日本産の踊子草(おどりこそう)は、
ヨーロッパ産の姫踊子草(ひめおどりこそう)よりも、
格段に華やかです。
人間に可愛がられて、生き延びましたから、
虫を騙(だま)して、生き残った奴と、
どちらが、賢いのかしら。
*** ***
小学4年の頃に、学校の先生を見て、
頭が悪いと、思いました。
45才未満くらいでしたら、
まだ、脳味噌が老化していると、
言われるほどでありませんが、知識や経験を積み、
すでに、脳味噌の多くが、変更不能ですから、
学校の先生が、それなりの、あほであることは、
間違いありませんでした。
中学や高校になれば、
わたしは、学校の授業でない時に、
一切(いっさい)の、学校の勉強を、
しなかったのに、
わざと、嘘の答えを、書かなければ、
全国の1番に、なってしまいました。
ほとんどの、学校の先生の受験能力が、
競争するまでもなく、
わたしよりも、1段低いあほであることは、
はっきりしていました。
小学高学年になると、自分でわかりましたが、
中学高校の学力試験を受ければ、
文部省や受験会社が、証明してくれました。
その証明書がなければ、
わたしの受験能力を、誰も知りません。
そんなことは、小学生にでも、わかりましたから、
みんなの通りに、して置けば、
虐(いじ)められずに、済みました。
そうでなければ、
多勢(たぜい)に無勢(ぶぜい)ですから、
生きる目がありません。
毎日毎日、4時間も5時間も、
受験勉強をしなければ、
一流大学の医学部に、合格できないあほが、
わたしの敵でしたが、
そいつらの真似(まね)を、して置けば、
見抜かれることは、ありませんでした。
でも、後悔しています。
そいつらは、
僅(わず)か数百人の中でも、
1番の成績になるために、毎日毎日、
受験勉強をしなければいけない連中と、
どんぐりの背比べです。
知能検査を作った奴も、
IQ155であると、自慢していましたが、
あのロマンティックな検査法は、
IQ120ぐらいの、あほです。
だいたいが、
20才まで、精神年齢が高ければ高いほど、
賢いって、あほです。
わたしなら、生物は、生まれた時から、
一直線に、あほになると、考えます。
経験や知識を、積めば積むほど、
あほになるのは、
統合失調症と同じですから、厄介です。
知能検査が、世の中の実勢を、
よく反映しているように、
あほが、徒党を組み、
嫌(いや)な奴を、殺すのは、
ばい菌の時代からの、生物の遺伝です。
篩(ふるい)に掛けるように、
みんなと違う奴を、仕分けしますから、
何に着目するか、という価値が、
ロマンティックな時代には、
権力や流行などと、言われて、
争われました。
わたしを、
虐(いじ)め殺そうとしたのは、
そういう連中でしたから、
あほを、虐め殺す奴らと、同類でした。
お医者さんの頭って、共食いなの。
それがなければ、生きて行けない連中が、
人間の死体を食べないのに、
わたしが、死体を、
衛生的に食べなければいけないと、言い、
自分を飼育して、
他人の犠牲になるように、
美味しいお肉になりたいと、
努める人間を、良いと、思うのは、
皮肉でありません。
キリスト教は、肉食ですから、
犠牲という言葉を、使いますが、
きっと、昔は、人食い人種でした。
それに比べて、日本人やインディアンの、
なんと美しいことか。
人食いから逃れて、
アメリカ大陸や日本列島に、
避難しました。
わたし自身は、学校の試験という試験に、
満点以外を取ったことが、ありませんでしたのに、
成績表は、5段階評価の、3ばかりでした。
お母さんが、小学校の先生に、
どうして、3ばかりなのかと、尋ねましたら、
試験の点数以外にも、平生(へいぜい)点があると、
言われたそうです。
要するに、賢い子の仕来(しきた)りがあり、
そのような生活態度でなければ、
試験が満点でも、3です。
エステティックを衒(てら)い、
あほを虐(いじ)めて、先生に気に入られなければ、
いけませんから、
学校の先生の、子供時代と同じが、良い。
数百人の中で、1番になる子って、
学校の先生みたいなものでしょう?
わたしは、お断り。
中学へ行けば、試験の点数が、成績になりますから、
小学校の、あほの先生に、褒められる必要は、ない。
中学へ行き、成績表は、5になりましたが、
やっぱり、学校の先生は、あほでしたから、
難儀でした。
生まれつきが、あほでも、
経験や知識を積めば、賢くなると、
学校の先生は、信じています。
人生を、子どもたちに伝えたいと。
ほんとは、統合失調症と同じように、
経験や知識を、積めば積むほど、
あほになりますから、
できるだけ、経験や知識を増やさずに、
精神的なストレスを、掛けないのが、
治療です。
抗精神病薬や抗不安薬って、
それをしますから、
あほに、賢(か)しこの真似(まね)を、
させない。
薬を使ってでも、
あほのままに、して置くのが、正解です。
日本人に、欧米人の真似をさせては、
いけない。
類人猿は、
人間の経験や知識を、積めば積むほど、
あほになりますから、
人間と一緒に暮らすには、
赤ちゃんの頃に、早期に発見されて、
知的障害のための、
特別な教育を受けるのが、良い。
精神科の、看護師や介護士やお医者さんを、
見れば、わかるように、
あほの世話を、希望するのは、
あほしか、いません。
薬なんかを、使わなくても、
精神病院や支援学校のスタッフと、
一緒に暮らしていれば、
ひとりでに、精神の病気は、治ります。
類人猿は、動物園やジャングルの中で、
仲間と一緒に暮らすのが良い、と言えば、
学校の先生や、お医者さんに、
怒られますから、言いません。
小学生の頃から、わたしは、
余計なことを、言いませんでしたが、
色気づけば、色気づくほど、
急速に、あほになることに、
気づいていましたから、中学になると、
何も喋りたくありませんでした。
喋っている暇があれば、
じっと、見ているほうが、良い。
蛇(へび)や蛙(かえる)を、
棒で突っつくのは、すぐに飽(あ)きる。
あほと一緒になるのは、
なんと面倒なことかって、
類人猿と、一緒に暮らす苦労を、思えば、
当たり前ですが、多勢に無勢でしたから、
仕方ありません。
みんなと一緒のことが、出来なければ、
生殖が出来なくなるのは、
当たり前ですから、
性同一性障害(GID)のように、
生殖を拒否する人を、見れば、
精神病や、生まれつきの障害の、
一種でないかと、
疑わなければいけません。
類人猿と人間って、
お互いに、生殖ができなくなったので、
お肉を食べても、構わない関係に、
なりました。
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