湖南省の苗(みゃお)族の町です。
いま、大雨の増水のせいで、水浸(みずづ)かりになっているそう。
これは、少し前ですけれど、インターネットでコピーしました。
洪水の前の写真ね。
検索して、同じものを見つけ出すのが面倒なので、
このまま、貼り付けておきます。
湖南省の新聞社の写真と記憶していますが、見つかりません。
6月から、中国南部は大雨ばかりです。
南部って、上海と重慶を結ぶ線よりも、南ぐらいかな。
長江流域を含めて、それより南ってことですけれど、
気候や地形や土壌が違うだけでなく、昔の言葉が違います。
今は、北京の言葉を、標準語として、全国に教育していますから、
みんな、標準語を話せますけれど、
毛沢東の時代には、通訳がいなければ、通じませんでした。
書き言葉は、大丈夫でしたけれど、
文字の読めない人が、たくさんいました。
国土の広さや人口からすると、
日本では、20年に一度ぐらいの自然災害が、
中国では、毎年起こっても、不思議でありません。
今年の中国の洪水報道は、例年並みでしょうか。
湖南省の鳳凰古城が、増水のために浸水しているそうですけれど、
写真を見ると、町の中は膝ぐらいです。
昔の楼閣建築のような重層階の建物が、
長屋のように連なり、沱江(だこう)の川岸に並んでいます。
岸辺の岩の上に、石を積み上げて、
建物の土台の高さが、水平になるように、調節しています。
石垣の高さが、8メートルほどになる建物もあります。
なかには、石垣から1メートルほど、せり出している建物もあり、
せり出した部分の梁(はり)を支えるための、せり持ちの柱が、
石積みの下の、川岸の岩盤を足場にして、
斜めに、建物の梁を受けています。
洪水になると、この迫(せり)持ちの柱が、水に沈みます。
増水時の激流に耐えられるとは、到底(とうてい)、思えません。
写真を見ると、確かに真っ黄色の水に、柱が沈んでいます。
普段の沱江の水の色は、緑っぽい色でして、
日本の川のように、奇麗な透明でありませんが、
一応、透明な水が淀んで、緑色になったような顔をしています。
ちゃんと流れていますので、普段の色からして、変(へん)です。
洪水になり、黄色くなっているのに、
迫持(せりもち)の柱が流されないのも、変(へん)な感じです。
地図と航空写真を見ますと、付近に、ダムがたくさんあり、
ダムとダムの間の町ですので、
ここを流れる沱江(だこう)の水量は、
普段でしたら、完全に管理されているはずです。
旅行のガイドブックによると、中国で一番美しい町です。
昔、わたしが通った時は、ただの朽ちかけた町でしたけれど、
今は、すっかり、観光で食べて行く町に変身しました。
こんなに、たくさんのダムが出来たのに、
それでも、水量を調節できずに、洪水になるのですから、
かなり、降り続いたのでしょうか。
現在の写真を見ると、崩れかけた楼閣の、
見面(みづら)を整えただけの、危ない建物です。
軒が下がり、屋根がへこんで、ほうぼうで瓦が滑っています。
楼閣建築と言っても、個人が勝手に建て増したように見えます。
なんと言っても、柱が細い。
昔の日本にも、朽ちた建物は、たくさんありましたが、
幸いにも、都会では、戦争で燃えましたから、すっきりしました。
鳳凰古城は、清の時代の町ですから、それほど古くありません。
木造建築の耐用年数を、とっくに過ぎていますけれど、
それぞれの住人が、勝手に雨漏りを修繕しているのでしょうか。
塊(かたま)りのように建てられていますので、
お互いに肩を寄せ合い、倒れませんけれど、
木造ですから、火事になれば、救いようもありません。
昔の香港の、九龍城にそっくりですが、
あっちは、コンクリートの塊(かたまり)の、スラム街でした。
城って、日本では、権力者の砦ですけれど、
大陸の多民族社会では、血縁の者同士が、一つの町を作りますので、
町全体が、一つの砦になるように、塀で囲まれて、城門を持ちます。
お釈迦さんが生まれたのも、そういう町でした。
族長の家柄の、跡取り息子なのに、
出家して身代(しんだい)を潰(つぶ)しました。
中国人は、どの民族も、香港のように密集して、
一つの建物の中に塊(かたま)るのが、好きなのかしら。
草原のモンゴル民族や、砂漠のトルコ民族は、
盗賊のように、ほっつき歩いたと思いますが。
鳳凰古城は、密集して暮らす町ですけれど、
中国だけでなく、自然条件の過酷な土地では、
超高層ビルのように、一つの建物の中に群がる傾向があります。
アメリカでもアラブでも、そうですが、
イブン・ハルドゥーンのようなアラブの思想家は、
そのことを、人間の堕落と言いました。
日本は、その傾向が少ないようです。
鳳凰城って、中国各地にありますので、
湖南省の苗(みゃお)族の鳳凰城は、鳳凰古城と言われます。
もっと古い鳳凰城という名前の町が、一杯あるのですけれど、
ぼろぼろのままで残っているのは、ここだけですので、
鳳凰古城と言えば、湖南省の、
湘西(しょうせい)土家(とーちゃ)族苗(みゃお)族自治州の、
鳳凰県の鳳凰城を指(さ)すそうです。
中国で一番美しい町です。
旅行会社の触れこみね。
ただの田舎のスラム街と思うけど…
こんなに古い建物って、わたしの子供時代に、一杯あったもん。
西から洞庭湖に流れ込む沅江(げんこう)の上流の、
武水(ぶすい)の支流の、沱江(だこう)のほとりの、
鳳凰古城という町です。
鉄道は、一番近い麻陽の駅まで、
地図で見ると直線距離で30Kmぐらいです。
普通はバスで吉首(きつしゅ)市に出て、
常吉高速という自動車道で、常徳市に出ます。
常徳市は、洞庭湖の西側の、
沅江(げんこう)のほとりの、大都市です。
わたしの前任者の医師のお祖父(じい)さんのお妾さんが、
赤坂の料亭を経営していましたけれど、
湖南省の苗(みゃお)族の出身でした。
子孫が、今でも暖簾(のれん)を守っています。
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