関越自動車道(かんえつじどうしゃどう)の
小千谷(おぢや)の近(ちか)く。
稲架掛(はざか)けの木(き)ですけれど、
ハンノキや、トネリコなどと、思(おも)います。
判別(はんべつ)できませんでした。
稲架掛(はざか)けって、
樹木(じゅもく)と樹木(じゅもく)の間(あいだ)に
渡(わたし)した竿(さお)や、
支柱(しちゅう)を、三脚(さんきゃく)のように組(く)み、
支柱(しちゅう)と支柱(しちゅう)の間(あいだ)に
渡(わたし)した竿(さお)などに、
刈(か)り取(と)った稲(いね)を架(か)けて、
自然乾燥(しぜんかんそう)をさせる作業(さぎょう)です。
今(いま)は、機械(きかい)で乾燥(かんそう)をしますので、
畦(あぜ)に、稲架木(はざき)が、
あまり残(のこ)っていません。
田(た)んぼに日陰(ひかげ)を作(つく)らないように、
切(き)り倒(たお)します。
昔(むかし)の田(た)んぼでは、
畦(あぜ)の稲架木(はざき)の、
下枝(したえだ)を打(う)ち払(はら)い、
何故(なぜ)と問うても、詮(せん)ないことですが、
人間の存在とは無関係に、事実と言われる世界が在ると、
物理化学は想像します。
それでも、科学技術が、確かに役に立つので、
人々は、物理化学の言う通りに、事実が在ると信じます。
科学技術の恩恵と、無関係な事実に、この考え方を適用すると、
大昔の人が、神さまを信じたのよりも、もっと派手に、
アニメみたいな世界になります。
実際にそうなっているってことが、
裁判や政治を振り回す人たちや、性転換医療を行なうお医者さんや、
GID(性同一性障害)の患者さんの心や、
バブル以降の日本の社会などに、如実に現れています。
科学技術が役に立つのは、
論理法則が、認識の仕方と、一致するからですけれど、
大部分の人たちの、脳の変更不能な神経の繋がり方や、
変更不能な化学物質のくっつき方などに、
論理法則と言われる共通性があり、
それらの脳味噌が選択されて、子孫を残し、
そうでない脳味噌が間引かれて、殺されて来たからです。
人間って、事実が、論理法則に一致しなければ、
事実のほうを、変形します。
意志や実行と言いますけれど、その作業が、上手(うま)く行けば、
科学技術が役に立ったと、確信します。
事実が、論理法則に一致することを、
物理化学の教科書が、説明しています。
たくさんの条件をつけますけれど、
いったい、どれだけの条件があるかって、誰にもわかりません。
そのことを、理想状態と言います。
摘(つま)み食いのように、条件の一端を披露してくれれば、
とても親切ですけれど、
これこれの原因は、これこれであるって、
特定できる人なんか、だれもいません。
戦争の原因を、特定できるわけがないもんね。
これこれならば、必ず、こうなる、と言えれば良いのですけれど、
必ずって、定義でなければ、言えません。
これこれって、何のことを言っているのかしら。
これであると、特定するのは、条件を付けることですけれど、
全部の条件を、どうやって示すことができるのかしら。
必ず、これこれの結果になることが、
原因はこれこれであると、言える条件である、としか言えません。
理想状態ね。
結果のことを、これこれであると、特定するのも、同様です。
原因と結果の関係って、時間のことですけれど、
こっちとあっちの情報を繋ぐように、定義しているだけなの。
自己同一性と言われるやつと、同じでして、
自分という意識は、時間のことです。
空間といわれる纏めかたは、体や脳も含めて、
自分でない奴を、異物として纏めます。
異物って、物体のことです。
自分と異物の識別を、免疫と言うように、
空間の認識は、条件の枝分かれを作り、物事を分類します。
一つの自分という情報を、幾つもの物体に分類する纏め方です。
時間や空間って、論理のことですけれど、
脳味噌の神経の繋がり方の枝分かれや、
化学物質のくっつき方などの内の、
変更不能なものを、準(なぞ)っています。
脳味噌の神経の繋がり方にしても、
脳味噌の化学物質のくっつき方にしても、
みんなに共通のものや、人それぞれに変更不能なものだけでなく、
人それぞれに異なり、変更可能なものもあります。
みんなの文化や、
考え方や、感じ方や、生き方などと言われるものが、
人それぞれに異なる繋がり方やくっつき方の、
取捨選択をしています。
子孫を残す者と、間引かれる者とを、選り分けるために、
殺し合いや助け合いをしています。
神経細胞の樹状突起や、化学物質の量や、受容体の形のように、
変更可能なものがありますので、
殺し合いと助け合いを、加減できます。
みんなが、個人の脳味噌の機能を、叩き合って、加減をしているの。
個体は、加減をする機能の実行犯ですけれど、
加減を命令する主犯の機能は、個体にありません。
みんなって、言語みたいなものです。
個体が、自分だけの言語を作っても、他人に通じませんから、
言語としての用を為(な)しません。
赤ちゃんは、
みんなの猿真似をして、みんなの言葉を覚えるしかないでしょう?
どこかの個人が、一人で、社会の言語を作っている、ということは、
ありません。
叩き合いに参加をしなければ、
アマラとカマラや、カスパー・ハウザーや、
統合失調症やGID(性同一性障害)みたいになります。
昔は、火箸(ひばし)の薄っぺらな奴を、
額(ひたい)から、脳味噌に突っ込み、ぐるっと回して、
大脳の軸索の束を、切断しました。
ロボトミーっていう手術です。
今の子は、火箸を知らないの?
火箸を薄っぺらにして、刃物にした道具も、想像がつかない?
断面は、細長い菱形なんですけれど…
言葉って、ただの定義なの。
この音声が、この意味を表すって、定義でしょう?
こっちとあっちを、結んだり、くっつけたりするだけです。
論理の全容は、レッテル貼りと、レッテルの分類しか、ありません。
認知行動療法が、レッテル貼りはいけない、と言うのは、
変(へん)なの。
だって、お医者さんや学者さんが、
精神障害者の治療や、精神障害の解説をして、
認知行動療法ってのを、唱えています。
お医者さんや学者さんが、便所汲みの作業員と違うのは、
レッテル貼りと分類ばっかりをして、
他のことは何もしないで、子供時代を過ごしたからに、見えます。
甘えて育ったので、残酷な大人になったのと、
お医者さんや学者さんになり、認知行動療法を吹聴するのとは、
ほとんど同じ意味かも知れません。
昔でしたら、自分の性別は違うと言い出した青年に、
ロボトミーを実施した人たちね。
火箸を振り回すのと、認知行動療法を吹聴するのとは、
よく似ています。
ついでに言うと、日本の性転換医療が闇であった時代に、
性転換医療を行なっていたお医者さんは、
火箸と、ほとんど同じでしたけれど、
御本人は、自分は赤ひげであると、思い込んでいました。
昔のくせに、火箸を知らなかったのかしら。
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