浦賀 458 また妄想のこと

浦賀の渡しです。
向こう岸へ渡るだけですけれど…
男と女の。
大回りをすれば、歩いて行けます。
 
手前に浦賀のマリーナがあり、
ヴェラシスっていう固有名が付いています。
ベラは、スペイン語の帆です。
ヨットハーバーの名前ですから、たぶん、それですけれど、
シスって何かしら。
 
浦賀の渡しに乗り合わせた女の子たちの中に、
物知りの子がいて、ヴェラシスの由来を、みんなに講釈していました。
それによると、
帆のベラと、オアシスのシスとの、造語らしいの。
 
わたしは、”Oasis Of The Seas” オアシス・オブ・ザ・シーズ
っていうカリブ海の客船を、思い出しました。
一昨年の冬に就航した新品ですけれど、
22万トンの、乗員乗客7500人。
長さ360mの、幅47mで、
デッキの上だけでも、10階建てぐらいに、積み重なっていました。
 
豪華客船って、みんな、そうですけれど、
カリブ海をうろうろして、ようするに、カジノを楽しむ施設なの。
娼婦の人も、いっぱい乗っていますけれど、
カジノと、その付帯設備と思えば、結構です。
 
わたしの前任者の医師は、これに対抗して、
フロリダで、インディアンカジノってのを、経営しました。
のちに、カリフォルニアのほうにも、作りましたけれど、
かなり、儲(もう)かったみたい。
 
日本風の、小さなラブホテルに、
みんなの集まれる大広間と、レストランを設けて、
ゲーム機を並べただけの、カジノね。
 
州政府とインディアンとの、団交ばっかり、やっていました。
インディアンって、それぞれの民族が、独立国家の気構えですから、
税金のことでね。
 
フロリダのインディアンって、セミノールですから、
民族と言うより、
白人の馬賊と、黒人奴隷と、所帯持ちのインディアンの、
混血みたいなものですけれど。
 
スペイン領フロリダと、イギリス領アメリカとの、戦争の時に、
スペイン側の主力でした。
アメリカの独立後は、イギリス側について、アメリカと戦ったりね。
 
インディアンカジノって、
飲んだくれのインディアンと組んで、
白人の遊び人から、お金を巻き上げる商売。
性転換医療に、似ているでしょう?
わたしの前任者の医師は、それをやっていました。
 
フロリダや、カリフォルニアの、インディアン居住地の、
どうしようもない湿地や砂漠でも、お金になるでしょう?
ラスベガスや、カリブ海と、同じね。
 
オアシスって、カジノと娼婦のいるラブホテルって感覚です。
カリブ海のクルーズは、フロリダから、いっぱい出ています。
 
キューバの共産主義革命のあと、
ラスベガスやリノだけでは、うま味が足りなくなり、
豪華客船によるクルーズに、欧米のお金持ちが投資しました。
 
船舶王の、オナシスとかね。
彼はモナコのカジノも、持っていましたし、
マリア・カラスや、ケネディ大統領の未亡人も、手に入れました。
 
ラスベガスや、リノや、キューバのカジノって、
いわゆるシチリアマフィアの、縄張りでした。
フランク・シナトラを売り込んで、みんなにジャズを吹聴しました。
ゴッドファーザーっていうヤクザ映画の中で、
ドン・コルレオーネに泣きついた歌手って、
シナトラがモデルなんでしょう?
 
前任者って人は、インディアンの貧乏人を、出汁(だし)にして、
カジノを始めました。
性転換医療も、やりました。
リンダ・ロンシュタットが、ナッシュビルにいた頃に、
歌にも、投資していたみたい。
 
GIDも、歌えばいいかもね。
ジーン・ケリーみたいに、雨が降っても、踊れば売れるかも。
 
 
このブログって、精神の病気の人のうちでも、
治りかけの人でしたら、もしかしたら、役に立つかも知れません。
御家族の人とかね。
 
精神の病気の活発な時に、御本人が読むと、
なかには、自殺する人も、いるかも知れません。
たいていの人は、攻撃して来ると思いますけれど、
匿名で書いていますので、諦めてもらえるでしょう。
 
ほんとは、治りかけの時が、いちばん自殺しやすいので、
気を使っています。
 
統合失調症の妄想ですと、
自分はノーベル物理学賞を受賞したとか、
著名な詩人であり、一行を書けば、15万円ぐらい入る、
という人もいます。
 
楽しそうな妄想に聞こえますが、
周囲の人が、少しでも異を唱えると、自室の窓ガラスを割ったり、
新聞社へ電話を掛けて、
自分の住所を、掲載してくれ、などと要求したりします。
 
ガラスを叩き割れば、手にガラスが突き刺さって、
血だらけになりますし、
新聞社が相手にしてくれなければ、実際に出向いて、
社長に会いたいと言い、
押し入ろうとしますので、警察に保護されます。
 
けっして、楽しい妄想でなく、
心の中の夢物語や、理由のない直感などが、
周囲の人に、完璧(かんぺき)に受け入れてもらえなければ、
ただちに自傷や他害に及びますので、たいへん危険です。
 
身の回りの状況や、周囲の人の言葉などから、
ノーベル賞を受賞したのではないと、
御自分で、わかる手だてが、幾らでもあるのに、
それらをすべて無視して、
心の中だけの世界に、暮らそうとします。
 
食べて、寝て、排泄をして、体の病気を治して、
服を着て、住まいがなければ、生きて行けませんので、
その一つ一つの現場で、
周囲の人との、軋轢(あつれき)をきたします。
 
ノーベル賞を受賞したという妄想を、
楽しそうな妄想であると、理解する人は、
精神の病気を、見たことのない人かも知れません。
 
妄想って、たんなる考え方の、突飛なものとは、違います。
事実と異なることを、
周囲の人と、トラブルになるにもかかわらずに、信じていれば、
いつまでも、その事実を許容できずに、
一つだけの妄想を持ち続けられることは、ほとんどあり得ません。
 
次から次へと、妄想を広げて行きますので、
トラブルを起こさないで生きようとすれば、
現実の社会との接点を、次から次へと失って行きます。
 
統合失調症の、入院生活や薬物療法や自宅療養って、それですので、
ノーベル賞を受賞した、という妄想を持っている人は、
ほんとうにノーベル賞を受賞したのか、
そうでないのかという判断の根拠を、失っています。
 
どうして、ノーベル賞の受賞を知ったのかと、尋ねれば、
誰々さんから、連絡を受けたと言います。
誰々さんって、実在の人物でなく、
独り言のように、対話や問答をする幻聴の、いつものお相手の一人で、
絶対に信頼できる人と言います。
 
幻聴の相手って、
ゲーテのファウストの中の、メフィストフェレスも、それですけれど、
実際に声に出して、独り言のように、問答していれば、
統合失調症に多い幻聴になりますし、
何人もの幻聴の相手を、
現実の自分の体を使って演じ分ければ、多重人格のようになります。
 
その症状が、よく目立つ人は、
解離性同一性障害と、診断されるかも知れません。
解離性同一性障害の患者さんの、1/4ぐらいは、
以前に、別の医師によって、
統合失調症と診断されたことのある人です。
 
GIDには、解離性同一性障害と、よく似た人が、けっこういますけれど、
記憶の操作の、下手くそな人が多く、
解離性同一性障害とは診断できずに、
たんに、解離性障害に当て嵌まる、という程度の人が、ほとんどです。
 
人格交代の時の、記憶の交代のことですけれど、
それぞれの人格ごとに、記憶を使い分けますので、
以前に使ったことのある人格を使えば、
その時の記憶が復活して、以前の記憶の積み重ねを、今回も継承します。
 
使い捨ての一時凌ぎの人格を、使わなくなれば、
交代人格の数が少なくなり、
一つの人格を、継続して使用し続ける時間も長くなりますので、
何年もの長期間、使い続けている交代人格が、
心の性別を信じて、性転換手術を強く望んでいるのかも知れません。
 
10年以上も、継続して使い続けた人格が交代して、
GID(性同一性障害)を発症する前の人格に戻って、安定すれば、
GIDが治癒した、ということにもなりますけれど、
実際には、GIDの人は、記憶の交代が曖昧ですので、
解離性同一性障害とは、なかなか言えません。
広く解離性障害と言っておくだけなら、
GIDの症状と、それほど矛盾しません。
 
判断保留の情報を、溜(た)めておけずに、
早く判断して、実行してしまう傾向は、
抗精神病薬によって、一時的に抑制できますけれど、
抗精神病薬を使い始めた病気の初期に、
お薬を使いながら、精神療法によって、回復しなければ、
たぶん、だんだんとお薬を増やして行く道をたどります。
 
解離性障害や性同一性障害や拒食症などでは、
薬物療法は、補助的な手段にとどめて置いたほうが、賢明です。
GIDは、性転換によって、凌ごうとしますけれど、
生殖を放棄しますので、将来、孤立することが、目に見えています。
 
GIDのままで行く人は、全体の1%ほどですので、
GIDの状態が、一時的であることは、ほぼ確実です。
将来は治るという意味で、一時的な症状であれば良いのですが、
治るのは約半数の人で、性転換医療との因果関係は、不明です。
残りの半数は、他の症状が顕著になり、
GIDと名付けて置くには、あまり相応(ふさわ)しくなくなります。
 
治った人についても、
御本人は、体の性別がどちらであろうとも、
心は、どちらの性別にも適応できる、と言いますので、
GIDのままとして置くのは、すごく変な感じです。
 
     心の性別って、事実でない心だけのことですから、
     それを何と表現しようが、人の勝手です。
     事実と違うのは、当たり前ですから、
     自分の心は美しい、と表現しようが、
     心は虎である、と表現しようが、人の勝手です。
     自分の心は、何にでもなれる、と表現しても、
     嘘になりません。
 
     机という物体が、脳味噌の中に、入らないように、
     どのような事実も、
     そのままでは、脳味噌の中に、入りませんから、
     脳味噌の中に入っている情報と、
     脳味噌の外の事実とは、違う情報です。
 
     これこれは、Xであると、定義するように、
     脳味噌の外の事実のことを、
     脳味噌の内側の、特定の情報と、同じであると、
     印をつけておきます。
 
     脳味噌の外側の、ちんちんの無い体っていう事実のほうは、
     すでにみんなが、女って名付けています。
     脳味噌の内側の、特定の情報に、
     女であると、印をつければ良いだけです。
     
     女々しいとか、美しいとか、やさしいとかっていう情報に、
     女という印をつければ、それでいいのに、
     あなたは、自分は女々しくない、女々しいのは嫌いだ、
     自分は美しいのよりも、力強いほうが好きだ、
     男はやさしいけれど、女はやさしくない。
     だから、自分の心は、女でなく、男であると、言います。
 
     これって、間違いでしょう?
     女々しい人もいれば、女々しくない人もいる。
     美しい人も、やさしい人も、そうでない人もいる、
     力強い人もいる、という情報に、
     女という印をつければいいのに。
 
     どのような情報に、女という事実を示すものとして、
     印をつけようとも、人それぞれの、脳味噌の勝手です。
 
     なにも、心の性別は、男であると確信することでもなければ、
     SRS(性転換手術)を受けなければいけいなことでも、
     ありません。
 
     女ならこれこれ、男ならこれこれと、
     決めつけてしまって、変更できないのは、GIDの人なの。
     これこれなら、これこれと、頑固に変更できなくなるのは、
     精神の病気の人に、わりと共通の特徴です。
     変更ばっかりって、面倒臭いですから。
 
     文化のほうにも、
     これこれならば男とか、女とかっていう流行があります。
     性別だけでなく、文化には全部、流行があります。
     みんなが、同じようにしなければ、
     社会の効率が悪くなり、食べて行けずに、
     殺し合いになるからです。
     
     言葉も、法律も、みんなが一緒のことをするために、
     決めているんでしょう?
     ばらばらの事をしていたのでは、言葉もなくなってしまい、
     人間って、ウイルスよりも、
     たぶん、著しく生存能力の低い生物に、なってしまいます。
 
     それだけ、自動的に動く機械のような能力が、
     人間は足りないの。
     その代わりに、生まれてから、言葉や法律などの、
     文化を学習しますし、
     文化の中身は、時代や場所によって、変化します。
 
     これこれならば、これこれっていう具体的な文化の中身を、
     変えようと思えば、変えられるでしょう?
     面倒臭いけれど。
 
     でも、自分勝手に、変えたのでは、
     流行の文化に、はずれていると、
     みんなの笑い者になりますし、
     公序良俗に反すると、怒られるかも知れません。
     取り決められた法律のような文化に、はずれていると、
     逮捕されて、死刑になるかもね。
 
     この理屈を呑み込めない人は、
     精神の病気と、言われるかも知れません。
     GIDって、精神の病気と、言われるみたいなの。
     理解できる知能があるはずなのに、
     知能がないかのように、実行してしまいます。
 
     統合失調症やGIDなどは、
     その原因や仕組みが、わかっていませんけれど、
     面倒臭いことを、しなくなるって、
     個体も社会も、滅びる時は同じみたい。
     
     心の性別って、妄想でありませんけれど、
     文学的には、いくらでも、妄想と、妄想でないものとの、
     中間みたいなのがあります。
     GIDの中には、妄想の出ている人も、けっこういますし…
 
     心のことから、実際に性転換しますけれど、
     だれでも、心のことから、意志を持ち、実際に実行します。
     それがいけないとは、誰にも言えません。
 
     普通は、心の中だけのことのために、
     体を手術することはありません。
     個体の生存や生殖に、有利か不利かを、判断します。
     
     美容のための手術が、
     体の仕組みの上から、個体の生存や生殖に有利とは、
     到底、思えませんけれど、
     文化的な事情から、生存や生殖に、
     社会的に有利となることは、十分にあり得ます。
 
     それでも、SRS(性転換手術)が、
     生殖に有利になるとは、思えません。
 
     子供のいる患者さんでは、
     性別の詐称を、喜ぶ目的があります。
     これほど明らかに、いわゆる公序良俗に反することは、
     ありません。
     性別を偽れば、社会の生殖活動を、妨害します。
     SRSは、絶対に確実な、公序良俗に反する文化です。
 
     沖縄のウリミバエ根絶のための、
     不妊虫放飼(ふにんちゅうほうし)のようなものかしら。
     性転換医療は、それをやっています。
 
     美容外科の患者さんって、
     社会的に、個体の生存が、有利になるように、
     美容手術を受けたいと、思ったのかしら。
     暗示を受けて、トランス状態になっている人が、
     多いように見えますので、
     美容手術を受けることを、
     精神の病気の一種と、見る人もいます。
 
     実際に、精神外科を自称する美容外科医も、何人かいます。
     精神の病気を治療するために、美容手術を行なうと、
     仰有います。
     治療効果は、あまり期待できませんけれど、
     全然ないとも、言えません。
     一時凌ぎになるかも知れません。
 
     同様に、GID(性同一性障害)の、
     HRT(ホルモン療法)や、SRS(性転換手術)は、
     自由な美容施術であるとして
     健康保険を適用せよと、訴える患者さんもいます。
     遊びと精神の病気とを、仕訳できなくなりますので、
     GIDって、怖い病気ですけれど、
     FtMの人造のちんちんを見ると、
     一般の人は、大笑いしたり、悲しんだりします。
     
     男の子か、女の子かって、昔は、
     ほとんど、ちんちんの有無だけで、判定されましたので、
     1cm未満でしたら、男女の識別が紛(まぎ)らわしく、
     半陰陽とされた経緯(いきさつ)があります。
     1cmは、立ちションのできる、最低限の長さかしら。
     
     1cm以上あれば、問題なく、男ですので、
     SRS(性転換手術)でも、1cmだけ、ちんちんを作ります。
     これを見て、一般の人は、笑ったり、悲しんだりします。
     GIDの精神の病気が、はっきりと見えて来ます。
     その心ってのが、ひょっとしたら、
     性別に関する妄想を、見ているのかも知れません。
     
日本風のラブホテルってのが、日本では、ありきたりですけれど、
アメリカでは、流行(はや)るのかしら。
ゲーム機を置くだけって、単純な発想ですけれど、
コンピューターゲームって、日本の得意技です。
 
カリブ海の豪華客船や、砂漠のラスベガスや、
革命前のキューバのハバナなどでなく、
インディアンの居住地の、免税特権を利用するって、
瓢箪から駒かも知れません。
 
インディアンしか、持っていない特権ですけれど、
同じ顔の日本人が、インディアンに持ち掛けたところ、
うまく行ったみたい。
ただし、最近のインディアンは、
一昔前のモンゴロイド系の顔つきから、
ミクロネシア系やトルコ系の顔つきに、急速に近づきつつあります。
第二次世界大戦後の、混血の結果なの。
 
日本のGIDの人は、インディアンと結婚すれば、良いかもしれないって、
思った人もいるみたいで、
すでに、相当に前から、
中南米の人との、生殖医療が行なわれています。
ナッシュビルに行くGIDの人が、今もいますけれど、
中南米のインディオとの、生殖医療を斡旋する人たちが、
この町にしか、いなかった時代がありました。
 
いわゆる闇で行なったほうが、今でも、便利なのかも知れません。
自殺した三浦なんとかっていうロサンゼルス銃撃事件の人の、
実の母親のことを、
水の江なんとかっていう男装の麗人と言われた芸能人であると、
彼を取りあげた産婆さんが、テレビで言っていました。
 
それでも、戸籍はびくともしなかったように、
昔ながらの、闇でやってしまったほうが、確実であるそうですけれど、
障害のある赤ちゃんが生まれて来ると、
先物買いは、かえって厄介かも知れません。
塞翁(さいおう)が馬ですから。
 
わたしは、幸せになろうが、不幸せになろうが、
一生懸命に、真摯(しんし)に生きる人が、
なんとなく好きです。
人を嘲けり笑って、娯楽番組の芸能人のように生きる人とは、
あまり趣味が合いません。
 
でも、ほんとのところは、イソップの蟻とキリギリスのように、
たぶん、将来に備えた暮らし振りのほうが、
生存の確率が高く、苦しみの量が少なくて済むでしょうと、
教訓話を奨励するぐらいの、根拠しかありません。
 
人を嘲り笑わなければ、今の苦しみに耐えられない人も、
少なくありませんから、
人を攻撃しないでは、生きていられない人を、
どのように、手当すればいいのかしら。
手を出さずに、嘲り笑うだけってところに、抑制できれば、
御の字かも知れません。
 
GID医療って、人を攻撃しないでは、気の済まない患者さんを、
性的快感に誘って、
人を嘲り笑って生きるように、仕向ける医療だったりね。
いやな感じでしょう?
QOL(生活の質)だから、仕方ありませんけれど。
雨でも、歌って踊れる人なら、うまく行くと思います?
 
どうせ死ぬ末期癌の患者さんには、副作用の苦しいお薬を使わずに、
麻薬を打って、快適に死んでもらえるように、
GIDの患者さんには、性転換を楽しんでもらおうってのが、QOLです。
 
人間は全員、どうせすぐに死ぬのに…
患者さんを嘲り笑いながら、
人の良い顔をして、性転換を請け負うお医者さんって、
きゅうりが好きなのかしら。
 
もう梅雨ですから、どうしてもジーン・ケリーになってしまいます。
雨に歌えば、ね。
すみません。
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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