか、わかります?
みんなと一緒の事をするのも、とても大切ですけれど、
とりあえずは、実際に、みんなと一緒の事をするだけでなく、
その能力があるということが、大切です。
能力がないのに、
みんなと一緒のことをしないで、嫌(いや)と言うのは、
たぶん、精神障害と言われます。
赤ちゃんって、みんなと一緒のことをして、
みんなの真似をして、能力を獲得します。
だれの真似もしなければ、
言葉も喋(しゃべ)れないだけでなく、
たぶん、人間一般の、生まれつきの、
反射や自律運動などの、自動的な能力の低さからして、
すぐに死にます。
お魚なんかは、卵から自然に孵化して、
勝手に生きて行けるように、
先天的な能力が、与えられていますけれど、
人間って、生まれつきの能力が、いちばん低いみたい。
すべての生物の中で、一番あほ。
醜いアヒルの子かも。
放ったらかしにされても、勝手に能力を発揮して、
生きて行くことが、できないの。
みんなの真似をして、生きる能力を獲得しますから、
真似をするお手本を、示してもらわないと、
人間の赤ちゃんは、生きて行けません。
知能の優秀さが、人間の取り柄ですけれど、
お手本の真似をしないと、
知能って、ひとりでには、発達しないの。
お手本って、人類が試行錯誤して、何百万年もかかって、
文化的に、これが良いと伝えられて来た事を、
赤ちゃんに、見せてあげること。
赤ちゃんは、その真似をして、能力を獲得します。
だから、お手本がないと、育ちませんし、
お手本があほでしたら、赤ちゃんもあほになるかも。
狼を真似をしても、狼の体になりませんけれど、
知能は、狼よりも、低くなるかも知れません。
何百万年でなく、10万年ぐらいでないかとも、
言われています。
10万年ぐらいから、こっちが、
ホモサピエンスっていう種(しゅ)で、
それまでの人類の種類と、生物の種類が違うの。
たぶん、突然変異で、奇形が生まれたうちで、
生存に適した奇形は、繁殖するし、
適しない奇形は、絶えてしまうから、
自然淘汰されて、生きやすい奇形が、生き残って、
ある程度、これまでの人類と違いが大きくなると、
ホモサピエンスって言われて、別の種類として扱われます。
それかも知れないの。
つまり、何百万年も前からの文化が伝えられて来たのでなく、
10万年ぐらい前の、新しくできた奇形の種類だけが、
コミュニケーションによって、賢い知恵を伝えて、
世代交代するたびに、積み重ねて行く能力を、
身に付けたのかも知れません。
生物の種類って、近縁種は、たいてい生殖可能で、
雑種ができるの。
種(しゅ)よりも大きな違いの、属(ぞく)ぐらいになると、
交配できずに、生殖不能の関係になります。
一匹だけ奇形が生まれても、
エッチして、繁殖する相手がなければ、絶えてしまいます。
だから、従来型の遺伝と、突然変異型とが、
性交渉して、生殖できるのが、普通なの。
そうして、ちょっとずつ、突然変異の奇形が積み重なって、
従来型が絶滅して、新型ばかりが普及するようになります。
ホモサピエンスって、
10万年ぐらい前に生まれたとされていますけれど、
数万年の間は、他の種類の人類と、共存していました。
ネアンデルタール人なんかは、
それでないかと言われていますけれど、
ひょっとしたら、
別の種族として、別々に暮らしていたのでなく、
ネアンデルタール人みたいなと、
ホモサピエンスみたいなのが、同じ家族だったりしてね。
そこまで、大きな奇形の差があると、
同じ家族ってことはないかしら。
ネアンデルタール人と、ホモサピエンスの差って、
発達障害の子と、健常な子よりも、
頭蓋骨の形も、脳の機能も、うんと小さいと思います。
だって頭蓋骨の形の差なんか、
個性の範囲内の、個体差だけでも、
ネアンデルタール人どころか、もっと類人猿に近い人が、
現生人類の中にも、一杯いますけれど、
脳の機能は、ほとんど同じみたい。
発達障害の人でも、重症でしたら、
ニホンザルよりも、知能の低い人が、一杯いますし、
知能や学力は正常でも、お医者さんなのにGIDって人は、
ひょっとしたら、小学低学年の判断力まで、
退行しているかも知れません。
人間と動物の違いよりも、人間と人間の違いのほうが、
大きいとも言えます。
植物人間でも、生きているものね。
その反対に、ホモサピエンスって、
突然変異の奇形が、自然淘汰されたのでなく、
その時の文化に似合った人を、わざと人為淘汰して、
人を間引くように、
改良を重ねて作った品種にすぎない、と言う人もいます。
GIDのように、間引いたのかもね。
赤ちゃんって、何も教えなくても、手足を、しょっちゅう動かして、
じっとしていません。
元気一杯だから、放っておくと、勝手に立ち上がります。
そのほうが、赤ちゃんには気持ちがいいの。
言葉だって、そう。
自分勝手に、へんな声を出して、色々と発声しています。
そんな時に、お母さんが、喋(しゃべ)ってあげると、
すぐに人間の言葉みたいに、発声を真似るようになります。
赤ちゃんにとっては、そのほうが、気持ちがいいから、
そうしているだけなの。
哺乳だけでなく、離乳もそうよ。
哺乳は、生まれつきの能力って、わかりますけれど、
離乳も、ライオンの赤ちゃんが、
お母さんのオッパイに、吸い付こうとすると、
お母さんが、もの凄い声で、うなって、怒っているの。
今にも、赤ちゃんを、食べてしまおうとしているみたいに、恐い声です。
赤ちゃんは、怒られると、オッパイに近づかずに、
兄弟姉妹とじゃれ合って、遊んでます。
怒られたからと言って、しょぼんとしている子なんか、一匹もいません。
へっちゃら。
ぜんぜん、気にしていません。
お母さんが、イボイノシシなんかを獲って来ると、
血だらけの肝臓のお肉を、赤ちゃんも啜(すす)っています。
お母さんが、口の中から、食べ物を吐き出してあげると、
赤ちゃんは、それを食べています。
半分、消化されているから、離乳食かしら。
離乳も、赤ちゃんにとっては、それが楽しいから、そうしているし、
お腹(なか)が減ったら、
自然に、動物の血や、お母さんの吐きだした物を、食べたくなるの。
発達障害の子は、違います。
もう、哺乳や離乳や、発声や起立からして、うまく出来ません。
自分から、しようとしないので、
一生懸命、ほかの子の真似が出来るように、仕向けてあげますけれど、
いくら教えても、なるようにしかなりません。
排便排尿を、おトイレでする能力は、
明らかに文化的な躾(しつけ)ですから、
教えてあげなければ、生まれつきの能力のはずがありません。
水洗トイレの知識が、遺伝するわけがありませんから、
自動的に、気持ちの良いことをするだけでは、絶対に習得できません。
それでも、機能性胃腸障害って、
どこやらの総理大臣が、辞職したような病気の子って、
生まれつきに、お尻の締まりが弱くて、
意識して、お尻に力を入れ続けないと、うんこが漏れちゃうの。
自然にそうなの。
大腸で、水分が吸収されるまで、うんちを溜められなくて、
だだ漏れに、流れ出ちゃいます。
トイレトレーニングに手こずる子って、これが多いの。
それも、普段は無意識にお尻に力が入って、肛門が締まっているのに、
頭のほうで、何かを考えたり、
悲しいとか嬉しいとか、感情の起伏があると、
もう、肛門の締まりのほうが、お留守になって、
小腸の中身が、大腸を素通りして、
そのまま、お尻から、だだ漏れに、漏れちゃいます。
脳味噌の、思考とか感情とかの機能と、
肛門の筋肉を、無意識に絞めて置く自律神経の機能とが、協調しないの。
どちらか一方が、活発に機能すると、もう一方がお留守になります。
うんちのほうが、調子よくなると、妄想や抑鬱気分が、出てきます。
広汎性発達障害でも、重症の子は、3才頃に、
将来、統合失調症になるかもとか、大鬱病になるかもとかって、
お母さんに、わかります。
お母さんは、心理学や精神科の知識なんか、ないから、
統合失調症や大鬱病っていう概念を、知りませんけれど、
3才頃に、気づいていたことを聞き取ると、
将来、精神病になるかも知れないって、ちゃんと心配しています。
それでも、知能検査や学力検査に、現れない子もいます。
正常なの。
小学校に入学する頃になっても、おトイレに行けないと、
普通学級に就学できるかどうかが、問題になりますけれど、
軽症の広汎性発達障害の子でしたら、
それまでに、なんとか、おトイレの躾も習得できますし、
知能検査や学力検査の成績は優秀ですから、すんなりと入学できます。
でも、お母さんには心当たりがあって、心配しているのが普通です。
将来を案じています。
みんなと一緒のことができないと、
人間って、アマラとカマラみたいな、
狼少女ほどにも、知性が育ちません。
自然に、みんなの真似をして育つはずなのに、
真似をしてくれない状態って、
言葉の習得で言うなら、自閉と同じですけど、
トイレトレーニングができない状態は、
幾つもの機能を、協調して発揮する能力の低い場合が多く、
とりわけ、動作や自律神経の機能と、思考や言葉の機能とを、
協調させられません。
機能の協調能力って、たぶん生まれつきと思います。
脳味噌の中の、視床って所の機能かしら。
アマラとカマラなんかは、
発達障害だったので、捨てられたのでないかとか、
親が死んでしまったとかと、言われていますけれど、
狼と一緒に暮らすって、すごい適応力ですから、
発達障害ってことは、ないかも知れません。
育児放棄かしら。
みんなと一緒のことをするって、生産の効率が良くなります。
農業の機械にしても、工場で働くにしても、
みんなと同じ企画や計画で働いて、
みんなと同じ規格の、機械や作物の品種を、育てて、
何から何まで、人間の生産活動って、
みんなと一緒にしないと、うまく行きません。
地球の人口って、今は70億ですけれど、
人それぞれに、好き勝手な事をしていれば、
何人ぐらいが、食べていけると思いますか。
産業革命のちょっと前の、17世紀前半は、
だいたい、世界の人口が、5億って言われています。
わたしの感じでは、もっと少ないような…
産業革命の前の、機械化されていない時代でも、
王政の、農奴の時代ですから、人間って自由でありません。
産業革命後は、イギリスでも日本でも、
田舎で小作をして、地主に苛(いじ)められるよりも、
工場で働くほうが、
かえって、奴隷みたいに、こき使われるのが普通でした。
日本の江戸時代も、のんびりとしたもので、
冬なんか、なんにもしないで、
草鞋(わらじ)を作っているだけでした。
昔の人は、家のことばかりをして、暮らしていましたから、
家事と農作業は、区別がつきません。
何から何まで、自給自足でしたから、
畑で作ったものを、食べればいいだけってことではないの。
加工しないと、貯蔵できないもんね。
お米や麦って、たいした加工もしないで、貯蔵できますから、
とても便利です。
水分が少ないみたい。
衣服も、お布団も、屋根や、道具の手入れも、
みんな、自分でしますから、
朝から晩まで、草鞋(わらじ)を編んでいただけでは、
ありません。
賃仕事と言えるものが、それだけでした。
家事のほうが、農作業よりも、時間を食います。
現代人は、家事のことを、働いていると、認めませんから、
家でぶらぶらしていると言います。
そうすると、産業革命前よりも、革命後のほうが、
かえって奴隷労働を強いられるってことになります。
実際、たくさんの人が、そう考えました。
それでも、フランス革命みたいに、
王政を倒して、農奴を解放して、工場に駆り立てないと、
競争に負けてしまいます。
農奴どころか、異民族に征服されて、
ほんものの奴隷になります。
イギリスみたいに、王政のまま、革命を起こせばいいのに、
フランス人って、ルイ16世や、
マリーアントワネットみたいな、贅沢が嫌いだったのかしら。
信じられません。
ちょっとずつ、革命を小分けして、
貴族や王族の、特権を剥(は)いで行けば、
だんだんと、一般庶民の生活に近づいて、
ギロチンで、首を刎(は)ねなくても、よかったのに。
フランス人って、遊び人だから、怠けていたみたいで、
いっぺんに、やろうとしたの。
試験前の一夜漬けの、大穴狙い。
普段から、ちょっとずつ変えて行くのが、
平和的でいいと思います。
イギリスって、島国だから、
乗っ取られる懼(おそ)れが少なく、
過激なことを自制できたのかしら。
日本は、もっと平和的でした。
織田信長なんか、日本では珍しいぐらい、凶暴でしたけれど、
ヨーロッパ人は、頭蓋骨でお酒を飲むぐらい、平気です。
戦争って、皆殺しが普通だもんね。
できるだけ、残虐に殺すの。
太平洋戦争の時でも、アメリカの兵隊は、
日本人の死体を加工して、骨で工芸品を作りました。
記念品として、売っていたの。
死体を煮沸して、お肉を削ぎ落とします。
骨に塗料を塗って、キーホルダーにしたりね。
ルーズベルト大統領は、
下院議員から贈られたレターオープナーっていうナイフを
使っていましたけれど、
日本兵の骨で作られたナイフでした。
イギリスって、島国だったから、守りやすく、
日本人みたいに、温和な性格だったと言う人もいるけれど、
スコットランドやウェールズやアイルランドなんか、
民族が違うのに、
日本の本土の人と、沖縄の人との違いよりも、近いみたい。
多民族が混血して、みんな一緒になるってのが、
平和の秘訣みたいで、日本のやりかたと同じかも。
アメリカって、移民の国なのに、
なかなか混血して、一つにならないのが、
アメリカ文化の、真相を物語っているような、気がします。
混血の比率が、異常に少ない。
インディアンと黒人なんか、もの凄く多いものね、混血。
日本人と比べると、欧米の人って、
血筋や伝統に、こだわります。
ハーバード大学なんか、
江戸時代の藩校や、戦前の学習院みたいなものかしら。
日本人の、平和平等が好きって気持ちは、世界で出色です。
悪くないと思います。
みんなと一緒でなければ、70億人はおろか、5億人どころか、
1人たりとも、生きて行けないのが、人類なの。
みんなと一緒のことをしない人は、それだけでも、必ず病気です。
フランス革命の自由や責任って、たいした根拠が、ありません。
裁判の判決みたいなもので、あとから理由をこじつけただけ。
もう、ソ連がなくなって、共産主義がなくなっただけでなく、
フランスやイギリスやイタリアやドイツみたいな、
自由主義や資本主義や社会主義も、なくなったような気がするけれど。
フランス革命の遺産が、尽きたような…
アメリカの経済のグローバル化って、
ブッシュ父子政権の、ネオコン政策でしたけれど、
トロツキズムの末裔みたいな人が、画策していました。
ソ連の共産主義の中の、トロツキーって人の、世界同時革命論みたいに、
世界中を、一つの原理で経営するための、政治理論でした。
国家の法律って、世界を統治できるように、
作られていなければいけないと、インターナショナルな人は考えます。
ソ連の法律も、アメリカの法律も、
ニューギニアの人肉を食べる民族や、アラブとイスラエルの戦争や、
インドのカーストやダリットや、アフリカのエイズにも、
ちゃんと、有効な手を打てるような、整合性がなければいけないの。
時代と場所を超えて、普遍的に通用する政治を掲げます。
トロツキズムって、日本の政治や法律と、正反対の理念ね。
日本のほうが、個性的でしょう?
レーガン大統領の、強いアメリカの政策や、
ブッシュ父子政権の、経済のグローバル化なんかが、それです。
政策を作った人の、人脈がそうなの。
むかし、ケネディ大統領やニクソン大統領や、ベトナム戦争の頃に、
黒人の市民権運動や、反戦運動などの、
アメリカの学生運動の、リーダーだった人たちが、
後のネオコン政策を推し進めました。
人脈が同じだから、ソ連が潰(つぶ)れても、
トロツキズムと似たような考え方をします。
世界を統治する政策を、アメリカの連邦政府に提言しました。
1970年前後に、旧ソ連領のエストニアで、
SRS(性転換手術)を受けた日本のMtFの人たちも、
ソ連の国際共産主義運動っていう共産主義を普及する政策として、
無料でSRSを受けました。
スウェーデンやデンマークやフィンランドの医師が、
執刀したそうですけれど、
お膳立てをしたのは、ドイツ系のソ連人で、
トロツキストの端くれだったみたい。
みんなと一緒でなければ、人間って生きて行けないけれど、
精神の病気の人って、症状が軽くなると、
みんなと一緒のことができて、
症状が重くなると、できなくなります。
むかし、ハリーベンジャミンって人が、
女性化した男性同性愛の人を、仲間外れにしましたけれど、
子供のGIDや、
MtF(male to female)の、TV(トランスベスティズム)や、
SRSを受けるTS(トランスセクシャリズム)などを、
全部で一つの、生まれつきの精神的な素質としました。
手術をするところまで行くか、
異性装をするだけで満足するかは、
生まれつきに決まっているとしました。
でも、わたしが見た感じは、
健常と言ってもいいぐらいの、軽い人から、
重症の精神病の人まで、
GIDって、単に様々な精神症状を、
性別のことに着目して、一つに括ったにすぎず、
性別に着目するように仕向けたのは、
歓楽街のお店の宣伝だったみたい。
マスコミが、それを報道したの。
今でも、週刊誌や新聞って、
風俗店の広告みたいな記事で、一杯です。
病気が良くなれば、
みんなと一緒のことが、難なく、出来るようになり、
好き嫌いを超えて、実際にする事ができます。
好き嫌いの気持ちと、実際の行動とを、使い分けられるの。
病気が悪くなれば、
みんなと一緒のことが、ぜんぜん出来なくなり、
好き嫌いの気持ちを、どこまでも頑固に主張して、
絶対に、嫌いな事をしないで、
好きな事しか、しないようになります。
そういう症状の変化って、
食べ物の好き嫌いでも、運動の好き嫌いでも、
言葉遣いの好き嫌いでも、風俗習慣の好き嫌いでも、
何にでも現れますけれど、
GIDは、性別によって違いのある文化に、症状が現れて、
好き嫌いの融通が効かなくなり、
社会に適応できなくなります。
でも、何に関する好き嫌いに着目して、
行動や心理を、説明するにしても、
自分のすべての行動や言葉の、言い訳(わけ)とします。
どうせ、合理的に説明できない好き嫌いの、
直観的な心が、根拠ですから。
そのために、実際に食事を食べないとか、
実際に生殖機能を放棄するとかって、
言い訳が、ただの口先だけでないことを、人に示すように、
わざと体を壊します。
ヒステリーなの。
症状が悪化すると、どのような好き嫌いでも、
体を壊す結果になりますけれど…
自分から全身に刺青(いれずみ)を入れて、
焼きごてを当てて、体のお肉に焼き印を押すようなものです。
言い訳をするための理由に相応しく、体を自傷するってのが、
なんとも、悲しい成り行きです。
昔の日本でも、お灸(きゅう)を据(す)えたように、
精神の病気になると、
自傷行為を、正当な医療のように、確信します。
医療と言うよりも、まじないの一種ですけれど、
体を自傷して、自分の心の変な感じを、納得させたいの。
自分や他人に、言い訳をしたいみたいなの。
GIDでも、軽い症状から、重い症状に、
往ったり来たりしながら、
だんだんと重くなって、痴呆や寝たきりになる人もいますし、
重くも軽くもならずに、
似たようなところで、ずーっと一定している人もいます。
乳幼児期に、すでに、その徴候の現れているのが、
普通ですけれど、
思春期に、新しく大人のことを、要求されますので、
乳幼児期からの症状と、思春期以後の症状とは、
かなり中身が変わります。
思春期には、内側からの体の変化もあり、
精神の病気の人は、変化に、ついて行けません。
でも、体が変化することによって、治る症状もあります。
乳幼児期から、自分は男の子って言っていた女の子が、
思春期から青年期になると、その症状を出さなくなります。
いちおう、GIDの症状は治ったと言えますけれど、
他の精神の病気の症状が、新しく現れないとは、限りません。
思春期以後のGIDでは、発症して十数年もすると、
体の状態が、かなり変わります。
そうすると、治り始める人もいます。
この場合は、うまく持っていくと、完治します。
他の精神症状も現れずに、GIDが奇麗に治りますけれど、
自傷してしまった生殖機能が、
回復することはありませんので、
アフターケアーが大切です。
治りかけのときに、自殺する人が多いの。
みんなと一緒のことが出来なくなるって、
知能や学力に現れないことが多く、広汎性発達障害ですけれど、
思春期以後に、統合失調症のような症状になる人では、
一般の人にも、精神の病気とわかります。
でも、GIDのような症状ですと、一般の人にはわかりません。
マスコミは、一生懸命、精神の病気を普及します。
そんなことをしたって、
健常な人は、精神の病気にならないと思っていたら、大間違いです。
病気の人でも、症状が軽ければ、健常です。
煽られると、素質のある人は、症状が重くなり、発症します。
身長185センチの大男が、お医者さんなのに、
わたしの心は女と言って、スカートをはいて、町を歩きます。
笑われると、世間の理解がないと、嘆きます。
精神の病気に決まっていますけれど、
知能検査や学力検査で測られる能力が正常ですと、
お医者さんが言っているのだから、正しいと、
世間の人は思ってしまいます。
マスコミの記者や編集者が、真っ先に同調してしまうようで、
これって、オウムやナチスが流行するのと同じで、
集団ヒステリーです。
凶悪犯罪で死刑になる人には、
自分から死刑にして欲しいって、裁判で主張する人が多いでしょう?
ぜんぶ、精神の病気です。
でも、責任能力は完全とされて、死刑になります。
精神の病気なのに、責任能力は完全って、
一般の人には、その意味を理解できません。
死刑になった御本人には、たぶん、避けられません。
許してあげても、治療法がありませんから、
何度でも、殺してしまいます。
だからこそ、御本人には避けられないの。
それなのに、責任能力は完全とされます。
知能検査や学力検査で測られる能力は優秀で、
一流大学出身のお医者さんなのに、
やることは精神の病気と同じって、ごく普通にあります。
オウムのお医者さんも、そうでした。
有名人で言うと、三島由紀夫なんて人も、
責任を執ると言って、割腹自殺をしましたけれど、
やったことや、言ったことは、明らかに精神の病気でした。
健常と言う人は、滅多(めった)に、いないと思いますけれど、
御本人の自由な考えでなく、御本人には選択不能です。
それしか出来ない心理になっています。
そのことを、御本人は、それが絶対に正しいと、言いますので、
まるで、自由な考え方が、間違っているだけのように、聞こえます。
病気の症状が進んだだけです。
乳幼児期から、今で言う広汎性発達障害であることを、
御家族は気づいていました。
ついでに言うと、川端なんとかって、ノーベル賞の人も、頭が変でした。
みんなのやることをせずに、しんどい目をしないで、
小説を書いて、楽をして、遊びに忙しく暮らして、
それでいて、小説家として、ええかっこをしようとするのですから、
頭が変になるのは、当たり前です。
お二人とも、自殺しましたけれど、GIDもよく似ています。
みんなのやることをしないから、頭が変になったのか、
頭が変だから、みんなのやることができないのか、
生まれる前の、胎児の頃の事情を、探るまでもなく、
たぶん同じとわかります。
だって、できる、できないっていう能力の概念として、
過去や現在の出来事が表現されても、
未来に、するつもり、しないつもりっていう意志を、
正当化するための、説明にすぎないような気がするの。
能力がないって、するつもりがないってことの、
別の言い方で、
理由として、過去にしたことがないから、と説明しています。
未来の希望がないと、生きたくなくなりますから、
過去や現実を説明して、
これからもしないことを、不問にします。
これから、するつもりのことを、心懸けて下さい、
という意味です。
宇宙は均一であるとしますので、
過去にしたことがなければ、未来もしないと、
予測しますけれど、
見ている人間の頭のほうの、融通が効かないので、
宇宙って、いつも同じに見えるだけかも。
わたしは、あほかも知れないけれど、
GIDの人には、引きこもらないように、注意しています。
過去の例から言って、お酒や麻薬みたいに、
気持ちの良いことに浸り続けて、
体の内側からの調子が変化したときに、
体の変化に合わせて、生活を変えることができずに、
だんだんと何もしなくなって、痴呆になる人が一番多いから。
希望を持って生きるために、
自分の好きなことを、外に求めるのは、
良いことと、わたしは思っています。
GIDには、大鬱病のような何もできなくなる抑鬱症状や、
統合失調症のような妄想も、めったにありません。
たいていは、好きなことなら、できますし、
牙を剥き出して、嫌いなことを攻撃します。
いちばん多いのは、統合失調症の陰性症状のように、
しんどいことをしなくなる症状です。
やがて、あさっての気持ちから、痴呆になります。
これを防ぐために、生殖機能を壊すって、無体な…
そんなことをすれば、子供のいないGIDでは、
将来、確実につけが回ってきて、首が回らなくなります。
子供のいるGIDでは、体の形から、
異性装で出歩けば、笑われるのに決まっていますから、
やっぱり、自分から心を麻痺させるように、痴呆になります。
性転換って、当座の苦し紛れにすぎませんから、
体を壊さずに、好きなような性別の文化で、暮らして、
異性と生殖して、子供を生んで育てて、
結婚は、同性とでも、犬や猫とでも、異性とでも、
好きな相手として、結構です。
法律のほうは、人間の異性や同性としか、
当分は結婚を認めないと、思いますけれど。
だれと結婚しようが、結婚とは別に、
できるだけ、生殖をして、元気よく、暮らして欲しいの。
体が、異性に似ていて、差別されている人や、
異性にちっとも似ていないのに、
性別が違うって思っている人は、治りますから、
カムアウトしないほうが、得です。
退路を断つように、
自分から治らないようにしてはいけません。
カムアウトは、GIDを売り物にする人や、
精神障害者にたかって儲けようとする人が、
考え出した手にすぎません。
金(かね)づるを、手放さないようにするための、方策です。
カムアウトさせてしまえば、お金が逃げませんから。
GIDの顔が、お金に見えて来るの。
GIDの人は、性転換の公然化って、
患者さんのために、行なわれたと、
思っている人が多いけれど、お医者さんのためです。
患者さんのことを、親身になって考えていたのでは、
お医者さんの心が、持ちません。
毎日毎日、死ぬ人は、死んで行くのに…
わたしは、治癒した人の述懐を、大切にしています。
病気が花盛りの時の言葉と、
ほとんど全部が、正反対になって、
周囲の人の見る目と、同じになります。
初めて受診した頃は、
心は変更不能で、肉体は魂の牢獄だなんて、言っていました。
体を手術して、魂を解放するそうです。
自分の体を、醜いと嘆いていました。
治ると、心は体と一緒と言います。
体を、美醜で評価するのは、さもしいと言います。
わたしは、GIDの顔や体を、
美醜で評価する美容外科医を知っています。
患者さんよりも、精神の病気が重症かも知れませんが、
闇時代から、性転換医療に手を出す医師は、
診療科にかかわらず、精神障害者が大部分でした。
今も、それほど変わりません。
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