ラクウショウ 221 大家族

落羽松(ラクウショウ)の実です。
沼杉とも言うそうですけれど、水辺でなくても、育っています。
水がたくさんあると、根っこから、気根が、
 
わたしの実家に伝わる考え方では、
自分たちで食べて使う物を、自分たちで作らなければいけません。
みんなで、手分けして作った物を、融通し合う間柄は、一族です。
 
一族でない人から、お金で物を買うのは、情けない生き方です。
たとえ、お金で買うにしても、
見ず知らずの人の作った物を使うのは、乞食同然です。
 
一族は、お互いに顔見知りの、大家族です。
何もかもを、自給自足しますから、
農業だけでなく、製鉄も、造船も、製薬も、車も、家も、衣服も、
何もかも、家族で賄います。
 
どうしても、足りない原料は、一族の人が、外国で生産します。
それでも足りない物は、
よその一族と、協定を結んで、融通してもらいます。
けっして、協定のない物品を、
どこの馬の骨か、わからぬ人から、お金と交換に入手して、
生活の便宜のために、使用したりはしません。
 
物を使う時は、一族の、誰の作った物かを、知っていますので、
不具合があれば、本人に会い、
どのようにして作っているかを見て、間違いがあれば、指摘して、
こういう物を作って欲しいと、要望して、
兄弟姉妹のように、喧嘩します。
 
よその一族の作った物に、間違いがあれば、協定を結んだ張本人と会い、
いい加減な物を作る連中を、信用してはいけないと、
苦情を言い、喧嘩になります。
 
こうして出来た社会は、古代ギリシャの民主主義と同じです。
マケドニアのアレクドロス3世は、
古代エジプトや、古代インドのパンジャプまで、征服しましたが、
うちの一族はお盛んで、他の部族や民族を征服しないで、
ひたすら、混血を作って、静かに縄張りを、広げて来ました。
ユダヤ人に、似ているかも知れません。
 
     祖父の言うには、
     新聞やテレビや出版や、芸能や水商売や政治などは、
     遊び人のすることで、
     武士や博奕(ばくち)打ちは、やくざに決まっています。
 
     自衛隊や、船舶協会みたいなものかしら。
     そういえば、笹川さんって人は、競艇で儲けたやくざでした。
 
     笹川さんの商売敵の、田岡って人は、
     沖仲仕や港湾労働者の、組合を作って、
     関西のやくざの、親分になりました。
     沖仲仕って、伝統的に、やくざが仕切っていましたけれど、
     港が機械化されたので、影が薄くなりました。
     その時に、末端にあぶれたやくざを、束ねた人が、
     日本で最大の、やくざの組を作ったそうです。
     GIDの人たちも、お肉の輸入をしていた頃に、
     お宮詣りみたいに、しょっちゅう、詣(もう)でていました。
 
     それなら、宗教やお医者さんや、銀行や旅館は、
     やくざかしら。
     お医者さんは、わたしの意見を取り入れて、
     かたぎの内に、入れてもらいましたけれど、
     本来、死体やお肉の仕事は、被差別部落の縄張りだそうです。
     精神科は、メスを持たないと、抗弁すると、
     女の遊び人になって、なんとすると、祖父は怒りました。
 
     薬屋さんのほうが、お医者さんよりも、立派なのかしら。
     薬九層倍(くすりくそうばい)って、言いますけれど、
     9の9乗倍の、間違いでないかしら。
     1970年頃から、GIDを支援している企業グループは、
     今は、麻薬が得意な製薬会社も、経営していますけれど、
     マイケル・ジャクソンみたいな人にも、流していたりしてね。
     お医者さんを、通じてですが。
 
     銀行は、ユダヤ人が嫌われた原因になりましたし、
     旅館やホテルは、たしかに遊郭や賭場(とば)などを、
     経営していた業種です。
 
     お魚を獲るのは、どうなのって、祖父に尋ねると、
     漁業は、立派な職業だそうです。
     わたしの感じでは、漁師さんも、船乗りさんも、
     結構、遊び人と思います。
     お友達の性分化疾患の人は、港町ばかりを渡り歩いて、
     船乗りさんの、お相手をしていました。
     半分飲み屋で、半分娼婦でしたけれど、
     半分同性愛で、半分異性愛でした。
     10万トンを超える豪華客船なんて、
     ラスベガスや、リノみたいに、
     カジノがお目当ての、お客さんを集めています。
 
     うちの家は、代々、山を掘るお仕事でしたので、
     正真正銘の、山師でしたけれど、かたぎだそうです。
     半分やくざのような、気もするけれど。
 
     戦前に、朝鮮人労働者が、虐められたお話になると、
     いつも、鉱山が、槍玉にあげられます。
     あれは、新聞という遊び人どもの、でっち上げで、
     ほんとうは、昔の朝鮮は貧乏だったので、
     お金持ちの日本に憧れて、出稼ぎに来ただけです。
 
     日本でも、江戸時代は、のんびりと暮らしていましたので、
     近代的な仕事振りは、奴隷のように感じられました。
     明治の、女工哀史の時代だけでなく、
     戦後の集団就職の時代でも、
     田舎でお百姓をしていれば、冬は、お仕事もなく、暇でした。
     夏の農作業も、機械がないのに、重労働でなく、
     田畑が小さかったので、お相撲さんみたいに、
     ちょっとの間(ま)だけ、しんどい目をして、
     あとは気楽に、寝て暮らせるのが、お百姓さんでした。
 
     なんでも、自給自足でしたから、
     お味噌を作ったり、家の修繕をしたり、
     年中行事の、支度をしたりって、
     全部、自分でしなければなりません。
     家事に、ほとんどの時間を費(ついや)しますので、
     農作業は、暮らしの営みの、ほんの一部にすぎません。
     農作業だけを、お仕事とするなら、
     ほんの少ししか、働いていませんけれど、
     自給自足って、毎日の生活全体が、お仕事なんです。
     庭木の剪定のように、山の木を間伐して、下草を刈ります。
 
     賃金が目当ての仕事とは、違います。
     将来は、きっと、昔の姿に戻ります。
     自給自足って、貧乏になるから、
     協定を結んだ他人と他人が、たくさんの仲間を作って、
     分かれて暮らしたまま、みんなで自力更正します。
     なんか、アナキズムみたいですけれど。
 
     現在の賃金労働って、自由主義や社会主義の遺物ですから、
     失われた文化の大きさに耐えかねて、もうじき潰れるかも。
     うちの家なんか、昔の家の中の作業が、
     ひとつひとつ、会社になって、
     全体として、企業グループになっています。
     昔の家の、自給自足が、企業の起源なの。
 
     自分の家のことは、自分の家で、全部、賄います。
     みんなで、手分けして、お仕事をするの。
     綿を作って、綿花を収穫して、糸を紡いで、織物にして、
     衣服を作って、自分で着るところまで、
     全部、自前で行きます。
     今は大きくなって、株式会社ですけれど、
     家内工業と同じです。
 
     江戸時代の、米蔵の人足なんか、波止場に船が着けば、
     一俵60キロの、米俵を担いで、荷車まで運びました。
     でも、一日のうち、
     30分間のお仕事が、2回ほどあっただけです。
     待ち時間は、博打(ばくち)に、興じていました。
 
     つい最近でも、お相撲さんが、そうでしたけれど、
     俳優さんなんか、今もそうみたい。
     ほとんどが、待ち時間。
     お役人は、庁舎を離れれば、お仕事をしないで、
     一日中、博奕(ばくち)を打っている所も、あります。
 
     営林局長の叔父さんなんか、
     毎日、お役所から、蟹や伊勢エビを、お土産に持って帰るの。
     隣りがお役所で、裏口の木戸から、公邸に帰れます。
     まったけは、毎日でしたので、食べ飽きて、捨てました。
     お医者さんも、お中元やお歳暮ばっかりで、
     往生しますけれど。
 
     わたしのお友達は、ふらふらしている遊び人に限って、
     新聞社や出版社を、経営します。
     放送局もいました。
     でも、放送局は、お役所や、議員っていうやくざを
     買収しないと、開局できないので、面倒。
     出版社をやっている子なんか、
     原稿をせびりに来るだけでなく、
     資金を融通して欲しいって、強請(ねだ)りに来ます。
     遊び人に、お金を渡しても、ろくなことはありません。
     政治家になったりね。
     横須賀の人も、総理大臣になりました。
       
     GIDの人は、テレビや新聞に取りあげられたと言って、
     喜びます。
     わたしの感覚では、テレビや新聞に嗅ぎつけられると、
     なんとなく、いやな感じ。
     尻尾を掴(つか)まれると、せびり取られるもん。
     脅迫と同じでも、訴えられません。
 
     1970年頃にSRSを受けた人たちも、年寄りのGIDって自称して、
     掲示板に投稿していると、脅迫されました。
     でも、犯人がGIDでしたら、警察に訴えられません。
     仲間を売るようなことは、できないから。 
 
     だらしない遊び人とは、できるだけ、
     おつき合いしないほうが、いいのですけれど、
     性転換にかかわると、お友達が遊び人ばっかり。
     祖父は、精神科なんか、瘋癲(ふうてん)に決まっている、
     と言っていましたが、その通りかも。
     昔のアメリカなら、ヒッピーですし、
     インドでしたら、ダリット。
 
     精神の病気にかかると、今はお金持ちでも、遅かれ早かれ、
     社会の底辺に、落ちて行きます。
     発達と生殖と育児と労働の、
     どれかが、うまく行きませんから、尻すぼまりになるの。
     自分の身一つ、今を生きるのが、やっと、という人が、
     精神の病気の人に多い。
 
     朝鮮の人が、鉱山でこき使われたって、言うけれど、
     鉱山のお仕事って、現場は、重労働に決まっています。
     よほどの力自慢でなければ、務まりません。
     すごい熱さです。
 
     お百姓をしていた人は、歯を食いしばって、辛抱しました。
     機械化されていない時代の、
     お百姓の仕事と、炭坑の仕事では、
     比べものにならないぐらい、山は辛かったそうです。
     奴隷みたいなもの。
 
     製糸会社に勤めた明治の女工さんだけでなく、
     集団就職で、都会に出てきた戦後の団塊の世代の人たちも、
     みんな、感じました。
     都会って、残酷、孤独。
     自給自足のお百姓って、貧乏でも、気楽。
 
     近代社会の労働って、江戸時代の仕事振りと比べると、
     苦役なんです。
     チャップリンも、モダンタイムスで描いていました。
     朝鮮から、日本の鉱山に、出稼ぎに来た人たちも、
     それを感じました。
     それで、差別虐待されたって、思い込んでいる部分が、
     かなりあるみたい。
 
     実際に差別は、ありましたけれど、
     昔は日本人も、鉱山で働く人は、重労働で危険でした。
     結核の時代でしたから。
 
     お母さんの言うには、大阪の砲兵工廠で作った砲弾を、
     枚方って所の火薬庫に、真夜中に運びましたけれど、
     危険なお仕事だったので、朝鮮人のあんこばっかりでした。
     日本人は遠く離れて、指示を出していました。
     もしも爆発しても、死ぬのは朝鮮人だけ。
 
     あんこって、日雇いの人夫のことです。
     山谷や釜ヶ崎で、あおかんしている人です。
     あおかんって、路上や公園で、野宿することです。
 
     昔は、フォークリフトみたいな、気のきいた機械が、
     ありませんでしたから、
     大砲の弾を、トラックから貨車に、
     手作業で積み下ろしました。
     朝鮮人は裸足で、日本人は下駄履きだったそうです。
     学徒動員で工場に来た子も、
     みんな、下駄履きで働いていました。
 
     第二次世界大戦の当時って、
     下駄が、屋外での日常の履き物でした。
     今で言うと、作業靴を貸与されないお仕事は、
     普段の靴のままのように、
     昔も、作業靴を貸与されなければ、
     下駄のままでお仕事をしました。
 
     わたしも、子供時代に、朝鮮人の子と遊ぶと、怒られました。
     内緒で、いくらでも遊んでいましたけれど、
     見つかると、家族が困るって言って、泣きました。
     朝鮮人と日本人とは、生活習慣だけでなく、
     地位や身分や待遇が違います。
     黒人と白人みたいにね。
     朝鮮人と日本人を一緒に扱うと、両方から文句が出ました。
     女と男を一緒に扱うと、文句が出るのと、同じ気持ちでした。
 
     今でも、外国へ行くと、異民族が仲良くしてるのは、
     見せ掛けと、わかります。
     民族が違えば、命の価値なんか、犬猫と同じ。
     平和でしたら、犬猫を可愛がるように、大切にします。
     今の日本人でも、生きるか死ぬかの、瀬戸際になれば、
     犬猫を殺すのは、やむを得ません。
     外国では、異民族でしたら、そういう友情なの。
     一触即発ね。
     ボスニアヘルツェゴビナみたいになります。
     危険を後ろ楯に、平和を保つ技術を、磨いているのが、
     外国の多民族社会。
 
     虐めると、絶対に仕返しをするわよ。 
     負けるかもしれないけれど、
     あなたがたのほうも、犠牲者が出ます。
     それでも、いいかしら。
     パレスチナなんか、ずーっと、仕返しの応酬。
 
     大阪に暮らしていたことがありますけれど、
     まわりが、朝鮮韓国の人ばっかりになったから、
     引っ越さざるを、得なくなりました。
     だって、道も舗装してくれないし、
     朝鮮の人は、家の前を掃かないから、
     ゴミだらけになりました。
     1960年頃ね。
 
     その頃、部落差別も、田舎では、橋から逆さ吊りでした。
     それでも、事件になりません。
     都会では、学校の先生や校長や、教育委員会の人が、
     堂々と、被差別部落の人を、批判していました。
 
     ちょうど、同じ時代の、アメリカの黒人差別の感じ。
     知事さんや市長さんが、
     人種差別に賛成の演説をしていました。
     日本でも、1960年頃は、
     部落差別に賛成の人が、たくさんいました。
     差別すると、仕返しに、吊し上げに遭って、
     小突き回されましたので、
     その後、部落差別に賛成する人が、急速に少なくなりました。
     アメリカでは、差別する人は、暗殺されました。
 
     日本って、平和な国です。
     アメリカの、黒人解放運動のテロや、
     中国の、文化大革命の騒乱を、後ろ盾にして、
     虎の威を借りましたから、賢いやりかたでした。
 
うちの人間は、生活のすべてを、
家族で知り、家族で作って、家族で賄うの。
家族の人数が増えて、大家族になれば、国になります。
天皇陛下も、遊び人も、やくざも、みんな身内の建前。
やくざも、天皇陛下も、恐くないと言う建前。
家族だから。 
うちの家は、そういう暮らしだから、
GIDの人たちと、知り合ってしまいました。
 
1970年頃に、SRS(性転換手術)を受けた日本の人たちは、
性分化疾患を、宗教的に優遇する同族組織の、福祉事業に頼りました。
宗教は、すでに文化財の番人と言うほどに、形骸化していましたが、
昔から同族組織が、近代的な経済組織になっていました。
今は、資産のほとんどを、海外に移転していますが、
うちの家と、お仕事を一緒にしたことがあるので、
わたしが、GIDや性分化疾患の人たちと、知り合うことになりました。
 
GID(性同一性障害)って、強制的に治療される病気でありませんから、
理由なんか、どうでもいいのに、
やっぱり、理由がないと、体裁が悪いのかしら。
歌舞伎や宝塚なんか、理由もへったくれもないのに。
 
手術するから、と言う人もいます。
闇だったら、関係ないのに。
1970年代にSRSを受けた人たちは、完全に治っているのに、
埼玉以後の人は、なんとなく、治り方が遅い。
もうちょっと見ないと、はっきりしませんけれど、
しょうもない理由をつけるから、治りが遅いかもね。
      
心の性別っていう理由。
これでしたら、否定されることが、絶対にありません。
神様が、ほんとうに居るって言えば、絶対に否定されません。
だって、居ることを証明するよりも、
居ないことを証明するほうが、遙かに難しいでしょう?
 
ほんとうに、神様が居るのなら、居ることを証明できるはずですけれど、
ほんとうは、神様なんか居なくても、
居ないことを証明するのは、不可能です。
 
心の性別も、そうなんですよ。
神秘的直感って、言います。
昔は、みんな、子供の頃から、異性として育てられたと、
言っていました。
それでも、水商売のオカマの人は、繁盛していました。
そんなもん、子供の頃から、異性として育てられた人なんか、
一人もいませんでしたから、嘘八百ですけれど、
嘘でも、人気があれば、お店は儲かるんです。
      
それが、1975年頃から、心の性別と、言い出すようになりました。
ハリー・ベンジャミンの説が、伝わって来たので、
オカマの人は、こっちに乗り換えました。
子供の頃から女の子として育てられたは、やめて、
体は男でも、心の性別が女のほうに、鞍替えしたの。
1980年ぐらいになると、ホルモンシャワー説が伝わったので、
女の子として育てられたって言う人は、
一人もいなくなりました。
ばたばたばたっと、みんな宗旨替えしたの。
どうせ、オカマの言うことですから、誰も気にしていません。
 
子供の頃から女の子として育てられたと言おうが、
体は男なのに、ホルモンシャワーで、心は女と言おうが、
意味は同じです。
だって、言っている人が、同じなんだから、
意味も同じに、決まっています。
      
ところが、埼玉がGIDの治療ってのをやりはじめてから、
なんか、本物のGIDって子が、わいて来たのよね。
精神科の病気って、ありもしない病気をでっち上げても、
看板さえ上げれば、我こそは本物って言う患者さんが、現れます。
精神の病気って、そんなもんって、わからない人は、
精神科に、かかわらないほうがいいかも。
 
マスコミって、そういうのが好きです。
遊び人が、ダダイズムみたいな人たちを呼び集めて、
舌先三寸で、食べて行こうって感じ。
大学の文学部を卒業した男の子って、
就職先がないから、新聞社しか仕方ないのかしら。
わたしの従兄弟も、やくざみたいに、業界新聞をやっていたはずなのに、
いつのまにか、地方の、日刊紙をやっているの。
若い子に、流行ばっかり、追わせています。
そうでないと、売れないそうで…
いっぱしに、第一面に、政治評論を書いています。
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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