タイサンボク 泰山木 0175 再現性と事実、老化と変更不能と記憶

モクレン科 Magnoliaceaeも、
モクレン目 Magnolialesも、
双子葉植物綱 Magnoliopsidaも
被子植物門 Magnoliophytaも
語幹が、すべてMagnolで、
語尾が変わるだけです。
 
他の植物を調べれば、わかりますが、
モクレン属だけ、
大きいほうの分類単位から全部、
Magnolで統一されています。
 
Magnolは、
フランスの植物学者を記念して、
その苗字を、
分類単位の名称にしただけですから、
人名の語源を調べても、無駄です。
 
どの分類単位も、同じ名前になっているのは、
モクレン属が、
最も古い被子植物の典型とされたからです。
 
すべての被子植物は、
モクレン属から、枝分かれしたと。
 
 
   タイサンボクやモクレンなどの、
   離生心皮が、
   古い形態と、言われています。
 
   本当か、どうかは、
   学説により異なります。
 
 
    ***    ***
 
 
   時間が、なんのためにあるか、
   ということが、大切です。
 
   知覚の中身を、整理分類するための、
   基準の1つにすぎませんから、
   その通りに進化した、として、
   事実と言われる物語を想像するのは、
   ただの便宜です。
 
   すべての事実は、架空の物語であると、
   知ることが大切です。
 
   生物の進化系統の、
   気の遠くなる時間だけで、ありません。
 
   日常的に、目で見て、手で触り、
   直接に知覚した現実を、事実であると、
   因果関係を確信するのも、そう。
 
   再現性のある科学技術の
   事実だけでなく、
   再現性のない裁判の事実を、
   確信するのも、そう。
 
 
裁判は、判例をみだりに変更しない使命感が、
唯一の、再現性の原因ですから、
だれにでも、
裁判の事実は、権力の恣意であり、
荒唐無稽であると、瞬時にわかります。
 
精神医療は、再現どころか、
向精神薬を強制投与して、
精神症状を、人為的に作らなければ、
オリジナルの精神症状の証拠が、
皆無ですから、完全に、権力による犯罪です。
 
事実は、知覚の内容を表現するための、
言葉や写真などの、
コミュニケーションのためのメディアを、
分類整理するための、架空の物語ですから、
再現性のないのが、正しい。
 
当然、科学技術の再現性の由来が、
知覚の問題の核心になります。
 
   
   知識や教養がなくても、
   1才の乳児は、
   現実と事実の、仕様の違いに、
   戸惑います。
 
   言葉に習熟して、
   小学2年生頃になると、
   知覚の内容の現実を、
   直接に他人に伝えられないことと、
   知覚の内容を、
   言葉や写真などに表現して、
   間接的に他人に伝えられることの、
   違いを利用して、
   社会が成り立っていると、気づきます。

   自分が、違いを利用するだけでなく、
   他人に、違いを利用されないように、
   気を付けなければ、いけません。
   
 
色覚障害(色盲)の素質と同じで、
素質の無い人は、
1才未満の赤ちゃんでも、
瞬時に、色がわかります。
 
色覚障害の人は、一生、考えても、
わからないかも知れません。
 
遺伝的素質は、ただの組合わせですから、
瞬時にわかる人もいれば、
一生、わからない人もいます。
 
知覚について、150種類くらいの素質を、
確認できます。
   
元素という人もいますが、
遺伝的素質を、知覚に限定できないと、
考える学者もいます。
 
色盲のように、仕組みを解明して、
DNAの中の、どこのどれが、
その素質を決めているかを、指摘しなければ、
確信できません。
 
遺伝的か、それとも、
学習の内容が、変更不能になり、
知覚の規則性を形成したものかを、
識別しなければいけません。
 
 
   進化論や精神医学が、
   2度の世界大戦や、共産主義革命や、
   ホロコーストなどの、
   ロマン主義と言われる思想と、
   その破綻の、
   原因であると言われます。
 
   空間や時間や論理法則や、
   みんなと一緒などの、
   知覚の内容の規則性は、
   知覚の内容を、他人に伝えるための、
   言葉や写真などのメディアの表現を、
   分類するための、
   人為的な分類基準が、
   無意識に、
   知覚を規定するプログラムになったと、
   言われています。
 
   空間や時間や論理法則などの規則性が、
   1才未満の学習に拠るものなら、
   そうです。
 
   しかし、品種改良のように、
   他人の命を間引き、
   取捨選択することにより、
   遺伝的素質を純化したのなら、
   プログラムが、
   生まれつきの脳のハードウェアとして、
   遺伝しているかも知れません。
 
   ナポレオンなどのフランス革命以来の、
   ロマン主義は、
   イギリスの産業革命の、
   風下に立たされたことに、
   危機感を募らせて、
   品種改良を実行したと、言われています。
 
   進化論や精神医学が、主導原理であり、
   2度の世界大戦や、ソ連の共産主義や、
   ナチのホロコーストなどは、
   その末路であったと。
 
   このブログが、
   植物の分類と精神医学を、
   疑問視するのは、当然です。
 
   わたしは、小学生の頃から、
   ロマンティックな考え方が、
   明らかに間違いであるのにと、
   不満でしたが、
   日本国憲法が
   ロマン主義の申し子ですので、
   なかなかです。
 
   日本国憲法を作った人たちは、
   なぜ、戦争になったのかを、
   マッカーサーも含めて、
   理解していませんでした。
 
   日本国憲法の考え方が、
   世界大戦やホロコーストなどの、
   原因なのに。  
  
   
精神病の治療は、抗精神病薬の投与をやめて、
依存症を清算しなければ、いけません。
 
事情を説明しても、
わざと招く禁断症状の意味を、
当人や家族は、理解できないでしょう。
 
   
   それよりも、問題は、
   なぜ、精神病と診断したか、
   なぜ、抗精神病薬を投与したか、
   という理由です。
  
   カルテに記述される症状が、
   世界中を探しても、1例も、
   事実であると、確認できません。
 
   初発の未治療の診断時に、
   そのような症状が、確かにあったと、
   1例も確認できません。
 
   精神科の嘘が、
   みんなで申し合わせたように、
   世界中に定着しています。
 
   すべては、
   事務的な形式の記述にすぎず、
   具体的な事実の裏付けがなく、
   診察室という密室の中の、
   幻の精神症状と、言うべきです。
 
   証拠がありません。
 
 
診断基準に記載の、精神症状の事実があれば、
精神の病気であるとの、証明もありません。
 
そもそも、原因となる器質の病変がないのに、
人格や文化のほうの精神が、
病気であるとするのは、明らかに文学です。
   
精神の病気という文学表現を、
医療の事実とする証明が、ありません。
 
   
   診断基準の妄想や幻覚は、
   科学技術の再現性のある事実以外の、
   何らかの再現性のない事実についての、
   妄想や幻覚として、用いられています。
 
   事実の反対語の意味の、
   妄想や幻覚です。
 
   科学技術の事実だけを、確信しては、
   だれも暮らせません。
 
   すべての人は、科学技術の事実以外の、
   膨大な量の、出来事や規則性を、
   確信して生きています。
 
   たんに確信するだけでなく、
   それらの出来事や規則性を、
   事実であると、信じています。
 
   しかし、再現性はありません。
 
   むしろ、再現性のない事実が、
   科学技術の現場以外の、
   日常語の事実と言われる概念の、
   通常の意味です。
 
   裁判が、そう。
  
   みだりに判例を変えては、
   権威が損なわれると、
   心配するくらいに、
   権力の恣意を、
   決定的としているにすぎません。
 
   自作自演の、荒唐無稽な規則性です。

   個人の確信する事実は、全部が、
   自作自演の知覚の恣意によります。
   
   知覚の内容を、
   決定的と感じるだけですから、
   個人の独断や偏見と、
   そうでない事実を、識別できません。
   
 
診断基準は、
裁判の判決や、世間一般の常識のような、
再現性のない事実と、
妄想や幻覚を、識別できません。
 
精神疾患の診断基準に拠れば、
科学技術の事実でなければ、
すべての、事実と表現された言葉の意味は、
妄想や幻覚です。
 
そもそも、診断基準は、
科学技術の再現性の原因を、
理解していません。
 
なぜ、科学技術の事実は、再現されるのか。
 
法律家の知能水準は、
それよりも低いから、仕方ありませんが、
それほど、猿に近いのなら、
裁判官や検察官の資質にも、
欠けるというものです。
 
   
   科学技術の事実が、何度、行なっても、
   いつ、誰が行なっても、
   必ず、こうすれば、こうなると、
   同じように再現されるのは、
   知覚の仕方が、変更不能になり、
   いつも、同じように知覚されて、
   規則性があると、感じられるからです。
 
   わたしたちは、それを、
   自然の法則と、言葉に表現します。
 
   記憶が、その典型ですが、
   知覚が疲れて、
   変更不能になる老化現象です。
 
   わたしたちは、
   自然法則を感じない他人を、
   精神の病気として、間引き、
   遺伝的素質を純化します。
 
   品種改良することを、
   精神医療と言います。
 
   みんなと一緒に疲れない人や、
   老化しない人を、憎み、
   感情的に殺しているだけです。
 
   みんなのためにならないと言い、
   憎むのは、
   変更不能になったゾンビが、
   生きている人間の脳味噌を、
   食べるようなものです。
 
   精神科医や法律家などの、
   世間一般の、若くして変更不能になり、
   老化の著しい人たちの、
   他人に危害を及ぼす恐れが、深刻です。
   
   精神医療の現実を、
   変更しなければなりません。
 
   最も良いのは、
   精神医学を、精神病と診断して、
   抗精神病薬により、
   精神医療を解体することです。
  

 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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