レンゲソウ 823 習慣

このごろ、あまり見ないので、写してしまいました。
 
 
渋谷の駅前に、忠犬ハチ公っていう犬の銅像が立っています。
犬や人間って、
生まれた後に、身についた習慣を変えようとしても、
なかなか変えられません。
 
もしも、変えようとしなければ、
小さい頃に覚えて、気持ちの良かった習慣は、
たぶん、一生続きます。
 
大人の人間なら、誰でも知っているぐらいに、
当たり前のことですけれど、
生まれる前に、身についた習慣も、同じことなの。
 
生まれる前のことを、習慣と言うのは、
変(へん)な言葉遣いですけれど、
生まれる前であろうが、なかろうが、
神経細胞は、ハードウェアとして、情報を記憶しますから、
中身の情報だけを、入れ替えるってことが、出来ません。
 
生まれた後の習慣って、意識されていたものが、
意識されずに実行されるようになりますけれど、
生まれる前のことは、
最初から、意識されずに記憶されていますので、
成り立ちが、少し違います。
 
変更できなくなる仕組みは、似たようなものかも知れません。
 
生まれた後(のち)の習慣は、これこれの場合に、こうすれば、
気持ちが良かったとか、気持ちが悪かったとかの、
自覚された記憶が、脳の神経細胞の樹状突起の枝分かれになり、
ハードウェアとして残っています。
 
生まれる前は、気持ちが良いとか、悪いとかの、
自覚はありませんけれど、
どうせ、胎児の無意識と、赤ちゃんの自覚って、
たいして、変わらないと、思いません?
赤ちゃんや幼児に、責任能力なんか、ないもんね。
 
これこれの場合に、こうした、という記憶は、
樹状突起の枝分かれのことですけれど、
判断や概念の分類と、同じようなものです。
大きな分類概念を区分けして、
だんだんと、精密で詳細な分類概念が、派生して行くのは、
最初の判断に、色々な条件をくっつけて、
判断の枝分かれを作って行くのと、同じです。
 
生物の種(しゅ)の検索表の、枝分かれの感じですから、
概念の分類と言えるし、
生物の進化系統図の枝分かれ、とも言えます。
生物の系統図って、
先っちょは、一つ一つの種(しゅ)になっていますけれど、
もっと先は、
家系図みたいに、種(しゅ)の中の、細かい血族になり、
いちばん先っちょは、それぞれの個体になっています。
 
個体よりも、もっと細かい枝先は、
脳味噌の神経細胞の枝分かれと、同じです。
属(ぞく)のレベルが同じなら、雑種ができるかも知れません。
生物の種(しゅ)って、
近親でなければ、世代交代ができませんから、
人間の個体同士の結婚って、近親相姦に決まっています。
 
植物では、同じ花の中に、雄しべと雌しべがありますけれど、
自家不和合性や交配和合性や、
雌雄異花や雌雄異株が発達しました。
 
生殖って、遺伝子を組み替えて、永遠に生き続ける仕組みなのに、
どうしてGIDの人は、心の性別って言うのかしら。
 
民族が違っていても、同じ事を真似すれば、同じ物を作れるのに、
日本人でなければ出来ないみたいに、
バブルの人たちは錯覚しました。
日本人が優秀なので、作れたと、自惚(うぬぼ)れたの。
 
宗教の人も、心がこうでなければいけないと、言います。
同じ個体を作るには、そうかも知れませんけれど、
生殖って、遺伝子を組み替えて、
違う個体になって生きるためなのに…
 
樹状突起の枝分かれは、概念の分類と、同じです。
生物の進化系統の道筋って、概念の分類なの。
論理は生殖である、という意味ですけれど、
認識の仕方と、物体の存在とは、同一かも知れません。
 
アリストテレスが考えたことですけれど、
それ以前の哲学や、当時の哲学を、
アリストテレスが纏(まと)めて、後世に伝えたので、
面倒くさいことは言わずに、アリストテレスの哲学とされています。
 
     脳味噌の中の、概念の分類って、
     これこれの場合に、これこれの事をしたところ、
     うまく行ったとか、気持ちが悪くなったとかを、
     樹状突起の枝分かれとして、記録しています。
 
     記憶って、条件を細かくつけて、
     こうであれば、こうなる、ってのを、分類しているの。
 
     気持ちが良いとか、悪いとかって、
     最初に無意識の自動機械のように作られた仕組みに、
     後(あと)から、
     個体ごとに異なる経験を、くっつけて行く時に、
     血液の循環や、呼吸や消化や、免疫や生殖などの、
     元々の自動機械が、うまく作動すれば、気持ち良く、
     うまく作動しなければ、気持ち悪くなるように、
     たぶん、生れつきの遺伝的な設計になっています。
 
     オナニーの手段や空想っていうおかずを、
     排泄のための自動機械の仕組みに、
     次々に、くっつけて行く要領ね。
 
     気持ち良いとか、悪いとかって、
     後付(あとづけ)された個体の経験的判断を、
     他の個体に伝えるための、
     コミュニケーション手段として、
     高等な動物にだけ、発達しました。
 
     感情と言いますけれど、
     白血球の情報が、他の白血球に伝えられるのと、
     似たようなことが、
     個体と個体との間で、行なわれます。
 
     感情を、意識的であるとしたり、
     人間の言葉を使った個体相互の情報伝達を、
     自覚的であるとしたりするのは、
     個人主義の価値観にすぎないかも知れません。
     
     個体特有の経験に裏付けられた判断を、
     価値が高いと思うのは、自惚れかも知れませんけれど、
     みんなと共通の、
     コミュニケーションの規格を使う必要性から、
     個体の内側の、手持ちの情報を、
     みんなと共通の規格に編集し直しますので、
     意識と言われます。
 
     内側の情報を、外側の情報のように、翻訳するから、
     意識なの。
     他の個体との、コミュニケーションがなければ、
     翻訳の必要がありませんから、意識も必要ありません。
 
     共通の規格には、
     空間や時間のように、物事(ものごと)に適用して、
     事実と言われる共通の価値を、認識するための規格と、
     言語のように、
     他人とのコミュニケーションのための規格があるみたい。
 
     空間や時間が、免疫機能や性周期などから発達して、
     人間の言語が、動物の鳴き声から発達したように、
     論理や感情なども、他の個体との、情報交換のために、
     何かの機能から、発達したものと思います。     
 
     無意識の自動機械の仕組みに、
     個体それぞれの経験的な行動を、くっつけて行く時に、
     気持ち良ければ、うまく行っているから、
     すんなりとくっつくけれど、
     気持ち悪ければ、うまく行っていないから、
     それを避けるような条件として、くっつきます。
 
     自律神経に、交感神経と副交感神経があったり、
     アセチルコリンやノルアドレナリンやセレトニンなどの、
     神経伝達物質があったり、
     正と負のフィードバックがあったりって、
     高校の生物の教科書に、書いてあったでしょう?
 
     色々な種類の条件を付けられるように、
     色々な化学物質を組み合わせて、
     それぞれの量を加減して、
     融通が効くようになっています。
 
     コンピュータは、半導体を使い、
     電気のONとOFFによって、情報を仕分けしますから、
     単純なマルペケ式を、
     気が遠くなるほど、何層にも積み重ねて、
     情報の種類分けと記録を行ないます。
     
     脳味噌は、化学物質によって仕分けをしますので、
     情報の種類が多く、
     アナログと言われるぐらいに、気が効いていますけれど、
     単純な繰り返しが、いつまでも続くと、
     習慣と言われて、あほになるかも知れません。
 
     意識されなくなりますから、
     他の個体との、コミュニケーションができなくなります。
 
     アリストテレスは、良い習慣の人間を、
     良い人間と言いましたけれど、
     うまく生殖ができるのなら、何も考えずに、
     ウイルスのように無意識で行くほうが、良い人間です。
     無意識に、うまく生殖できるわけがないのに…
 
     判断の条件の付け方が、
     概念の分類や、生物の進化などと、同じなの。
     外胚葉から神経板が作られて以来、
     ずーっと、樹状突起の枝分かれが、
     判断であり、記憶であり、分類の条件でもありました。
 
     色々な神経伝達物質や神経成長因子などの化学物質を、
     出したり受容したりする条件が、
     樹状突起の枝分かれですけれど、
     化学物質の種類と量の、制御の仕方を、
     その姿という形によって、実行しています。
 
     判断の条件と、化学物質の制御とが、
     同一であるってのが、樹状突起の意味ですけれど、
     もちろん、樹状突起はハードウェアですから、
     判断と記憶は、同一です。
 
     コンピュータでは、
     プログラムっていう中身だけを、取り替えられますので
     ハードウェアとか、ソフトウェアとかって、
     言いますけれど、
     生物では、プログラムも機械も同じなの。
 
     コンビュータでは、
     プログラムとデータって言うこともありますけれど、
     データの記録されたノートを、目で読むのは、
     脳味噌に、SDカードを差し込むようなものかしら。
 
     脳味噌の外の、文化というプログラムやデータが、
     勝手に脳味噌に入って来て、
     勝手に脳味噌の樹状突起を書き換えても、
     インターネットのウイルスの作者みたいには、
     処罰されないのが普通です。
 
     GID(性同一性障害)って、
     コンピュータウイルスでないのかしら。
 
     半導体を使うコンピュータに比べて、
     色々な化学物質を使う生物は、
     一々、こまめに樹状突起の形態を変更するのが、
     とても疲れます。
 
     習慣って、変更不能に近いぐらいに、
     しんどい仕事をさぼりますから、
     融通が効かないのなら、半導体を使ったほうが、
     便利です。
     あまり、融通が効かなくなると、たいてい、死にます。
 
     遺伝的に変更不能な、無意識の自動機械の仕組みに、
     後(あと)付けの、個体それぞれの条件をくっつける時に、
     気持ち良さや、気持ち悪さを、自覚しなくなると、
     出生後の習慣と言われますけれど、
     胎児の頃の、神経板や神経堤(しんけいてい)の発生に
     近ければ近いほど、
     自覚しない無意識の判断が、多くなります。
 
     他の個体と、コミュニケーションをしなければ、
     感情って、必要ないもんね。
 
     気持ち良さや、気持ち悪さって、
     生れつきの変更不能な無意識の自動機械の作動状況の、
     善悪の評価になっています。
     後付(あとづけ)の個体特有の経験の善悪を、
     他の個体に伝えて、
     情報を交換するために、自覚されるの。
 
     気持ちの良し悪しを、自覚しなくなるのは、
     自動機械に近づくことでして、
     楽ちんですけれど、あほと言われるかも知れません。
 
パスカルっていう人は、人間は考える葦である、と言い、
自覚するのが賢い、と考えました。
オバマ大統領は、LGBTの同性婚を支持すると言い、
自覚しないことを、権利であるかのように、考えています。
あほになる権利ね。
忠犬ハチ公みたいでしょう?
 
GID(性同一性障害)の人の望みを叶えてあげようとすると、
たちまち、何をしてあげれば良いのかと、悩みます。
だって、GIDの人の望みって、矛盾しているもん。
 
持ち前の生殖機能を壊したいくせに、
望みの性別として生殖をしたい、と言います。
カミングアウトをするくせに、差別されたくない、と言います。
 
あれをしたい、こうして欲しいと、御本人の望む通りに、
魔法の杖を振って、叶えてあげると、たぶん、御本人が自滅します。
 
健常な人でも、同じですけれど、
人間の望みは、生殖しかないと、
ダーウインやフロイトは考えました。
生物は、みんなそうですから、
そうでない望みは、物体になることです。
 
生殖しようとするから、生物なのに、生殖をしない人間なんて…
GID(性同一性障害)の人は、
嫌(いや)な性別を拒否しているだけで、
生殖を拒否しているのでない、と言います。
 
子供を生んで育ててから、GIDを発症する人は、
もはや生殖を拒否しても、生殖拒否にはあたらない、
と言いますけれど、
子供を育てたから、もう生殖の必要がないってのは、
なんとなく、子供を育てたので、死にたい、
と言っているように聞こえます。
 
人間の個体って、生まれても、放ったらかしにされると、
必ず、生殖をしないうちに死にますから、
生殖ができるように、赤ちゃんを育ててあげないと、
生んだ甲斐がありません。
 
それも終えたので、もう育てる必要はない、
と言うGIDの人もいます。
もっと増やせば良いのに、どうして増やさないのかしら。
自分自身が、もっと生む方法もありますけれど、
子供に、孫を生ませる方法もありますし、
どうせ、人類はみな、兄弟姉妹ですから、
他人に生ませる方法もあります。
 
薄利多売の、数撃ちゃ当たる方式でなく、
生まれた子供を、確実に育てる手口もあります。
生存率を高めて、少数精鋭で行くの。
 
とにかく、生殖のためになることをしなければ、
病気でないのかしら。
それが、進化論や精神分析の考え方ですけれど、
元をただせば、アリストテレスの考え方です。
空間や時間や論理や、言語やエステティックなどの、
物事(ものごと)の認識の仕方は、文化であり、
生殖のためにあります。
 
言葉って、みんなに共通の規格による言葉を使わないと、
情報を伝達できません。
自分だけの言葉は、意味不明ですから、役に立たないように、
他人の言葉を聞く時も、
みんなの規格による文法と、みんなの定義による単語として、
情報の内容を解読します。
 
空間や時間や論理なども、
認識の仕方の規格として、みんなに合意された文化にすぎません。
 
認識の仕方を、物事(ものごと)に適用して、
物事から、みんなの価値を、事実として抽出するように、
自然科学では、認識の仕方を、物体に適用することによって、
物体の中から、
運動や変化やエネルギーや目的や能力などを、抽出します。
 
空間や時間などが、
物体の中に含まれているかのような知り方をする、という意味ね。
アリストテレスは、そう考えたの。
生物を見て、未来の世代交代という成り行きを知るように、
物体を見て、未来の運動や変化を予測できる、とする考え方です。
 
物事の中に、空間や時間が含まれている、とするのも、
物事(ものごと)に、空間や時間という認識の仕方を適用して、
物体として認識する、と言うのも、同じ意味なの。
人間自身が、物事だから。
 
プラトンの、
人間はすでに知っていることを、思い出すことしかできない、
とする考え方を、アリストテレスは継承しています。
 
これですと、認識の仕方を適用される以前の、
認識の対象は、認識不能に決まっていますから、
人間の認識から独立した物事(ものごと)って、
在るのか、無いのか、個体には、わかるはずがありません。
 
でも、習慣のように、無意識に行動したせいで、
御本人には、認識が自覚されなかったとしても、
他人は、物事(ものごと)を、
事実として自覚的に認識していますから、
個体と個体の間で、情報交換をすることができます。
 
人間って、自分のしたいことを出来るのが良いのでなく、
自分のしたいことをしないのが良いのかも知れません。
みんなの規格に合わせる自制力ね。
 
ソクラテスって人は、有罪になっても、脱獄しませんでした。
いくらでも逃げられたそうですけれど、
アテネの文化に育てられて、
自分という自覚された人間になったので、
アテネの町の判断に従うのが良いと、考えました。
 
どうせ、言葉に代表されるように、
文化を習わなければ、人間って、動物よりもあほですけれど、
文化って、いつも特定の文化でしかありません。
自分の育った文化を、自分で否定するのは、
自殺みたいなものかも知れないの。
ソクラテスって、脳味噌の中身を、変更できなくなっていました。
 
GID(性同一性障害)の人の言うことが、矛盾しているのは、
この社会が矛盾しているのと、同じですけれど、
どうして、社会の矛盾の通りに、
自分が性転換をして見せるのかしら。
自分が矛盾を実演しないといけないのかしら。
矛盾している社会を変えればいいのに…
自分が変わっても、構いませんけれど。
 
変わらないのは、たぶん、死ぬことです。
 
こんなことを書くと、
GID(性同一性障害)も、アル中(ちゅう)も、
統合失調症も同じでないかと、言う人がいるかも知れません。
人それぞれの、未発見の微細な脳の器質の異常が、
原因かも知れませんけれど、
そのまた原因は、わかりません。
戦争と同じで、無数の原因を挙げることができるはずです。
 
少なくとも、健常な人と同じ脳の器質でも、
精神の病気になり得ます。
統合失調症では、内因性、という言い方が
流行(はや)りましたけれど、
心因性っていうコミュニケーション機能の異常を考えるなら、
内と外の違いって、原理的にあり得ない気もします。
病気と健常の違いも、相対的だもんね。
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

0コメント

  • 1000 / 1000