秋楡(あきにれ)って、関東以西は、どうしても虫がつきます。
それなのに、街路樹にする利点が、あるのかしら。
アキニレヨスジワタムシかも。
枝が高いので、確認できません。
アキニレハフクロフシっていう虫こぶを作るの。
葉っぱが細かいので、薬剤がかかりにくいのかも。
ジェンダーって、文化的な性別です。
文化って、簡単に変化しますけれど、みんなの変化です。
それに合わせて、自分の服装や言葉遣いや髪型などの、
ジェンダーと言われる文化の、具体的な中身を表示するのは、
生殖のためです。
性交渉をして、育児して、社会を作る目的です。
性交渉や育児などは、積み重ねられる経験ですので、
社会を作る時に、ジェンダーを表示するのも
これまでの経験と、これからの心積もりを、表示しています。
もはや妊娠の必要がなくても、ジェンダーを表示するのは、
他人と、コミュニケーションをするためです。
社会参加して、社会を作るための役割を、社会の中で得るには、
これまでの経験と、これからの心積もりを、表示しなければいけません。
不当表示は、悪徳です。
体の事情から、生殖できない人でも、社会参加はできます。
だから、わたしたちは、病気という概念をもうけて、
体の事情から、子供のいない人を、差別しないようにしています。
精神の病気の場合も、同じです。
性同一性障害は、その一つの診断名です。
健常でしたら、自分から生殖を拒否する人に、ジェンダーはありません。
社会は、生殖を拒否する人の、社会参加を認めません。
したがって、生殖拒否は、自殺と同じぐらいに、重症の精神症状です。
人間は、健常でしたら、
場合によって、個体の生存よりも、生殖を重視する傾向がありますので、
自殺よりも、生殖拒否のほうが、重症と言えるかも知れません。
わが子を助けるために、命を擲(なげう)つ親の気持ちが、
社会性の核心です。
この気持ちを、他人のためにも敷衍したのが、
一般的な社会性と言われる気持ちです。
体が健康であり、しかも、子供がいないにもかかわらず、
生殖を拒否する人の多くに、この気持ちがありません。
精神の病気です。
子供のいないのに、生殖を拒否する人が、
ジェンダーを表示するのは、病気でなければ、不当表示です。
生殖を拒否するのは、社会参加を拒否するのと同じですから、
ジェンダーの表示は、不当に決まっていますけれど、
精神の病気でしたら、許してもらえます。
病気でなければ、トランスジェンダーは、
杓子定規に認められませんけれど、
実際には、ジェンダーの具体的な中身って、
簡単に変化するぐらいに、文化的に曖昧であり、融通が効きます。
遊びのような、文化的な余裕の中に、
病気でない人たちの、トランスジェンダーが、
すっぽりと、含まれています。
遊びです。
ジェンダーの具体的な中身は、変化する文化的な指標です。
人は、体の性別を表示するために、わざと指標を掲げます。
生殖のためです。
生殖は、体の性別に従って、行なわれます。
人間は、有性生殖をするからです。
性別が、生殖のためにあるのは、言うまでもありません。
ジェンダーという文化的な性別も、その通りです。
みんなのおつき合いをして、ジェンダーの中身の、
具体的に変化する文化的指標を、
みんなと同じように掲げるのも、生殖のためです。
体の性別に合わせて、
性交渉をして、育児して、社会を作るためです。
有性生殖だから、体の性別に合わせています。
ジェンダーの中身は、変化する具体的な文化です。
二種類の体の生殖機能を、識別するための、
目安になるものを、積極的に表示して、
生殖を誘うためのものです。
どのように識別して、積極的に表示するかの、
具体的な中身が、文化的に変化しながら、
なんとなく合意されています。
識別の目安として、何を、どれぐらいに、重要視するかが、
具体的な中身です。
生殖が目的ですから、嘘をついたのでは、
生殖の拒否や、妨害になります。
病気でなければ、根本的に、絶対的な悪です。
人間は、有性生殖をしますから、
二種類の生殖機能を識別できなければ、生殖できません。
自動的に性交渉に及ぶ機能が、退化しているからです。
ほとんど、すべての生物の中で、人間のみの特徴です。
知的に識別せざるを得ません。
生殖器の形態による識別が、比較的確実ですが、
人間は、社会的動物と言われるように、
性交渉そのものよりも、
育児やコミュニケーションなどの、社会参加を大切にします。
妊娠や育児の期間が長く、脳の器質が未完成なうちに、
ほとんど未熟児と言える状態で、生まれて来るように、
生まれてから後の育児を、大切にしなければ、
人間では、出産も、世代交代の用をなしません。
社会を作り、社会参加をするのは、育児のようなものです。
総理大臣を選ぶのも、育児です。
人類の絶滅を招くのは、絶対的に、悪に決まっています。
憲法で、決まっています。
世界中です。
でも、病気の人は、道義的に不問にされます。
本人に責任がありませんから。
一々、病気と、表示する必要はありませんが、
性交渉に及ぶときなどは、カムアウトをする必要があります。
もしも、黙って性交渉に及び、相手をだませば、詐欺です。
当たり前です。
性別の不当表示は、生命の根幹に関わる悪であることを、
知っておいてください。
生殖は、遊びでありません。
個人の全生活、全生命が懸かっています。
でも、文化には、遊びがあります。
余裕があり、融通が効きます。
トランスジェンダーは、遊びの中に入っています。
基本的には、男の子の、色遊びのための、
駄々こねや、屁理屈や、ままごとですけれど、
一部の人は、精神の病気です。
病気でしたら、不当表示でなく、許されるのが道義ですので、
体の病気は言うまでもなく、
GID(性同一性障害)という精神の病気の診断が、
たんに、戸籍の性別を変更するためにのみ、
必要なのでないことを、理解して下さい。
昨日のトランスジェンダーの記事の、補足でした。
眠たいから、おやすみなさい。
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