近所の、なんでもない町工場です。
塩酸の臭いが、鼻を衝きましたので、写真に撮りました。
わたしが5才の時に、初めて見た精神障害は、マンガン中毒でした。
父が精錬工場の男性に、マンガン中毒と言っていたのを、聞きました。
笑うような顔で、神通川に懸かる橋を、よろめきながら歩いていました。
それを見て、胸がキューンと締め付けられたと言うと、
工場のおばさん達は、おませな子だねと、笑いました。
ほんとは、胸だけでなく、お腹もキューッと来ました。
山の町でしたので、行商のおばさんが来ると、海のお魚を買いました。
できるだけ塩の少ない、新鮮なお魚を選んで、
わたしが、はらわたを取って、下拵えをしました。
よく肥えた秋刀魚のはらわたを掴み出して、
人間の脳味噌も、こんなのかしらと、想像しました。
性同一性障害の人の、性別の訴えを聞いていると、
お天気の挨拶をしているような気持ちになります。
手術の後が、大変ですので、
知っている事を、具体的に教えてあげます。
性同一性障害の人は、気持ちが、あさってになっていますので、
言葉の意味が、普通の人と違います。
性同一性障害の人の間でも、共通の意味がなく、
それぞれの人の、心の中だけの意味が大切です。
統合失調症の妄想が進行すると、
事実についての、具体的な実務の話のように見えて、
その判断の理由を尋ね、
場合によっては、さらにその理由を尋ねると、
ほとんどの判断の根拠が、
妄想や妄想着想などとわかります。
誰か得体の知れない人物が、いつも自分を見ていて、
その人が、こうしなさいと言ったから、
自分は性転換手術を受ける、と言います。
その人は、国家の特命を受けて、自分を助けてくれる人で、
魚屋さんの兄ちゃんに変装しているそうですが、
何処のお店でもなく、その患者さんの心にしか見えない人です。
性転換手術を受けるのに、なぜ労働組合を辞めたのと尋ねると、
サイレンを合図に、委員長に妖怪が乗り移ったそうで、
ダムが決壊するまで、労働組合とは縁を切ると言い、
手術後の体力が回復すれば、会社を辞めるとも言います。
魚屋さんにしても、ダムのサイレンにしても、
患者さんは、親しい人にしか、打ち明けませんので、
主治医の精神科医や、手術の形成外科医や、
御両親などは、少しも知りません。
統合失調症と識別のつかない妄想に動かされている人が、
性同一性障害だけでなく、ヒステリーと言われる精神障害の人には、
ごく普通にいらっしゃいますので、今さら驚くことではありません。
性同一性障害の診断基準の、ステレオタイプの症状を訴え、
実際に精神症状を実行するほうが立派と思い、
社会の進歩的な支持を受けていると、
思い込んでいるように見せかけているだけです。
けっして統合失調症に多い種類の妄想や幻聴を、
頻りに人に訴えるのでもなく、
人に告げるのは、ありきたりの、
もっともらしい理由だけですので、
実行していながら、さほど興奮しているとは見えず、
解体した言動にも感じられませんので、
統合失調症と診断されることは、まずありません。
実際、これぐらいの人ですと、
抗精神病薬を使っても、副作用ほどには効ないのが現実です。
頑固な迷信や、咄嗟の思いつきのような妄想が、
生活や人生の具体的な判断の、すべての背後にありますので、
客観的な事実を、実務的に処理しているように見えても、
患者さんの心の中は、
たいへんグロテスクな理由の塊まりになっています。
統合失調症では、妄想の体系と言いますが、
たとえば、手を洗う理由を尋ねれば、手から食べ物に砒素が混じると言い、
玄関の靴を綺麗に揃える理由は、
何者かが侵入して来ても、すぐにわかるからと答えてくれます。
いかにも日常的な、誰にでも共通の、実用的な行為でさえ、
生活の隅々まで、妄想に裏付けられていますので、
調子よく生きれば生きるほど、
妄想の内容を、間違いないと確信することになり、
順調な生活は、大規模な破綻の近いことを、しばしば暗示しています。
プレートテクニクスで起こる地震の原理のように、
エネルギーが蓄積されます。
むしろ、普段から、
盛んに妄想っぽいことを連発して、
フーテンの寅さんのように暮らしているほうが、
健康かも知れません。
太陽の塔の、岡本太郎さんは、人生は爆発だと言っていましたが、
爆発せずに、健康にお亡くなりになりました。
イスラム原理主義の自爆犯人のように、
爆発してもらっては困りますが、
精神障害者の症状は、爆弾を身体に巻き付けて、
社会に見せびらかして、生きているようなもので、
性同一性障害の人は、尻をまくって生きていると、
よく啖呵を切ります。
統合失調症や性同一性障害などの、ヒステリーと言われる人たちは、
具体的な事実を指し示しても、
明日になれば、今日の事に、あまり責任を感じません。
過去と、現在と、将来の事実とが、繋がっていませんので、
記憶や意志という心が、いつも混沌としています。
御本人は、心の中身のほうを、基準にしますので、
自分の記憶や意志は確実で、
世の中のほうが混乱していると、思っています。
人間社会とのコミュニケーションを拒否しても、
生きて行ける変人でなければ、
統合失調症や性同一性障害や拒食症のような精神障害では、
破綻をきたす可能性が大きいと言えます。
自己同一性が曖昧であると言いますが、解離しているとも言います。
自我の形式に意識を統合する機能が、失調している、とも言えるかも知れません。
ドリトル先生は、犬には自己同一性が無い、と言っていましたが、
犬は人になつきやすい動物ですので、
その程度に変人ですと、破綻をきたさずに、やって行けるようです。
人間では、人格障害と言いますが、一部の人は凶悪犯罪を惹します。
自己同一性が曖昧になると、事実を、一本の時間の上に、
起こった順番の通りに、並べることができません。
自然の事実だけが、起こった順番を、変えることができませんので、
自然の出来事の順番には、普遍性があります。
順番だけでなく、誰が見ても、
同時に、同じ場所で起こったことは、同じ出来事のように見えますので、
自然の出来事の変化にも、普遍性があります。
人間のすることも、自然の出来事の一つですが、
心の中だけの出来事には、自然のような普遍性がありません。
人間は、自然の出来事にかこつけて、心の中の出来事を、人に伝えます。
わたしたちは、自然の事実に、会符(えふ)を付けるように、
物事を、一本の時間の上に、順番に並べて記憶します。
一本の時間に整理された記憶が、自己同一性になりますので、
自然の事実に結ばれていない記憶は、
孤児のように、自分という意識から、はぐれてしまいます。
自己同一性は、他人に情報を示したり、
他人の情報を解読したりするための、共通の様式です。
人と人との間を、往き来する情報は、
事実を一本の時間の上に並べて伝えられます。
事実には、しばしば心が結びつけられます。
時間と事実の形式に、情報が整理されていなければ、
人と、情報をやりとりすることができません。
わたしたちは、心の中だけの思いも、
事実に結びつけて記憶します。
そのように整理されて記憶されなければ、人に思いを伝えられませんので、
わたしたちの心の記憶は、人に情報を伝える方法によって整理されています。
人間特有の自我という意識の形態では、
情報は、人とのコミュニケーションの方法によって、記憶されます。
わたしたちは、一本の時間の上に、順番に並べられた事実に、
さまざまな情報が結びつけられた記憶としてのみ、
他人の情報を、解読することができます。
そして、他人に開示するために整理された自分の意識の記憶を見るときに、
あたかも、他人の示す記憶を解読するように、
自分の意識の情報を知ることができます。
このことを、客観と言います。
人は、他人や社会とのコミュニケーションの方法によってのみ、
自分の意識の内容を、他人の意識のように知ることができます。
これ以外の方法では、自分の意識を知ることができませんので、
無意識と言い、動物と同じです。
自我のモニター機能と言うこともあります。
デカルトが「我思う、故に我在り」と感じたのは、この機能です。
無意識では、動物のように、機械のように、
身体や脳が機能します。
それでも、白血球は、
白血球にとっての自他を識別しているのでなく、
何百兆個という細胞の集まりとしての、個体全体にとっての、
有害な物質や生物を識別して、破壊します。
異物であっても、有益な物質や生物を攻撃しません。
白血球を含めて、血液やホルモンや神経などは、
物質の運搬だけでなく、情報の伝達を仕事としています。
個体を構成する何百兆個の細胞の情報を集配していますので、
コミュニケーションが仕事です。
白血球は、健常でしたら、脳の中に入れません。
血管と脳細胞との間には、血液脳関門があり、
分子量の大きな物質や、特定の物質は、
脳の血管から出ることができずに、
脳細胞や脳脊髄液などに入れません。
脳の中では、白血球による免疫システムは、機能していませんが、
血液脳関門が壊れるようにな病気があれば、
脳脊髄液に白血球を発見できます。
脳の中の白血球は、身体の中のように正常に機能せずに、
むしろ正常な脳細胞を破壊して、
自己免疫疾患と言われることが、よくあります。
自我には自己同一性のほかに、
有害な物質や生物を識別して、
有害であれば身内であっても攻撃して、
有益であれば、異物であっても共存する機能があります。
白血球のようですが、脳の機能として、自我があり、
自分や他人や社会とのコミュニケーションによって、
社会全体にとっての、有害な物を攻撃して、有益な物を守ります。
白血球にとっての、自他の識別よりも、
個体全体にとっての、有害か有益かの識別が大切であったように、
自我機能には、自分にとっての自他の識別よりも、
他人や社会にとっての、有害か有益かかの識別が大切です。
人間の個体を見ても、
白血球や脳の神経細胞や何百兆個の細胞を統括するような、
超越的な細胞は、どこにもありません。
絶対的に他の細胞よりも偉い細胞もなく、
誰からも指示されずに、
何百兆個の判断によって、個体全体としての命を運営します。
神のような絶対者は、自然の世界に必要ありませんが、
統合失調症や性同一性障害の人には、
神様を信じている人が、少なくないように、
事実を拒否した心には、歴史を遡るように、
神様が必要になるかも知れません。
自我機能は、誰に命令されることもなく、
自分や他人や社会とのコミュニケーションによって、
70億人の社会を守るために、
有害なものを除去して、有益なものを残します。
自他の識別は、そのための手段にすぎません。
自分であっても、癌のように、有害なものを破壊して、
他人であっても、みんなのためになる人を残します。
自分の命を捨てて、他人の赤ちゃんを救うこともあります。
自我機能では、自己同一性と、
免疫機能(自他識別機能・境界性)が大切ですので、
気ままに道草しました。
すみません。
自他識別機能を、免疫機能と言うのは、変かも知れませんけど、
白血球の機能の場合と同じで、
自他の識別よりも、所属している社会にとって、
有益か有害かを、
社会とのコミュニケーションを通じて、
みんなと一緒に判断する機能なんですよね。
社会に所属するって、アイデンティティって言いますけど、
たぶん血の繋がりという事実のことで、
心の繋がりではありません。
でも、人間もお花も、血は繋がっていますから、心配要りません。
お母さんと、お腹の中の赤ちゃんとは、
同じ身体を共有していますけれど、
社会の始まりなんです。
身体は別々になっても、社会はずーっと続きます。
人間とお花のようにね。
自他の識別っていう考え方よりも、
社会の免疫機能と言ったほうが、いいような気がします。
自己同一性も、自他の識別っていう社会の免疫機能も、
いずれも、コミュニケーション機能として纏められますので、
自我は、他人や社会とのコミュニケーション機能と、
言ってもいいかも知れません。
事実を客観的に知り、個体の生存から、
生殖によって、社会を作り出す機能です。
事実を客観的に知る能力は、
お母さんが、お腹の中の赤ちゃんを知る時に、最初に必要になります。
事実を拒否して、心の中だけのことに縋っていたのでは、
赤ちゃんを育てられません。
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