愛しい乙女よ 253 清教徒

 
ベルリーニ Vincenzo Bellini 作曲
『清教徒』 I Puritani (The Puritans) 第一幕第5場
 
国王派のアルトゥーロ Arturo が
【愛しい乙女よ】 A te, o cara, amor talora … と、
結婚式を前にして、新婦エルヴィラのことを歌うアリア
 
テノール : アルフレード・クラウス Alfredo Kraus
 
     A te, o cara, amor talora
     Mi guido` furtivo e in pianto;
     Or mi guida a te d'accanto
     Tra la gioia e l'esultar.
 
     Al brillar di si bell'ora,
     Se rammento il mio tormento
     Si raddoppia il mio contento,
     M'e` piu` caro il palpitar d'amor.
 
                   日本語訳は、一杯あるみたい。
 
でも、アルトゥーロは、国王の妃を逃がすために、行方不明になります。
知らない女と姿を眩(くら)ました、と知ったエルヴィラは、
狂乱して、廃人になりました。
清教徒革命のさなかに、行動力のない女性が、翻弄される物語。
 
なんか、FtMのGID(性同一性障害)と、似ているみたい。
レスビアンになって、抵抗するだけが、GIDは現代的かしら。
狂乱して、廃人になるのは、ほとんどおんなじ。
だって、子宮も卵巣も乳房も、自分から切除しちゃうのだから。
 
子供のいる男性同性愛者の、戯言(たわごと)に乗せられて、
身を滅ぼさないでね。
 
このアリアには、上の上のC#(554Hz)と、
C(523Hz)が、一度ずつ、出てきます。
テノールの、限界の高さですけれど、
若いときは、地声と裏声の中間を、
境目がないように、自由に出せるみたい。
35才ぐらいになると、中間を出せなくなりますけれど、
できるだけ、大きな声を出さないでいると、長持ちするそうです。
 
オペラって、昔は、マイクを使わずに、大声を出して歌いましたので、
すぐに、声が潰(つぶ)れました。
最近は、マイクの使用を、恥と思わなくなりましたので、
昔よりは、長持ちするみたい。
 
これより半音上の、D(587Hz)の音あたりまで、
一流のテノール歌手でしたら、正面切って、出せるそうです。
 
清教徒に、男声のF(698Hz)も、ありますけれど、
作曲者のベルリーニは、
ジョヴァンニ・バッティスタ・ルビーニ Giovanni Battista Rubini
という近代テノールの始祖鳥みたいな人のために、書きました。
 
この人は、胸声と裏声(ファルセット)の、中間の声を使い、
カストラートの築いたベルカント唱法を、継承したそうですけれど、
この高さの音を、現代のテノール歌手は、カウンターテノールのように、
裏声(ファルセット)で出します。
清教徒には、C#とFの間の音が、使われていませんので、
たぶん、ルビーニ という人も、
 
          ***   ***
   
体のごつい女性は、差別虐待されるので、
性転換して男になりたいと、思いたくなります。
体のせいと言えずに、心の性別のせいと、先人が言います。
タブーがあるからなの。
 
あとを追うように、GIDになる人は、
心の性別のせい、とする先人の言い訳(わけ)を信じて、
自分の能力の不足から来る自閉の気持ちを、
心の性別のせいと、確信します。 
たいていは、発達障害の自閉から、社会生活に支障をきたすの。
 
体がちっとも、男性に似ていないのに、
心の性別を訴えて、内摘します。
卵巣や子宮を、捨てちゃうの。
 
この事情に、同性愛の誤解が、重なります。
異性愛も、同性愛も、みんなオナニーの要領なのに…
 
性器を、器械的に刺激すれば、気持ちよくなるのは、
生まれつきの反射です。
他の感覚刺激や、任意の具体的な想像などを、同時に行なうと、
やがて、性器を刺激しなくても、
他の感覚刺激や、特定の想像があるだけで、気持ちよくなります。
こういうのを、条件反射と言います。
 
生まれつきの、気持ちよくなる反射を、惹(ひきおこ)すための、
スイッチを、日常生活の、至る所に作っておくと、便利です。
反射の入り口を、漏斗(じょうご)のように、拡張して置きます。
 
人は、この仕組みを使って、オナニーと同じ要領で、
異性と性交渉をしたり、同性と性交渉をしたり、
獣や電球と性交渉をしたり、
ゴムの焦(こ)げるニオイを嗅(か)いで、性的に気持ち良くなったり、
美男子や、自分自身や、何かの物体や、
空気や抽象語などを、想像して、性的に気持ちよくなったりします。
 
また、実際に性器を擦りながら、条件反射を実行すると、
性的な気持ちよさが、増強されます。
亭主の体を使って、性器を擦りながら、
清らかな音楽を想像しても、結構ですし、
同性の女性に、性器を舐(な)めて貰(もら)いながら、
自分自身の体を想像しても、構いません。
 
ぜんぶ、オナニーの要領で、
生まれつきの、性器を刺激すると、気持ちよくなる反射に、
たくさんの条件反射のスイッチを、自由自在に取り付けたものです。
 
同性愛や異性愛だからと言って、何も特別なことはありません。
もろもろの条件の、一つにすぎません。
具体的に何を、条件付けるかは、
同性愛も異性愛も、獣姦も近親相姦も、ナルシズムも、すべて平等です。
 
幾つ、条件反射を作っても、構わないし、
封印して、使用禁止にするのも、自由です。
 
でも、生殖を拒否するのは、違います。
生殖しなければ、生物は絶滅しますので、
性的な気持ち良さと、生殖とを、自由に使い分ける能力が必要です。
 
生殖は、ただの、子供の生産でありません。
社会の、存在根拠ですから、
子供がいないのに、自分から生殖を拒否する心は、
社会性の未発達と、密接に関係しています。
子供を救うために、自分の命を捨てる親の心が、社会を維持しています。
社会性です。
 
人間の生殖を制御する心を、自我と言います。
子供がいないのに、体の健康な人が、自分から生殖を拒否する心には、
必ず、自我障害が現れています。
脳の器質に、病変のない精神の病気のことを、自我障害と言います。
自我障害があれば、必ず生殖を拒否するとは、言えません。
 
性器を擦る気持ち良さや、性的な条件反射を実行する気持ち良さなどと、
生殖とを、一緒に行なうのが、省エネで合理的ですけれど、
別々に行なっても、差し支えありません。
 
体が健康なのに、子供のいない成人が、生涯、生殖を拒否するのは、
自殺と同じで、明らかに精神の病気ですけれど、
性的快感と生殖との、使い分けの能力の低い発達障害が、
根本原因かも知れません。
 
ついでに言ますと、近親相姦も、先天的な病気が増えますから、
精神の病気ですけれど、
先天的な病気の増えることを、知らない人は、やってしまいます。
近親相姦によって、先天的な病気が増えることは、
近代科学がなくても、
大昔から、論より証拠を、見ていた世間の人々が、伝えて来ました。
自閉して、他人から情報を得ない人は、近親相姦をやってしまいます。
 
オナニーをすれば、精神の病気でないかと、本気で心配する人も、
たぶん、自閉の嫌疑が、掛かります。
表向きは、オナニーを忌避する道徳があっても、
ざっくばらんには、誰でも、オナニーをしているのに、別状ないことを、
他人との、気さくなコミュニケーションによって知ります。
自閉する人は、自分一人で、本気に悩みます。
 
性的に気持ち良くなるために、
同性愛や異性愛などを、自由自在に使い分けられるのに、
GID(性同一性障害)という精神の病気の人は、
知らなかったり、知ることを拒否したり、使い分けを拒否したりします。
自由に使い分けられないことを、良いこととして、
使い分けられる人を、ニセ者と言い、軽蔑します。
 
異性と生殖できない同性愛者が、本物の同性愛者であり、
異性とも同性とも、性交渉が出来て、生殖の出来るバイセクシャルは、
ニセ物の同性愛者だそうです。
 
そんなことを言えば、健常者は、
異性とも同性とも、物体とも空気とも、抽象語とも水とも獣とも、
何とでも、性的に気持ち良くなれますし、
何を思いながらでも、異性と生殖することができます。
どうしてくれるのでしょうか。
 
同性愛だから、心の性別が、体の性別と違う、と思っている人も、
GIDには、少なくありません。
電波に命令された、と聞いても、
必ずしも、精神の病気でありませんけれど、一応、気にかけて置きます。
心の性別や、心と体の性別の不一致などと、聞けば、
一応、電波と同じように、精神の病気の、懸念(けねん)を持ちます。
 
     同じ間違いが、金八先生では、丸出しでした。
     番組の制作自体が、精神の病気の症状と、わかりますので、
     ディレクターや制作者の名前を、覚えておきます。
     たいては、ゲイパレードで見掛けた顔や、
     GIDの大峰登山などで、署名をした同性愛者の中に、
     見つかるからです。
 
     でも、どこまでを、精神の病気として、保護してあげるかは、
     時代や場所によって、異なります。
 
     日本では、17世紀後半の江戸時代から、
     今で言う統合失調症の急性症状や、
     重症の知的障害や、子供などは、処罰されませんでした。
     イギリスやアメリカでは、19世紀の後半になっても、
     それらの精神障害や、非行に走る子供などが、
     公開で、首吊り刑にされていました。
 
     現在でも、麻薬やアル中の、心身喪失は死刑になりませんが、
     人格障害は、死刑になります。
     間違いなく、精神の病気ですが、
     ほとんどは、心神喪失や心神耗弱でなく、
     責任能力は完全とされます。
 
     御本人自身が、自分は健常と言います。
     知的障害でも、軽症の人は、そう言います。
     広汎性発達障害の、軽症の人などは、御本人だけでなく、
     親御さんも、病気扱いにして欲しくない、と言います。
 
     人格障害も、大部分の人は、病気でないと、
     御自身が思っていますけれど、精神の病気です。
     ほとんどは、責任能力が完全とされていますので、
     御本人の希望によって、死刑にしてもらうことができます。
 
     思春期以後の、脳や体の器質に、異常がないにもかかわらず、
     慢性的に、様々な精神障害に苦しみ、
     やがて、痴呆に至る人のほとんどは、
     乳幼児期の、軽症の発達障害が、放置されたことによります。
 
     どこまでを、精神の病気として、保護してあげるかは、
     社会の側の、余裕だけでなく、御本人の病識にもよります。
     器質に異常のない精神の病気では、
     治らない人と、最後まで病識を拒否する人とは、
     ほとんど同じです。
     御本人の意志を大切にすることと、
     病気として保護してあげることは、いつも衝突します。
 
     人格障害でも、現実には、御本人に、
     回避する方法がありません。
     治療してあげろ、と言われても、
     強制的に治療する方法が、ありません。
     教育するしかありませんが、御本人が拒否すれば、無理です。
 
     強制的に入院させても、監禁する以外になく、
     刑務所と同じになってしまいます。
     薬物によって、強制的に、意識を朦朧(もうろう)とさせて、
     意志を薄弱にすることができても、
     薬物による刑罰と、同じになってしまいます。
 
     粗暴な常習の刑法犯や、いわゆる間抜けな刑法犯は、
     大部分が知的障害ですけれど、ほとんどは服役します。
     法的に、責任能力は完全とされますが、
     実際には、本人にどうしようもありません。
     重症の知的障害者は、犯罪を冒す能力がありませんから、
     常習犯のほとんどは、
     健常との中間のような、軽い知的障害です。
 
     発達障害には、知能検査や学力検査に、症状の現れる障害と、
     そうでない広汎性発達障害とがあります。
     GIDの大部分の人は、乳幼児期に、
     軽症の、広汎性発達障害があります。
     一流大学の医学部にも、合格できますので、
     お医者さんも、少なくありません。
 
     人格障害は、乳幼児期の広汎性発達障害が原因になり、
     思春期以後に現れる精神障害の、最も多い症状です。
     統合失調症でも、発達障害が基礎にある人は、
     人と違う独自性や、考えを変更しない固い意志を、
     良いことと確信することが多く、治らずに痴呆になります。
     GIDも、治らない人は、同じ道をたどります。
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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