タブノキ 1524 論理と認識の、トートロジー

日本の新緑の頃に、海外旅行に行った奴は、
阿呆方(あほかた)さんかも、知れません。
  
横須賀に帰り、まっ先に、椨(たぶ)の木の写真を、撮りました。
ブログ用。
夕方でしたので、シャッター速度が、1/10秒くらいで、
ブレました。
 
上から、覆(おお)いかぶさっているのは、小楢(こなら)です。
 
椨の木は、
雌雄同株(しゆうどうしゅ)の、両性花が咲きますので、
小学低学年の性教育に、持って来いかも、知れません。
 
高学年になると、月経やコンドームを、教えますから、
雌雄同株でも、雌雄異花や雌雄異熟があり、
両性花でも、雄しべと雌しべの、熟する時間や日が、違うのを、
小学中学年に教えないと、いけないのかしら。
 
有性生殖により、遺伝子の組み合わせを、
簡単に、掻(か)き混ぜることが、出来ますので、
植物と動物を問わずに、たくさんの生物が、
伝統のシステムを、継承しています。
 
よく蔓延(はびこ)っている個体の、遺伝子の組み合わせを、
そのままに伝えずに、
どうして、わざわざ、掻き混ぜるのかしら。
 
八重(やえ)咲きの山吹(やまぶき)は、
義経のように、実が成りませんので、
有性生殖による世代交代が、できません。
人間の手に頼り、株分けや挿し木により、個体を増やします。
 
栄養繁殖と言われるやつですけれど、
単細胞生物の分裂よりも、賢いかも知れません。
 
同じ奴の分身でも、それぞれが、個体と言われるのは、
一卵性双生児が、二つの個体と、言われるようなものです。
二重体児も、あったかしら。
 
個体だけでなく、世代交代の意味も、
有性生殖と、つるんでいますから、
有性生殖でないのに、世代交代をする奴がいると、
奇異に感じます。
 
個人や、親子や、性別って、
人間の心の成り立ちを、説明していますけれど、
判断が、変更不能になる道筋(みちすじ)ですから、
成長や発達や老化などと、似たような意味です。
 
お釈迦さんが、そう考えたように、
インドヨーロッパ系の、進化論や精神分析や、
フランス革命や、マルクス・レーニン主義の唯物論などの、
論理と事実が、同一である、とする認識論は、
すべて、虚(むな)しい結末に、なりそうな気がします。
 
キリスト教も、
奴隷のユダヤ人が、白人のペルシャ人に解放されて、
白人の古代ギリシャ文化の、只中(ただなか)に
育ちましたけれど、
もとは、セムハム系の民族ですから、
言語だけでなく、顔や体の見てくれが、
お釈迦さんのような、インドヨーロッパ系の白人とは、
違いました。
 
お釈迦さんの考え方は、
進化論や精神分析やフランス革命や階級闘争などと、
そっくりですが、
イエスキリストの脳味噌には、ナイルやピラミッドの腐臭が、
染(し)み付いていたのかも、知れません。
 
心は、変更不能になった記憶とも、言われますけれど、
死んだ珊瑚(さんご)の記憶が、珊瑚礁という遺骸ですから、
死体のようなもです。
ナイルに流したり、ピラミッドに祀(まつ)ったりしました。
 
ただの物体ですけれど、
個人の記憶だけでなく、みんなの文化も、そうですから、
コンピュータのような機械が、
コミュニケーションの中身を扱うのは、
村上ファンドでありませんが、当たり前と言えば、当たり前です。
 
コンピュータや脳味噌は、
ピラミッドのように、死体を祀っているのかも、知れません。
御神体である、と言うと、怒られますけれど、
東京大学の医学部と、オウムの道場とは、
雰囲気が似ていました。
 
栄養体と生殖体という生活環の分け方は、
胞子体と配偶体という核相の分け方に、必ずしも一致しません。
生活環は、
片仮名のライフサイクルのほうが、よく知られています。
 
核相って、人間も
2n=46 の個体が、無性生殖の減数分裂を行ない、
n=23の、雌雄の配偶子が、
有性生殖の交尾を行ないますけれど、
有性生殖世代の、生活の営みが、だいたい、
無性生殖世代の、個体に、寄生するように行なわれます。
 
配偶体が、ほとんど、個体として独立していませんから、
種子植物と同じです。
 
羊歯(しだ)植物では、
無性生殖の減数分裂を行なう世代の個体が、
胞子を作りますので、胞子体と言われます。
 
地面に落ちて、発芽すると、前葉体と言われ、
配偶子を作り、有性生殖を行ないます。
繁殖の一時期に、個体として独立しますので、
前葉体は、配偶体と言われます。
 
個体の意味が、性別と交差しています。
フランス革命や進化論や日本国憲法などの、
エステティックな流行文化の、特徴です。
 
精子が泳いで行き、卵子とくっつくには、水が必要ですから、
水の豊かな、個体の中に寄生したほうが、確実です。
昔の有性生殖は、海の中で進化しましたから、
地球は、個体のようなものかも、知れません。
 
椨(たぶ)の木は、月桂樹と同じクスノキ科ですから、
あの系統の、微(かす)かな香りですけれど、
アボガドも同じです。
あれは、食べたくない…
 
これから、咲くところでしたら、
蕾(つぼみ)と言っても、良いのですが、
花芽(はなめ)がなく、葉芽(はめ)だけです。
 
椨(たぶ)の木の、冬芽(ふゆめ)は、
葉芽と花芽の、混芽(こんが)と言われていますが、
そうとばかりは、限りません。
 
たぶん、ホルモンや酵素(こうそ)のような、
微量の化学物質の、生産や変化や分解などの、
代謝によりますが、
生まれつきの遺伝的な素質と、生育条件の組み合わせの数は、
少なくありません。
 
おぼこって、産子(うぶこ)が、語源と言われていますけれど、
小保方(おぼかた)さんは、小保方(こやすかた)さんと、
読むこともありますので、
処女の、巫女(みこ)さんよりも、
産婆さんの家系かも、知れません。
子安神社を、思い出します。
 
わたしなんか、
名字から、代々の出身地まで、わかってしまいます。
名字って、農耕民族では、出身地を特定して、
同じ名前の多数の個人を、識別しましたから、
地名であるのは、当然なのですが…
 
事実も、そう。
論理と事実は、一致しますから、
事実って、脳味噌の中の、位置を特定するための、
番地のようなものです。
 
現代では、事実よりも、
目で見て、手で触って、耳で聞いて知られる物体の変化が、
科学技術のように、予言した通りになりますので、
論理と認識とが、同一であることの、
まるで定義のような、証拠であると、わかります。
 
同じ仕組や筋書きなどでなく、同一なの。
推理小説に、誰々と、誰々とは、同一人物であった、
という結末が、よくあるでしょう?
 
論理と認識は、同一であったと、知らなければいけません。
四〇を過ぎれば、自分の顔に、責任を持てと、言われます。
あれです。
エステティックに、端的に現れています。
 
木花開耶姫(このはなさくやひめ)は、
子安(こやす)神社の神様ですけれど、
火の中で出産しましたので、
富士山の浅間(せんげん)神社にも、祀(まつ)られています。
 
樹木の花が、火を鎮(しず)めて、子供を産む神様ですから、
なんとなく、火口や女性器が、花のように、見えてきます。
水の神様と言われていますから、おしっこが出るのかしら。
 
小保方(おぼかた)さんや、生方(うぶかた)さんって、
そういう人です。
神話と精神分析が、よく似ているのは、
進化論や数学や科学技術やお釈迦さんの考え方などと、
同じです。
 
ソ連の科学主義も、それでしたけれど、潰(つぶ)れました。
うちの孫娘のような、あほの小学生に教えるのは、
難しいかも知れません。
 
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精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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