鳳凰古城 867 知り合いの民族

湖南省の苗(みゃお)族の町です。
いま、大雨の増水のせいで、水浸(みずづ)かりになっているそう。
 
これは、少し前ですけれど、インターネットでコピーしました。
洪水の前の写真ね。
検索して、同じものを見つけ出すのが面倒なので、
このまま、貼り付けておきます。
 
湖南省の新聞社の写真と記憶していますが、見つかりません。
 
 
6月から、中国南部は大雨ばかりです。
南部って、上海と重慶を結ぶ線よりも、南ぐらいかな。
長江流域を含めて、それより南ってことですけれど、
気候や地形や土壌が違うだけでなく、昔の言葉が違います。
 
今は、北京の言葉を、標準語として、全国に教育していますから、
みんな、標準語を話せますけれど、
毛沢東の時代には、通訳がいなければ、通じませんでした。
書き言葉は、大丈夫でしたけれど、
文字の読めない人が、たくさんいました。
 
国土の広さや人口からすると、
日本では、20年に一度ぐらいの自然災害が、
中国では、毎年起こっても、不思議でありません。
 
今年の中国の洪水報道は、例年並みでしょうか。
湖南省の鳳凰古城が、増水のために浸水しているそうですけれど、
写真を見ると、町の中は膝ぐらいです。
 
昔の楼閣建築のような重層階の建物が、
長屋のように連なり、沱江(だこう)の川岸に並んでいます。
岸辺の岩の上に、石を積み上げて、
建物の土台の高さが、水平になるように、調節しています。
石垣の高さが、8メートルほどになる建物もあります。
 
なかには、石垣から1メートルほど、せり出している建物もあり、
せり出した部分の梁(はり)を支えるための、せり持ちの柱が、
石積みの下の、川岸の岩盤を足場にして、
斜めに、建物の梁を受けています。
 
洪水になると、この迫(せり)持ちの柱が、水に沈みます。
増水時の激流に耐えられるとは、到底(とうてい)、思えません。
 
写真を見ると、確かに真っ黄色の水に、柱が沈んでいます。
普段の沱江の水の色は、緑っぽい色でして、
日本の川のように、奇麗な透明でありませんが、
一応、透明な水が淀んで、緑色になったような顔をしています。
 
ちゃんと流れていますので、普段の色からして、変(へん)です。
洪水になり、黄色くなっているのに、
迫持(せりもち)の柱が流されないのも、変(へん)な感じです。
 
地図と航空写真を見ますと、付近に、ダムがたくさんあり、
ダムとダムの間の町ですので、
ここを流れる沱江(だこう)の水量は、
普段でしたら、完全に管理されているはずです。
 
旅行のガイドブックによると、中国で一番美しい町です。
昔、わたしが通った時は、ただの朽ちかけた町でしたけれど、
今は、すっかり、観光で食べて行く町に変身しました。
 
こんなに、たくさんのダムが出来たのに、
それでも、水量を調節できずに、洪水になるのですから、
かなり、降り続いたのでしょうか。
 
現在の写真を見ると、崩れかけた楼閣の、
見面(みづら)を整えただけの、危ない建物です。
軒が下がり、屋根がへこんで、ほうぼうで瓦が滑っています。
楼閣建築と言っても、個人が勝手に建て増したように見えます。
なんと言っても、柱が細い。
 
昔の日本にも、朽ちた建物は、たくさんありましたが、
幸いにも、都会では、戦争で燃えましたから、すっきりしました。
 
鳳凰古城は、清の時代の町ですから、それほど古くありません。
木造建築の耐用年数を、とっくに過ぎていますけれど、
それぞれの住人が、勝手に雨漏りを修繕しているのでしょうか。
 
塊(かたま)りのように建てられていますので、
お互いに肩を寄せ合い、倒れませんけれど、
木造ですから、火事になれば、救いようもありません。
 
昔の香港の、九龍城にそっくりですが、
あっちは、コンクリートの塊(かたまり)の、スラム街でした。
 
城って、日本では、権力者の砦ですけれど、
大陸の多民族社会では、血縁の者同士が、一つの町を作りますので、
町全体が、一つの砦になるように、塀で囲まれて、城門を持ちます。
お釈迦さんが生まれたのも、そういう町でした。
族長の家柄の、跡取り息子なのに、
出家して身代(しんだい)を潰(つぶ)しました。
 
中国人は、どの民族も、香港のように密集して、
一つの建物の中に塊(かたま)るのが、好きなのかしら。
草原のモンゴル民族や、砂漠のトルコ民族は、
盗賊のように、ほっつき歩いたと思いますが。
 
鳳凰古城は、密集して暮らす町ですけれど、
中国だけでなく、自然条件の過酷な土地では、
超高層ビルのように、一つの建物の中に群がる傾向があります。
 
アメリカでもアラブでも、そうですが、
イブン・ハルドゥーンのようなアラブの思想家は、
そのことを、人間の堕落と言いました。
日本は、その傾向が少ないようです。
 
鳳凰城って、中国各地にありますので、
湖南省の苗(みゃお)族の鳳凰城は、鳳凰古城と言われます。
 
もっと古い鳳凰城という名前の町が、一杯あるのですけれど、
ぼろぼろのままで残っているのは、ここだけですので、
鳳凰古城と言えば、湖南省の、
湘西(しょうせい)土家(とーちゃ)族苗(みゃお)族自治州の、
鳳凰県の鳳凰城を指(さ)すそうです。
 
中国で一番美しい町です。
旅行会社の触れこみね。
ただの田舎のスラム街と思うけど…
こんなに古い建物って、わたしの子供時代に、一杯あったもん。
 
西から洞庭湖に流れ込む沅江(げんこう)の上流の、
武水(ぶすい)の支流の、沱江(だこう)のほとりの、
鳳凰古城という町です。
 
鉄道は、一番近い麻陽の駅まで、
地図で見ると直線距離で30Kmぐらいです。
普通はバスで吉首(きつしゅ)市に出て、
常吉高速という自動車道で、常徳市に出ます。
 
常徳市は、洞庭湖の西側の、
沅江(げんこう)のほとりの、大都市です。
 
わたしの前任者の医師のお祖父(じい)さんのお妾さんが、
赤坂の料亭を経営していましたけれど、
湖南省の苗(みゃお)族の出身でした。
子孫が、今でも暖簾(のれん)を守っています。
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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