江ノ島のヨット 0039 認知障害の始まり(その2)

カティーサークって、聞いたことのある船よね。
紅茶を運ぶ帆船だけど、積載量よりも速度を重視したので、
帆柱がたくさん立って、綺麗な形をしています。
中国からイギリスにお茶を運ぶので、熱帯の海を渡ります。
ぐずぐずしていると、お茶が変質して、香りがダメになる。
 
cuttyは、たぶんcutから来てるから短く切ったという意味で、
cutty sarkで、婦人用の衣類のことですが、あばずれ女を指すそうです。
たぶん、裾の短い衣類と思います。
シュミーズという話も聞いたことがありますが、短かければエロティックです。
この江ノ島のヨット、カティーサークって名前だけど、
早くてエロいのかしら。
 
春眠、暁を覚えずって、これかしら。18度です、気温。
明日の福岡は、20度21度。東京でも15度。しばらくはこれで、
わたしのMRIも異常なし。風邪みたい。
温かくなると、ふらふらするのかしら、メニエルの前兆かしら。
あたま、ボワ~っとしたまま。
 
目に青葉 山郭公(ほととぎす) 初鰹(はつがつお)   素堂.
って言うけれど、
わたしは、まながつお、食べたくなった・・・
あたま、あさって。
 
 
 
     統合失調症には、思春期以後のある時期に、急に能力の衰える人がいます。
     知能の一部、
     とくに事実の、成り立ちや仕組みや目的を、
     仮りの条件ごとに、幾通りも推測して、
     あり得る可能性を、実際に試行錯誤して、事実を再現する能力や、
     将来に提示された架空の事実を、実際に実現するための手順や段取りを、
     順序立てて組み立てて計画して、その通りに実行する能力などが、
     すごく低下する人が少なくありません。
 
     物事を順序立てて考えられないのね。
     人の考えって、一つ一つは、すごく短くて、とても簡単なの。
     直感みたいに、一瞬に判断できるの。
 
     その判断を、延々と繰り返して、色々な答えを得るの。
     それを手元に、たくさん溜めておいて、
     あれやこれやと、組み合わせるの、ジグソーパズルみたいに。
 
     その組み合わせ能力が、
     統合失調症では、思春期に著しく低下するの。
     性同一性障害の認知障害も、まったく同じなの、統合失調症と。
     だから、一行とか一語っていう感じの、掲示板の投稿には、
     知能の低下は、表れません。
 
     でも、長文を書いてもらうと、ジグソーパズルを組み合わせられなくて、
     幼児から中学生程度の認知能力って、すぐにわかります。
     性同一性障害なのに、中学生を超えている人は、治癒の傾向の出てきた人で、
     そろそろ、性同一性障害のコミュニティから去って行くと思います。
 
     脳の損傷によって、よく起こりますので、
     脳外科の人は、実行機能障害って言います。
     統合失調症では、脳の損傷がないのに、
     同じ機能の低下が起こりますので、
     現実検討能力の低下などと言います。
 
     認知障害の一種ですけど、
     統合失調症などの、器質に病変の発見されない精神障害では、
     器質に病変のある精神障害と、
     同じ症状が随所に出てくる特徴があります。
 
     たとえば、アルツハイマーの人格障害と同じ症状が、統合失調症でも出てきます。
     たぶん、この領域だけを活発に使ったり、使わなかったりということを、
     人間は、意図的に制御できます。
     性同一性障害では、身体の性別の機能を、わざと使いません。
     ヒステリーと言います。
 
     アルツハイマーでは、神経細胞の変性のために、
     自我機能が最初に使用不能になりますが、
     統合失調症の類では、わざと責任を回避して、
     苦しいことを辛抱しないで、楽なことにしがみつくために、
     自我機能を停止します。解離といいます。
 
統合失調症では、二桁と二桁の足し算ができなくなる人もいて、
紙と鉛筆を使っても、往生します。
東京大学の医学部の学生さんでも、統合失調症の発症とともに出てきます。
真性の認知障害ですと、一生治りません。
 
妄想や幻聴などの、興奮に伴う症状ですと、
抗精神病薬で鎮静されると、ケロッと治ることが少なくなく、
仮性の認知障害だったとわかります。
統合失調症でも、この症状の出ない人もいます。
 
この症状自体は、最初に一気に現れた後、
あまり進行しないことも結構あり、
社会生活に及ぼす影響が、徐々に誤魔化せなくなることから、
見掛けは、徐々に進行して深刻になるように見えることがあります。
 
当初は、症状に適応できずに、
盛んに妄想や幻聴を出して、興奮します。
妄想や幻聴や興奮などによって、
自分や他人の目から痴呆を隠しますので、
痴呆の進行の程度が、わかりにくくなります。
 
何十年かして、認知障害に適応してくると、騒ぎ立てなくなり、
もはや興奮していないにもかかわらず、
鏡のように静かな心に、痴呆の広がっていることがわかります。
 
発症後、短期間に一気に、
認知障害は行くところまで行っていた可能性があります。
その急激な進行に適応できずに、
妄想や幻聴などの興奮症状を、盛んに出していただけかも知れません。
興奮が鎮まると、かえって認知障害が進むように、見えてきます。
 
でも、東京大学出身のお医者さんなんか、うまいもので、
認知障害に適応して、妄想や幻聴を出す必要がなくなり、興奮しなくなると、
こんどは、二桁の足し算もできないにもかかわらず、
東大医学部出身のすごいコワモテの才能があるかのように装い、
人を近づけない処世術を習得します。
 
こうして、3才まで退行した精神を隠します。
認知障害でも、多くは細かく能力のレベルが違いますので、
成人の能力が、3才の能力を、庇うことが出来ます。
均一には、認知能力は低下しません。
まだらボケってのが、普通です。
 
     また、多くの能力は、思春期以後に低下しますが、
     低下したのではなく、もともとの能力が足りなかったにもかかわらず、
     思春期までは間に合っていたのが、思春期になり、需要が増えると、
     その能力では、間に合わなくなっただけかも知れません。
     こうなると統合失調症でなく、発達障害です。
 
     ある人は、東京の中心の、進学に熱心な小学校に通い、
     何も勉強せずに、普通の成績でした。
     中学になると転居して、郊外の学校に転校しました。
     すると成績が、学年で一番になりました。
     都会の中心と、郊外とでは、学力レベルに差がありましたので、
     本人は、何も勉強しなくても、学年の役員を命じられ、
     自分はリーダーの器と自覚しました。
     中学二年になると、自然に成績が落ちましたが、
     勉強していないので当然です。
 
     すると、統合失調症を発症しました。
     成績が地に落ちたことに適応できません。
     いままでは学年のリーダーだったのに、今は劣等生です。
     気のやさしい世話好きの、みんなに好かれる性格でしたのに、
     発症後は、統合失調症特有の、好き嫌いの激しい、
     角のある、癖のある、衝動的で辛抱のできない性格になりました。
     人格障害です。
 
     妄想が出てきて、人に妨害されている、物を盗られる、
     誰かが命令しているなどと言い出し、天井裏や壁の隙間などを点検し、
     窓や玄関の鍵や、ラジオや電器製品などをいじくり、壊すようになりました。
     壁にペンキで落書きをするようになりましたので、
     統合失調症と診断されて措置入院になりました。
 
     統合失調症の症状が鎮まると、もとのように気のやさしい、
     だれにでも好かれる明るい性格ですが、
     妄想や幻聴が、完全にとれることはなく、
     調子がよくなれば、口に出さなくなり、実行しなくなるだけです。
     だれかのせいで、妨害されている、悪さをされている、毒を入れられる、
     監視されている、追跡させている、見張られている、心の中を見られている、
     心に秘かに思ったことが、一瞬のうちにすべての人に伝わってしまう、
     眠っているときにも、じっと見詰められている、眠っている時に悪さをされる、
     風呂に入るのは無防備で危険だ、入浴中に部屋の中をいじくられる、
     外出するときは大事なものを全部リュックサックに入れて外出する。
 
     妄想や幻聴や興奮の症状が軽くなると、
     認知障害がひどくなってるのがよくわかります。
     興奮していると、認知障害が見えにくくなるだけです。
     健常な人でも、興奮すると馬鹿なことを言うのが、あたりまえですから、
     妄想や幻聴や興奮は、認知障害のカムフラージュになります。
 
     これは性同一性障害でも同じです。
     性別の心や、性自認や、異性装や、カミングや、性転換などと言うのは、
     認知障害に気づきたくないために、一人相撲をして興奮しています。
     性的快感というニンジンが、そちらのほうに手引きしましたが、
     別のほうに分け入れば、統合失調症や拒食症などになっています。
 
思春期以後の能力の低下は、能力の低下でなく、
能力の限界が露呈しただけかも知れません。
それとも、
統合失調症の人の、二桁の足し算ができなくなることや、
自転車に乗れなくなることのように、
正真正銘、能力の低下かも知れません。
 
わたしの感じでは、能力の低下は、
足し算や自転車でなく、別のところにあり、
足し算や自転車は、別の能力の低下に、合わせたもののような気がします。
 
御家族に、精神障害者や身体障害者がいると、
その人に、健常者の真似をするように要求しても、無理です。
障害者と健常者の、中間のような生活も、無理です。
どうしても、健常者が、
一方的に障害者の生活に合わせてあげる生活になります。
 
目の見えない人がいると、その人のために、家の中の至る所に、
目の見えない人のための印でいっぱいになります。
蹴躓かないように、頭を打たないように、
体育館の中の工事現場のような内装になります。
 
統合失調症や発達障害の人は、整理整頓ができません。
自分で整理整頓をしなさいと、きつく躾けようとしても、無理です。
その物が置かれていた場所に、物を戻すことができません。
もしも、その物の上に何かが乗っていて、
その下から、その物を取り出せば、二度と元の位置関係を復元できません。
 
服を脱げば、畳めません。
ゴミを、くず入れに捨てられません。
アルミサッシを開ければ、締められません。
締めようとすれば、錠を壊してしまいます。
冬になっても、扇風機を仕舞えません。
毛布も出せません。
布団を敷くことも、カバーをかけることもできません。
 
東京大学出身の紳士の、認知障害の一端ですが、
妄想や幻聴や興奮に、適応できるようになれば、
人前で、認知症であることを、気づかれないように、装えるようになります。
精神科医も気づきませんが、
御家族に精神障害者のいる人には、一目瞭然です。
 
思春期に低下する能力が、
足を引っ張っている能力の、元凶とは限りません。
家族に障害者がいると、御家族の人は一方的に、障害者の能力に合わせてあげます。
健常者の能力で家庭を運営しようとすると、
障害者を虐待して追い出すことになります。
 
生活の現場では、障害者を邪魔物扱いにして、
入院させたり、施設に預けたりすることができますが、
一人の人間の心の中で、
何らかの理由で、低下した能力と、健常な能力とが、同居するようになった場合、
健常な能力は、低下した能力を、
身の内から追い出すことは、絶対にできません。
 
低い能力と言えども、なければ大変です。
二桁の足し算のできない能力でも、
身内から追い出して、足し算が一切出来なくなれば、生きて行けません。
自転車に乗れなくなった能力も、多くは、べた足で歩く能力と同じです。
自転車に乗れないからと言って、その能力を追放すると、歩けなくなります。
     
身体や心の中では、かならず、
何らかの理由によって、低下した能力に、
他の健常な能力が、一方的に合わせてあげます。
最初は庇ってあげたり、隠してあげたり、回避したりしていますが、
やがて、一方的に低い能力に合わせるようになります。
 
これは障害者のいる家庭と同じです。
 最初は、隠したり、回避したり、庇ったりしますが、
いずれも失敗します。
最終的には、低い能力の障害者に、健常な家族が一方的に合わせてあげます。
これが最も安定します。
 
こうなると、精神障害者の、妄想も幻聴も興奮もなくなり、
精神障害者の認知障害も、みんなと一緒で、
もはや障害と言われなくなります。
行くところは、すべてこの方向です。
こうなると、穏やかになり、平和になります。
 
     性同一性障害でも、発病と同時に一気に認知障害が進み、
     性別の違和や、心の性別がどうのこうの、
     ホルモンが欲しい、手術を受けたい、就職したいなどと、
     頻りにテレビや本や自助会などで、騒がしくすることにより、
     自分や他人の目から、認知障害を隠します。
 
     その間にも、認知障害が徐々に進行して行くのか、
     それとも老眼や更年期障害などの始まる頃に、一気に進むのか、
     それとも統合失調症の一部のように、
     発症のときに、認知障害の行方が、すべて決まってしまうのか、
     まだよくわかりません。
 
     わたしには、性同一性障害発症時に、
     老年期の認知障害の病態が、
     すでに暗示されているような気がしてなりません。
     性同一性障害を発症した若い子を見れば、
     60才頃の認知障害の、人それぞれの違いが、わかるような気がします。
 
     少なくとも、性同一性障害では発症当時に、
     すでに中学生程度まで精神が退行しています。
     60才を超えた人では、幼児にまで退行している人が珍しくなく、
     統合失調症とほぼ同じです。
 
     東京大学の学生さんですと、その学歴から、
     おそらく発達障害でないと、勝手に想像されていますが、
     手先が不器用であったり、二桁の足し算のできない性同一性障害の人などは、
     よく発達障害と間違えられています。
     性同一性障害では、その種の症状の出る人のほとんどは、
     破瓜型の統合失調症ですが、
     診断名よりも、どの種類のお薬が効くか、効かないかが問題です。
 
     統合失調症でも性同一性障害でも、
     乳幼児期に、離乳排便排尿の躾に手間取っている人が少なくなく、
     同性愛と関係があると言われています。
     糞尿や性器や、汚れた性器を不潔と思う意識が、発達していません。
     統合失調症や性同一性障害の中で、
     同性愛の趣味のない人についても同じで、
     非常に特異です。
 
     我が子や乳幼児の、排便排尿に際して
     親のする世話や躾のための、糞尿の取り扱いの感覚とは、まったく別です。
     統合失調症や性同一性障害の人には、概して育児能力が希薄です。
     この種類の精神障害者の人たちのお世話をすれば、
     発達障害や統合失調症や性同一性障害を問わず、
     若い年令から、シモの世話に始まり、
     年老いても最初にシモの世話を要求されます。
 
     性同一性障害でも、50才を超えると、
     そろそろ紙オムツを常用する人が出てきます。
     性転換手術の後遺症は別として、
     糞尿を制御する能力が低く、
     性別のことよりも、統合失調症も含めて、
     排便排尿の能力の低さと性欲とが、
     攪拌されて、同一視されている病気と言っても構いません。
 
     青年男性が、女性用生理ナプキンや紙オムツを使い、
     男女を問わずこけしを直腸に入れ、
     ピンや電球を尿道に入れたりする症状が、
     性別のことを言い出す前に現れます。
     性同一性障害は、まず最初に、
     肛門と尿道と性器の病気として現れます。
 
     統合失調症にもその傾向がありますが、性的な遊戯のためでなく、
     肛門や尿道の締まりがなく、
     青年期から紙オムツを実用的に使用することが、すくなくありません。
     治療開始前です。
     性同一性障害では、しばしば性的遊戯になっています。
 
     幼児期の言語や歩行の習得に異常はありませんが、
     一部に乳児期の股関節脱臼のFtMがいます。
     母親のエストロゲン剤使用の影響と言われています。
     お箸の持ち方に、幼児から不器用さの現れる人もいますが、
     思春期までは、問題になるほどではありません。
 
     統合失調症では、発症後に、
     お魚の骨と身を分けるような器用さの、なくなる人が多く、
     手の込んだお食事は食べられなくなります。
     お弁当のおかずのように、
     ひとくちで放り込めるものしか、食べられなくなります。
 
     不器用さもありますが、虫歯の痛みを感じないお薬の副作用や、
     歯医者に行けない精神症状や、
     歯磨きのできない精神症状などのせいです。
 
統合失調症では、
思春期以後のある時期に、急激に悪化して、
一旦発達していた能力が低下します。
自転車に乗れなくなる人もいます。
 
居室の室内照明のランプが切れても、取り替えらません。
切れたから、どうしようかと、苦になりません。
取り替えるということが、頭に浮かばなくても、平気です。
多くの患者さんが、対応不能になります。
無視といってもいいかも知れません。
 
ランプの寿命かも知れないと認識するのが精一杯で、
いくらかの人は、誰かのせいで切られたと思います。
寿命で切れたのか、誰かが嫌がらせで切ったのか、
そんなことで悩むけれども、
いつまでたっても結論が出ずに、身体が動きません。
どうでもよさそうな感じです。
 
蛍光ランプは何本かが対になっていますので、
一本切れただけでは、真っ暗になりません。
薄暗いところで、何カ月も過ごします。
家族の人が、付け替えてあげようとすると、拒否します。
不審なことを、人の手で変更されるのを、極端に嫌います。
手をつけずに、物的証拠として残しておきたい気持ちになっています。
壊れたものを、修理しません。
 
美味しい食事を持ってきてくれれば、喜んで食べます。
自分から部屋を出てまで、台所の美味しい食事を食べようとはしません。
夏は猫舌だからと言って、食事が冷めるまで、自室から出てきません。
冷たくなった食事を一人で食べます。
冬も熱いものを食べられず、真冬に冷たくカチカチになった食事を、
自室に持ち込んで、一人で食べます。
家族と一緒に話しながら食べられません。
 
もう一本のランプもチカチカしてきますと、
ランプを消して、真っ暗な中で生活します。
枕元のランプで代用します。
それでも、部屋の照明を付け替えません。
 
本人に聞いても、まともな答えが帰ってきません。
なぜ付け替えずに放置するのか、人の納得するような説明ができません。
本人は、だれかのせいでないかと考えていますが、
自分の能力が低下して、蛍光ランプを付け替えることができないとは、自覚できません。
それが病気ということが、本人にはわかりません。
 
自分では、政治の議論ができるほど、個性的に賢いと思っています。
この状態で、たくさんの性同一性障害の人が、
掲示板に2ちゃんねる風の投稿をしています。
2ちゃんねるの投稿記事は、衝動的な直感を一語で書くだけですから、
完全に痴呆になっても、気の利いた投稿が可能です。
特殊な能力だけ、訓練を続ければ、かなり遅くまで維持できます。
紙オムツをつけて、それを交換できなくなるぐらい、痴呆が進んでも、
2ちゃんねるの投稿記事は、冴えています。
 
脳を使うパターンによって、能力の優劣が、天才と痴呆ぐらいにアンバランスになります。
イディオ・サバンなどと同じで、社会生活ができずに、たくさの人と触れ合わずに育つと、
一つの能力は動物的に劣等で、一つの能力は天才的で、
全体として、最低限の社会生活のできない知的障害者になります。
2ちゃんねるは、その宝庫です。
 
生活能力も生存能力もありませんが、投稿能力はあります。
掲示板にたむろしている性同一性障害の人たちも、たくさんいますが、
昔、遊郭に日がな一日、
火鉢を囲んで生活していた女装の人たちと、まったく同じです。
 
寝たきりで、口を使ってキーボードを打ち、
論文を書く天文学者がいるでしょう?
彼は脳性麻痺ですが、性同一性障害のように、
身体に異常がなく、脳の器質にも異常が無く、
脳の機能にのみ異常の現れる精神障害でも、
同じような症状になる人がいます。
自分でそうなります。
 
ヒステリーと言いますが、好きなことだけをして、
嫌いなことを拒否していると、様々な精神障害が出てきます。
蛍光ランプを取り替えられない、お箸を持てない、自転車に乗れない、
などという症状も現れます。
生まれたままの身体の性別では生きて行けないので、
性転換するというのも、その症状の一つです。
 
この状態で、妄想や幻聴がひどくなり、興奮するようになれば、
だれにでも、精神病とわかりますので、
周囲の人が、ある程度無理矢理に、病院に連れて行きます。
興奮している場合は、おそらく抵抗しますので、
御家族がいれば、力尽くで車に押し込んで、病院に連れて行くこともありますが、
病院の医師に相談すると、看護師さんが車で迎えに来てくれます。
 
妄想や幻聴の進行が急激でなく、じわじわとした感じで、
健常との識別の難しい状態ですと、
幻聴があっても、言葉に出さずに黙っていますので、わかりません。
興奮がそれほどでなければ、一生、統合失調症と診断されずに、
最終的に身寄りがなくなってから施設に収容されて、
老人性痴呆とされることがよくあります。
 
このタイプの人が、性同一性障害にかなり混じっていて、
発達障害と言われていることもあります。
統合失調症の人のほとんどには、軽い発達障害がありますが、
幼児期や子供時代に、特殊教育を受けさせたほうがいいのではないかと、
問題になったほどの人は滅多にいません。
ほとんどの人が、もしも子供時代に発達障害と言われると、
本人も御家族の人も、子供の個性まで病気扱いにすると言って、
怒り出す程度の発達障害です。
 
こうして発達障害の治療を拒否した人の中に、
妄想や幻覚や興奮の目だたない統合失調症の人が少なくありません。
子供の頃に正常だったという記憶が、
最後まで病気を拒否して、病識がなく、反抗的な症状の出る原因になりますので、
離乳や排便排尿の躾に手こずった時点で、
病気を自覚させるような教育を、始めたほうが良かったかも知れません。
 
     二桁の足し算が出来ずに、
     蛍光灯の取り替えができなくなった東大出身のお医者さんが、
     医療行為をしているのは不思議と言えば不思議ですが、
     人と話して、この人は二桁の足し算ができないなあ、
     蛍光灯の付け替えができないなあと、見極めのつく人が、
     実は世の中の1%か2%しか、いません。
 
     検査をしてみなければ、わかりません。
     世間の人の、能力を知る目というのは、それぐらいですから、
     わかっていても、客観的に能力を検査する方法がなければ、
     人を説得することはできません。
 
     統合失調症の人に、手先の不器用さを検査してあげます。
     蛍光灯のランプを取り替えるだけです。
     小学五年生でも、お台所の椅子を持ってきて、すいすいとできます。
     統合失調症の人は、立ち往生してしまって、何もできません。
     蛍光灯の下に椅子を持って行くことも、
     蛍光ランプを箱から出すことも、何もできません。
     コンセントを抜く作業など、ちんぷんかんぷんです。
     何度教えてあげても、できません。
 
     一人だけでなく、数人の統合失調症の人にも同じことを教えてあげましたが、
     誰もできませんでした。
     実際には、切れた蛍光ランプと同じサイズや規格のランプを、
     お店から買ってくる作業もありますが、
     何もできないことは、もう検査するまでもありません。
 
     メーカーが違っていても構わないのか、45才の男性は知りません。
     人に尋ねる方法も知りません。
     何を尋ねればいいのか、どういうふうに尋ねればいいのか、
     頭の中で構成できません。
 
     この人が、テレビに出演して政治のコメントをつけています。
     この人は、二桁の足し算ができません。
     テレビ局のスタッフは、この人が認知障害であることに気づきません。
     この人の御家族に精神障害者がいて、
     この人は精神障害者の御家族として、
     主治医と会って話をしていますが、
     主治医は、この人が統合失調症であることに、気づいていません。
 
     この人の、手先の不器用さや、
     物事を順序立てて考えて、段取りをつけて実行する能力が、
     著しく劣っていることを、
     一般の人と比べられるように、目の前で実験して見せてあげても、
     この人は、自分の能力が劣っているとは、理解できません。
 
     手品のようなものだと言います。
     客観的事実とは別の、夢のような、あさっての世界に生きていますが、
     歴然とした事実も、手品も、御本人には似たようなものです。
     それでも、テレビで政治評論ができます。
     おそらく、ただの感慨だけで、
     理論のほうは、誰かに聞いた風なことや、
     昔の風聞を思い出しているだけです。
 
     日々の要領のよさは、少しも退行していません。
     3才まで知能の退行した人でも、自分で衣服を着れるようなものです。
 
     こういう例は、ごくふつうの社会の、日常茶飯にすぎません。
     三島なんとかというノーベル賞候補だった人は、
     首切り自殺の前に、安岡なんとかという高名な陽明学者に意見を求めましたが、
     安岡さんは、その頃から認知症の疑いがあり、
     後に細木なんとかという銀座のマダムと結婚しました。
     死後、裁判所の調停で、認知症の故に結婚は無効になりました。
 
     認知障害の人を利用するのは簡単ですが、
     診断書を額に貼り付けて暮らしているのでありませんから、
     一般の人は、知らん顔をして、都合のいい契約を交わせます。
     性同一性障害の患者さんが、
     精神科医や形成外科医や弁護士などと交わす契約も、
     その類でないかと言われています。
     性同一性障害でなく、認知障害が正体でないかと言われています。
 
     ラストエンペラーという映画がありましたが、
     溥儀は、自分の着る衣服のボタンを掛けることができませんでした。
     靴の緋を結べませんでした。
     溥儀が通常の日常生活の能力を身につけるように、
     みんなで教えたそうです。
     統合失調症も、性同一性障害も、そういう状態に見えます。
     躾が出来ていませんが、溥儀のような重要人物ではありませんので、
     誰も、手取り足取り、教えてくれません。
 
     ボタンを掛けるとか、靴の緋を結ぶとか、
     目に見える能力は簡単に指摘できますが、
     検査しなければ、わからない能力がたくさんあり、
     嫌なことを、なぜ嫌かと、
     合理的に説得できるように表現する能力は、著しく低いかも知れません。
     性別が違うと言い出すのですから、
     合理的に説得する能力の低さは極端と思います。
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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