庭木にする人もいますが、
普通は、役に立たない木かも知れません。
園芸店に寄っても、
アカメガシワの苗木なんか、売っていません。
農家の人も、苗木を生産したいと、思わない。
雌雄異株ですが、これは雄株。
雄しべが四方八方に伸びて、
アカシアみたいに、球状に見えますので、奇麗です。
花びらが、ありません。
雌花よりも、わたしは好き。
クスノハガシワ Mallotus philippinensis の、
雌株の果実の腺毛が、
カマラ kamala と言われる駆虫薬になり、
アカメガシワ Mallotus japonicum の、
雌雄の樹皮が、
胃潰瘍や十二指腸潰瘍などに、効くそうです。
カマラの、
含水エタノール抽出物 hydrous ethanol extract
は、
ピロリ菌 helicobacter pylori に対して、
抗菌作用があり、
日本薬局方に収載されていますが、
ほんとうに効くのかしら。
葉が、柏(かしわ)のような、という意味ですが、
トウダイグサ科の、よくある葉の形です。
種小名は、日本の、という意味の形容詞の、
中性形の japonicum ですが、
属名の マロタス Mallotus は、
長い軟毛のある Mallotos、という意味らしいの。
その名詞形。
どうして、中性名詞なのかは、知りません。
japonicum は、それに合わせた性別です。
わたしは、柳葉魚(ししゃも)を、思い出します。
カラフトシシャモ属も、Mallotus なの。
昨日、子持ちししゃもを、食べたばかり。
赤芽柏(あかめがしわ)は、
日当たりの良い所に、勝手に生えますが、
民家の近くでは、小さいうちに、伐採されそう。
こんなのって、普通は、庭木になりません。
葉っぱの、葉身(ようしん)の付け根に、
蜜腺があり、蟻(あり)が、這い登って来ます。
*** ***
生殖機能の破壊と、
性器の美容整形や、尿道の付け替え工事などの、
いわゆる性転換医療の嘘は、
患者なら、だれでも知っていなければ、いけません。
でも、
患者のほうが、世間一般の人よりも、知らない、
という現実があります。
性転換をしようとする人は、
知能が下がっていますので、
知っているはずのことに、気づきません。
わざと気づかないのと、
ほんとうに気づかないのとは、よく似ていますが…
嫌(いや)で嫌で、仕方のない時は、そうなります。
この精神状態が、長期間、継続すると、
癖になりますから、知能検査を受けても、
はっきりと、成績が下がって来ます。
二度と、上がらない可能性が、高い。
いったい、
患者は、何を知っていなければ、
いけないのでしょうか。
世間一般の人が知らずに、
性別違和の患者が知っているはずのことって、
書くまでもありませんが、書きます。
いわゆる性転換や性別移行などによる治療は、
本人の訴える苦痛と、医者の行なう医療の、
いずれもが、仲間内の交際の中の出来事ですので、
世間一般の人の、精神の病気とは、少し違います。
オウムがサリンを撒くようなもので、
世間一般の人に、
そのような精神症状は、ありません。
オウムという仲間内に特有の、精神症状です。
いわゆる性転換や性別移行も、
特殊な仲間内での、
限られた人たちのための、医療なの。
世間一般の人に、広く起り得る性別の違和感と、
性転換や性別移行などの治療を、
現実に求める人たちの訴える性別違和とは、
意味が違います。
早い話が、この人たちは、頭が良ければ、
非常に高い確率で、
自分自身が医師の免許を取得して、
仲間に対して、
性転換や性別移行などと言われる医療を、
実行しようとします。
サリンを撒く仲間を、オウムと言うように、
性転換や性別移行などを行なう仲間を、
トランスジェンダーや同性愛や異性装などと、
言います。
夜の町にたむろする遊び仲間の一種です。
幼児の頃から、自分の性別が違うと言い、
頑固に駄々をこねるのは、自閉症です。
ご家族が、上手(うま)く対処しないと、
統合失調症になる可能性が、あります。
みんなと一緒のことをする能力が、低く、
脳の化学物質の、くっつき方の度合いを、
一定に保てませんので、
神経幹細胞の出来方が、遅く、
みんなの文化を、擬(なぞら)えることが、
出来ないのかも知れません。
言葉や価値観のように、
みんなの文化は、流行して変化しますが、
目で見て、手で触って、
耳で聞いて知る事実も、
みんなの文化でなければ、
他人に通じないのは、
自分一人だけの、孤立した言葉と
同じです。
この事情は、
論理や数学などと、言われますが、
最も端的に表われるのが、
現代では、科学技術です。
論理や数学などの、
筋(すじ)が通っているかのように、
科学技術を見て、納得するのは、
事実を知る流行文化を、
みんなと共有しているからです。
そうでなければ、筋道が見えないのは、
目で見たり、手で触ったり、
耳で聞いたりする事実を、
知る能力が低いと、言われます。
感覚器官を経て、体が、知覚する能力は、
みんなと一緒のことをする能力と、
同じです。
そのことを、事実と論理は一致すると、
言ったり、
体の機能の一部が、心であると、
言ったりします。
コンピュータを作るのと、人間を作るのは、
同じことですが、どうして、
生命を作るのは難しい、と言わずに、
物体は、心と違うと、言うのかしら。
心って、物体の変化のことなのに…
いわゆる性転換や性別移行を行なっても、
新しい性別の、世間一般の社会に適応できることは、
まず、ありません。
適応しようとすることさえ、なく、
普通は、新しい性別に、成り済ましているだけです。
籍を置いているだけの状態ですけれど、
戸籍の性別を、事務的に変更したり、
性器の美容整形を行なったり、
顔や体の見てくれが、
望みの性別に、近かったりすれば、
成り済まし易(やす)いのは、当然です。
性転換をする人は、
望みの性別に、成り済ましたいと、
思っているだけです。
適応したいなどとは、思っていませんので、
性転換に必要なことは、
成り済まし易(やす)い条件です。
事務的な戸籍の性別の、要件に、
生殖機能の破壊や、性器の美容整形などを、
法的に義務付けるのは、
性転換をしようとする人たちの意図を、
根本的に見誤っています。
彼らは、
望みの性別の暮らし振りに、適応したいのでなく、
仲間内の社会の、性的遊戯や快感を、
堪能したいのです。
もちろん、遊びや快感に浸っていなければ、
生まれつきの体の性別に対して、
社会から要求される文化的な義務を、
実行する苦しさに、耐えられません。
仲間内の、性的快感に浸っていれば、
性転換後の性別に、
社会的に成り済ましていることも、
むしろ、性的快感に感じられます。
たいていの人は、異性になったような気分って、
性的快感ですから、
性転換を実行しようとする人たちの、仲間内は、
その快感を共有する人たちの社会です。
仲間内で、幅が効き、序列を上げるには、
いわゆる性転換や性別移行が、必要であると、
本人は、思っています。
実際には、性転換を行ない、
頂上に近づけば近づくほど、
生活が困難になり、友達が減り、孤立に近づきます。
頂上で暮らすのは、現実的でなく、
麓(ふもと)で暮らしたほうが、便利なのは、
当たり前です。
本人の思惑(おもわく)が、外(はず)れるのと、
まったく同じ気持ちを、擬(なぞら)えるように、
法律は、戸籍の性別変更の要件として、
生殖機能の破壊と、性器の美容整形を、求めます。
法律を作った人たちの、未熟のせいでした。
性転換を、よく見ていない。
性転換をしようとする人たちと同じように、
見えているはずのことが、見えていないような、
精神状態になっていました。
法律を作った人たちって、
性転換をしようとする人たちの、仲間内ですから、
当たり前ですけれど。
見えているはずのことが、
見えていない精神状態は、
精神の病気の症状かも知れません。
世間一般の人が、戸籍の性別の変更に、
生殖機能の破壊や、
性器の美容整形などを、求めるのは、
統合失調症の、
妄想や幻覚や支離滅裂などと、
表現される症状が、
患者さんよりも、世間一般の人に、
顕著であるのと、同じです。
わたしたちが、
事実や論理と言っているのは、
妄想や幻覚や支離滅裂の一種に、
決まっています。
みんなの流行文化に一致すれば、
特定の妄想や幻覚や支離滅裂などが、
事実や論理と言われます。
何が、みんなの文化であるかを、
知るために、目や耳や皮膚などの、
感覚器官があります。
アンテナに決まっていますが、
コミュニケーションの中身を
受信するための、アンテナです。
声帯や手などを使い、
送信もしますけれど、
事実って、
コミュニケーションの中身でなければ、
どこにもないのは、
コンピュータと同じです。
みんなの文化のように、
だれかが放り込んだプログラムの通りに、
コンピュータは、
コミュニケーションの中身を、
処理します。
事実もそう。
コミュニケーションの中身が、
伝えられる方法の一つとして、
いわゆる事実が、コンピュータに、
インプットされるように、
伝える方法の一つとして、事実を、
アウトプットすることもあります。
昔の統合失調症の人は、
電波が飛んで来ると、よく言いましたが、
世間一般の、健常な社会では、
電波だけでなく、事実も飛んで来ますし、
行為と言われるように、
事実を飛ばすことも、しょっちゅうです。
なーんだ、事実って、
言葉と同じでないかと、
知らなければいけません。
体から出入りするものは、すべてが、
コミュニケーションの中身ですから、
そうでないものが、
体の外側に、在るわけがない。
それなら、
コミュニケーションの中身の世界を、
体の外側に在ると、想定しても、
紛らわしいことには、なりません。
体の外側に、本当に、何かが在るのなら、
勝手に、体に外側に、
架空の物を想定すると、
本物と偽物の間で、紛らわしいことに、
なりますけれど、
どうせ、体に出入りするものは、
すべてが、
コミュニケーションの中身なら、
それが、体の外側に在ると、想定して、
体の外側という事実の世界を作るのは、
とても便利です。
行為により、事実を作るのは、
現代では、科学技術が、端的ですけれど、
みんなの文化を作るためには、
とても便利です。
統合失調症や性別違和などの、
精神の病気の症状って、
その機能が変(へん)になっています。
統合失調症では、生まれた時に、
すでに変ですけれど、
生まれた後にも、
だんだんと変になって行きます。
性別違和や抑うつなどは、
変になる途中の、
よくある症状の一つですが、
自分から、生殖機能を壊して、
孤立して行くのは、だいたい、
統合失調症の、軽いほうの半分の人と、
同じくらいの、病気の軽重のような、
気がします。
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