会津藩士のお墓 144 アイデンティティ

横須賀の観音崎という所の、会津藩士のお墓です。
幕末に、会津藩が、横須賀の海の警備を、担当していたので、
横須賀市と、会津若松市とは、友好都市として、提携しています。
異国船を、やっつけるのかしら。
当時の会津藩士のお墓が、横須賀市の史跡になっています。
 
まだ、幕末からこっちの、最近のお墓ですし、
現在も子孫のかたがたが、お暮らしのようですので、
なまなましいのは遠慮します。
  
1810年に、幕府から請け負い、
会津藩は、横須賀市の浦賀や、三浦市の城ヶ島などに、
台場や陣屋を作っています。
1837年に、浦賀沖に現れたアメリカのモリソン号が、
初めて東京近辺に来航した外国船ですけれど、
砲撃されて、追い払われています。
 
異国船打払令の通りの対応でしたけれど、
後のオランダ風説書には、
遭難してマカオに滞在していた日本の漁民7名を、
イギリスの商船が、日本へ送り届けようとしたと、書かれています。
幕府は、モリソン号を、軍艦と誤認したようです。
 
この事件が露見して、三河の田原藩家老の渡辺崋山や、
医師で蘭学者の高野長英などが、幕府の政策を批判しましたので、
蛮社の獄になりました。
渡辺崋山は、自宅謹慎の判決でしたが、三河の自宅で、自殺しました。
高野長英は、終身刑でしたが、脱獄して、江戸に潜伏していたところを、
発見されて殺害されました。
 
モリソン号は、アメリカの商船なのに、
オランダ風説書は、イギリスの商船と書き、
イギリスの植民地政策の陰険さを、幕府に告げ口しています。
モリソン号も、商船とは言いながら、
日本との通商を画策するために、アメリカ政府の意を受けていました。
 
会津藩が、横須賀に防衛陣地を作ってから、27年後ですから、
幕府に、かなりの先見の明があったことは、確かです。
でも、27年前の先見の明は、
すでに、時代遅れになっていたのかも知れません。
 
1845年に、捕鯨船のマンハッタン号が、浦賀沖に停泊しました。
この時に、日本の小舟が300隻で、マンハッタン号を曳航しています。
1隻ごとに、15人が乗っていたと言われていますので、
幕府は、海上だけでも、4500人を動員しています。
食料やお土産などを、無償で供与して、
丁重に引き揚げてもらいました。
 
モリソン号の教訓があったかも知れませんが、
マンハッタン号の、マーケイター・クーパー船長は、
その後、探検家として有名になり、南極大陸の東側を発見しています。
この人も、11人の漂流民を送り届ける名目で、
日本の開国を目論んでいました。
 
1846年に、アメリカ東インド艦隊司令官ジェームズ・ビドルが、
2隻の軍艦で、マカオから浦賀に来ましたが、
オランダ風説書に、具体的な来訪が書かれていましたので、
幕府は予想していました。
軍艦と言っても、帆船でしたので、
浦賀湾内では、動きが取れず、日本側の小舟に曳航されました。
 
彼は、けっして不信感や敵愾心を煽ってはいけないと、
命令されていましたので、
平和的に粘り強く交渉するはずでしたが、
長崎に回るようにと、幕府から言われると、
そのまま、太平洋を横断して、アメリカに帰ってしまいました。
体調が悪かったようです。
 
1853年の、ペリーの来航も、オランダ風説書で知られていました。
彼は、武力で威嚇して、戦争も辞さずの構えで交渉するように、
命令されていました。
ビドルの失敗を研究したとも言われています。
 
木造コールタール塗りの外輪蒸気船ですから、
煙突があり黒煙を吐きます。
外洋を航海するときは、帆を使い、湾内は蒸気エンジンを使います。
4隻のうちの2隻が蒸気フリゲート鑑で、残りの2隻が帆船でしたので、
日本の艀(はしけ)に引っ張って貰わなくても、
蒸気船が帆船を曳航して、艦隊全体が湾内を自力で航行しました。
当時の大型フリゲート鑑は、現在と違い、
軍艦では最大級の大きさだったそうです。
 
ペリーの東インド艦隊旗艦のサスケハナ号は、
1947年の建造ですけれど、
1940年代前半に、フランスやイギリスは、
それぞれ20隻以上の蒸気船を、軍艦として保有していましたが、
世界で最初に蒸気軍艦を建造したはずのアメリカは、
1隻も保有していませんでした。
 
当時の蒸気船は、大量の石炭を必要とした割には、短距離しか走れず、
外洋を航海できるほどの、実用性がありませんでした。
港の中を、自力で航行できる魅力はありましたが、
石炭の補給基地が必要でしたので、
敵地を自由に航行できるとは限りませんでした。
  
ペリーは、遅ればせながら、
アメリカの蒸気船による艦隊を造った張本人で、
アメリカでは、蒸気海軍の父と呼ばれているそうです。
フランスやイギリスは、
すでにスクリューを使った蒸気船の時代になっていましたので、
アメリカ海軍の外輪船艦隊は、時代遅れでした。
 
1858年に、イギリスで建造されたグレート・イースタン号は、
全長210mで外輪とスクリューの両方を備えた鋼鉄船でした。
1864年にイギリスで建造された長鯨丸は、
77mの鉄鋼製の完全な汽船でしたが、外輪船でした。
1867年に、オランダで建造された開陽丸は、
72mの木造大型船でしたが、スクリュープロペラを持つ汽帆船でした。
 
造船技術が目まぐるしく進歩する時代でしたので、同じ幕末と言っても、
日本の開陽丸は、ペリー艦隊の旗艦のサスケハナ号とは、
比較にならないほどの、強力な軍艦でした。
 
会津藩士のお墓は、各地で史跡になっていますけれど、
殿様が京都の守護職で、戊辰戦争の主力でしたので、
京都に多いようです。
三浦半島と、樺太や宗谷地方の守備を、受け持っていましたので、
その方面にも、お墓があります。
 
会津藩って、徳川二代将軍秀忠の子の、保科正之が藩主になってから、
徳川幕府の、有力な親藩でした。
御三家の水戸家よりも、実際の収入は多かったそうです。
昔の武士の家柄は、養子が多く、
同程度の家格の親戚の間で、養子を融通し合って、家を守りますので、
家という血筋よりも、親戚関係の血筋のほうが、大切かも知れません。
 
     ヨーロッパの王族と同じです。
     ロシアもオーストリアもフランスもイギリスもスペインも、
     王族はみんな、親戚同士で、
     いわゆるインターナショナルな階級を形成しています。
     軍事力で制服した王朝では、
     どうしても階級社会を避けられません。
     日本の武家政権も同じですので、
     これが日本の、平和で平等な社会を築いたとは、言えません。
  
     平等な社会って、軍事力で制服した権力でなく、
     祖先を共有する土着の血筋の、同族社会でなければ、
     生まれないかも。
     血筋が一つでなければなりませんので、
     欧米大陸の多民族社会では、実現不可能でしたけれど、
     日本のような島国では、実現できたのかも知れません。
 
     同じ一つの血筋って、自己同一性と、よく似ています。
     自己同一性は、事実の起こった順番に、
     一本の時間の上に、記憶を並べることによって、生まれます。
     自己同一性のことを、アイデンティティと言います。
     自己存在証明とか、帰属意識などと、
     翻訳されることもあります。
 
     日本人のアイデンティティは、
     多くが、同族社会の血筋によって保証されています。
     欧米の多民族社会では、階級意識によって保証されています。
     だから、帰属意識とも翻訳されますが、
     日本では、医師のエリート意識や、被差別部落の人の気持ちが、
     欧米の階級意識と、ほぼ同じで、
     ヨーロッパでは、ユダヤ人が、その魁でした。
 
     仏教のお坊さんの世襲感覚が、
     日本人のアイデンティティの、標準に近いかも知れません。
     ヨーロッパでは、ユダヤ人を虐殺したドイツや、
     オランダやポーランドなどの、
     伝統的な土地に縋り付いた農民の意識です。
 
     自己同一性って、事実に依拠していますけれど、
     仲間が違えば、事実も違います。
     自然の出来事でも、見方が異なれば、
     人によって異なったものに見えますので、
     同じ自然の出来事は、同じ見方でなければ、あり得ません。
     事実は、仲間内でなければ、普遍性を失います。
 
     自然の出来事は、
     あらかじめ、他人と情報を交換するために、
     他人と共通の事実、という形式によって認識されて、
     記憶されます。
     共有する形式が異なれば、
     同じ出来事を見ても、記憶される事実が異なりますから、
     人と、話が通じません。
 
     同じ自然の出来事は、
     そもそも、架空の幻影のようなもの、と言う人もいるほどです。
     同じ事実があるだけです。
 
     人の出来事や、社会の出来事も、
     目で見て、手で触って、実際に知れる出来事は、
     自然の出来事です。
     でも、心の中だけの出来事は、自然の出来事の中でも、
     事実と区別されます。
     これを、絵符やタグのように、事実に結びつけて、
     記憶したり、人に伝えたりするのが、
     人間特有の自我の賢さの一つで、自己同一性と言われます。
     多くの人は、事実の推移にかこつけて、
     無意味な数字や文字の配列を記憶すると、忘れないはずです。
 
     そもそも、文字に書き留めるのが、そうでしょう?
     文字って、目で見て、手で触って、耳で聞いてって種類の、
     自然の出来事です。
     人に伝えるための、共通の形式に、すでに整理されています。
     でも、書かれていることは、
     心は夢のように宙を漂う、という内容だったりします。
     その人の心の中だけの出来事ですから、事実でありません。
 
     事実って、人に伝えるための共通の形式ですから、
     形式が違うと、伝わりません。
     文字も、日本の文字と、ロシアの文字は、形式が違うので、
     日本人とロシア人の間では、事実として、通用しません。
 
     人と人との、コミュニケーションの実態がなければ、
     自己同一性という自我機能の一種も、認められませんから、
     他人には、あさっての解離した心のように、見えます。
 
     終戦直後に、マッカーサーは、日本人を、
     12才の少年と言いましたけれど、
     健常な人から見ると、GID(性同一性障害)の人は、
     10才ぐらいに見えます。
     GIDでありながら、一流の大学を卒業した医師でも、10才です。
     それぐらいに、心があさってに見えますので、
     保護してあげなければいけないほどの、
     可哀想な精神障害者に感じられます。
 
     原因は、意志疎通を拒否するからです。
     そのことを自閉傾向と言います。
     自分だけで判断して、頑固に確信して、人を馬鹿にしています。
     GIDの中でも、医師には、その傾向が特に強く、
     重症になりやすいようです。
     人が何と言おうが、自分だけは、本当のことを知っていると、
     確信しています。
 
     実際は、自分だけの本当のことなどと言うのは、ありません。
     医師の多くは、学校時代の成績が優秀でしたので、
     他人が全員、間違っていても、
     自分だけが、正解を言い当てた経験を、たくさん持っています。
     それは、試験問題と正答例を作った人の、権威に頼っています。
     その人の権威に縋れば、周囲の全員の反対があっても、
     自分だけが正しかったと、最後にわかります。
 
     非常に漫画的な、幼稚な正しさです。
     世間では、そんな正しさは、どこにもありません。
     みんなの同意を得られなければ、死ぬまで笑われます。
     自分の予想通りに、みんなが死んで、
     自分一人だけが生き残っても、
     それが正しい証拠と思い込むのは、
     妄想にも似た独り善がりです。
     そんな直感を、頑固に持っている人が、
     医師には少なくありません。
 
     子供の頃から、そういうふうに、躾けられてしまったのが、
     原因かも知れませんけれど、
     それ以前からの、自閉的素質もあるかも知れません。
     自閉して、受験勉強に没頭しさえすれば、
     家のお手伝いをせずに、人とつき合わなくても、
     どこかの権威が、学力試験で高い点数をつけてくれます。
     賢い賢いと、頭を撫でてくれます。
     これが、医師の直感的な妄想を、変更不能にして、
     GIDに、医師の多い原因でないか、とも言われてますが、
     原因の原因を遡れば、きりがないような気もします。
 
     被差別部落出身の人や、性的虐待を受けた人なども、
     その傾向が強いかも知れません。
     人を気にせずに、鼻で笑い、自分の生殖機能をダメにして、
     死んでも性別がどうのこうのと、頑固に言いながら、
     自滅するかも。
     本人のせいでありませんが、本人には変更不能です。
 
     本物のGIDというものがあるかのように、頑なに確信して、
     自分と同じぐらいに、学力の優秀な人や、気に入った人にのみ、
     SRS(性転換手術)を認めますが、
     そうでない人たちを、GIDと診断しないように、
     あるいは、SRSを受けさせないように、身を挺して主張して…
     そのために、精神科や形成外科の、
     医師になる人もいるほどです。
 
     GIDの中でも、最も重症のタイプで、
     一度、これは間違いない、自分はこう考えると、人に言うと、
     一生、変更できません。
     カミングアウトです。
     これを勧める医師がいますので、GIDを医原病と言う人もいますし、
     マッチポンプのように、
     医師が火をつけておきながら、自分で消防車を運転して、
     最初に現場に駆けつける医療とも言われています。
 
     カミングすると、
     意地でも、考えが変わったと言えなくなりますので、
     そのために医者にもなりますし、
     生殖器を除去することにもなります。
     そのために死ぬことを恐れずに、人を殺すこともあります。
 
     こうであると、実行してしまえば、
     変更して謝罪することを、絶対にしません。
     医師によくあるタイプですけれど、
     患者さんに対して、やってしまったことを、
     間違いだったと、認めようとしても、
     なかなか、正直に言えませんので、
     薬剤エイズで訴えられた大学教授のような気持ちを、
     医師に多い職業病と言う人もいます。
 
     医師でありながら、GIDである人には、
     体の性別と異なる性別の気持ちを、
     生まれながらのものや、実体のあるもののように、
     前提としている人が、少なくありません。
     わたしは、その可能性も否定できないと、言いますけれど、
     それが正しいとは、言えません。
 
     体の性別に適応できない人がいるのは、確かですけれど、
     体の性別を許容できる心を、形成できない人には、
     必ずと言っていいほど、自我障害が現れています。
     おそらく、男ならこれこれ、女ならこれこれ、
     という文化や趣味を、変更できなくなっています。
 
     医師だけでなく、似たような頑固さは、
     発達障害や統合失調症にも、珍しくありません。
     知能や学力とは、あまり関係ありませんが、
     本人は、医師でしたら、知能や学力と関係があると、
     思い込んでいるかも知れません。
     人のことを言う時は、知能や学力が低いからと思い込み、
     自分のことを言う時は、高いからと。
      
     年寄りのGIDと言われる人たちは、
     100人ほどの知能指数の平均が、130台後半でした。
     高い人は、IQ185や200で、
     学力の優秀な人は、学校時代に、文部省の学力検査を受けると、
     全国の同年齢の受験者の首席でした。
     治癒した後には、知能の低い人や、学力の低い人などと、
     のんびりと、ゆっくりと話ができるようになっていました。
     病気真っ盛りの時とは、全然、様子が違います。
 
     頑固さを解きほぐすには、
     たぶん、時間をかけて、人と話すことが大切です。
     時間が必要ですので、学力を養う時間がなくなり、
     あほになりますが、病気は治るかも知れません。
     我が子が知的障害者なら、いっぺんにわかるのですが。
     自分の病気を、自覚できるようになります。
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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