公園の、桂(かつら)の小枝を引っ張って、撮影しました。
枝先が下で、枝元が上ね。
もともと、心皮が一枚で、
お腹の側で、縦(たて)に裂(さ)けますので、袋果(たいか)です。
けっして、多心皮の朔果(さくか)が、熟(じゅく)した後に、
心皮の数だけ、細長く割れたものでありません。
細長いバナナみたいなのが、一つ一つの果実で、縦に割れるの。
それが幾つか集まって、房になっています。
心皮って、胚珠のつく所で、雌しべの根元の、袋状の子宮のような所。
胞子葉っていう配偶子のできる葉っぱが、丸まったものなの。
幾つもの袋が合わさっていることがあり、全体で子房って言います。
果実のもとが子房っていう子宮で、種子のもとが胚珠っていう赤ちゃん。
葉よりも、先に咲く春のお花は、花びらも萼(がく)もなく、
めしべやおしべが垂れ下がるだけの、裸花(らか)です。
ネグンドカエデ(とねりこばのかえで)や、房桜(ふさざくら)みたい。
お花のつきかたのことを、花序と言いますが、
カツラの花序は、枝から直接に出ているかのように、短く、
花の咲いている時期は、花序の根元の苞葉(ほうよう)に、
覆(おお)われていますので、
お花のかたまりが、束のように、垂れ下がって見えます。
果実の付きかたを見ても、距離が短縮されていると、
一ヶ所に、たくさんの実が付いているようにも、見えます。
来年の3月には、雌花だけでなく、雄花も解剖したくなるかもね。
調べると、総状花序、散形花序、散房花序、集散花序などと、
記述がまちまちです。
雌雄異株(しゆういしゅ)ですけれど、
雌株(めかぶ)の雌花は、満作(まんさく)のようで、
雄株(おかぶ)の雄花は、房桜(ふさざくら)のようです。
今は、まだ落葉中の木もあるかも。
GID(性同一性障害)の、心の性別や、性自認などは、
解離性障害の妄想に似ています。
性自認は、自分の性別の認識に過ぎないので、
妄想や強迫観念の類でない、と言う人がいるかも知れませんが、
GIDは、発症から10年間程度でしたら、
生まれつきの身体の性別を、認識する機能や能力に、
故障や低下はありません。
SRS(性転換手術)を受けた人の中には、
その後、手術前の生まれつきの身体の性別を、
認識できなくなる人もいますけれど、
今日の私のブログでは、話が厄介になるので、そのことに触れません。
精神科を初めて受診してから、GIDと診断されるまでの期間や、
SRSを受けるまでの期間などでしたら、
GIDの、身体の性別を認識する能力は、まず失われていません。
この人たちが性自認と言うのは、
身体の性別とは別途に、心の性別のことを、
自分の本当の性別であると、確信している、という意味です。
性自認と、心の性別とは、同じ意味です。
今日の私のブログでは、面倒ですので、
性自認と、心の性別の、どちらか一つだけしか、
書かないかも知れません。
GIDの性自認や、心の性別は、
解離性障害に多い妄想と、ほとんど同じですが、
解離性同一性障害のような、人格交代はありません。
解離性同一性障害は、多重人格のことですが、
うまく交代人格の中身を制御できない人は、
ジキル博士とハイド氏のように、
他人には、恐い結果になるかも知れません。
ヒステリーの主症状の一つですので、人殺しもあります。
御本人は、自分の気持ちが快適に自覚されるほうへ、
人格交代しているはずですが、
意図的と言えるほどには、自覚して交代できませんので、
無意識の人格交代では、見込み違いが多く、
若い子の解離性同一性障害の初期症状では、苦しくなるばかりで、
悪あがきのように、演技的に人格交代しているように見えることも、
少なくありません。
若い患者さんでは、交代人格のほとんどが、
生活経験のない、使いものにならない代物(しろもの)で、
思いつきのように、テレビやアニメや漫画のキャラクターなどを、
演技的に、即興的に真似ているだけのようにも、見えます。
GIDにも、解離性同一性障害のように、
人格の変容や、人格の交代らしきことの、起こる人もいますが、
記憶の交代が不十分で、人格交代とは言えません。
以前に使った人格が、再び現れた時に、
以前に使用されていた時の記憶を、継承しません。
GIDでは、嫌(いや)な記憶を、
一方的に忘れたり、変更したりする人が多く、
記憶の中身が変われば、
人格が変わったように見えるのは、あたりまえです。
うつ病の人が、電撃によって、一時的に気分が良くなるのも、
不快な記憶を忘れたことによりますが、
生活に必要な記憶まで忘れますので、
電撃は緊急避難的にしか使えません。
うつ病では、抗うつ剤が効くようになるまでの期間に、
自殺にこだわる人を、ベッドに磔(はりつ)けにしたり、
眠っているように意識を朦朧とさせて、
動けないようにしておかなければ、自殺してしまいますので、
お薬が効くようになるまでの間の、
繋(つな)ぎの意味で、電撃を使います。
嫌(いや)な事だけを、選択的に忘れられればいいのですが、
気持ちの良いことも、忘れてしまいますし、
どうせ、嫌な事の中には、
生活に必要な事も、たくさん混じっていますから、
嫌な事だけを、選択的に忘れたとしても、
生活に支障をきたすことは、避けられません。
解離性同一性障害の人格交代も、
嫌な事を避けるために、無意識に行なわれますけれど、
生活に必要な記憶も、別の記憶に交代してしまいます。
御本人に気持ちの良い記憶は、
他人に危害を加えた時の気持ち良さだったりするが、人間の常です。
嫌な人を攻撃して、やっつける時は、気持ちの良いものですが、
たいていは、自分の思い違いや短慮から、
素晴らしい人のことを、極悪非道の奴のように、思い込んでいます。
他人の人格を悪く思うのは、
人の心や生活の事情を配慮するだけの、余裕のない自分の心が原因です。
極悪非道の人殺しでも、生き物はみんな、自分に正直に生きています。
神戸の中学三年生の酒鬼薔薇君は、
自分を慕っている知的障害者を騙(だま)して、
給水塔の下に連れ出し、首を切り取り、校門に展示して、
犯行声明を新聞社に送りつけましたが、
知的障害者の父親は、医師でした。
人って、生き物らしく生きているだけでは、
人でありませんけれど、
人でなしにも、酒鬼薔薇君のような人もいれば、
お釈迦さんやキリストさんのような人もいます。
酒鬼薔薇君に殺された山下彩花さんや、
首を展示された知的障害者の子も、
死んでしまえば、人でなしには違いありません。
人であることがしんどい人は、
自分から拒否するようになります。
本人が苦しんでいれば、精神の病気と言われて、
許してもらえそうですけれど、
知的障害者でない本人が喜んでいれば、
死刑になるかも知れません。
脳味噌の機能に作用するお薬一つで、
人って、苦しんだり喜んだりします。
喜んで殺したり、苦しんで何もできずに、
座ったまま動かずに、じっとしているだけとかね。
麻薬やお酒も、脳に作用するお薬と、同じことですが、
喜びが欲しくて、お金がなくなると、苦しみ、
人を殺してでも、ぶつを手に入れて、喜びますが、
そのうちに、麻薬やお酒のせいで、
脳や身体を壊して、苦しみます。
お酒で肝臓を壊して、入院しておきながら、
死ぬ間際(まぎわ)まで、
自分は何も悪い事をしていないのに、
どうして、こんなに苦しまなければいけないのかと、
泣いていた人もいます。
飲む打つ買うに、暴力まで振るって、
奥さんを苦しめていたくせに。
うちの親戚すじです。
酒鬼薔薇君は、人格障害のようなものでしたけれど、
未成年でしたから、行為障害だったかしら。
あれは、妄想でありませんけれど、
統合失調症の妄想では、めったに人殺しにはなりません。
犯罪の被害者になるほうが、圧倒的に多いのですけれど、
統合失調症でも、GIDでも、人格障害でも、解離性障害でも、
御本人に苦しみの自覚がなく、喜んで自傷するのは、
どちらの方向に持って行くのが良いのか、悩みます。
身体の自傷を防ぐようにすると、御本人が苦しいと言います。
統合失調症でも、解離性障害のようなのが、妄想の大部分ですので、
一部の妄想が、御本人を深刻に苦しめていたとしても、
GIDの性自認と、根本的な違いはなく、自業自得かも知れません。
御本人は、脳味噌の言う通りにするしか、ありません。
生き物って、ウイルスや植物みたいに、
検品落ちであろうが、なかろうが、生(なま)ものの機械に徹するか、
高等動物みたいに、脳味噌に正直に生きるしかありません。
脳味噌を裏切れないので、自分に嘘をつけませんけれど、
他人に嘘をつくことが出来るので、人間は厄介なの。
発達したコミュニケーション能力のせいですから、自我機能のせいです。
最後まで、本人が苦しんでいると、
精神の病気と言われて、許してもらえるけれど、
たとえ、本人が苦しんでいても、それを解決するために、
他人を苦しめて、本人が喜ぶ結果になると、
許してもらえないかも知れません。
人格障害や、GIDや、解離性障害は、それですけれど、
統合失調症でも、そうなります。
統合失調症の症状だからと言って、全部が全部、
許してもらえる症状ばかりでなく、
長期間、治らない統合失調症の人って、
ほとんどが、解離性障害のように、許してもらえないような、
喜びを求める妄想の出し方になります。
でも、長期間、治らずにいると、認知障害がひどくなりますので、
そっちの意味で、許してもらえるかも知れません。
GIDも、長期間、治らない人は、認知障害が目立つようになります。
認知症は、疾患名の分類の中に入っていますけれど、
統合失調症の認知障害は、疾患名の分類の認知症と、また別で、
もっと広い範囲のことを言う心理学の用語です。
DSM(アメリカ精神医学会の精神疾患の分類法)の、
認知障害とも異なり、疾患名の分類単位ではありません。
精神科のお医者さんにも、
統合失調症に認知障害はないって言う人もいます。
たぶん、疾患名の分類の中の認知症と似たような意味で、
認知障害を使っていると思います。
知能の下がる症状は、全部、認知障害と言っていいかもね。
知能検査をすれば、簡単にわかりそうなものですけれど、
現実検討能力なんかは、知能検査に表れ難(にく)いの。
ベッドメーキングみたいな実行機能の低下は、簡単に検査できます。
棚の中の物を取り出してから、棚の中に整理整頓して収納する能力とか、
二桁と二桁の足し算を、暗算する能力とかね。
統合失調症で、よく低下します。
これ全部、認知機能ね。
GIDでも、長期間患っていると、落ちてきて、生活に支障をきたします。
統合失調症ですと、早い話が、妄想を見て、
この人は、病気が治っていないって、すぐにわかりますから、
観察や検査が不十分でも、
何才で、どれぐらいに認知機能が落ちるかって、相場を適用すると、
現在の症状は、だいたいの見当がつきます。
GIDでも、そうなの。
認知障害の相場があります。
いつまでも、心の性別を信奉しないほうが、いいと思います。
治るって、GIDの場合は、身体の性別がどちらであろうとも、
心は、身体の現実に適応できるっていう気持ちになると、
治癒ね。
身体の手術の後遺症や、
生殖機能や、性ホルモン分泌機能や、
骨粗鬆症や、糖尿病や、体毛や皮膚の厚みのことなどの、
身体の現実の評価が難しく、
変更された戸籍の性別のことなんかで、
将来の見通しを立て難いのですけれど、
治癒すれば、合理的に客観的に検討する能力を回復します。
元々の身体の性別に戻る人もいますし、
性転換後の性別で行く人もいます。
望みの性別を真似(まね)することに、
必死になっている自分が、惨(みじ)めに見えて来たとか、
一生懸命、性転換後の性別や、
その性別社会に適応しようとするのが、
嫌になって来たとか、しんどいとかって、
自分から言い出しますので、
治癒傾向に転じたって、すぐにわかります。
GIDの仲間内同士で、裏話を楽しむように、、
広く健常な人と、リラックスして会話したい、
と言う人もいます。
GIDという看板や暖簾(のれん)を下ろして、
ゆっくりしたいそうです。
発症した時は、心の性別の通りに、正直に生きるのが、
リラックスして、ゆっくりすることと言っていたのに…
GIDの仲間社会って、精神障害者の動物園に見えるって、
言う人もいます。
発症した時は、性転換は病気でなく、自由な生き方と、
言っていました。
いつまでも、そう言い続けている人は、
たいてい、GIDに特徴的な症状が、希薄になるとともに、
他の精神障害の症状が、目立って来ますから、
精神の病気がこじれて、悪化したと、言うべきかも。
治る人と、治らない人は、だいたい半々です。
治癒傾向に転じてから、社会生活や心の後始末や、
後遺症を収拾する見通しがつくまで、数年かかります。
その間に、自責感や社会復帰の難しさから、
自殺する人が増えますので、
客観的な情報を提供して、
人生の再出発を、精神的に支えてあげます。
解離性障害でも、離人症のようなのですと、GIDにも、結構多いみたい。
御本人は性転換したいと悩みますから、GIDに違いありませんが、
望みの性別に、猪突(ちょとつ)猛進で突っ走らずに、
いま、性転換をしないと、時機を失い、
将来、後悔するかも知れないって言います。
どうせ、性転換するなら、若いときのほうがいいって、
御本人は言っているのに、躊躇(ちゅうちょ)しています。
このまま、心の性別と身体の性別の違和感を、
持ち続けるのがいいのかと、御本人は迷っていますけれど、
その違和感って、なんとなく離人症に近い感じで、
ロボットみたいに、血の気(け)の通わない物になっているのを、
心の性別を信じることによって、必死に色気づけている感じ。
アセクシャルや無性欲って言い出したり、
憂鬱だ、人生が鉛(なまり)色だとかって、言い出すかもね。
映画の記憶喪失って感じの、
解離性遁走みたいな、思い切りの良さもないし、
解離性同一性障害みたいな、人格交代もありません。
解離性障害から除外されていますけれど、
恐山(おそれやま)のイタコさんみたいなのも、
宗教でなければ、解離性障害かもね。
御本人は受診するわけがありませんから、
苦しくないものを、解離性障害って言うのも変ですけれど、
宗教として、保護されていなければ、
社会的に差別されて、苦しくなると思います。
イタコさん個人は、宗教を経営していないと思いますけれど、
宇曽利(うそり)っていうカルデラ湖のある外輪山全体を、
恐(おれそ)山と言い、曹洞宗のお寺の境内に、
イタコマチっていわれる広場があり、
たくさんのイタコさんが、露店みたいにテントを並べて、
3000円で口寄せをしていますので、宗教みたい。
でも、イカ焼きやタコ焼きの露店が、境内にあるのは、宗教かしら。
憲法に、信教の自由って明記されていますので、定義のようなものです。
マインドコントロールや精神の病気で、ありません。
自由な意志に決まっていますので、責任を問われます。
イタコさんは、イカやタコでなく、
お釈迦さんのように、自由意志ですから、解離性障害でありません。
統合失調症の人が、自宅に他人が侵入したと言い、
110番します。
妄想ですから、事実でありませんけれど、
御本人は、侵入者に殺されると感じて、震えていました。
警察官が来たので、少し、安心できましたが、
何もないのに、110番してはいけないと、
家の人に、ひどく怒られました。
後日、患者さんは、お金や預金通帳を盗られたと言い、
110番しました。
事実がありませんので、警察に怒られました。
すると、数日後の真夜中に、
今度は、不審者が家に侵入するのを見たと、
通りすがりの通行人に成り済まして、
携帯電話から110番をしました。
警察官が来て、家の中を調べましたが、何もありません。
患者さんは、家の人に、きつく怒られましたが、
本人は、電話を掛けていないと、否定します。
でも、これからは、絶対に警察に電話をしないと、
家族の人は、本人に約束をさせました。
ある日、家族の人は夜中に帰宅して、
眠らないでいる患者さんに、
警察に電話をしていないかと、何度も確認しました。
本人は、電話をしていないと、正直に答えます。
統合失調症の患者さんは、夜が恐く、
一人で留守番をしていると、眠られずに怯(おび)えます。
家の内側から、鍵を掛けて、
睡眠剤をたくさん飲んで、眠ってしまいますので、
外出中の家族は、締め出されるかも知れません。
警察に電話を掛けていないと、御本人は家族に答えてから、
外出して、通行人のように、
公衆電話から、110番をしました。
不審者が、そこのマンションに侵入した後、
ベランダを伝って、隣りに渡り、さらに隣りにも侵入したと。
警察が来て、マンションの本人の自宅を調べました。
本人は、両隣も自分の所有なので、調べて欲しいと、
警察に訴えました。
両隣の家の中も、調べましたが、本人の所有でありません。
本人は怒られましたが、
自分は絶対に電話を掛けていないと言います。
統合失調症の妄想の一例です。
最初の110番は、
正体不明の侵入者によって、本当に自分が殺されると思い、
怯(おび)えきっていましたが、
あとの電話は、怒られたことに対する腹癒(はらい)せや、
仕返しのようにも見え、
自分は110番していないとの主張が、
嘘偽(うそいつわ)りでないことを証明するために、
通行人の目撃談のように、演技したのかも知れません。
御本人が否定しますので、真意はわかりませんが、
最初の妄想は、たぶん、被害妄想です。
妄想の内容を確信して、警察に被害を訴え、
すぐに来てくれるように110番するのは、
基本的に、GIDのカミングアウトと同じ気持ちですが、
GIDの性自認の場合は、被害妄想でなく、
妄想と言えるかも、議論があります。
あとの電話は、妄想でなく、作り話かも知れませんが、
妄想とする人も、少なくありません。
妄想であろうが、作話(さくわ)であろうが、
御本人には、自覚がありませんので、同じことですが…
解離性障害には、あとの110番のような妄想が多く、
御本人は、正真正銘、嘘偽りのない事を訴えたとしか、
自覚していません。
やはり、自分から人に訴えざるを得ない気持ちになりますので、
広くカミングアウトと言います。
自分の心に、絶対に正直である、という自覚を、
実行せざるを得なくなります。
他人を騙(だま)すのも、自分の記憶に残らないのも、
自分の心に正直です。
カミングアウトって、自分から社会生活を退いて、羽目をはずすと、
気持ちが楽になり、羽根のように軽くなり、浮き浮きして、
人に吹聴せずには、いられなくなるってことなの。
統合失調症の人も、つき合っていない親戚にまで、
電話を掛けまくります。
お友達との交際も、自分から断ち、
引きこもって、苦しんだ挙句(あげく)に、
エイッと、社会生活を拒否して、羽目をはずしてしまうと、
気持ちが楽になって、みんなに言い触らしたくなります。
統合失調症の人でしたら、被害妄想の内容を確信して、
みんなに言い触らして、
みんなも、自分の気持ちに賛成して、行動するように、
勧めたり、訴えたり、要求したりして、電話を掛けるの。
支離滅裂になっていますから、
いっぺんに、精神病と知られてしまいます。
これで、万事休すね。
入院して、お薬を飲んで治っても、
いつまでも、一生、みんなに精神病として扱われて、差別されますから、
なかなか、精神障害の歪んだ世界から、足を抜けられなくなります。
GID(性同一性障害)も同じなの。
社会生活が苦しくなると、溜まり溜まった苦しさが耐えられずに、
エイッとばかりに、異性装をして、羽目をはずしてしまいます。
急に、性的に気持ちよくなって、心が浮き浮きしてきますから、
みんなに、この気持ちを言わずには、いられません。
カミングアウトって言います。
GIDの人って、小学校や中学校の同級生に電話を掛けて、
自分の心は、ほんとうは身体の性別と違う性別だった、
今まで、我慢していたけれど、今度、性転換しましたって、
お知らせします。
たいていは、初恋の人なのよ。
生まれつきの身体の性別に対する、普通の異性ね。
わたしの世代の人でしたら、
初恋の人に、手紙をしたためることもあります。
同性愛の趣味のある人でしたら、
気持ちが楽になると、たいてい性的マイノリティのグループを作ります。
自分が性転換したので、親分になって社会運動をするのが、
嬉しくてたまらないの。
1970年頃から、わたしの見てきたGIDの人って、みんな、そうですよ。
性的に羽目を外して、社会生活から退くと、
嬉しくなって、健常な人に性転換を言い触らして、
自分達の仲間を作りたくなるの。
社会生活から退かない人は、SRS(性転換手術)を受けたあとからでも、
せっかく職場の人が、性転換を許容してくれているのに、
辞表を出して、お仕事をやめて、気持ちを楽にしてしまいます。
嬉しくなるのは、社会生活の羽目をはずして、
性的快楽に浸っただけでなく、
マスコミやGIDの運動が、性転換を良いものとして、
吹聴してくれるのだから、これはうれしくて、たまりません。
社会生活が苦しくなった精神の病気の人には、当たり前なの。
性転換医療が、このやりかたで、精神の病気を治せるのなら、
生殖機能を犠牲にしても、投資の価値があるかも知れません。
でも、一時的な麻薬と同じですから、
抗精神病薬や抗うつ薬や抗不安剤と、基本的には同じ対症療法です。
お薬の代わりに、自前の脳内麻薬を出すように、
本人の気持ちを、よいしょして、
社会の人の流行感覚を唆(そその)します。
気持ちよくなっている間に、治癒してもらわないと、
いつまでも気持ち良くなっていると、
認知障害がひどくなってくるのは、あたりまえなの。
統合失調症もGIDも、似たような経過です。
解離性同一性障害の初期症状では、
聞いたふうなことを言うキャラクターばかりが、
ころころと、テレビのチャンネルのように、切り替わります。
どのキャラクターも、アニメやゲームの登場人物などの、
他人の作った商業用の、模造のキャラクターの真似(まね)ですので、
実生活の経験がなく、幼稚ですけれど、
御本人の記憶は、ちゃんと交代しています。
ほとんどのキャラクターは、使い捨てのように、
二度と使用されませんが、
使い勝手の良いキャラクターは、何度も使用されます。
そのたびに、前回に使用された時の記憶を受け継ぎますので、
確かに、解離性同一性障害と言われる多重人格です。
頻繁に使われる人格は、実生活を経験しますので、
日常の出来事も、記憶に蓄積されます。
だんだんと、よく使われる人格だけが、生活経験の記憶を伴い、
長時間、持続するようになりますので、
交代する人格の数が減ります。
心理療法では、臨床心理士による治療の成果のように言われますが、
放置されていても、ある程度の期間が過ぎれば、
自然に交代人格の数が減少して、
実用的な人格だけが、日常の生活経験の記憶を積んで行きます。
最終的に一つの人格に纏(まと)まれば、
解離性同一性障害としては、治癒したことになりますが、
他の精神障害の現れてくる可能性が、少なくありません。
もぐら叩きのようなもので、こっちを叩けば、あっちに顔を出します。
GIDでも、約半数の人は、GIDの症状が目立たなくなると、
他の精神障害が、生活に支障をきたすようになります。
解離性同一性障害の人は、よく被害を警察に訴えますが、
自作自演のように、不審な点が多く、警察に怒られます。
統合失調症ですと、
他の妄想や、支離滅裂な思考や言葉が目立ちますので、
怒られるよりも、庇護される感じになりますが、
解離性同一性障害では、強く窘(たしな)められます。
御本人は渋々、被害届を取り下げて、帰宅しますが、
警察に差別されたと、友達に怒りをぶちまけたりします。
それでも、解離性障害と診断されていたからこそ、
許してもらえたのに…
健常でしたら、嘘の申告をすれば、
逮捕されることもあります。
解離性障害では、嘘の自覚がありません。
自分の心に正直ですので、
嘘偽りのない気持ちや記憶であると、
御本人は必死で訴えます。
冤罪を訴える被告人にも、
この気持ちの人が、少なくないかも知れません。
御本人が、自分に正直なのは、その通りなのですが…
それが病気です。
自分の心に正直であっては、いけません。
心の外側の、他人に通じる客観的事実に、正直であってください。
自分の心を、客観的事実のように、他人に伝えてはいけません。
自分の気持ちに正直であるのと、
客観的事実の通りであるのと、他人に嘘をつくのとは、
違いますけれど、精神の病気の人には、識別できません。
全部一律に、
自分の脳味噌の命ずるままに行動して、発言して、思考しますので、
区別のつくはずがありません。
GID(性同一性障害)の人の、心の性別や性自認も、それです。
解離性障害の妄想と同じか、
あるいは、自分から控訴や上告を断念して、
有罪の確定判決に服したのに、
冤罪を訴える人の気持ちと同じと言えば、大きくは違っていません。
GIDの場合は、ヒステリーのカミングアウトですけれど。
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