【初恋】 石川啄木
ソプラノ : 中沢桂
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石川啄木 作詞 越谷達之助(こしたに・たつのすけ) 作曲
砂山の砂にはらばい
初恋のいたみを
遠くおもいいずる日
小学高学年の頃に、石川啄木の詩集を買いました。
お父さんに見つかり、怒られました。
石川啄木は、共産主義者なので、
わたしが逮捕をされて、拷問をされるかも知れません。
もう、そういう時代でないような、気がしましたが、
警察は、まだ、拷問が当たり前でしたので、
堅気(かたぎ)の人間が、共産主義に同情をするのは、
小学生でも、危険でした。
逮捕をされなくても、
一旦、警察署に引っ張り込まれれば、
痣(あざ)や骨折だらけにならなければ、
出て来れないのが、普通でした。
それでも、警察が拷問をした、という証拠に
なりませんでしたので、誰も、文句を言えませんでした。
うっかりと、警察を非難すると、
逮捕をされて、牢屋に入れられましたから、
誰も、警察の悪口を、言えませんでした。
泣き寝入りなの。
新聞やマスコミも、
証拠がなければ、警察を批判できません。
もちろん、警察や検察や裁判所などの、
国家権力が認めた証拠です。
元気な人が、警察に連行されて、逮捕もされずに、
半日後に、警察の建物から出て来ると、
痣(あざ)だらけの骨折だらけなのに、
それでは、警察が拷問をした、という証拠に
なりませんでした。
マスコミも、警察を疑う記事を、書けませんでした。
1950年代の後半でも、
まだ、日本は、そのような時代でした。
50年代の前半でしたら、
進駐軍に占領されていましたから、
話が、余計にややこしくなります。
敵の軍隊に、占領されていれば、
戦争中よりも、ひどい状態です。
殺されても、文句を言えません。
変なことを言い、闇から闇に、葬り去られても、
誰も、調べてくれません。
誰も、味方になってくれません。
そういう時代でしたから、
共産主義に同調する石川啄木の詩集を、
小学生が持つのは、危険でした。
韓国朝鮮人や被差別部落の人たちと、口を聞けば、
家族や警察に、怒られました。
ならず者と付き合っている人間が、警察に捕まっても、
誰も、同情をしてくれません。
マスコミでさえも、
韓国朝鮮や被差別部落の、味方になりませんでしたから、
反社会的な人間が、警察署に引っ張り込まれれば、
二度と帰って来れないことを、
覚悟しなければいけません。
日本人が、警察を批判できるようになったのは、
1950年代末から、1970年頃にかけての、
新左翼の社会運動が活発になり、
部落解放運動が、西日本の国民に、支持されたからです。
中国や韓国は、1970年代でも、
まだ 権力を批判した人たちが、
次々に、警察に誘拐されて、殺される時代でした。
1990年代にならなければ、
うっかりと、政府を批判できませんでしたが、
北朝鮮は、今も、そうかも知れません。
初恋の歌は、一握の砂という詩集にあります。
啄木は、若いころに、函館に遊びに来ましたが、
芸術好きの、だめ人間の、
精神障害みたいな人でしたので、この人の詩を読んでも、
人生の足(た)しに、なりませんでした。
わたしは、函館の生まれでしたので、
啄木が、赤ちゃんのように、見えました。
わたしが、函館に居たのは、乳幼児の頃でしたから。
心のふるさとのように、懐かしい人です。
越谷(こしたに)達之助という人は、知りません。
中沢桂(かつら)という人の歌は、よく聞きました。
この人の歌声を聞いて、育ちましたから。
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