車輪梅(しゃりんばい)は、浜辺の植物ですけれど、
海岸よりも、車道の傍(はた)に、よく植栽されていますので、
土埃(つちぼこり)を、うっすら被(かぶ)っていて、
あまり鑑賞されない植物かも知れません。
金木犀(きんもくせい)と言えば、おトイレを想像するように、
車輪梅と聞けば、高速道路のインターチェンジを思い出します。
おトイレとインターチェンジって、
女性だけでなく、おかまの人も、似ていると思うそうです。
ついでに言うと、車輪梅(シャリンバイ)だけでなく、
インターチェンジには、扉(トベラ)も植えられていて、
いずれも、今が盛りの、海岸に自生する植物です。
精神病院の様子を記録したテレビ番組がありました。
統合失調症の患者さんを、町に連れ出して、お散歩です。
精神科医が、もっと顔を上げて、目を開(あ)けて歩くように、
患者さんを叱咤(しった)します。
歩き方を見れば、さほどのお薬の量でありません。
細く小ささな目を、切り開いて大きくしなければ、
これ以上は、開(あ)けられないでしょう。
目を開けろと言うのは、虐待にも似た言いがかりですが、
テレビに映れば、看護師さんが真似(まね)をして、
毎日、患者さんを笑うかも知れません。
看護師さんやヘルパーさんって、学校の成績が、下のほうなの。
統合失調症の患者さんには、一流大学の医学部の学生さんもいます。
物事の価値や、行動の手順などが、変更不能になり、
みんなと一緒のことができなくなるので、
他人の足手纏(まと)いになり、みんなに誂(からか)われて、
危害を加えられて、自分の体や命を守れなくなるのと、
いわゆる知能検査や学力検査によって測られる知能とは、
かなり違います。
統合失調症って、昔は早発性痴呆と言われたように、
人生の途中から、知能が下がって行きますから、
知能を測れなければ、お話になりませんけれど、測れません。
みんなが勝手に、こうすれば測れると、
自分流の測り方を、披露していますけれど、定説はありません。
自分は平均よりも賢い、としなければ、
知能の測り方を開発しても、あほ丸出しである、と思うのが、
頭の悪い証拠なのに…
人間って、賢いのが、特徴でしょう?
人間らしさの一番であると、言う人もいるくらいです。
二足歩行や手先の器用さも、そうですけれど、
ただの流行文化に選択された人たちが、
その文化に適応し易い器質を、増殖させただけでないのかしら。
欧米白人に似ていると、みんなに褒められる社会でしたら、
日本人の顔や体の見てくれは、
日本人同士で生殖をしていても、やがて欧米白人と同じになります。
そんなの、当たり前なのに、
マスコミの人は、文化って遺伝しないと、言います。
教科書に、そう書いてあったもんね。
いわゆる知能検査を開発した人は、
自分の知能指数を、IQ155である、と言いますけれど、
わたしの見た感じでは、100ぐらいです。
ついでに言うと、東京大学の医学部の学生さんは、
IQ140台前半が、平均です。
わたしの見た感じでは、100ぐらいなのに…
それだけ、ズレていますけれど、
小さな町の中の、一番高い知能と、並の知能ぐらいのズレです。
東大の医学部だから、一番高い、と思うのと、
東大の医学部だから、知的障害ではないでしょう、
と思うぐらいのズレです。
IQ120の人に、知能検査の問題の特徴を、解説してあげると、
うちでは、数週間後に、IQ185になりました。
大学入学試験の問題を解いて、練習をしたら、
実際に、東京大学の医学部に合格したのと、ほとんど同じです。
こんなのって、知能を測っているのかしら。
10万年前の人は、東京大学の入学試験なんか、知りませんけれど、
たぶん、現代人と同じくらいの知能です。
何を賢いと思うかって、人の勝手ですから、
みんなが何を賢いと思っているかを、測るしかありません。
東京大学の入学試験って、たぶん公正です。
みんなが、それを賢いと、思っているから。
わたしは、あほだから、ズレているの。
測ることができないのに、知能が下がるとは、言えません。
脳や体に、病気がなければ、
統合失調症だけでなく、知的障害や認知障害なども、
似たようなものです。
実際に、価値や手順などが変更不能になり、
みんなと一緒のことができずに、みんなの足手纏いになり、
誂(から)われて、殺されて行く人たちって、
たいてい、体の病気が併(あわ)さっています。
みんなと一緒のことのできない機能の体なの。
体の病気は、勿論(もちろん)そうですが、
早い話が、手足や身長などが、人よりも短かければ、
手足や身長が長いほど、有利になる動作は、
機能的に上手(うま)く行きません。
眼裂の大きさなども、そうでしょう。
目で見て、手でさわって、エステティックに識別できる違いが、
体になければ、脳味噌にあるのでないかと、疑うのも、
あほと言えば、あほかも知れません。
みんなと一緒のことのできない体って、
お医者さんは、顕微鏡やCTや超音波や試薬などを使い、
体や脳の中の、部品の違いを、調べますけれど、
一般の人は、直接に肉眼で見て、手で触り、
耳で聞き、鼻で嗅(か)ぎ、体の表面の違いを、識別します。
お医者さんも、そうでない人も、同じ判断の手順です。
同性愛の人の中には、
皮膚や粘膜を舐めれば、味が違う、と言う人もいます。
エステティックな判断と、病気の診断とは、同じであると、
主張すると、
内科と美容外科の、両方から文句を言われますので、
わたしは、戦車の中に隠れて、
鉄砲の弾(たま)を避(よ)けながら、
こそっと、ブログを書かなければいけません。
そんなもん、東大の医学部も、看護師さんも、同じでしたら、
内科や精神科の診断も、
即身成仏をした白骨と、一緒に暮らす人々や、
美容外科のお客さんたちの、エステティックな判断と、
似たようなものです。
痛くて苦しい時の、神頼みやお薬って、
麻薬やお酒と、たいして変わりませんし、
顔や体の見てくれが、欧米白人に似ているので、
生涯、うっとりとして暮らす人たちの判断と、
もっと目を開けて歩けと、叱咤される精神科の入院患者の判断に、
根本的な違いはありません。
似たような手順で、判断しています。
肝臓や脳味噌の化学変化って、
体や脳の器質に異常がなければ、みんな似たようなもんです。
免疫の仕組みでは、
違いを識別する鍵と鍵穴のような組み合わせがありますけれど、
欧米の粒々(つぶつぶ)で行く考え方って、
そもそも鍵と鍵穴の組み合わせを識別した結果です。
変更不能な組み合わせを、基本的な単位としますので、
精神障害の離合集散や合従連衡などによって、
健康な世界が作られているようなものです。
組み合わせを変更する原理として、力(ちから)を想定しますから、
物理化学は、エステティックや宗教と同じくらいに、あほです。
粒(つぶ)と力(ちから)って、文学的な表現が異なるだけで、
同じ意味ですから、エステティックや宗教と、同じくらいでしょう?
アリストテレスという人が、
そういう手順の判断を、好みましたけれど、弁証法って言います。
あの人は、エネルギーや能力や目的などという概念を、
物事や人生や世界の説明に、持ち出しました。
弁証法って、論理のことですけれど、統合失調症の症状みたいに、
問答や対話をするように、組み立てられますから、
脳味噌の神経の枝分かれの仕方に、似ています。
マッサゲタイ人でしたか、何人(なにじん)でしたか、
忘れましたが、
亡くなった母親の体を、子供が、自分の胃の中に葬るって、
ヘロドトスは書いていました。
即身成仏した白骨と、一緒に暮らすようなものですから、
東大の医学部が一番賢く、看護師さんがあほである理由って、
統合失調症やGID(性同一性障害)などが、
脳や体の器質に、原因となる病変が発見されないにもかかわらず、
精神の病気であるとされる理由と、たいして変わりません。
みんなと一緒のことができないと、あほと笑われて殺されるのは、
年寄りになれば体が壊れて、みんなと一緒のことができなくなり、
特定の価値や判断の手順を、変更できずに死んで行くのと、
ほとんど同じです。
当たり前ですけれど、心って、体のことなの。
病気って、みんなの足手纏(あしでまと)いになれば、
そう言われます。
みんなと一緒のことができないのを、自覚するのと、
痛く苦しいのを感じるのとは、同じです。
病気って、今まで、みんなと一緒のことの出来た人は、
たぶん、いつもと違うと感じますけれど、
最初から出来なかった人は、そう感じません。
赤ちゃんや子供や青少年などの、若い子は、
今まで出来なかったことが、日に日に、できるようになります。
年を取ると、日に日にできなくなりますから、
毎日、痛みや苦しみなどの、病気が増えて行くようなものです。
山の頂(いただき)に登ると、
下(お)りなければ、仕方ありませんけれど、
スポーツの選手は、30才代や40才過ぎに、引退をしても、
まだ一般の人よりも、上手(うま)くて強いかも知れません。
老眼の出る頃になると、
一般の人よりも、体の能力の低くなるのが、むしろ普通です。
使いすぎて、傷(いた)んでいるから、寿命も短かくなります。
日に日に、能力が低下して、
みんなに助けてもらわなければ、日常生活が困難になり、
やがて、自分からあほになるように、死んで行きます。
だれでも、老化をすれば、そうなリます。
人よりも、どの能力が、どれくらいに早く、低下するかが、
人それぞれに異なりますので、個性と言われます。
青少年の思っている個性と、全然、意味が違うでしょう?
50才を超えると、
老人モードの生き方を、練習しなければいけません。
60才ぐらいに、完全に移行できていなければ、死にます。
東京大学の医学部に入学したので、鼻が高く、
スポーツが好きでしたので、万能と言われていたのと、大違いです。
そんなの、人類以前の、猿や恐竜の時代の出来事です。
蜥蜴(とかげ)に、精神科の治療が、できるわけがありません。
日に日にあほになり、みんなと一緒のことが出来なくなるのを、
知らなければいけません。
どうして、判断や実行の、価値や手順などが、
変更できなくなるのかしら。
老化でしたら、体に証拠が出るように、脳の器質にも出て来ます。
老化でないのに、脳が壊れて行くのも、大変ですけれど、
脳や体に、壊れた証拠がないのに、
みんなと一緒のことができなくなり、
孤立して、変更不能になるのは、たいへん奇妙です。
統合失調症や知的障害の人には、
体の異常の、はっきりとわかる人が多く、
脳の器質の異常が見つからなくても、体の機能の異常のせいで、
みんなと一緒のことができないとわかります。
体の動作の異常だけでなく、自律神経の異常も、目立ちます。
ものすごく暑がりとか、寒がりとかね。
6月の東京でも、まだ炬燵(こたつ)に入らなければ、寒いと言い、
窓を開けると、震えるそうですけれど、
実際に冬になると、しもやけになりますので、
寒い地方では暮らせません。
みんなと一緒のことができないのに、
これこれの体や、個人的な生活の事情などを説明して、
他人を説得したり、納得してもらったりする代わりに、
我が儘を言うように、わざと精神症状を出しているのでないかと、
御家族は言います。
他人が、暑いと言い、冷房を入れようとすると、
自分は暑くないから、体が強いと、自慢をします。
弱い人間は、暑いと言い、音(ね)をあげるそうです。
6月になっても、寒いと言い、炬燵(こたつ)に入っているのは、
体が弱いのでないのかしら。
非難されるべきでないのかしら。
知的障害だけでなく、自律神経失調症でないかと、
レッテルを貼ってもらいます。
手足や鼻や耳などの、体の末端の血の巡りが悪く、
冬はしもやけになり、夏でもないのに水虫になりやすく、
なかなか治りません。
みんなと一緒のことができませんから、
虐(いじ)められると、すぐに妄想や幻覚になりますけれど、
一夜だけ、一人で眠っても、妄想や幻覚に怯(おび)えて、
歯の根(ね)も合わなくなります。
みんなと一緒でなければ、暮らせませんけれど、
顔や体の見てくれが、美男美女です。
精神の病気って、体や生活の事情に因(よ)ると言うと、
心の性別を司(つかさど)る脳の器質があるかのように、
GID(性同一性障害)の人たちは、主張します。
そういう意味でないのに…
原因と結果の関係って、
これこれならば、こうであるって、定義をすれば、
宇宙の果てまで行こうとも、過去から未来に至るまで、
そうに決まっていますから、
実際に調べてみる必要なんか、何もありません。
定義でなければ、
原因と結果が、必ずそうであるなんて、ありません。
コミュニケーションは、定義をするための、手続きですけれど、
生物は、体の部分と部分の間や、他の個体や、他の物体との間で、
コミュニケーションをしていますから、
知覚や判断や行動のような、
個体の部分の変化や、個体の動作だけでなく、
物体の化学変化や運動も、コミュニケーションに決まっています。
認識の中身って、
そのように定義したので、そのように見えているのですけれど、
上手(うま)く行かなければ、定義を変えます。
自分の体の部分と部分の間や、自分と他人との間で、
上手く行かなければ、
そのような印が、見えたり感じられたりします。
認識の中身って、
上手く行っているか、行っていないかを、計測していますから、
定義は、計測のための尺度を、定義しているようなものです。
自分一人で、定義するだけでなく、
宗教は文学的に、物理化学は数量的に、
みんなと一緒の定義を使用します。
常識って、流行しますけれど、やっぱり、みんなと一緒です。
芸能やスポーツのように、無意味なことを流行させたほうが、
みんなと一緒のことのできない奴を間引くには、有効ですけれど、
たくさん間引くと、仲間が少なくなりますから、
社会の効率が悪くなり、戦乱になるかも知れません。
少ししか間引かなければ、
みんなと一緒にできることが少なくなりますから、
やっぱり、社会の効率が悪くなります。
ちょうど良い割合を殺すのは、
統合失調症に罹る人の比率が、世界中で、ほとんど一定なのと、
よく似ています。
脾臓(ひぞう)では、骨髄で作られた細胞の、95%ぐらいが、
不良品として壊されます。
6月になっても、まだ寒いと言い、炬燵に入っている人って、
昔の横綱のお父さんと、似たようなものかも知れません。
自律神経失調症や虚弱体質などと診断されて、
毎日毎日、お布団にすっこんで暮らしますけれど、
これと言った体の病気が発見されません。
GID(性同一性障害)の半数も、似たような人生になります。
性転換って、だいたい10年間ぐらいしか、効果がありません。
賞味期限が切れると、精神の病気が、治っても治らなくても、
性転換医療の体の後遺症が、心の負担になります。
わざわざ体の病気を作るのが、良いはずがないのは、
GID(性同一性障害)が、精神の病気でないからなの。
病気であるのなら、
体を壊すことが、病気の治療になるかも知れません。
GIDが病気でなければ、その可能性は皆無です。
そこで、GIDを、
基礎にある精神の病気に共通の症状と、
その上に乗っているGID特有の症状とに、分けます。
2階建てにして、上に乗っている症状は、
GIDに特徴的ですけれど、それだけでは病気でない、とします。
下にある基礎疾患は、他の精神の病気と共通であり、
GIDだけのものでない、とします。
そうすると、少し考えやすくなります。
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