第三管区海上保安庁の、横浜の験潮所の、潮干狩りカレンダー。
クリックして大きくすると、文字が読めます。
黄色っぽい時間帯が、干潮なので、潮干狩りに最適。
オレンジ色の濃いところは、最も潮の退く時間。
東京湾は、横須賀も含めて、
10分ぐらいの誤差で利用できるそうです。
横須賀の潮干狩りは、
浦賀に近い走水(はしりみず)海岸に行きます。
採れるのはアサリなので、
5月になるまで待ったほうが、貝が大きく成長するかも知れません。
潮の満ち引きは、月や太陽や地球の、
引力と運動によって、起こりますけれど、
運動を見て、引力という力があると仮定しましたので、
引力と運動とは、同じことを言っています。
万有引力は、目に見えない原理でなく、
物体の運動のことを言っていますので、はっきりと目に見えます。
地球の表面の人間が、丸い地球の裏に居ても、表に居ても、、
地球から滑り落ちずに、磁石に吸い付けられたように、
地球の中心に引っ張られているのを、
目に見えない力のように、不思議に思う人がいます。
だって、滑り落ちるはずなのに、
何者かに、引っ張ってもらって、
かろうじて、滑り落ちないのなら、
墜ちそうで落ちずに、助けてもらっている感じが、
体にあるはずです。
それを感じないのは、おかしい、と言う人がいます。
その人は、自分は神様の力を感じているのに、
世の中には、神様の力を感じない人がいて、
そういう人は、精神障害者であると、
わたしに向かって言います。
その人は、自分が精神障害と診断されているのを、
不服に思っています。
脳や体の器質に、原因となる病変が発見されないにもかかわらず、
慢性的に、様々な精神症状をきたす精神障害者には、
病識のないことが多く、
その人も、神様を蔑ろにする馬鹿者のせいで、
自分は性同一性障害という精神障害にされていると確信しています。
その人の言うには、
神様は、地球や太陽の引力のように、目に見えないけれど、
ちっぽけな人間を、力強く引きつけているそうです。
人々の日々の暮らしも、性転換も、
根本的に神様が支配しています。
わたしは、ニュートンの万有引力って、
目に見える物体の運動のことを、説明しただけのように思います。
彼は、引力という抽象的な言葉や数字を使い、
地球や太陽の動きを、文学や数学によって説明しようとしましたので、
わたしには、具体的に目に見える物体の動きが、
彼の引力という抽象的な説明の意味に聞こえます。
この世界を支配する唯一の神様や、
たくさんの人間の心と言うのも、
目に見える人の体や、物体の動きなどのことを、
文学的に表現したものと思います。
聖書の文学の意味は、
日常茶飯の人々の生活や、様々な自然現象のことです。
地球の表面の人々を、磁石のように中心に引きつけているのは、
神様という絶対的な力でなく、
人々とは別の力が、人々を支配しているのでは、ありません。
人々の体や、物体の動きが、人々や物体を支えています。
そのことを、人々や物体などは、神様に支配されていると、
文学的に表現したにすぎません。
万有引力の法則と同じです。
自分たちの動きが、自分達を支えているのに、
それに気づかないことを、精神の病気に譬えれば、
精神障害はヒステリーによって起こるとも言えます。
自分達による自分達の支配を拒否すれば、
自分で自分の精神障害を作ることになります。
人とのコミュニケーションを拒否して、
自分達とは別物の、神様の言うことを信じても、
病気になるばかりで、治りません。
わたしたちは、神様と交信しているのでなく、
引力のような神様の力に支えられて生きているのではありません。
わたしたちの間の、人間同士や、
人間と生物や、人間と物体とのコミュニケーションによって、
わたしたち自身で、引力のように支え合って生きています。
引力って、コミュニケーションなんですよ。
それが物体の運動として、目に現れています。
わたしたちは、目で見て、手で触って知り、
体や物を動かして、コミュニケーションすることによって、
自分達で自分達を支えています。
神様の力がなくても、
白血球が自分にとっての異物や身内を識別するのでなく、
何百兆個の細胞の集まった自分達にとっての、
破壊すべき物と放置すべき物とを、識別するのと同じです。
自分達という支え合う関係を、自分達だけで知って作ります。
インターネットのようなものです。
フランス革命は、このことから、
個人の自由や責任能力という考え方を導き出しました。
精神障害の人が、凶悪犯罪を起こすたびに、
責任能力が問題になります。
統合失調症や麻薬中毒などと異なり、
人格障害や性同一性障害のように、
意識障害のない精神障害では、
精神の病気と鑑定されながら、
責任能力は完全であるとされて、
死刑になりやすい傾向があります。
精神障害が軽症であるかのように、
誤解されることが少なくありません。
責任能力は、
体の動きや言葉などの、
目で見て、手で触って、耳で聞いて、
直接に知ることのできる行動によって、判断されます。
他の能力と同じです。
抽象的な能力が、体の中にあるのでなく、
現れた行動のことを、能力と言う以外に、
能力を知ることはできません。
結果論なのに、能力は恒常的であるかのように、
精神の病気に詳しくない人は、誤解します。
普段は行動に現れているのに、
その時は行動に現れなければ、
能力があるのに、発揮しなかったとされます。
責任能力の考え方は、この誤解によりますが、
同じ誤解が、
統合失調症や性同一性障害を含むヒステリーの
原因になります。
自分には能力があるはずなのに、発揮できないのは、
何者かのせいで、邪魔されたからに違いないと確信します。
精神障害者の御家族には、
精神障害の人が少なくありませんが、
受診することもなく、診断されることもなく、
自分のことを、精神障害と思っていません。
精神障害と診断された人は、
自分で耐えられなくなって受診したり、
強制的に受診させられたりして、
精神の病気とされていますけれども、
耐えられないほど苦しくなければ、
自分のことを精神の病気と思わないのが、当たり前です。
精神障害者の御家族が、
精神障害と診断されていないにもかかわらず、
精神の病気のように見えるのは、
一時的でしたら、
健常な社会に適応しているように見えますけれども、
長時間、持続的に日常生活を観察していると、
措置入院になるほどの、
統合失調症の患者さんの急性期の症状や、
ひどい麻薬やお酒などの中毒症状や、
脳の損傷などで起こる精神症状などと、同じ症状が、
一時的に、しょっちゅう現れるからです。
時間が問題になるのは、
自己同一性という自我の主要な機能の一つと、同じなんですよ。
一本の時間の上に、起こった順番の通りに、事実を並べる機能が、
継続した同じ一つの意識という自覚や、責任感を生みます。
事実でなければ、起こった順番という普遍性がありませんので、
わたしたちは、事実以外のことを、事実にくくりつけて、
記憶を整理して、他人とコミュニケーションします。
夢の中の出来事は、起こった順番に普遍性がなく、
起承転結が無茶苦茶になっているのが普通です。
出来事の順番を、どういうふうに並べても、
夢は自由ですので、順番に普遍性がありません。
順番を入れ替えても、
夢では嘘にならず、責任を問われません。
目覚めている時の、客観的事実は、
起こった順番が、誰にでも同じで、
いったん起こると、
誰にも順番を変更できないという普遍性があります。
自分で勝手に、順番を入れ替えると、
現実の世界が、夢のように、無茶苦茶になってしまい、
嘘の責任を問われます。
わたしたちは、しゅっちゅう眠って、夢を見ていますが、
目覚めると、再び元通りに戻り、
現実の世界に帰ることができます。
夢のような気持ちになることを、解離と言い、
眠っている時だけでなく、目覚めている時にも、
実は、しょっちゅう脳味噌を休めるために、
こまめに解離しています。
解離すれば、自己同一性が希薄になります。
自分という心のタガが弛み、
自分が自分でないような気持ちになります。
一本の時間の上に、起こった通りに客観的事実を並べる能力や、
心の中だけのことを、事実にくくりつけて、記憶を整理する能力や、
他人や社会とコミュニケーションをする能力などが、低下します。
解離している意識を、元通りに戻して、
自我という形式を維持することを、統合と言います。
精神障害者の御家族に多いのは、
長時間、持続的に統合を維持することができずに、
ストレスが掛かるたびに、
一時的に頻繁に解離する傾向です。
一時的なら、統合を維持できるとも言えます。
疲れやすい脳味噌なの。
数学の計算でも、
要領が悪ければ、遠回りの計算法になって、疲れます。
統合失調症や性同一性障害を含むヒステリーの人は、
体裁を繕うために、要領よく立ち回ろうとしますが、
結果として、脳の疲れやすい計算をしています。
見掛けを真似て、端折るのでなく、
物事の仕組みや原理を、
奇麗なノートのように、整理整頓して理解するのが、
要領の良い計算法を習得するコツです。
知能は正常なのに、短兵急に見掛けを繕おうとして、
仕組みを理解しない認知の仕方が癖になると、
知能以外の認知能力が不足します。
様々な能力が、協調しなくなります。
子供の頃や、学校などでは、能力が足りていて、
優秀な学力だったのに、
思春期以後の、大人の一般社会では、
能力が不足しますので、
いったん発達していた能力が、
思春期以後に退行したように見えます。
発達障害でなく、ヒステリーのように見えますが、
乳幼児期から、認知障害の現れていたのが、普通です。
統合失調症でも、性同一性障害でも、
行動することを、急かされるような気持ちになります。
慌てて結果を得ようとして、行動しますけれども、
その行動が、精神の病気と言われます。
認知の仕方に、
変更可能な間違いのあることを指摘されると、
何も行動しないヤツに、性転換を叩かれたと言い、
指摘してくれた人を攻撃して、危害を加えようとします。
オウムの信者さんたちが、
敵対する弁護士の家族を殺したように。
言うだけでは、埒が明かないと言い、
性同一性障害の人達は、
自分で自分を追い詰めて、切羽詰まっているかのように、
精神の病気の症状を、次々に実行します。
積極的に何かをすると、
すべてが精神障害を悪化させる結果になりますので、
何も行動しないほうが、ましかも知れませんが、
そういうわけにも行きません。
失業して、生活保護をもらったり、
親の遺産で性転換をしようとして、
働いていない性同一性障害の人などは、
物事の原理や仕組みを、ゆっくりと理解してから、
一歩ずつ、右足と左足を確認して歩くように、
着実に、計画的に、
行動する癖をつけたほうが、良いかも知れません。
物事の体裁や、顔からだの見掛けなどを、
性急に求めないほうが、良いかもしれません。
潮干狩りカレンダーって、法王庁のオギノ式が、
この色合いの基礎体温表だった気がして・・・
性同一性障害って、ほんとに潮が引くように治りますけれど、
仲間社会とつき合わない、という条件が必要です。
仲間と離れれば、足を洗えますけれど、
オウムのように、出家すると、
財産を教団に寄付して、一般社会での生活基盤がなくなりますので、
サリンまで行ってしまいます。
批判されれば、弁護士さんを殺したように、
一家全滅にしてしまいます。
オウムも性同一性障害も、
似たようなタイプの精神障害者ですけれど、
教祖の娘さんが、跡を継いでいるように、
お子さんも、精神障害になりやすく、
足を洗うどころか、全員、溺れてしまいます。
教祖の娘さんは、
たぶん、父親の精神障害や犯罪や狂信を、
悪いものとは理解できません。
精神障害者には、病識のない人が多く、
お子さんは、精神障害を良いものとして育てられて、
一生、変更できなくなります。
性同一性障害の御家族でも、それが起こりますので、
お子さんだけでなく、御本人も、簡単に足を洗えなくなります。
早い話が、性同一性障害の人の、発症後の新たなパートナーは、
ほぼ全員が、精神障害者ですので、
御本人が、仲間社会から離れるには、
パートナーと別れるか、
それとも、パートナーと一緒に、治療を受けるしかありません。
実際には、年寄りのGIDと言われる人達しか、
パートナーと一緒の治療法を受けていませんので、
それ以外のGIDの人達は、
発症後に知り合ったパートナーと、別れるしかありません。
仲間社会から離れれば、潮が引くように、自然に治癒します。
ただし、半数です。
残りの半数は、仲間社会から遠ざかれば、
統合失調症の引きこもりかも知れません。
年寄りのGIDと言われる人達は、
顔からだが異性に似ていたために、差別や虐待を受けて、
性転換を望まないのに、精神障害を発症して、
性転換に追い落とされた人達です。
オカマだ、性転換しろと、
一般社会や同級生などに、要求されました。
男性なのに、テストステロンにアレルギー様の、
非常に激しいホットフラッシュを示し、
何年間も苦しんでいたにもかかわらず、
エストロゲン剤が特効薬のように、
投与の数時間後には、奇麗に治りました。
半陰陽を中心に、数年間の検査漬けになりましたが、
当時は原因がわからず、
現在ではGIDの心身症状とされています。
年寄りのGIDの人達を差別虐待した風潮は、
男なら、これこれの顔からだ、
これこれの、趣味や行動や生活様式などの心、
女なら、これこれ、という固定観念から来る偏見です。
この偏見を作り、性転換の風潮を煽ったのが、
年寄りのGID以外の、
今で言うGIDの精神障害や、
GIDの性転換を推進する運動でした。
性転換を勧めるGIDの文化運動や社会運動の犠牲者が、
年寄りのGID達と言っても、構いません。
今も昔も、洋の東西を問わず、
底辺の社会の人達は、自分達同士で仲間を作り、
自分達同士で傷つけ合って、
自分達同士で、加害者にも被害者にもなります。
年寄りのGIDの人達の御家族にも、精神障害者が多く、
彼女達は、極貧の生活環境の中で育ちました。
男の子でありながら、家事を受け持たざるを得ず、
家庭の主婦のように、
実用的な生活様式を身につけていました。
ヒステリーと言われる精神障害が、
自作自演であるように、
集団ヒステリーと言われる社会現象も、
自分達同士で殺し合います。
自傷や自殺などの自滅を望むのが、
ヒステリーの特徴の一つですが、
自滅の手段として、健常な人達を巻き込み、
道連れにしようとします。
仲間がいれば、安心なのに、
一般社会に適応できずに、道連れにしてしまいます。
ヒステリーは、貧困が貧困を攻撃するような、
底辺の社会でしか、
暮らせなくなる精神の病気とも言えます。
原因は、何らかの能力の不足による認知障害ですが、
そのまた原因は、わかりません。
年寄りのGIDの人達は、潮が引くように、
自然に治癒しました。
ひょっとしたら、1970~2000年頃までの、
TV(トランスベスティズム)の流行が、
年寄りのGIDの人達を、差別虐待する世間の風潮に、
拍車を掛けたので、
治癒を促したのではないかとも、言われています。
年寄りのGIDの人達は、1965~1975年頃に、
SRS(性別再判定手術、性転換手術)を受け、
1980年には、すでに治癒していました。
GIDという診断名がなく、
戸籍の性別を、変更できなかった時代に、
性別も含めて、戸籍を変更しています。
保存精子や、パートナーの精子を使い、
代理母による出産と育児を経験していますが、
現在は、お子さんの世代になり、
年寄りのGIDの人達は、お孫さんの世話をしています。
年寄りのGIDの人達には、
2000年以後に発症した若い人達もいて、
若い子は、全員がFtMです。
この人達もまた、顔やからだや、生活様式などが、
男に似ていたので、差別虐待されて、
精神障害を発症したために、
性転換を望まないのに、
性転換に追い詰められた人達です。
2000年以後の、現在のGIDを流行させた風潮の、
犠牲者と言われています。
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