鯉のぼり 0073 性同一性障害の、ざっくばらんな原因

もう、鯉のぼり。
今年の作品は、奇麗。
竿に鯉をくくりつけて、人の記憶のよう。
風になびくと、奇麗な記憶が蘇ります。
GIDが治ると、子供の頃の記憶が、
 
 
GID(性同一性障害)の、根本的な原因はわかりませんが、
ほとんどに発達障害があり、
いつまでたっても、人と円滑に会話ができずに、
自閉する症状が、幼児期から出ています。
母親や家族とさえも、言いたい放題には言えず、
すべての会話の内容に、
人に言うには差し障りがあるかのような感覚を伴います。
 
GID(性同一性障害)の一部の人(25%程度)は、
子供の頃から、すでに、目に見えない何者かの意図を感じていて、
思春期以後に、宗教の信仰や、統合失調症圏の症状に至ります。
 
健常な人の、実務的な会話では、
最初に肝心な所を押さえて、ポンポンと話が進みますが、
個人的な心をやり取りする会話でも、
打てば響くように、快く人との話ができます。
多くのGIDは、人との心のやり取りをする会話が不能に近く、
半数ぐらいの人では、思春期にすでに、
実務的な会話のできない症状が顕著です。
 
根本的には、記憶を整理する方法として、
心の中だけの事を、客観的事実にくくりつけて、
客観的事実の起こった順番の通りに、
一本の時間の上に、並べる能力が不足しています。
 
具体的には、人とコミュニケーションをする能力が足りません。
根本的な機能を自己同一性と言い、
コミュニケーション機能と合わせて、自我機能と言います。
嘘と本当の識別は、自分と他人の識別に似て、
人とのコミュニケーションによって得られます。
 
人との情報交換は、将来の出来事を予測し、
あらかじめ、これこれの時には、こうすると、
将来の行動を見積もって置く時に、必要になります。
手持ちの情報以外に、たくさんの情報がなければ、
うまく将来を見積もれません。
下手に見積もると、実際に行動したときに、苦しい結果になります。
 
自分の未来の行動を、自分で決めることは、
自分はこれこれであると、自分を規定して束縛することと同じです。
人は、他人とのコミュニケーションによって、自分の行動を決めます。
判断能力そのもの差は、機械的な優劣の差にすぎませんから、
自分はこれこれであると、自分を知って、定義するのは、
他人が自分を作るのと、ほとんど同じです。
 
わたしは、体が苦しい、痛いなどの、耐えられない気持ちのほかに、
自分という気持ちを感じません。
昨日の日記の続きのようになってしまいましたが、
カマキリのように、心が動きます。
ここは泣くべきと思うと、涙がポロポロ流れます。
この国の女は肌を見せないと思うと、ベールを被ります。
泣くときは泣くように、躾けていますので、
人の気持ちを大切にしていると思います。
 
     GIDでは、子供の頃から、複数のことを同時にできずに、
     複数のことを協調してできない人が多く、
     一部の人(GIDの15%程度)は、
     手先や目の動きや発声などの、体の動作が、
     思考に協調しませんので、
     検査によって、簡単に発見できます。
     知能だけや、体の動作だけでは、
     異常の出ないことが少なくありません。
 
     複数のことが同時にできない能力や、
     思考と体の動作を協調させられない能力や、
     動作の不器用さなどは、
     検査をするまでもなく、10分間程度、親しく会話をすれば、
     おおよその見当がつきますが、
     能力の不足を、大切にしない精神科医が、少なくありません。
     知能に似て、知能検査に現れない認知能力の不足も、
     幼児期を過ぎれば、発達不能かも知れませんが・・・
 
     精神障害者の御家族に多い症状ですので、
     御家族と面談をすれば、GIDの中の頻度と、
     精神障害者の御家族の中の頻度とが、
     ほぼ同じとわかります。
 
     いずれも、思春期よりも前に、
     GID以外の発達障害と診断できるほどの重症ではありません。
     小学校入学に際して、特殊な教育の必要性が、
     具体的に検討されることはありません。
 
     いくらかの人は、幼児期に、躾を拒否して、
     自閉を維持するために、
     身近な異性の社会から、出て行こうとしません。
 
     わざと頑固に異性であるかのような言動を示して、
     親や周囲の人の反応を窺います。
     周囲が性別のことを問題にするようですと、
     子供は、躾を拒否して、自閉を維持するために、
     わざと盛んに異性の性別社会に混じり、
     あたりに違和感を振りまき、
     周囲の大人を振り回して、心配させて、満足します。
 
子供のGIDは、ほとんどがヒステリーですが、
根本には、自閉症に近い発達障害があります。
自閉症の根本原因はわかりませんが、
最近の自閉症の子供の過半数が、
実際の社会への適応を拒否しながら、
テレビやビデオやゲームやアニメなどの、
おいしそうに調理された架空の話には、熱心に興味を示して、
その仕草や言葉遣いなどを習得します。
現実社会には通用しませんので、適応不能になります。
 
架空の話は、
点滴だけで賄う栄養や、胃瘻による栄養摂取のようなもので、
現実に比べて桁違いに単純幼稚で、模式化されていますので、
これに適応しているだけでは、
おそらく、アマラやカマラのようになってしまいます。
彼女らが、狼を見て、習得可能なことは、
ゲームやアニメなどから習得できることと、
ほぼ同じぐらいの、貧弱な量にすぎませんでした。
 
周囲の大人が、子供のGIDの心を、
異性であるかのように、困惑して話しているのを聞きつけると、
本人は、その誤解を当て込んで、
異性のような言葉や行動を、わざと出し続けます。
躾を拒否して、自閉する発達障害を、
他人や自分の目から覆い隠して、
能力の不足を自覚しないで済みます。
 
思春期までは、
自分のことを、体の性別の通りと知っています。
思春期に現れる性欲も、
体の性別の通りに、異性に欲情を催します。
異性を見たり、想像したりして、
異性の何に対して、性的に興奮するかも、
健常な人と同じです。
 
欲情を処理する方法も、
異性との性交渉を得られない健常な人の多くが、
オナニーや異性装や同性愛などによって、
性的快感を得るのと、同じです。
それらを実行している時の気持ちも、健常な人と同じです。
     
けっして、性自認は、異性でなく、
性欲の対象の性別も、同性でなく、
欲情を処理する方法が、健常者と異なることもありません。
 
健常な人も、思春期までのGIDの人も、
思春期以後に、異性装を実行する心理は、オナニーの補助です。
男性では、異性装によって射精しますが、
適応力の早い人や、同性愛を習得している人は、
一週間もすれば、射精をしないで、
持続的に異性装の性的快感に、
浸り続けるようになります。
 
適応力の遅い人や、同性愛を習得していない男性には、
異性装をしては射精して、元の服装に着替えて、
また性欲を催し、また異性装をして、射精することを、
何年間も、しょっちゅう、繰り返している人もいます。
 
性欲は、何度も同じことを、死ぬまで繰り返すのが、
健常かも知れません。
食べて寝て、同じことをいつまでも繰り返すのが、生きることのように。
 
男女を問わず、同性愛を習得していると、
異性の姿を想像しなくても、
他の物を想像したり、他の物を実際に見たり、触れたりすることで、
オナニーと同じ気持ちになることができます。
  
当初は、異性の姿でない物として、
同性の性器を想像したり見たりすることによって、
性的快感を得ることを習得しますが、
やがて、中性的な物体や、水や空気などを想像したり、
実際に感覚したりすることによって、
性的快感を得られるようになります。
 
多くの人は、
自分の性器を、接触や摩擦によって刺激する感覚だけで、
想像の内容や、目で見る内容などに惑わされずに、
性的快感を得られるようになります。
 
この快感は、
異性との性交渉に熟達した人の性的快感と、ほぼ同じです。
同性愛を習得していなくても、結婚後数年を経た人は、
性器の刺激と、中性的な気持ちから、
想像や異性を必要とせずに、
器械的摩擦によって、性的快感を得る方法を、習得しています。
合理的です。
 
同性愛を習得するのは、
現在の日本の文化では、思春期がほとんどですが、
同性愛を経ずに、異性との性交渉を習得した人と、
思春期に同性愛を習得した人とは、
健常ならば、いずれを先に習得するかの違いにすぎません。
 
     オルガムスを避けて、異性装を継続することによって、
     オナニーと同じ性的快感に、持続的に浸り続けるのは、
     原始的で、子供らしい稚拙な方法かも知れません。
 
     異性や同性との性交渉を習得していない人や、
     いったん習得していたものの、
     その後、不能になったり、
     拒否するようになった人のほとんどは、
     精神疾患が原因でないかと、疑われます。
 
     GIDや同性愛の有無にかかわらず、
     生殖不能や生殖拒否の症状のほかに、
     一部の人には、育児放棄の症状が現れます。
 
     男性が、オナニーをしながら、射精を避けて、
     オルガムスを得ないで、終日、
     オナニーのほろ酔い加減の快感に、浸り続けようとすると、
     「インポテンツになる」と、
     男性の間では、昔から、警告されていたそうです。
 
     女性の感じでは、
     たぶん、すでに女性との性交渉や、挿入後の射精が不能で、
     勃起はするものの、
     事実上のインポテンツになっている男性が、
     射精を避けて、終日、
     甘美なオナニーの快感に、浸り続けようとします。
 
     原因は精神疾患ですが、
     女性の性欲に、似ているようにも見えます。
     一般社会への適応が不能であったり、
     適応を拒否する心理と、ほぼ合致していますので、
     女性の性欲に似ている疑いを、排除します。
     性周期がありませんので、似ていません。
 
     女性では、射精がないことから、
     オナニーでは、オルガムスを得にくい事情がありますが、
     射精のないオナニーの微弱な性的快感を、
     異性装によって継続的に得やすくなります。
 
     GIDでも、FtMが多く、
     GIDでなくても、女性の異性装は、
     いつの時代にも、ファッションの中に、
     すでに取り入れられています。
 
     明治時代に、ズボンを履いていた女性が、
     そのことを理由に、淫乱症と診断されて、
     強制的に、精神科に入院させられた例があります。
 
     日露戦争(1904~1905年)の前と聞いていますが、
     クレペリンが統合失調症と同じ範囲の精神疾患を、
     早発性痴呆として発表したのが、
     日露戦争の少し前の、1899年で、
     夏目漱石がロンドンから帰国して、
     神経衰弱と診断されたのが、1903年です。
 
     朝青龍という元横綱は、解離性障害と診断される前に、
     神経衰弱と診断されていました。
     診断名の話でありませんが、
     ズボンを履いていたから、精神科に強制入院というのは、
     女性のファッションの流行からすると、変な話です。
 
     女性のズボンは、昭和になると、
     戦争遂行のために、国策として開発されて、
     モンペという名で普及しました。
 
     昔は、身分の高い人しか、衣服を身につけませんでしたから、
     一般人は、類人猿のように、
     雨に濡れようが、寒さに震えようが、
     毛むくじゃらの裸で過ごしていました。
     寒い所に行かずに、熱帯に住んでいただけですが。
 
     文字が普及して、都市に住み、文明時代になると、
     男尊女卑の文化が普及しました。
     布製の衣服が一般に普及したのも、同じ頃ですので、
     女性の衣服のデザインは、
     ほとんど男性の衣服を流用したものでした。
 
     文明化されて、男の服装を、
     女も着れるようになったのですから、
     ズボンを履いたから、淫乱と言われたのでは、
     身も蓋もありません。
 
     日本の映画界に、ポルノを自主規制する映倫というのがあり、
     当初は、たしか着衣の女性の性交渉は、猥褻とされました。
     スッポンポンで、ぼかしたり、
     性器が見えなかったりすれば、合格ですが、
     スカートをまくり上げて、性交渉をするのは、
     たとえ性器が見えなくても、猥褻とされて、
     不合格になりました。
 
     女性が衣服を着ていると、男性は性欲を催すけれど、
     全裸ですと、性欲を催さないそうで、
     GIDや、江戸時代の男女混浴を思い出して、
     なるほどと、納得しました。
 
     映倫は、石原慎太郎という聞いたことのない小説家の作品から、
     太陽族という風俗が流行して、
     それを描いた幾つもの映画を規制するために作られたそうです。
 
思春期よりも前に発症した子供のGIDは、
ほとんどが、思春期から青年期に、GIDが治りますが、
その原因は、第二次性徴です。
あたりまえに色気づくと、子供のGIDの症状は、治ります。
発達障害が治るとは限りません。
 
思春期以後に発症したGIDは、
あたりまえの性欲がきっかけになりますが、
性欲に異常はありません。
 
軽い発達障害の症状から、
大人の他人とのコミュニケーションが困難になり、
思春期以後に、一人で性的快感を得る方法や、
大人のコミュニケーションが少なくても済む方法によって、
性的快感を得ようとします。
 
結果として、異性装や同性愛に傾きます。
健常な人では、同性愛によって、
大人の他人とのコミュニケーションを、
習得する人も少なくありませんので、
同性愛がGIDの原因とは、言えず、
きっかけになったとしか、言えません。
     
異性装も、流行次第で、
健常な精神の発達に寄与するかも知れませんが、
異性装のほうが、同性愛よりも、
オナニーの性的快感に近く、
盛んに異性装を見せびらかして外出するわりには、
一人で満足して、
社交性や、社会に適応する意欲を、失わせるのではないかと、
危惧されます。
 
思春期の前から、軽い発達障害があり、
異性と仲良くなることの下手な子には、
女の子なのに、前のあいた男物の下着を穿き、
男の子なのに、女物の下着を穿くのは、
大人になるための、健常な発達を、著しく阻害するかも知れません。
 
そのまま治らなければ、脱皮ができずに、
一生、幼虫や蛹(さなぎ)のまま、生きて行くことになります。
思春期以後に、未婚のままGIDを発症した人は、ほとんどがこれです。
 
結婚後にGIDを発症した人でも、
ほとんどは、思春期に同性愛を習得していますが、
いったん、異性との性交渉に発達していたにもかかわらず、
再び、同性愛に退行します。
 
思春期以後にGIDを発症する人は、結婚の有無にかかわらず、
約半数が、10年以上を経過してから、自然に治ります。
おおよそ25年を経ても、治癒傾向の現れない人は、
一生、治りません。
 
GIDの症状だけでなく、
軽い発達障害も、治ります。
そういう人だけを、治ったとしなければ、
いったんGIDの症状を離れても、再発することが多く、
発達障害や、他の精神障害の症状もなくなれば、
再発することも少なくなりますので、
GIDが治ったと、言いやすくなります。
 
すでに、性転換手術を受けてしまっている人は、
治癒した後も、新しい性別のまま、暮らす人が多く、
性転換手術を受けていない人は、
ホルモン療法をやめて、元の性別社会に適応します。
 
治癒すると、一般社会に適応して、
GIDの仲間社会から離れます。
やくざが足を洗うには、
絶対に、やくざに住所や勤め先などを教えずに、
やくざと、縁を切らなければいけないのに、似ています。
やくざと、つき合いを続けていたのでは、絶対に足を洗えません。
 
治癒したGIDでは、
治癒した人だけの、同窓会のようなものもあります。
病気が治ると、病気と健常の違いが、簡単にわかるそうで、
GIDでは、中間みたいな人を、
仲間社会の一員であるか否かによって、識別します。
 
やくざの組員でなくても、
元やくざとして、やくざに住所や勤め先を知られている人は、
やくざ関係者と言えるように、
GIDの仲間社会と付き合いのある間は、病気花盛りです。
 
GIDの仲間社会から離れても、
半数の人は、GIDの症状が軽くなったものの、
他の精神症状が目立つようになりますので、
GIDが治ったとは言えません。
この状態から、GIDの症状を再発する人が多いので、
GIDの症状以外の、他の精神症状も治ったのを見て、
GIDが治ったと言うのが、妥当です。
 
GIDが治らずに、GID社会から離れる人には、
アル中や、リストカットや、醜形恐怖や、パニック障害など、
一般に精神障害者の御家族に多い精神障害と、
同じメニューが出てきます。
失業している人や、一人住まいの人が、少なくありません。
 
統合失調症と、それと紛らわしい症状の出る人は、
GIDの25%程度です。
GID社会を離れて、ホルモン療法を中止する人が多く、
認知障害が進行します。
妄想や幻覚は、さほどでありません。
 
統合失調症や、それに近い人だけでなく、
GIDは、御両親や配偶者や子供などと、
一緒に暮らしたほうが良いかも知れませんが、
御両親や配偶者や子供などにとっては、
GIDと一緒に暮らさないほうが、幸せです。
特に子供に、精神障害や非行が現れます。
 
GIDには、統合失調症の患者さんを、
身近に見たことのない人が少なくありません。
一般の人では、100人に1人程度が、統合失調症になりますので、
社会生活をしていると、発病前から、退院後に至るまで、
身近に見続けている人が、何人かいるものですが・・・
 
統合失調症は、発病が思春期以後の何才であろうと、
ほとんどが思春期に、すでに徴候が現れています。
学校の先生ですと、これまでに、何十人も、
身近に観察しているのが、普通です。
 
統合失調症の患者さんは、
精神科に通院しているだけでなく、
入院していた時には、
毎日、統合失調症の患者さんを見て暮らしていました。
それでも、統合失調症の症状を、少しも識別できません。
精神障害者の多くは、自分の病気を自覚できませんので、
自分と同じ精神症状を見ても、気づきません。
 
学校の先生の中でも、御本人が精神障害の先生には、
統合失調症の子供を見たことがないと言い、
首を傾げる特徴があります。
 
GIDにも、小学校の先生や、大学の先生などがいらっしゃいますが、
精神障害者を、身近に見たことがないかのように、何も知りません。
目の前で、統合失調症の患者さんが、
統合失調症の症状を出していながら、
それに気づかないのは、たいへん不思議です。
 
他人の統合失調症の症状は、
健常な人なら、精神医学の知識がなくても、ごく普通に気づきます。
何という診断名であるかは、わからなくても、
精神の病気であることは、すぐにわかります。
GIDでは、他人の精神障害を知る能力が、完全に破壊されています。
非常に象徴的な症状です。
 
     子供のGIDは、思春期に体の形が変わり、性欲を催すと、
     治ることが多く、
     発達障害でなく、
     たんなるヒステリーでないかとも、言われています。
 
     子供のGIDのほうが、
     思春期以後に発症するGIDよりも、軽症かも知れません。
     たくさんの例を知りませんので、
     まだ、はっきりとは言えません。
 
     思春期以後のGIDには、軽い発達障害があり、
     発達障害と診断されずに、
     子供の頃に治療されることもなく、
     思春期以後に、人格障害や統合失調症を含めて、
     様々な精神障害をきたします。
 
     思春期よりも前に、幼児期から、
     はっきりと発達障害と診断されていた重症の子のほうが、
     思春期以後の症状は、相対的に軽くなります。
     
     早期発見早期治療が大切であるとも言えますが、
     知能の障害よりも、知能以外の認知障害のほうが、
     重大な結果を惹すとも言えます。
 
     一般に、知能検査によって測られる症状は、過大視されて、
     子供の頃に、よく発見されて、問題視されるのに比べて、
     知能以外の、信頼できる検査法のない認知障害は、
     軽く見逃される傾向があります。
 
     知能以外の認知障害の中でも、
     動作や、動作との協調に表れる症状は、
     客観的な検査が簡単ですので、
     思春期以後に現れるGID(性同一性障害)の相当部分を、
     早期に発見できるかも知れません。
 
     ほとんどは、思春期より前の子供の頃に、
     性別うんぬんなどとは、言いません。
     ほとんどは、思春期以後に発症していながら、
     御本人は、
     幼児の頃から、自分の心の性別に違和感を持っていたと、
     ステレオタイプに述懐します。
 
     性別の病気でなく、自我障害ですので、
     生殖や社会性などの、性に、症状の現れるのは、当然です。
     GIDは性的マイノリティでなく、
     性別の心理は、異性装や同性愛と同じく、健常な多数派です。
 
     具体的な趣味や文化形式を、変更する融通が効かず、
     女なら、これこれの顔かたちや心、
     男なら、これこれと、頑固に思い込んでいます。
     幼児の頃から慣れ親しんだ多数派の趣味や文化形式を、
     変更できません。
 
     結果として現れる発言や行動の内容が、
     多数派か少数派かは、価値の問題にすぎません。
     発言や行動の内容を、変更する能力のないことが、病気です。
 
     変更できないので、結果として、
     そういう趣味や文化形式を主張する嵌めになっています。
     自由な生き方や趣味や考え方などでなく、
     能力の不足から、そうせざるを得ないのが、病気です。
     性的マイノリティと、主張せざるを得なくなります。

 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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