いつもながらの、ピンボケ写真で、すみません。
稲の、雌(め)しべや花粉を、見たければ、
午前10時頃でないと。
これは、雄(お)しべの葯(やく)だけですが、
実(み)が、こんなに大きくなっています。
今、花が咲いているのですから、
実のように見えるは、粃(しいな)と同じで、
花や実を守るための、
内穎(ないえい)や護穎(ごえい)などの、
苞葉(ほうよう)が、
丸い舟型に、組み合わさっているだけです。
葉っぱの一種ですが、中身のお米(こめ)は、
まだ、稔(みの)っていません。
受粉や受精よりも、先に、籾殻(もみがら)だけが、
お米の大きさに、育ちますが、
低温や多雨や乾燥などのせいで、
受粉や受精が、上手(うま)く行かなければ、
この後(のち)も、稔らずに、
ほんとうに、粃(しいな)になります。
*** ***
成長ホルモンを打っても、
身長が伸びるとは、限らないように、
生まれつきの素質は、変更できないのが、普通です。
動物でしたら、生きて行けない素質の個体は、
死ぬのが当たり前ですが、
人間は、身長が低くても、
生きて行けるように、工夫しますので、
なかなか死にません。
生きて行けない素質の、知恵や社会でしたら、
どうしよう。
それでも、殺さずに、なんとか生かしますので、
人間には、動物よりも、頭の悪い個体や社会が、
一杯です。
知能が猿でも、生きて行けるもんね。
でも、生きて行ければ、頭が良いので、ないのかしら。
みんなと一緒のことが、出来ないせいで、
憲法や道徳に違反して、残酷に、他人を殺した人が、
責任能力が無いとされて、不起訴になると、
インターネットでは、非難轟々(ごうごう)です。
マスコミの論調が、犯人を指弾しますから、
頭の悪い人たちが、気違いを攻撃するのは、
当たり前です。
社会の底辺だけが、共食いなのかしら。
責任能力が無くても、民事賠償の責任がありますので、
一文無しになり、生活保護を受けると、
また、虐(いじ)められます。
頭の悪い人たちと、気違いの素質のある人たちって、
同じなのに。
統合失調症の病識が無いって、あほの意味ですが、
社会のてっぺんのほうでも、五十歩百歩です。
そんなもん、猿に、病識があるワケがないのなら、
人間にも…
というワケで、人間と人間の違いのほうが、
他の動物と人間の違いよりも、大きいと、言われます。
搾取や虐待が、協調や相互扶助のようなものなの。
殺さずに、生かしてこき使いますので、
ばい菌のように、奴隷が蔓延(はびこ)り、
アメリカ合衆国大統領になります。
身長の低い人だけでなく、
頭の悪い人を、殺してはいけないと、
憲法に書かれているように、
頭の良し悪(あ)しは、生きて行けるか、否かに、
あまり、関係ありません。
人間だけでなく、
生物は皆、1人で生きて行けないのに、
生きて行けない奴は、頭が悪いと、
知能検査や学力検査は、言います。
知能が無くても、生きて行けますから、
ほんとに、頭が悪いのかしら。
世の中の、少なくとも95%の人は、
論理能力がありませんけれど、
だいたいは、権力から遠ければ遠いほど、あほです。
論理は、科学技術や数学の感覚だけでなく、
エステティックにも、似ていますから、
どうして、権力を握れなければ、論理能力が無く、
美男美女なのに、論理能力が無いかって、
知能検査を作った人に、聞いてみなければ、
わかりません。
だいたいは、
権力とエステティックが、一致する方向に、
人間の心や文化は、変化して固定する、と言えば、
史的や弁証法的な、唯物論の人たちに、怒られます。
自然科学の規則性を、知覚する物差しが、
生まれつきの、体と言われる物体かも知れません。
免疫の仕組みが、そう。
敵味方識別装置みたいに、進化論的に理解していると、
間違う。
物差しが、
言葉や通貨のように、規定されて流通しますから、
知覚の中身が、言葉のように使われるだけでなく、
生まれつきに変更不能な、知覚の仕方が、
体と言われて、売り買いされるのは、
因果なものであると、お釈迦さんは、歌いました。
諦めましょう ♪ 諦めましょう ♪♪
インドヨーロッパ文化特有の、進化論の弊害は、
お釈迦さんやアリストテレスなどよりも、
自然科学や科学技術に、最も端的に現れています。
わたしは、別にキリスト教徒でありませんが、
後藤君や湯川君は、よくやった。
彼らや、シリアイラクのイスラム国の連中などは、
精神の病気と、診断されたほうが、
良かったのかしら。
メキシコの麻薬戦争で、
首の切り合いに、明け暮れている人たちも、
ほとんどが、薬物を使っていますが、
ベトナム戦争では、大麻が流行しました。
性転換も、そうですが、
物(もの)は、麻薬として作用するから、
物として、知覚されるのかも、知れません。
自然科学の尺度は、
そもそもが、刀や鉄砲や黒船や原爆のように、
人殺しや自傷や自滅などに、決まっていますので、
論理やエステティックは、
藁人形に五寸釘のようなものです。
わたしたちが、これこれならば、これこれであると、
定義するだけでなく、
これとあれを、くっつけたり繋いだりするのは、
いつも、性交渉と同じように、
気持ち良さを、求めています。
麻原彰晃君が、子沢山(こだくさん)であったり、
大阪教育大学の宅間守君が、
たくさんの子供たちを殺したりって、
形成外科医が、美容手術や性転換手術をするのと、
似たようなものです。
性転換医療は、形成外科医の悪意のように、見えます。
0コメント