久里浜 132 治癒

横須賀市の、久里浜港内です。
 
 
ネットのブログって、家族に不幸があった時に、続けられるかしら。
非公開の日記ですと、葬儀屋さんの電話番号とか、代金とか、
参列者の名前とか、香典の金額とか、お寺さんの費用とか、戒名とか、
事務的なメモを、日記の形で記録する人がいます。
それなら、自分が死にそうになるまで、続けられるかも。
 
わたしも、非公開のブログを持っていますけれど、
自分が病気になった時に、病室からネットにアクセスするのは、
かなり元気でないとできません。
病院内で覚えて置かなければいけない事もありますので、
メモ帳や日記帳に鉛筆で書くほうが、きっと便利です。
 
公開のブログでは、プライベートなことを書けませんので、
近親に不幸があると、たぶん、お休みになります。
そのまま、二度と再開する気持ちになれないかも。
インターネットに、メモや日記を書き留めるのは、
公開でも、非公開でも、そもそも不合理かも知れません。
 
     日本のGID(性同一性障害)の人って、
     1万人ぐらいしかいないので、
     お互いに顔を覚えられるほどです。
     症例を紹介する時も、すぐに誰のことか、わかるので、
     具体的なことは、ほとんど書けません。
 
     ものすごく狭い、仲間内同士の社会ですので、
     マスコミがGIDを紹介するって、実際には、
     特定の友達グループを紹介するのと、同じです。
     特定の私的な友達グループのために、
     特別に法律を作っています。
 
     この人達は、性交渉を共有していて、
     けっして、開かれたグループでありません。
     性交渉を共にする人たちの、合言葉のような気持ちが、
     仲間意識を支えているのに、
     自分達のための、特権的な法律まで、
     国家に作ってもらいました。
 
     欧米の例があったからです。
     キリスト教による公的な差別や虐待がありましたので、
     社会全体の贖罪意識が、GIDを優遇する措置になりました。
     日本で言えば、部落差別があったので、
     被差別部落に対する優遇措置ができたのと、
     似たようなものです。
     日本では、同性愛者に対する差別や虐待は、
     公的にも文化的にも、ありませんでした。
     売春や風俗業などに対する差別感情が、今もあります。
 
     国民も国会議員も、GIDのことを、何も知らないのに、
     法律が出きるという非民主的な立法の典型です。
     事務的な手続きを取り決めた法律が、
     たくさん必要ですけれど、
     国民や国会議員が、膨大なお役所の実務を、
     知っているわけがありません。
 
     でも、GIDのための特例法は、
     性転換医療が欧米の真似だったから、
     一部の医師の思惑が、通ってしまいました。
     欧米の宗教による同性愛差別は、日本にありませんので、
     事情がまったく違います。
     精神障害の症状は、文化や趣味の流行に応じて異なることを、
     一般の人は知りません。
 
     日本でGIDの特例法が出来たのは、
     部落解放運動の成果と言う人もいますが、
     戸籍制度も、本家の中国よりも、
     おそらく日本が、世界の中心です。
     歌舞伎や宝塚も、たいへん特殊なメジャー文化ですし、
     第二次世界大戦後、男子皆兵の徴兵制度がなく、
     戦争を経験していないという特殊性もあります。
     昔から言われている通り、
     だいたいは、世界に冠たる平和な単一民族社会です。
     多民族の殺し合いの大陸社会とは、大きく異なります。
     スラム街のない国も、日本だけかも知れません。
 
     古代ギリシャでは、
     人口1万人が民主制の限界、と言っていた人がいました。
     ペロポネソス戦争当時の古代アテネが、
     人口30万と推定されています。
     4割が奴隷でした。
     インドでは、現代でも15%が、
     いわゆる不可触賎民のダリットです。
     
     日本のGIDと、欧米のGIDは、
     同じ診断基準を共有したとしても、同じにはなり得ません。
     GIDは発達障害や精神病などでないからです。
     でも、発達障害や精神病などを、基礎に持っています。
 
お医者さんも、性交渉を共にできなければ、
GIDの人達の仲間意識を、知り得ません。
性交渉をわかち合えない人には、けっして教えない気持ちの中に、
GIDを、病気の一種とする核心の理由がありますけれど、
診断基準になっていません。
 
GIDの人と、性交渉を共にしていないお医者さんは、
GIDの性愛の気持ちについて、
嘘しか、聞いていないと思っておいたほうが、無難です。
GIDのための法律がありますけれど、特例法ですので、
一般的な法律と言うよりも、
特定の人を、特別扱いにする法律かも知れません。
 
SRS(性転換手術)を受けても、
一般の人との性交渉には、耐えられません。
MtFでは、柔軟で深い膣を作ればよい、と言う医師もいますが、
女性としては、異常に上半身が大きく、体に触れば、男性のお肉です。
お相撲さんのお肉に触れれば、目を瞑っていても、
男性とすぐにわかるのと同じです。
エストロゲン剤を使っても、MtFでは、皮下脂肪がつくのでなく、
筋肉組織に、脂肪が混じるだけです。
 
FtMの男性器は、ほとんど性交渉の実用になりません。
立ちしょんべんは出来ます。
 
性転換しても、仲間内か、さもなければ精神障害者としか、
家庭を持てません。
GIDの人が、健常に、普通に暮らすには、
SRSを受けていようが、いよまいが、治癒するしかありません。
 
     治癒した人は、どちらの性別にも、適応できますけれど、
     人生経験から言って、
     元の性別のほうが、暮らしの容易な人と、
     着衣の体の見掛けから言って、
     新しい性別で暮らしたほうが、楽な人とがいます。
 
     だいたいは、元の性別で暮らすほうが有利ですので、
     SRSを受けていない人は、
     性ホルモン剤の使用を減らした時に、
     御本人自身の性ホルモンの分泌が、
     回復するかどうかを、調べることになります。
     たいていは、回復します。
 
     配偶子の生産も、元々が健常だった人は、
     回復する可能性がありますので、
     性器の外観を変更する手術を受けない人は、
     性腺を摘出しないことを、強くお薦めします。
     性器の外観を変更しても、性腺を除去せずに、
     機能を残す方法もあります。
 
     性腺を摘出してしまっている人は、
     エストロゲンを使うほうが良いか、
     テストステロンを使うほうが良いかを、調べます。
     どちらの性別で暮らすかとは、また別です。
 
     元々の体の分泌する性ホルモンによって、
     体に異常をきたさなかった人は、
     性転換医療を受けなかったほうが、良かったかも知れません。
     医師のほうから言うと、
     御本人の精神的な理由から、性転換医療を実施するのは、
     おそらく、緊急避難的な意味しかありませんので、
     去勢や内摘だけというのは、慎むべきです。
     精神療法で、回避できます。
     FtMでは、内摘だけというのが、
     性転換の一般的な手順の中に入っていますので、異様です。
 
     GIDでは、約半数が治癒します。
     治癒した人の、精神と体の、後遺症の治療が、
     GID医療では大切です。
     治癒しない人は、高い蓋然性で、認知障害が進行します。
 
     わたしは、GIDの半数が治癒する事実を、
     蔑ろにしたくありません。
     治癒しないのは、診断の仕方でなく、
     治療法が間違っています。
     わざと治癒しないように、
     病気が悪化するように、治療してはいけません。
 
発達障害と騒ぐほどでもない軽症の人達ですので、
性転換のような重度の症状を避けられないとは、思えません。
実際のところは、統合失調症の患者さんでも、
乳幼児期に、発達障害と騒ぐほどでもない発達障害しか、
確認できません。
 
GIDを、統合失調症の一種とするなら、
特例法を通した医師たちの、
思惑を正当化できるかも知れませんけれど、
非定型の抗精神病薬が出来てから、
統合失調症を、他の精神障害から隔離して、精神病とする理由が、
なくなってきました。
 
他の精神障害と同等に対処しようとするのが、
新しい治療法の試みです。
GIDの治療法もまた、以前は統合失調症と同じ扱いでしたが、
現在では、性転換を主流とするように、変わって来ました。
精神分裂病を、統合失調症と、改名したのと同じように、
精神分裂病の一部を、小分けして、
GIDとしたようなものかも知れません。
 
特例法という特別扱いの法律が、GIDのために必要になってきたのは、
無理からぬことかも知れません。
抗精神病薬を使わずに、性ホルモン剤と手術で済ませようとするのは、
画期的とも言えますが、古い試みとも言えます。
統合失調症も、ロボトミーや去勢という手術療法が、
薬物療法以前の、古い試みでした。
GIDの性転換療法も、それに似ています。
 
性転換治療との因果関係は、あやふやですが、
半数が治るという実態を、わたしは重視します。
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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