横浜市内(よこはましない)の一番(いちばん)南(みなみ)の、
横須賀市(よこすかし)との
境界(きょうかい)に近(ちか)い八景島(はっけいじま)の、
遊園地(ゆうえんち)に渡(わたる)る橋(はし)。
横浜市(よこはまし)の
入江(いりえ)に浮かぶ人工(じんこう)の島(しま)です。
横浜市(よこはまし)の側(がわ)も、
横須賀市(よこすかし)の側(がわ)も、
入江(いりえ)を囲(かこ)む岬(みさき)の先端(せんたん)に、
広大(こうだい)な埋立地(うめたてち)を
作(つく)りましたので、
横浜市(よこはまし)の金沢区(かなざわく)の、
柴漁港(しばぎょこう)と金沢漁港(かなざわぎょこう)の、
二つの港(みなと)が、埋立地(うめたてち)の奥(おく)に、
取(と)り残(のこ)されました。
柴漁港(しばぎょこう)は、小柴(こしば)という所にあり、
小柴港(こしばこう)と言われることもあります。
金沢漁港(かなざわぎょこう)は、
河口(かこう)のような形(かたち)の、
平潟湾(ひらがたわん)という入江(いりえ)にあり、
鎌倉時代(かまくらじだい)には、
鎌倉(かまくら)の町(まち)の港(みなと)として、
栄(さかえ)えました。
横浜市(よこはまし)と鎌倉市(かまくらし)は、
三浦半島(みうらはんとう)の根元(ねもと)の
両側(りょうがわ)を繋(つな)ぐように、
隣合(となりあ)わせなの。
近(ちか)くに、金沢文庫(かなざわぶんこ)や
称名寺(しょうみょうじ)があります。
入江(いりえ)の入(い)り口に、
野島(のじま)という自然(しぜん)の島(しま)がありましたが、
江戸時代(えどじだい)に、陸繋島(りっけいとう)になりました。
砂(すな)の溜(た)まりやすい、
浅(あさ)い海(うみ)でしたので、平潟湾(ひらがたわん)は、
海運(かいうん)や工業用(こうぎょうよう)の
港(みなと)としての機能(きのう)を失(うしな)い、
地元(じもと)の漁師(りょうし)の、船溜(ふなだ)まりや、
ボートやヨットの保管場所(ほかんばしょ)としての
役割(やくわり)しか、なくなりました。
埋立地(うめたてち)と埋立地(うめたてち)の間(あいだ)の、
新(あたら)しい入江(いりえ)の入(い)り口に、
八景島(はっけいじま)という埋立地(うめたてち)を作りました。
島全体(しまぜんたい)が、
シーパラダイスという遊園地(ゆうえんち)になっています。
自家用車(じかようしゃ)は、島内(とうない)に入れませんので、
島(しま)の外(そと)の、
埋立地(うめたてち)の駐車場(ちゅうしゃじょう)に、
車(くるま)を駐(と)めます。
マリンゲートという屋根(やね)付きの橋(はし)を渡(わた)り、
遊園地(ゆうえんち)に入場(にゅうじょう)します。
その橋(はし)を写(うつ)しました。
孫(まご)のお守(も)りをして、くたくたに疲(つか)れました。
遊園地(ゆうえんち)は、
寿命(じゅみょう)を縮(ちじ)めますので、
1945年に、天皇裕仁(ひろひと)陛下は、
進駐軍のマッカーサーという司令官と面会しました。
進駐軍は、鼻の穴を天井に向けた天皇の写真を公開しました。
1853年に横須賀市の浦賀港沖に碇泊したペリーは、
すぐ近くの、横須賀市の久里浜に上陸して、幕府と交渉をしました。
1854年に、ペリーは、
横浜市金沢区の、八景島に近い小柴港の沖に碇泊して、
神奈川区神奈川本町の、東海道神奈川宿に上陸しました。
条約は、小柴港沖のポーハタン号で、調印されたそうです。
神奈川宿には、神奈川湊(かながわみなと)があり
条約により、開港されました。
幕府は、神奈川宿に、外国人のための居留地を作り、
現在の横浜の港町になりました。
神奈川湊は、昔の横浜港と言えます。
当時の瓦版の、ペリーの鼻は長く、天狗のように描かれています。
天狗の鼻は、自惚れて、高くなりましたが、
ヨーロッパでも、ピノキオの鼻は、嘘をつくと、高く伸びました。
エジプトのクレオパトラというギリシャ人の鼻が、
もう少し低ければ、歴史は変わっていただろうと、
考える葦(あし)のパスカルは書きましたが、
平安時代の宇治拾遺物語や今昔物語にも、
禅智内供(ぜんちないぐ)の鼻の話が描かれています。
芥川龍之介という遊び人が、小説に翻案しましたが、
鬱病になり、自殺しました。
天皇陛下の裕仁が、マッカーサーと会談した後、
東条英機という人が、死刑になりましたが、
遺言では、有色人種に同情してくれたと、
インド人の裁判官に感謝しています。
うちの父は、捕虜になったのに、
殺されずに帰国しましたので、
蒋介石に感謝していました。
父は、復員船に乗り、
横須賀市の久里浜に上陸しましたが、
コレラが流行(はや)っていましたので、
せっかく帰国したのに、
たくさんの日本兵が、久里浜で亡くなったそうです。
スターリンは、
満州の日本兵を、シベリアの収容所でこき使い、
少なくとも、35万人ほど、殺しました。
この数字は、ソ連に名簿が残っていましたので、
確かと思います。
東条英機は、インド人に感謝するよりも、
蒋介石に感謝すべきであったと、父は言っていました。
わたしも、インド人や、大陸の中国人の、
平均的な人情からして、
日本の首相が、感謝すべき相手でないかも知れない、
と思っています。
台湾の中国人が、
いちばん、日本人に近い外国人かも知れません。
島に、追い落とされた民族は、
大陸の民族と、かなり性格が違います。
韓国人と日本人の違いのようなものが、
大陸の中国人と、台湾の中国人の、違いにも、
あるのかも知れません。
インドでは、
虐げられている人や、貧乏な人に、親切にしてあげると、
後ろを向いて、油断をしている隙(すき)に、
殴り殺されるかも知れません。
弱い者に、優しくすると、
弱い者から、馬鹿にされて、
仕返しを受ける羽目(はめ)になります。
強い人は、いつも顎(あご)でこき使うように、
弱い人を、可愛がってあげなければいけません。
日本でも、警察官は、貧乏人を、揉んであげるそうです。
父の言うには、
日本兵は、南京の中国人を、殺していません。
中国人を殺したのは、蒋介石の軍隊に決っています。
戦争中の父の軍隊は、南京にいました。
捕虜になったのは、珠江デルタの広州です。
中国の軍隊は、共産軍であれ、国民党軍であれ、
敵に協力した者を、すべて処刑する仕来りでした。
李香蘭という日本の女優が、
終戦時に逮捕されましたけれど、
多くの中国人は、死刑と思っていました。
日本の映画に出演していましたので、
中国人でしたら、もちろん漢奸罪ですから、
即刻に銃殺されるのが、相場ですけれど、
国民的アイドルでしたので、
横槍が入り、手間取っているに違いないと、
中国人は思っていました。
李香蘭は、中国生まれの中国育ちでしたが、
日本国籍でした。
中国の人は、彼女を、中国人と思い込んでいて、
日系の映画会社の制作した映画に
出演していたにもかかわらず、
たくさんの中国人に慕われていました。
漢奸罪って、敵に協力した中国人は死刑になる意味ね。
中国の伝統的な道徳ですけれど、
アメリカでもヨーロッパでも、
韓国朝鮮でも、だいたい同じです。
日本に徴用あるいは徴兵された韓国朝鮮人は、
声を大にして、残忍な虐待を受けた、と言わなければ、
身内の韓国朝鮮人に殺されます。
戦時中ですと、リンチに遭(あ)い、
戦場で即座に殺されました。
戦場の民間人が、民間人を殺しますから、
裁判もへったくれもありません。
その場で射殺されました。
大陸って、自分の暮らしている家や庭や畑や職場が、
戦場になります。
沖縄や満州の、日本の民間人の遭遇した苛酷な状況が、
ヨーロッパや、インドや、中国などの、
大陸の戦争では、普通なの。
ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争でも、
1995年に、民族浄化という虐殺が行なわれました。
つい最近のヨーロッパですので、
戦争と言うほどでもなく、
たいしたことは、ありませんでしたが、
一々の戦闘行為の中身は、虐殺が主体でした。
土地を取るのでなく、人を殺すのが、大陸の戦争なの。
日本のように、戦場が遠い外国であるとか、
B29に爆撃されるとか、原爆を落とされるとか、
そんなに優しい戦争は、気色悪いぐらいに、
滅多(めった)にありませんでした。
空襲って、事故や自然災害みたいなものです。
フランスのレジスタンスでも、
敵に協力した者を、その場で殺して置かないと、
家に帰(かえ)してしまうと、
次の日に、戦車に乗って、仕返しに来ます。
その場で、即決をして、始末をつけないと、
危ないでしょう?
そうでなければ、レジスタンスの仲間が、
みんな、芋蔓(いもづる)式に挙(あ)げられて、
銃殺にされかねません。
捕まったら、拷問をされますから、
自供をして、殺されます。
仲間が捕まる前に、仲間を殺して置いたほうが、
安全なぐらいです。
捕まった時のために、
自殺のお薬を、歯に挟んで置くとかね。
日本のように平和な国でも、
足手まといになりそうな奴を、徴兵してから、
教練の間に、ちゃんと虐め殺して、間引きました。
敵に協力した奴が、本当に敵の仲間なのか、
それとも、鉄砲で脅されたので、仕方がなかったのか、
どうして、区別が付きますか。
戦場で、即決をしなければいけない時に、
物的証拠や弁護士が、出て来るわけがありません。
民間人でも、敵に捕まった時には、
すでに、命運が尽きています。
日本兵が来たら、
中国の民間人は、逃げなければいけません。
逃げずに捕まって、苦力(くーりー)にされた民間人は、
みんな、日本軍から解放された後に、
中国の民間人に殺されました。
これが大陸の民族の仕来りなの。
戦時中ですから、
民間人の手で、民間人が、その場で射殺されました。
鉄砲の玉がもったいないから、
棍棒(こんぼう)で殴り殺されたのかしら。
お父さんは、鉄砲を中国人に向けて、
民間人をたくさん捕まえました。
馬の係でした。
当時の中国って、自動車の通れる道がありません。
長江よりも南は、ぬかるみなの。
道を作って、管理をするだけの余力が、
日本軍にありませんでした。
道を作るのに、ものすごい労力が必要ですし、
せっかく作ったのに、壊されたのでは、無意味ですから、
軍隊が張り付いて、見張っていなければなりません。
日本の軍隊って、道を通過して、敵のいる所に行き、
敵を殺すだけの能力しか、ありませんでした。
自動車が通れないので、馬で大砲を引っ張りました。
自動車やガソリンも、なかったけれど…
馬が疲れるので、人に荷物を運ばせました。
軍隊の荷物って、鉄で出来ているのが、多いの。
中国の民間人を捕まえて、荷物を運ばせます。
こういう民間人を、苦力(くーりー)って言います。
捕まえられた人ね。
一つの町で捕まえて、次の町に着くと、
苦力は疲れているから、ご苦労さん、と肩を叩かれて、
解放されます。
すると、日本軍が立ち去った後に、
解放された苦力は、全員、中国人に捕まえられて、
その場で処刑されました。
日本軍のほうは、荷物を運ばせて、解放してあげただけ。
中国人の苦力(くーりー)は、銃口を向けられたので、
仕方なく、荷物運びをさせられただけ。
解放された苦力を射殺した中国人は、
敵に協力した悪い奴を、
その場で、即決に判断して、処刑しただけです。
逃したのでは、明日になれば、敵の日本兵と一緒に、
自分を殺しに来るかも知れません。
敵に協力した奴を、
今ここで、射殺しておくのが、無難です。
昔の日本でも、源の頼朝が、まだ12才の子供でしたので、
平清盛は、頼朝を処刑しなかったでしょう?
そのせいで、伊勢平氏は滅びました。
お父さんやお兄さんが、みんな処刑されたのですから、
頼朝が大きくなれば、仕返しをするのに、
決まっています。
平和な現代日本の、性転換医療でも、
ちゃんと、生殖機能を破壊しておくのに…
お父さんの言うには、使用した苦力を解放すれば、
全員、中国人に殺されるのは、わかっていたけれど、
何も悪いことをしていない民間人を殺すのは、
日本人に、できませんでした。
苦力(くーりー)を全員解放してあげるのが、
日本軍の仕来りでした。
日本人は優しいでしょう?
一方、日本軍に解放された苦力を、全員処刑するのが、
中国人の、昔からの慣(なら)わしでした。
日本軍が来るのに、
どうして逃げずに、村に居残っていたのかしら。
捕まえられて、荷物運びをさせられるのに…
なんか、東日本大震災の時の、三陸の人みたいでしょう?
どうして、逃げなかったのかしら。
明治三陸地震と、昭和三陸地震と、チリ地震と、
明治以降だけでも、3回も、家や町が流されたのに、
4回目の今回も、また逃げずに、町と一緒に死んでしまうなんて…
1000年に一度ぐらいの、巨大地震でしたって、
地震の直後から言われていたのに、
今度こそ、大きな津波が来そうなので、本気で逃げないといけない、
と思うのが普通でしょう?
南三陸町の防災課の人って、
逃げずに防災無線で、呼びかけていました。
町長も防災対策庁舎にいて、生き残った一人ですけれど、
庁舎にいた人は、大部分が死んで、一部が生き残りました。
ちょうど、水に沈んでも、手すりやアンテナに捕まったまま、
1分間ぐらい、息を止めていると、
再び、水面に顔を出せるかも知れない程度の、
ぎりぎりの津波の高さでした。
堤防の水門が5.5mでしたけれど、
今回も含めて、明治以降の4回は、
いずれも、これより高い津波でした。
そのたびに、津波に町を流されたのに、
今回も、町長以下の職員が、
防災対策庁舎にいて、逃げませんでした。
防災無線の放送を、最後まで続けていたので、
逃げずに亡くなった人の殉職が、美談とされています。
高(たか)を括(くく)っていたのでないのかしら。
気象庁の最初の津波の予報が、3メートルでしたので、
安心したそうです。
5.5mの堤防のほうが、高いもんね。
余裕綽々(しゃくしゃく)でした。
高(たか)を括っていたのか、それとも、気象庁の責任なのか…
自分の命ですから、念には念を入れて、
ちゃんと避難をするように、住民に呼びかけるのが、
町の職員の仕事ですけれど、自分は逃げなかった。
日本兵に捕まって、
荷物運びの苦力(くーりー)にさせられた中国人も、
それだったのかしら。
日本軍が来る、と聞けば、逃げれば良かったのに、
どうして、逃げなかったのかしら。
当時の中国は、ずーっと内戦の時代ですから、
戦争になれば、どうなるかって、よく知っているはずなのに…
現代の日本も、まだ戦争のどさくさの続きなのに、
日本人は気づいていません。
黒船と原爆に負けてから、進駐軍に征服されましたので、
日本人は、ルイ14世みたいに、歯を抜かれました。
太陽王と言われた人ですが、身長を高くするために、
高いヒールの靴を履き、
頭を大きくするために、ウィッグを被りました。
エステティックな見かけにより、
人を評価する流行は、後のフランス革命のせいで、
よけいに悪化しました。
日本は、黒船と原爆に負けましたので、
アメリカ合衆国の鼻が、天狗(てんぐ)になり、
天皇の鼻が、天井を向きました。
三島由紀夫っていう小説家は、アメリカ合衆国に行くと、
自分の短い足を、すごく気にしていました。
日本の自宅を、西洋風の見てくれにして、
喜んでいました。
日本のGID(性同一性障害)って、
顔や体の、エステティックな形の見てくれが、
欧米白人に似ていなければ、日本人に殺されるけれど、
異性に成り済ませば、殺されないで済む、
ということなの。
欧米人に殺されるのでなく、日本人に殺されます。
奴隷にされた日本のような、底辺の社会では、
自分たち同士で、共食いをする羽目になります。
ペリーから、こっちのことです。
何が悲しうて、自分の鼻を、
ペリーのように、天狗にしなければいけないのかしら。
目が大きく、鼻が高く、足が長ければ、良いそうなの。
そのうちに、マイケル・ジャクソンみたいに、
皮膚の色を、白く漂白するかも知れません。
男の子に、同性愛を強要した、と言われてね。
関西の医師が、脳に作用する薬物の依存症になり、
性転換医療を行なっていましたが、
そこの患者さんには、
異性に似ていることを、自慢している人が多かったので、
うちの治癒した患者さんから、
目の仇(かたき)にされていました。
うちの患者さんは、異性に似ているために、
差別虐待されている人が、多かったの。
異性装をすれば、異性装が似合うと、
言われるぐらいですと、
少ししか、異性に似ていませんので、
異性装をしなければ、
差別虐待をされることはありません。
異性装をしなくても、
どうしても、異性にしか見えない人って、
体の性別を黙っていなければ、差別虐待をされて、
袋叩きに遭います。
異性に間違われるままに、
異性になり済ましていなければ、仕方ありません。
目や鼻ですと、手術が簡単ですけれど、
足の短い人は、男性ですと、差別虐待を受けて、
日本でも、生きる目がありません。
足の骨や筋肉や血管や神経などを、
人工的に無理やりに伸ばす方法は、簡単でなく、
うまく行っても、身体障害者になります。
足が短くても、女性ですと、
男性から差別虐待をされませんので、
男性から女性に、性転換を望むことになります。
ごつい体の不細工な顔でも、
男性なら、差別虐待を受けませんが、
女性ですと、生きる目がありませんので、
女性から男性に、性転換を望みます。
背の低い男性も、実直かつ沈着冷静で、合理的な判断が、
ことごとく、コメディアンのように笑われますので、
適応の幅が極端に狭くなります。
融通の効かない人は、性転換を望まざるを得ません。
顔や体の、エステティックな形の見てくれって、
日本では、男と女の形の差よりも、
西洋白人と日本人の形の差ほうが、
たぶん大きいでしょう。
日本の美容外科のやっていることは、
ほとんどが、西洋白人の形に近づける手術です。
日本では、普通の身長の男性でも、
欧米では、女の子のように小柄ですので、
欧米に、長期間、暮らしていた日本の男性は、
男性同性愛者のパートナーになっていることが、
よくあります。
欧米白人と日本人の関係が、男と女の関係に化けるの。
体の見てくれが、異性に似ているために、
差別虐待される人は、
異性との性交渉をしたいと、思わなくなりますので、
体の見てくれによって、性欲は、いとも簡単に、
同性を求める気持ちに、変換されます。
焼け爛れた皮膚が、ずり落ちて、燃えているのに、
爆心地を歩いていた広島や長崎の被害者のことを、
生き残った人たちは、幽霊やお化けと、表現しました。
哀れな日本人を悲しんで、憎む気持ちと、笑う気持ちが、
性転換医療を行なう医師や、TVやTGの気持ちと、
ほとんど同じです。
うちの患者さんたちの気持ちを、希釈したものなの。
異性装をしないのに、
異性に似ているために、差別虐待を受けました。
異性になりたくなかったのに、
生きる目がないので、性転換をしたいと、
強く望みました。
差別虐待を受ける気持ちを希釈すると、
他人に、差別虐待を加える気持ちが、強くなります。
自分が加害者になればなるほど、
顔や体の見てくれが、欧米白人に似ているので、
自慢するよりも
自分の顔や体の見てくれが、
欧米白人に似ていないので、苦痛になり、
自分を差別虐待して、性転換を強く望むようになります。
このような判断を、コンプレックスと言います。
劣等感も優越感も、同じなの。
差別される人間も、差別する人間も、
同じことを望みます。
ミュンヒハウゼン症候群の症状が、
代理ミュンヒハウゼン症候群に変わるのと、同じですが、
やがて、自分自身を差別虐待するようになります。
三島由紀夫さんみたいにね。
学校の成績が悪く、差別虐待を受けている人間が、
虐待を免れたいために、
お医者さんになろうとするのと、
学校の成績が良いので、
他人を差別して嘲笑(あざわら)う人間が、
お医者さんになろうとするのは、
いずれも、底辺の社会に、よく現れます。
日本のGID(性同一性障害)って、
韓国朝鮮系の人や、被差別部落の人や、
やくざや右翼の人や、水商売の人に多いのですが、
性転換医療を行なう医師や、
それを支持する人たちにも、同じ傾向があります。
顔の目鼻立ちのエステティックな形は、
ただの美容整形によって、変形が可能ですが、
体型の変更は、簡単でありません。
エステティックな差別虐待って、
変更不能な形であればあるほど、強く現れます。
男なら、これこれの体、女なら、これこれの体って、
男女の差でなく、
日本では、欧米白人と日本人の差を、
男女の差に、すり替えたものです。
欧米のキリスト教による同性愛差別を見れば、
同性愛しか習得できないことが、性別の問題でなく、
虐(いじめ)る側と、虐められる側に、
共通に現れる症状であると、わからなければいけません。
だって、イエスキリストという人は、
村の儀式の割礼を受けさせてもらえずに、
虐(いじ)められた人でしょう?
ちんちんの皮を切る儀式って、
みんなの仲間入りの儀式なの。
性別のことでは、ありません。
お釈迦さんも、
結婚をしたのに、長期間、子供に恵まれずに、
やっと生まれた子供に、障害(ラーフラ)と名付けて、
出奔してしまいました。
後の経典の話によると、
代理性交を、呪術師に頼んだそうでして、
お釈迦さんは、後々までも、呪術師による懐妊術を、
やめたほうが良いと、弟子たちに忠告していました。
当時の懐妊術って、
夫の代わりに、呪術師が妻と性交をすることです。
日本でも、第二次世界大戦よりも前まで、
普通の、田舎の風習でした。
お祭りの時に、青年団の男性たちが、お面を被り、
農家を戸別訪問するの。
家の主から、お酒や御馳走を振舞われますけれど、
その間に、青年たちは、交替で寝間に入り、
奥さんと性交します。
お祭りですから、神聖な儀式です。
青年団は、神さまのお使いでした。
生まれた子供の、本当の父親は、わかりません。
神さまの子供です。
昔のソ連では、イエスキリストのような人を、
スターリンの子供、と言っていました。
私生児です。
宗教が弱くなると、
スターリンが匿ってあげなければ、仕方ありません。
共産主義やスターリンに、
そのような力があったのかしら、という疑問と、
性転換や、性転換医療を行なう医師に、
そのような能力があるのかしら、という疑問とは、
よく似ています。
キリスト教も仏教も、
同性愛しか出来ない人を、匿ってくれる所でした。
同性愛しか出来ないことが、
男女の性別の問題でないことは、言うまでもありません。
イスラム教では、予言者マホメットが、
男性と女性のどちらとでも
性交渉のできる水陸両用のバイであり、
戦争に強い男でした。
お釈迦さんや、イエスキリストさんの、裏返しですから、
仏教やキリスト教やイスラム教などの、宗教的な動機が、
一目瞭然です。
性別のことは、問題でありません。
イスラムの人たちは、
あたかも予言者が、ホモの極悪非道の男のように、
アメリカ合衆国の映画に描かれて、怒っていますけれど、
イエスキリストさんも、イスラムの予言者なのに…
アフガニスタンのバーミヤンの磨崖仏を爆破したように、
偶像崇拝を、怒っているのかしら。
エステティックな見てくれが、
心の性別や、性別の見てくれのことと思っていては、
いけません。
GID(性同一性障害)の治癒した人は、
性別のことが、ただのヒステリーであると、
徐々にわかって来ます。
薬物依存の関西の医師って、
自殺をするように、死んでしまいましたので、
うちの治癒した患者さんたちは、
悔(くや)しがっていました。
死刑囚に逃げられた、と言うの。
自殺をするように死ぬって、
マイケル・ジャクソンや、中川っていう政治家などの、
心臓が、薬物依存のせいで、止まることです。
総理大臣になるように、
お尻を蹴ってあげていました。
お父さんの中川一郎って人も、
似たようなお薬を使い、自殺をしましたけれど、
刑務所の好きな鈴木っていう秘書がいました。
わたしも、北海道のロシア関係の因縁でした。
0コメント