花札みたいな写真で、すみません。
甘酒、飲みたい。
どこを、甘酒横丁と言うのか、知りませんが、
幟(のぼり)が立っていました。
東京都中央区の、日本橋人形町って、
都心とは思えないほど、うら寂びた風景です。
高層ビルがありませんから、
利休好みの露地庭に、迷い込んだ気分です。
隅田川の泥が堆積しましたから、下町でしょう。
葉山や那須の、御用邸よりも、
天皇陛下は、こういう所に、
茶室を建てるべきでした。
浜離宮が、そうなのかしら。
あれは、落ち延びる時の、備えですよね。
東京駅まで、歩いて20分ぐらい。
二重橋まで、25分です。
わたしは、毎日、少なくとも1時間は歩きたいので、
空き時間があれば、こまめに散策しています。
人の言うには、馬みたいに速いそうです。
来年は羊です。
*** ***
欧米の形而上学は、論理主義の最たる思想ですが、
お釈迦さんの考えを見れば、わかるように、
古代インドの伝統文化です。
どうして、インドヨーロッパ系と言われる文化が、
最初に、インドに蔓延したのかは、知りません。
白人の発祥地が、ソグディアナ地方であったのと、
シュメールとインドが、近かったので、
そうなった?
古代文明は、大河の湿地帯に栄えていますから、
舟を使った文化です。
海に乗り出して、
シュメールとインドを、往来するぐらい、
簡単なのかしら。
ポリネシアの文化も、その続きとか。
どこの民族も、
ご先祖さまの血筋や、伝統文化から、
逃れられない運命を、確信しましたので、
宗教や神話が、流行(はや)りますが、
形而上学のように、
その筋道を一般化して、論理法則を抽出したのは、
古代インドです。
論理法則を使えば、
技術を、神話のように正当化できることを、
発見しました。
旨(うま)い事(こと)を、見つけた時に、
同じ手順なら、いつもそうなると、確信するのは、
脳味噌の、神経や化学物質の、
こっちとあっちや、これとあれが、
繋がれたり、くっついたりして、
変更不能になった、という意味です。
そのように、人間の個体を選別して、
品種改良したのですが、
定義して、論理法則を抽出すれば、
予言した通りに、科学技術を作ったと、嘘をつき、
自分の好き嫌(きら)いを、
他人に強要することが、できます。
鉄砲を作り、嫌な奴を殺すことなの、論理主義って。
サンゴという生物が、
珊瑚礁という物体を作るように、
判断が変更不能になることを、
論理や科学技術や進化などと、言いますが、
ようするに、生物の死骸が積み重なり、
宇宙が作られます。
目で見て、手でさわり、耳で聞いて知る知覚って、
無意識の自動機械のように、感じられますから、
物体の仕組みと、同じです。
死骸を生産して、宇宙を作るのは、
宇宙の認識を作るのと、同じ意味なの。
自然科学は、
たぶん、論理の普及と一緒に、
インドから、中東に伝わり、
古代ギリシャや北アフリカを経て、
ヨーロッパに、波及しました。
ギリシャ経由のやつは、ローマ帝国の滅亡により、
糞(ふん)詰まりになりましたから、
近代ヨーロッパの自然科学は、
北アフリカからスペイン経由で、
イスラム教と一緒に伝わったと、言われています。
日本も、論理や科学技術を、
仏教と抱き合わせで、伝え聞きましたが、
キリスト教や仏教よりも、イスラム教のほうが、
直截(ちょくせつ)に、はっきりと自覚して、
論理や科学を、大切にしましたので、
日本よりも、トルコや近世ヨーロッパのほうに、
論理主義の加速度が付きました。
欧米人の言うところの、知能の核心です。
古代インド文化の、
心臓や脳などの、肝心要(かんじんかなめ)は、
論理と科学技術であると、
正鵠(せいこく)を射抜いたのは、
中東のイスラム教徒でした。
シリアやイラクの、
イスラム国と自称する軍事勢力の、残虐性を見れば、
よくわかります。
仏教やキリスト教を、あほであると、言います。
甘いの。
中東が、シュメールやインドに近かったからでなく、
やっぱり、合理主義って、
シュメール文化が、本家本元なのかしら。
イラクやシリアの人は、その直系の子孫であると、
自負します。
エジプトなんか、
ピラミッドやキリスト教を見れば、わかるように、
神秘主義丸出しですけれど、
仏教も、まだまだ原始的でしたから、
日本は、危ないのかも、知れません。
甘いの。
論理や科学技術って、
嫌(いや)な奴を殺すために、
特化されていますから、
こいつの発達した奴が、とりあえずは、
生き残り易(やす)いのに、決まっています。
残虐性のような、瞬発力ですけれど、
持久力となると、どうでしょうか。
論理や科学技術は、
原爆みたいに、役立たずかも知れません。
イスラム国の残虐性に、
ふらふらしている日本の青年が、憧れるのは、
当たり前です。
原爆を信仰するようなものです。
今に、日本全体が、そうなるかも知れません。
その走りが、性転換医療のように、見えます。
バブルの果ての、瓢箪から駒かな。
性転換医療を行なうお医者さんには、
ふらふらしている青年と、同じ憧れが、
輝いています。
来年は未(ひつじ)年なのに、
どうしてくれるんでしょうか。
瓢箪から駒は、古い。
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