バイカウツギ 820 発達障害と、アイコンタクト

梅花卯木(ばいかうつぎ)は、
放ったらかしにしておいても、毎年、よく咲いてくれます。
花が終わると、邪魔になるので、すぐに刈り込みますが…
見慣れていますので、季節を感じます。
 
花壇の花は、品種だらけですので、季節感が乏しくなりました。
樹木の花や、野山の草花は、まだ大丈夫です。
 
ミズキ目アジサイ科ですけれど、
水木(みずき)にしろ、紫陽花(あじさい)にしろ、
卯木(うつぎ)にしろ、そういう季節なの。
 
植物って、進化系統の近いものは、近い時期に咲きます。
一斉に咲かないと、生殖できないもん。
 
性周期です。
人間の、時間という認識の仕方は、性周期から進化したって、
なんとなく感じません?
季節は、性欲なの。
 
卯木(うつぎ)って、卯(う)の花です。
梅花卯木(ばいかうつぎ)は、卯(う)の花の一種。
 
 
発達障害では、
空気が読めないとか、目を見て意思疎通ができないとかって、
言うでしょう?
 
ビネー式の筆記の知能検査をやっても、
優秀なことが、少なくありません。
 
物事の成り行きがわからないのですけれど、
こうなればこうなるって、杓子定規に覚えることはできますので、
知能検査や学力検査の結果は、悪くありません。
 
やっぱり認知障害の症状ですけれど、
どうして、知能検査や学力検査に現れないのかしら。
 
目を見て会話をすることは、
トレーニングをすれば、簡単に出来るようになりますけれど、
いわゆる、空気を読むことは、
出来るようにならないかも知れません。
 
もしも、出来るようになる人がいても、
10年ぐらいの、長期間を必要とします。
GID(性同一性障害)の治る人も、短期間には、まず治りません。
 
こうなればこうなるっていう筋道を読み取るのが、
目で見たことと、連動していませんけれど、
顔や体や服装などの見てくれに凝る人って、
目で見たことから、筋道を読み取る能力が、低いかも知れません。
 
顔や体や服装の見てくれって、筋道でなくて、
これとこれっていう2つを結びつけただけと思いません?
この顔なら、みんなに評価されてお金持ちやリーダーになるとか、
この服装なら、みんなに笑われるとかね。
 
それって、文化的に形成された定義のようなものでして、
知能検査や学力検査で測られれるものと、よく似ています。
定義を変形して使うって、数学の能力もそうですので、
ファッションに明け暮れている学業成績の悪い女の子も、
トレーニングをする癖(くせ)がついていれば、
お医者さんになっていたかも知れません。
 
知能検査や学力検査の成績が高く、お医者さんになっても、
ちゃんと、GID(性同一性障害)や統合失調症になる人って、
たくさんいます。
子供時代を知れば、
軽い発達障害の疑いの掛かることが、よくあるの。
 
みんなの定義を知り、同等のものに変形する能力と、
物事の筋道を知る能力とは、違うのかしら。
 
物事の筋道がわからなければ、
人の目を見て話さない傾向があるだけでなく、
物事の筋道のわからない人と話していると、
人の目を見て話さなくなる傾向もあります。
 
物事の筋道を知る能力のうちでも、
定義を知り、同等のものに変形する能力と、
定義されないものを知る能力とは、
もしかしたら違うかも知れません。
 
わたしたちは、こうなればこうなるって予測して、
暮らしていますので、
予測外のことが起こると、対処不能になるかも知れません。
日本のような、人口密度の高い国に暮らしいると、
不慮のことって、ほとんどが他人の行動や発言です。
 
精神障害の人の心の中では、
ちゃんと言葉を使って標語のように定義された事柄でなければ、
すべてが突発的に、予測外に起こるのかも知れません。
 
ちゃんと定義されたものって、
言葉を使った法律や規則や、数学や科学や、
エステティックやファッションなどのような、
いわゆる杓子定規なものが、代表的です。
 
いずれも、
理由もなく文化的に定義されたものを、弄(いじく)るだけの、
いわば事務なの。
 
数学や科学や、エステやファッションを、事務と言うと、
怒られるかも知れませんけれど、
科学技術の実験や検証などの手続きは、事務そのものです。
空間や時間や論理や言語などの、文化的な定義を、
物事(ものごと)に適用して、事実として認識することね。
役に立つことや、危険なことなどを、見つけ出すします。
 
エステやファッションも、古代エジプトのピラミッドを作る技術や、
ラボアジェやニュートンやアインシュタインっていう人たちが、
お薬や望遠鏡や数式などを捏(こ)ね回したのと、同じ手続なの。
 
そのような事務と、
事務的に認識されない物事の筋道を知る能力とは、
違うかも知れません。
 
精神障害者には、
理由もなく突発的に起こる不測の判断ってのが、多いのですけれど、
それは、その人たちの行動が、
しょっちゅう、不測の事態のように起こることから、わかります。
 
精神障害の人の行動が、予測不能に近く、突発的に起こるのと、
その人たちが、目で見て会話をしないで、
目の動きによって意思疎通を図らなかったり、
いわゆる空気が読めない、と言われたりすることとは、
関係があります。
 
ついでに言うと、精神障害者と話している健常者は、
相手の目を見ても、意思疎通ができないので、
自分も、相手の目を見ないで話す癖(つき)がつきます。
 
目を見て、意思疎通を図ることを、
アイコンタクトって言いますけれど、
素敵な彼氏の目を見て、妄想を逞(たくま)しうするだけの女性も、
少なくありませんから、
何に対して役に立つコミュニケーションの手段であるかって、
一目瞭然かも知れません。
 
他人とのコミュニケーションの不調が、
発達障害の重要な症状の一つになっています。
ほとんどのお医者さんは、
患者さんの話を聞いても、目を見ませんから、
被告人が何と言おうとも、事実によって判断するとして、
言葉ばかりの判決文を読み上げる裁判官に似ています。
 
コミュニケーションが不調であると知っても、
なぜ、コミュニケーションが不調なのか、という理由には
なりません。
 
定義を同等のものに変形して、物事に適用する能力と、
定義されない物事を見る能力って、違うのかしら。
杓子定規の事実を知る能力と、
ほんとうのことは、目に見えないって、
星の王子さまのサン=テグジュペリが言った能力とは、
違うのかしら。
 
認識の仕方って、全部、定義ですけれど、
精神の病気の人には、
みんなの定義でなく、自分一人だけの定義を多用する人が、
たくさんいます。
自分一人だけの定義って、他人に通じませんけれど…
 
感覚器官から入ってきた情報や、
すでに体の内側に持っている情報などが、
認識される対象としての物事ですけれど、
空間や時間や論理や言語やエステやファッションなどの、
みんなと一緒の文化的な定義を適用して、
事実と言われる役に立つものや危険なものなどを、抽出します。
 
感覚器官から入ってくる情報の元ネタが、
他の人と大きく違っていると、
たぶん、自分一人だけの定義を多用することになります。
生まれ育った境遇が、他人と大きく違っていたり、
身体的な事情が、大きく違っていたりね。
経験が大きく違うと、そうなります。
 
GID(性同一性障害)の人は、心の性別と言い、
自分の心の中の出来事が、原因であるかのように主張しますけれど、
体の事情や社会的な境遇が原因のような気がします。
 
心の中の情報って、遺伝的なプログラムでなければ、
体の外から入ってきた情報ですから、
自分の心の中だけの独自の定義や、
オカルトな文化的定義などを使わなければいけない理由って、
体の遺伝的な事情でなければ、経験の違いしかありません。
 
わたしは、GIDの人を見ると、
体の違いや、境遇の違いが、わかるような気がしますけれど、
御本人は、経験の違いを教えてくれません。
 
生れつきに目の見えない人は、
目が見えないってことを、
人に教えてもらわなければ、気づかないように、
生れつきの体の事情や、境遇から来る経験の違いって、
自分では、なかなか気づきません。
 
GID(性同一性障害)の人たちは、
分界条床核や、視床下部の鈎状核や、扁桃体などのせいと、
言いますけれど、
そこに異常のない人は、GIDでないのかしら。
 
GIDの人には、顔や体の見てくれや、御家族の境遇に、
特徴的なものが目立つような気がします。
習慣の変更って、難しいのですが…
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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