シャリンバイ 1173 精神疾患に共通と、性同一性障害に特有の症状

車輪梅(しゃりんばい)は、浜辺の植物ですけれど、
海岸よりも、車道の傍(はた)に、よく植栽されていますので、
土埃(つちぼこり)を、うっすら被(かぶ)っていて、
あまり鑑賞されない植物かも知れません。
 
金木犀(きんもくせい)と言えば、おトイレを想像するように、
車輪梅と聞けば、高速道路のインターチェンジを思い出します。
 
おトイレとインターチェンジって、
女性だけでなく、おかまの人も、似ていると思うそうです。
 
ついでに言うと、車輪梅(シャリンバイ)だけでなく、
インターチェンジには、扉(トベラ)も植えられていて、
いずれも、今が盛りの、海岸に自生する植物です。
 
 
 
精神病院の様子を記録したテレビ番組がありました。
統合失調症の患者さんを、町に連れ出して、お散歩です。
 
精神科医が、もっと顔を上げて、目を開(あ)けて歩くように、
患者さんを叱咤(しった)します。
 
歩き方を見れば、さほどのお薬の量でありません。
細く小ささな目を、切り開いて大きくしなければ、
これ以上は、開(あ)けられないでしょう。
 
目を開けろと言うのは、虐待にも似た言いがかりですが、
テレビに映れば、看護師さんが真似(まね)をして、
毎日、患者さんを笑うかも知れません。
 
看護師さんやヘルパーさんって、学校の成績が、下のほうなの。
統合失調症の患者さんには、一流大学の医学部の学生さんもいます。
 
物事の価値や、行動の手順などが、変更不能になり、
みんなと一緒のことができなくなるので、
他人の足手纏(まと)いになり、みんなに誂(からか)われて、
危害を加えられて、自分の体や命を守れなくなるのと、
いわゆる知能検査や学力検査によって測られる知能とは、
かなり違います。
 
統合失調症って、昔は早発性痴呆と言われたように、
人生の途中から、知能が下がって行きますから、
知能を測れなければ、お話になりませんけれど、測れません。
 
みんなが勝手に、こうすれば測れると、
自分流の測り方を、披露していますけれど、定説はありません。
 
自分は平均よりも賢い、としなければ、
知能の測り方を開発しても、あほ丸出しである、と思うのが、
頭の悪い証拠なのに…
 
人間って、賢いのが、特徴でしょう?
人間らしさの一番であると、言う人もいるくらいです。
 
二足歩行や手先の器用さも、そうですけれど、
ただの流行文化に選択された人たちが、
その文化に適応し易い器質を、増殖させただけでないのかしら。
 
欧米白人に似ていると、みんなに褒められる社会でしたら、
日本人の顔や体の見てくれは、
日本人同士で生殖をしていても、やがて欧米白人と同じになります。
 
そんなの、当たり前なのに、
マスコミの人は、文化って遺伝しないと、言います。
教科書に、そう書いてあったもんね。
 
いわゆる知能検査を開発した人は、
自分の知能指数を、IQ155である、と言いますけれど、
わたしの見た感じでは、100ぐらいです。
 
ついでに言うと、東京大学の医学部の学生さんは、
IQ140台前半が、平均です。
わたしの見た感じでは、100ぐらいなのに…
 
それだけ、ズレていますけれど、
小さな町の中の、一番高い知能と、並の知能ぐらいのズレです。
東大の医学部だから、一番高い、と思うのと、
東大の医学部だから、知的障害ではないでしょう、
と思うぐらいのズレです。
 
IQ120の人に、知能検査の問題の特徴を、解説してあげると、
うちでは、数週間後に、IQ185になりました。
大学入学試験の問題を解いて、練習をしたら、
実際に、東京大学の医学部に合格したのと、ほとんど同じです。
 
こんなのって、知能を測っているのかしら。
10万年前の人は、東京大学の入学試験なんか、知りませんけれど、
たぶん、現代人と同じくらいの知能です。
 
何を賢いと思うかって、人の勝手ですから、
みんなが何を賢いと思っているかを、測るしかありません。
東京大学の入学試験って、たぶん公正です。
みんなが、それを賢いと、思っているから。
 
わたしは、あほだから、ズレているの。
 
測ることができないのに、知能が下がるとは、言えません。
脳や体に、病気がなければ、
統合失調症だけでなく、知的障害や認知障害なども、
似たようなものです。
 
実際に、価値や手順などが変更不能になり、
みんなと一緒のことができずに、みんなの足手纏いになり、
誂(から)われて、殺されて行く人たちって、
たいてい、体の病気が併(あわ)さっています。
 
みんなと一緒のことのできない機能の体なの。
体の病気は、勿論(もちろん)そうですが、
早い話が、手足や身長などが、人よりも短かければ、
手足や身長が長いほど、有利になる動作は、
機能的に上手(うま)く行きません。
 
眼裂の大きさなども、そうでしょう。
 
目で見て、手でさわって、エステティックに識別できる違いが、
体になければ、脳味噌にあるのでないかと、疑うのも、
あほと言えば、あほかも知れません。
 
みんなと一緒のことのできない体って、
お医者さんは、顕微鏡やCTや超音波や試薬などを使い、
体や脳の中の、部品の違いを、調べますけれど、
一般の人は、直接に肉眼で見て、手で触り、
耳で聞き、鼻で嗅(か)ぎ、体の表面の違いを、識別します。
 
お医者さんも、そうでない人も、同じ判断の手順です。
同性愛の人の中には、
皮膚や粘膜を舐めれば、味が違う、と言う人もいます。
 
エステティックな判断と、病気の診断とは、同じであると、
主張すると、
内科と美容外科の、両方から文句を言われますので、
わたしは、戦車の中に隠れて、
鉄砲の弾(たま)を避(よ)けながら、
こそっと、ブログを書かなければいけません。
 
そんなもん、東大の医学部も、看護師さんも、同じでしたら、
内科や精神科の診断も、
即身成仏をした白骨と、一緒に暮らす人々や、
美容外科のお客さんたちの、エステティックな判断と、
似たようなものです。
 
痛くて苦しい時の、神頼みやお薬って、
麻薬やお酒と、たいして変わりませんし、
顔や体の見てくれが、欧米白人に似ているので、
生涯、うっとりとして暮らす人たちの判断と、
もっと目を開けて歩けと、叱咤される精神科の入院患者の判断に、
根本的な違いはありません。
 
似たような手順で、判断しています。
肝臓や脳味噌の化学変化って、
体や脳の器質に異常がなければ、みんな似たようなもんです。
 
免疫の仕組みでは、
違いを識別する鍵と鍵穴のような組み合わせがありますけれど、
欧米の粒々(つぶつぶ)で行く考え方って、
そもそも鍵と鍵穴の組み合わせを識別した結果です。
 
変更不能な組み合わせを、基本的な単位としますので、
精神障害の離合集散や合従連衡などによって、
健康な世界が作られているようなものです。
 
組み合わせを変更する原理として、力(ちから)を想定しますから、
物理化学は、エステティックや宗教と同じくらいに、あほです。
 
粒(つぶ)と力(ちから)って、文学的な表現が異なるだけで、
同じ意味ですから、エステティックや宗教と、同じくらいでしょう?
 
アリストテレスという人が、
そういう手順の判断を、好みましたけれど、弁証法って言います。
 
あの人は、エネルギーや能力や目的などという概念を、
物事や人生や世界の説明に、持ち出しました。
 
弁証法って、論理のことですけれど、統合失調症の症状みたいに、
問答や対話をするように、組み立てられますから、 
脳味噌の神経の枝分かれの仕方に、似ています。
 
マッサゲタイ人でしたか、何人(なにじん)でしたか、
忘れましたが、
亡くなった母親の体を、子供が、自分の胃の中に葬るって、
ヘロドトスは書いていました。
 
即身成仏した白骨と、一緒に暮らすようなものですから、
東大の医学部が一番賢く、看護師さんがあほである理由って、
統合失調症やGID(性同一性障害)などが、
脳や体の器質に、原因となる病変が発見されないにもかかわらず、
精神の病気であるとされる理由と、たいして変わりません。
 
みんなと一緒のことができないと、あほと笑われて殺されるのは、
年寄りになれば体が壊れて、みんなと一緒のことができなくなり、
特定の価値や判断の手順を、変更できずに死んで行くのと、
ほとんど同じです。
 
当たり前ですけれど、心って、体のことなの。
病気って、みんなの足手纏(あしでまと)いになれば、
そう言われます。
みんなと一緒のことができないのを、自覚するのと、
痛く苦しいのを感じるのとは、同じです。
 
病気って、今まで、みんなと一緒のことの出来た人は、
たぶん、いつもと違うと感じますけれど、
最初から出来なかった人は、そう感じません。
 
赤ちゃんや子供や青少年などの、若い子は、
今まで出来なかったことが、日に日に、できるようになります。
年を取ると、日に日にできなくなりますから、
毎日、痛みや苦しみなどの、病気が増えて行くようなものです。
 
山の頂(いただき)に登ると、
下(お)りなければ、仕方ありませんけれど、
スポーツの選手は、30才代や40才過ぎに、引退をしても、
まだ一般の人よりも、上手(うま)くて強いかも知れません。
 
老眼の出る頃になると、
一般の人よりも、体の能力の低くなるのが、むしろ普通です。
使いすぎて、傷(いた)んでいるから、寿命も短かくなります。
日に日に、能力が低下して、
みんなに助けてもらわなければ、日常生活が困難になり、
やがて、自分からあほになるように、死んで行きます。
 
だれでも、老化をすれば、そうなリます。
人よりも、どの能力が、どれくらいに早く、低下するかが、
人それぞれに異なりますので、個性と言われます。
青少年の思っている個性と、全然、意味が違うでしょう?
 
50才を超えると、
老人モードの生き方を、練習しなければいけません。
60才ぐらいに、完全に移行できていなければ、死にます。
 
東京大学の医学部に入学したので、鼻が高く、
スポーツが好きでしたので、万能と言われていたのと、大違いです。
 
そんなの、人類以前の、猿や恐竜の時代の出来事です。
蜥蜴(とかげ)に、精神科の治療が、できるわけがありません。
日に日にあほになり、みんなと一緒のことが出来なくなるのを、
知らなければいけません。
 
どうして、判断や実行の、価値や手順などが、
変更できなくなるのかしら。
老化でしたら、体に証拠が出るように、脳の器質にも出て来ます。
 
老化でないのに、脳が壊れて行くのも、大変ですけれど、
脳や体に、壊れた証拠がないのに、
みんなと一緒のことができなくなり、
孤立して、変更不能になるのは、たいへん奇妙です。
 
統合失調症や知的障害の人には、
体の異常の、はっきりとわかる人が多く、
脳の器質の異常が見つからなくても、体の機能の異常のせいで、
みんなと一緒のことができないとわかります。
 
体の動作の異常だけでなく、自律神経の異常も、目立ちます。
ものすごく暑がりとか、寒がりとかね。
 
6月の東京でも、まだ炬燵(こたつ)に入らなければ、寒いと言い、
窓を開けると、震えるそうですけれど、
実際に冬になると、しもやけになりますので、
寒い地方では暮らせません。
 
みんなと一緒のことができないのに、
これこれの体や、個人的な生活の事情などを説明して、
他人を説得したり、納得してもらったりする代わりに、
我が儘を言うように、わざと精神症状を出しているのでないかと、
御家族は言います。
 
他人が、暑いと言い、冷房を入れようとすると、
自分は暑くないから、体が強いと、自慢をします。
弱い人間は、暑いと言い、音(ね)をあげるそうです。
 
6月になっても、寒いと言い、炬燵(こたつ)に入っているのは、
体が弱いのでないのかしら。
非難されるべきでないのかしら。
 
知的障害だけでなく、自律神経失調症でないかと、
レッテルを貼ってもらいます。
手足や鼻や耳などの、体の末端の血の巡りが悪く、
冬はしもやけになり、夏でもないのに水虫になりやすく、
なかなか治りません。
 
みんなと一緒のことができませんから、
虐(いじ)められると、すぐに妄想や幻覚になりますけれど、
一夜だけ、一人で眠っても、妄想や幻覚に怯(おび)えて、
歯の根(ね)も合わなくなります。
 
みんなと一緒でなければ、暮らせませんけれど、
顔や体の見てくれが、美男美女です。
 
精神の病気って、体や生活の事情に因(よ)ると言うと、
心の性別を司(つかさど)る脳の器質があるかのように、
GID(性同一性障害)の人たちは、主張します。
そういう意味でないのに…
 
原因と結果の関係って、
これこれならば、こうであるって、定義をすれば、
宇宙の果てまで行こうとも、過去から未来に至るまで、
そうに決まっていますから、
実際に調べてみる必要なんか、何もありません。
 
定義でなければ、
原因と結果が、必ずそうであるなんて、ありません。
 
コミュニケーションは、定義をするための、手続きですけれど、
生物は、体の部分と部分の間や、他の個体や、他の物体との間で、
コミュニケーションをしていますから、
知覚や判断や行動のような、
個体の部分の変化や、個体の動作だけでなく、
物体の化学変化や運動も、コミュニケーションに決まっています。
 
認識の中身って、
そのように定義したので、そのように見えているのですけれど、
上手(うま)く行かなければ、定義を変えます。
自分の体の部分と部分の間や、自分と他人との間で、
上手く行かなければ、
そのような印が、見えたり感じられたりします。
 
認識の中身って、
上手く行っているか、行っていないかを、計測していますから、
定義は、計測のための尺度を、定義しているようなものです。
 
自分一人で、定義するだけでなく、
宗教は文学的に、物理化学は数量的に、
みんなと一緒の定義を使用します。
 
常識って、流行しますけれど、やっぱり、みんなと一緒です。
芸能やスポーツのように、無意味なことを流行させたほうが、
みんなと一緒のことのできない奴を間引くには、有効ですけれど、
たくさん間引くと、仲間が少なくなりますから、
社会の効率が悪くなり、戦乱になるかも知れません。
 
少ししか間引かなければ、
みんなと一緒にできることが少なくなりますから、
やっぱり、社会の効率が悪くなります。
 
ちょうど良い割合を殺すのは、
統合失調症に罹る人の比率が、世界中で、ほとんど一定なのと、
よく似ています。
脾臓(ひぞう)では、骨髄で作られた細胞の、95%ぐらいが、
不良品として壊されます。
 
6月になっても、まだ寒いと言い、炬燵に入っている人って、
昔の横綱のお父さんと、似たようなものかも知れません。
 
自律神経失調症や虚弱体質などと診断されて、
毎日毎日、お布団にすっこんで暮らしますけれど、
これと言った体の病気が発見されません。
GID(性同一性障害)の半数も、似たような人生になります。
 
性転換って、だいたい10年間ぐらいしか、効果がありません。
賞味期限が切れると、精神の病気が、治っても治らなくても、
性転換医療の体の後遺症が、心の負担になります。
 
わざわざ体の病気を作るのが、良いはずがないのは、
GID(性同一性障害)が、精神の病気でないからなの。
病気であるのなら、
体を壊すことが、病気の治療になるかも知れません。
GIDが病気でなければ、その可能性は皆無です。
 
そこで、GIDを、
基礎にある精神の病気に共通の症状と、
その上に乗っているGID特有の症状とに、分けます。
 
2階建てにして、上に乗っている症状は、
GIDに特徴的ですけれど、それだけでは病気でない、とします。
下にある基礎疾患は、他の精神の病気と共通であり、
GIDだけのものでない、とします。
 
そうすると、少し考えやすくなります。
 
 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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