カリステモン 457 ゲテモノの美学・性転換

金宝樹(きんぽうじゅ)や、ブラシの木などと、言います。
カリステモンって、美しい雄しべって意味の、ギリシャ語とか。
 
フトモモ科ブラシノキ属って言われても、
類似の種(しゅ)が、日本に自生していませんから、ぴんと来ません。
フトモモ科って、銀梅花(ミルテ)や、ユーカリや、
 
 
昔は、「夫婦(みょうと)は一生、釜は五升(ごしょう)」などと、
言いましたけれど、
今は、同性愛やGIDの人でも、簡単にパートナーを取り替えます。
 
異性との性交渉を、生涯に渡って拒否して、生殖をしない人って、
特定の人と、仲良くやって行けずに、
決まったパートナーのいない人が、少なくありません。
 
統合失調症の人でも、生まれ育った親兄弟姉妹としか、
仲良くなれずに、友達って、いない人が多いの。
 
天涯、孤独。
身寄りがなくなると、自殺しかねません。
 
自分から、友達と絶交するように、枝葉を切り落として行きます。
一生、生殖を拒否するタイプの、GIDや同性愛の人に、
その傾向が、よく現れます。
 
夫婦は一生、釜は五升って、
ふつうの夫婦の約束は、一生もんが理想ですけれど、
オカマの約束は、五度、生まれ変わり、死に変わっても、
まだ、続いているくらいの、固い契(ちぎ)りですって意味。
 
御飯を焚くお釜は、五升炊きが、一番おいしく炊けるそうなの。
現代の家庭では、こんなに大きなお釜を使いませんけれど、
昔は、家族って、一升五合ぐらいなら、食べて仕舞える人数でした。
でも、お米のほうが、足りなかったかも。
配給制でしたから。
 
そうかと言って、軍隊では、
五升炊きのような小さなお釜を、使わなかったと思います。
昔の、青年男子は、軍隊に入ると、
思う存分、白い御飯を食べれるので、それが夢だったそうです。
 
五升炊きのお釜って、どこで使われたのかしら。
 
性転換って、健常な人と、一緒に暮らせるようになることは、
あまり期待できません。
どうせ、仲間内での、やりくりですから、舞台裏が見えています。
異性の見掛けに、成り済ます必要は、ありません。
 
思春期に、LHRHアゴニスト製剤や、性ホルモン製剤を使って、
どれほど、望みの性別に近い体になれるかを競うなんて、
実生活の需要がないのに、
仲間内の競争を、医師が煽り立てているようなものです。
新興宗教の中に、序列を作って、昇進試験をするようなものかしら。
オウム医療まる出し。
 
大昔からの、仏教やキリスト教も、そうですけれど…
 
GIDの仲間の人って、
性転換後の性別に、似ても似つかない体や心を、喜びます。
いわゆる埋没と言われる生活になってしまうと、
性転換した意味がありません。
だって、埋没しても、性器を見られれば、性転換が露見しますから、
健常な人は、GIDっていう精神障害者の連れ合いに、なりません。
 
どうせ、仲間内で賄(まかな)う性別でしたら、
埋没できない体や心のほうが、性転換の味わいが深い、
というものです。
それが、通(つう)ってもんなの。
 
埋没するのなら、最初から、性転換なんか、しなくてよろしい。
最近の性転換医療をやっている若い医師は、
どこまでアニメなのかしら。
 
うちは、性転換後の性別に、そっくりな人に、性転換をしましたので、
滓(かす)みたいな結果になってしまいました。
最初から性転換をしないのと、同じでないか、
というアニメな結果にね。
骨折り損の、くたびれ儲(もう)け。
 
テノール歌手でも、ウイーン少年合唱団みたいな、うぶな声って、
女の子みたいなボーイソプラノに聞こえるだけで、
味わいがありません。
性転換医療って、ゲテモノ医療ですから、
埋没を目指すぐらいなら、最初から、やめときなさい。 
うぶなお医者さんのほうが、考え違いをしています。
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

0コメント

  • 1000 / 1000