オドリコソウ 1822 類人猿に近い人たち

日本産の踊子草(おどりこそう)は、
ヨーロッパ産の姫踊子草(ひめおどりこそう)よりも、
格段に華やかです。
 
人間に可愛がられて、生き延びましたから、
虫を騙(だま)して、生き残った奴と、
どちらが、賢いのかしら。
 
        ***          *** 
 
小学4年の頃に、学校の先生を見て、
頭が悪いと、思いました。
 
45才未満くらいでしたら、
まだ、脳味噌が老化していると、
言われるほどでありませんが、知識や経験を積み、
すでに、脳味噌の多くが、変更不能ですから、
学校の先生が、それなりの、あほであることは、
間違いありませんでした。
 
中学や高校になれば、
わたしは、学校の授業でない時に、
一切(いっさい)の、学校の勉強を、
しなかったのに、
わざと、嘘の答えを、書かなければ、
全国の1番に、なってしまいました。
 
ほとんどの、学校の先生の受験能力が、
競争するまでもなく、
わたしよりも、1段低いあほであることは、
はっきりしていました。
 
小学高学年になると、自分でわかりましたが、
中学高校の学力試験を受ければ、
文部省や受験会社が、証明してくれました。
 
その証明書がなければ、
わたしの受験能力を、誰も知りません。
 
そんなことは、小学生にでも、わかりましたから、
みんなの通りに、して置けば、
虐(いじ)められずに、済みました。
 
そうでなければ、
多勢(たぜい)に無勢(ぶぜい)ですから、
生きる目がありません。
 
毎日毎日、4時間も5時間も、
受験勉強をしなければ、
一流大学の医学部に、合格できないあほが、
わたしの敵でしたが、
そいつらの真似(まね)を、して置けば、
見抜かれることは、ありませんでした。
 
     でも、後悔しています。
     そいつらは、
     僅(わず)か数百人の中でも、
     1番の成績になるために、毎日毎日、
     受験勉強をしなければいけない連中と、
     どんぐりの背比べです。
 
     知能検査を作った奴も、
     IQ155であると、自慢していましたが、
     あのロマンティックな検査法は、
     IQ120ぐらいの、あほです。
 
     だいたいが、
     20才まで、精神年齢が高ければ高いほど、
     賢いって、あほです。
     わたしなら、生物は、生まれた時から、
     一直線に、あほになると、考えます。
     
     経験や知識を、積めば積むほど、
     あほになるのは、
     統合失調症と同じですから、厄介です。
 
     知能検査が、世の中の実勢を、
     よく反映しているように、
     あほが、徒党を組み、
     嫌(いや)な奴を、殺すのは、
     ばい菌の時代からの、生物の遺伝です。
 
     篩(ふるい)に掛けるように、
     みんなと違う奴を、仕分けしますから、
     何に着目するか、という価値が、
     ロマンティックな時代には、
     権力や流行などと、言われて、
     争われました。
 
     わたしを、
     虐(いじ)め殺そうとしたのは、
     そういう連中でしたから、
     あほを、虐め殺す奴らと、同類でした。
 
     お医者さんの頭って、共食いなの。
     それがなければ、生きて行けない連中が、
     人間の死体を食べないのに、
     わたしが、死体を、
     衛生的に食べなければいけないと、言い、
     自分を飼育して、
     他人の犠牲になるように、
     美味しいお肉になりたいと、
     努める人間を、良いと、思うのは、
     皮肉でありません。
     
     キリスト教は、肉食ですから、
     犠牲という言葉を、使いますが、
     きっと、昔は、人食い人種でした。
 
     それに比べて、日本人やインディアンの、
     なんと美しいことか。
     人食いから逃れて、
     アメリカ大陸や日本列島に、
     避難しました。
 
わたし自身は、学校の試験という試験に、
満点以外を取ったことが、ありませんでしたのに、
成績表は、5段階評価の、3ばかりでした。
 
お母さんが、小学校の先生に、
どうして、3ばかりなのかと、尋ねましたら、
試験の点数以外にも、平生(へいぜい)点があると、
言われたそうです。
 
要するに、賢い子の仕来(しきた)りがあり、
そのような生活態度でなければ、
試験が満点でも、3です。
 
エステティックを衒(てら)い、
あほを虐(いじ)めて、先生に気に入られなければ、
いけませんから、
学校の先生の、子供時代と同じが、良い。
 
数百人の中で、1番になる子って、
学校の先生みたいなものでしょう?
 
わたしは、お断り。
中学へ行けば、試験の点数が、成績になりますから、
小学校の、あほの先生に、褒められる必要は、ない。
 
中学へ行き、成績表は、5になりましたが、
やっぱり、学校の先生は、あほでしたから、
難儀でした。
 
生まれつきが、あほでも、
経験や知識を積めば、賢くなると、
学校の先生は、信じています。
人生を、子どもたちに伝えたいと。
 
     ほんとは、統合失調症と同じように、
     経験や知識を、積めば積むほど、
     あほになりますから、
     できるだけ、経験や知識を増やさずに、
     精神的なストレスを、掛けないのが、
     治療です。
 
     抗精神病薬や抗不安薬って、
     それをしますから、
     あほに、賢(か)しこの真似(まね)を、
     させない。
     薬を使ってでも、
     あほのままに、して置くのが、正解です。
     
     日本人に、欧米人の真似をさせては、
     いけない。
 
     類人猿は、
     人間の経験や知識を、積めば積むほど、
     あほになりますから、
     人間と一緒に暮らすには、
     赤ちゃんの頃に、早期に発見されて、
     知的障害のための、
     特別な教育を受けるのが、良い。
 
     精神科の、看護師や介護士やお医者さんを、
     見れば、わかるように、
     あほの世話を、希望するのは、
     あほしか、いません。
 
     薬なんかを、使わなくても、
     精神病院や支援学校のスタッフと、
     一緒に暮らしていれば、
     ひとりでに、精神の病気は、治ります。
 
     類人猿は、動物園やジャングルの中で、
     仲間と一緒に暮らすのが良い、と言えば、
     学校の先生や、お医者さんに、
     怒られますから、言いません。
 
     小学生の頃から、わたしは、
     余計なことを、言いませんでしたが、
     色気づけば、色気づくほど、
     急速に、あほになることに、
     気づいていましたから、中学になると、
     何も喋りたくありませんでした。
 
     喋っている暇があれば、
     じっと、見ているほうが、良い。
     蛇(へび)や蛙(かえる)を、
     棒で突っつくのは、すぐに飽(あ)きる。
     
     あほと一緒になるのは、
     なんと面倒なことかって、
     類人猿と、一緒に暮らす苦労を、思えば、
     当たり前ですが、多勢に無勢でしたから、
     仕方ありません。
 
     みんなと一緒のことが、出来なければ、
     生殖が出来なくなるのは、
     当たり前ですから、
     性同一性障害(GID)のように、
     生殖を拒否する人を、見れば、
     精神病や、生まれつきの障害の、
     一種でないかと、
     疑わなければいけません。
 
     類人猿と人間って、
     お互いに、生殖ができなくなったので、
     お肉を食べても、構わない関係に、
     なりました。
 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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