最後の紅葉 301 性分化疾患と性自認

これが今年の紅葉の終わりと思います。
イロハモミジかしら。
 
紅葉もさることながら、午後4時頃でしたら、
すでに黄昏(たそが)れていますので、
 
 
健常な性自認って、ありません、と書いたので、
文句が出ているそうです。
 
Wikipedia(ウィキペディア) の性自認の項目を読めば、
GIDの人の、精神の病気が、わかるかも知れません。
ただし、あの内容だけでは、精神の病気と断定できません。
GID(性同一性障害)の人に共通の精神症状を合わせると、
あの項目の内容は、全部、精神の病気の症状と言えます。
 
一つだけでは、なかなか、病気と言えません。
他の症状と合わせて、ワンセットにすると、病気と判断できます。
 
アイヌの地名には、崖とか、湿地とか、滝とか、湖とか、
川の湾曲部とか、川の合流点とか、
その土地の状態を表す言葉があります。
 
日本の田舎の、辺鄙(へんぴ)な地名が、
アイヌの言葉と同じだったとしても、
日本語も、アイヌ語も、たくさんの単語がありますから、
偶然に、アイヌの言葉のような地名がついていることもあります。
一つだけでは、なかなか、
アイヌの地名の名残(なごり)と判断できません。 
 
でも、一つの川添いの、幾つもの集落に、
アイヌ語の川沿いの地形を表す言葉が、
ぞろぞろと、ワンセットで出てくると、
アイヌの地名でないかと、強く疑われます。
 
日本海側では、石川県あたりまで、川添いの地名と、地形の現況が、
アイヌ語の意味に、ぴったりと一致するように、
ワンセットのシリーズで残っていて、
アイヌ人が暮らしていたと、推測できるそうです。
 
ウィキペディアの性自認の項目も、
筆者の人たちに、GID(性同一性障害)の症状が出ているとするなら、
記事全体の内容が、GIDの精神症状と言えます。
 
GIDの精神症状には、GIDに特徴的な症状のほかに、
他の精神障害にも共通の症状が、たくさんありますので、
筆者の人たちが、同性愛を嗜(たしな)み、
子供がいないのに、生殖を拒否して、
カミングアウトをする精神症状をきたしていましたら、
記事の内容は、必ずしもGIDの精神症状でなく、
他の精神障害の精神症状かも知れません。
 
     わたしは、性分化疾患の人たちに、
     SRS(性別再判定手術)による治療を行なっていました。
     患者さんには、体の病気についての、
     医学的な治療法や予後などを説明した上で、
     SRSを受けて、戸籍の性別を訂正することも可能であると、
     教えてあげます。
 
     性分化疾患の患者さんは、体の病気の事情から、
     男女の識別の困難な、性器の形状になっていることがあり、
     自分が男なのか、女なのか、悩みます。
 
     健常な人が、患者さんの気持ちを想像しても、
     十分に共感可能な悩みです。
     体の形が、男女判別困難ですから、
     男か女か、悩むのは当然です。
     生活に困り、周囲の人からも、怪訝な目で見られて、
     差別されているかも知れません。
     誰でも、悩んで苦しむのが、当たり前です。
 
     けっして、GID(性同一性障害)の、
     心の性別や性自認のように、
     一般の人の共感を、断固、拒絶するかのような、
     神秘的とも言えるヒステリーの、
     理解不能な直観ではありません。
 
     このままにしておくと、今後、この体がどう推移するのか、
     世間の差別が激しくなりはしないか、
     戸籍の性別のままで、暮らして行けるかを、
     合理的に客観的に見積もります。
     どのような治療をすれば、どのようになるかを、
     お医者さんは医学的に説明して、
     これまでの御本人の気持ちや生活を、教えてもらいます。
 
     患者さんに、どちらの性別で暮らしたいかを、尋ねます。
     自分の心を、どちらの性別と思って来たかを、尋ねます。
     いつ頃から、今の戸籍の性別に、心が馴染むようになったのか、
     いつ頃から、疑問を持つようになったのか、
     それは、体や性器の形の事情に、疑問を持ったからか、
     それとも、両親や他人に言われたからか、
     それとも、両親や他人の言葉に、
     釈然としない点があったからか、
     それとも、御自分の生理や性欲などに、
     疑問を持ったからか、などと、
     いろいろと、御本人の気持ちと生活を、教えてもらいます。
 
     御本人の気持ちと、希望と、
     治療による体の成り行きと、社会生活などを、
     円滑に整合させる必要があるからです。
     患者さんが苦しまずに、最善の道を選べるように、
     コーディネーターに徹して、
     患者さんに客観的な知識を提供します。
 
     誰だって、体の事情が、男女判別困難なら、悩みます。
     それが健常です。
     性器の形状が、男らしく見えるように手術をするのは、
     技術的に困難なことが、少なくありません。
     女に見えるように変更するほうが、
     性器の外科手術は楽かも知れませんが、
     着衣の見掛けは、男に見えるように変更するほうが、
     容易かも知れません。
     
     御本人が女の戸籍で育っているのでしたら、
     女の生活の事情に通じていても、
     男の事情は、少しも知りません。
     男として、やって行けるのか、御本人は不安です。
 
     たとえば、女なのに膣がないのはおかしいと、
     御自分で、はっきりと気づくのは、思春期です。
     ペニスを作るのは、技術的に困難ですし、
     女として育てられていますので、
     男として暮らして行ける自信がありません。
     心は活発で、男まさりと、人から言われていますし、
     顔や体型を、男と言われたことも、少なくありません。
     それでも、不安です。
     
     自分は男なのか、女なのか、悩んでしまうのが、普通です。
     性自認がどうのこうのと、
     抽象的な心を、大上段に振り上げる人は、
     精神の病気を併発していなければ、
     性分化疾患の人には、いません。
     自分の心は、戸籍の性別と違うと、
     はっきりと確信する人も、まず、いません。
 
     心の性別や性自認という言葉に、
     GIDのようにこだわる人がいれば、
     精神の病気を併発している可能性が高く、
     治療方針が大きく変わって来ます。
      
     心の性別や性自認を確信している、と言う人がいても、
     こう生きるべきだ、こう主張すべきだ、
     こちらの性別で生きるほうが良いと、
     御本人が考えた結果を、
     心の性別や性自認を確信している、という言葉を使って、
     表現しているだけかも知れません。
 
     病気を明らかに教えなかった御両親に対する反抗や、
     医療政策に対する反発からも、
     自分はこれこれの性別を確信していると、
     性分化疾患の患者さんは、よく言います。
     言葉の綾(あや)に、惑わされてはいけません。
 
     合理的で客観的な認識や思考ができなくなっていれば、
     性分化疾患でも、精神科の患者さんかも知れません。
     心の性別や性自認は、精神状態を知る目安の一つになります。
 
     正直なところは、みんな、迷うのが普通です。
     悩むのが当たり前です。
     けっして、性自認などと言われるような、
     神秘的な直観を恃(たの)んだ心の突っ張りでは、
     性分化疾患は解決しません。
 
     自分の体を見れば、男か女か、迷います。
     その通りに、気持ちも迷います。
     戸籍の性別は、事務的に男女を二分しますから、
     割り切れない気持ちが、取り残されます。
 
     戸籍の性別で育てられた事情から、
     どちらか一方の性別に、馴染んで来た経験があります。
     その経験が気持ち良ければ、未練が残りますし、
     虐(いじ)められて、笑われて、不快な経験でしたら、
     嫌気(いやけ)がさして、性別を変更したいと、
     望むかも知れません。
     反対の性別に、馴染んで来た経験がありませんので、
     夢や恐れを、抱(いだ)いているかも知れません。
 
     具体的に現実的に、切々と苦しむ日々です。
     体の見掛けや声などを差別されて、
     悶々と過ごしてきた人も、少なくありません。
     性自認という神秘的な直感や抽象概念のために、悩んだことは、
     健常な精神でしたら一度もないはずです。
 
     何人もの人に、SRS(性別再判定手術)や、
     戸籍の性別訂正に向けた治療を説明しても、
     実際に手術を受けて、性別を訂正した性分化疾患の人は、
     ごくわずかです。
     SRSでない形成外科の手術は、
     性分化疾患では、珍しくありませんが、
     SRSを受ける人は、もしかしたら、
     GIDと同じ精神の病気を、併発しているかも知れません。
 
     一部の人は、GIDと異なる先天的な精神障害を、
     併発していますが、
     その他の人は、差別や苦悩による二次的な精神症状が、
     GIDに酷似します。
     
     健常な精神でしたら、性分化疾患の人は、
     体の性別が不確実さの通りに、心も悩みます。
     体の性別の不確実さに影響されずに、
     超越的に独立して存在する心の性別や性自認などは、
     全くありません。
     それがあれば、精神の病気を疑います。
 
     全く無いにもかかわらず、
     性分化疾患の人は、性別や、性別の心のことで、悩みます。
     戸籍の性別と反対の性別を選んだとしても、
     心の性別や性自認という抽象的で神秘的な直観は、
     健常な精神の性分化疾患の人には、全くありません。
 
     心の性別なる抽象的直観と、体の性別とが、
     一致しないから悩むのでなく、
     体の性別が判然としないから、悩みます。
     日常生活の具体的な困難や差別から、悩みます。
 
     ある人は、戸籍の性別が女性なのに、
     女風呂に入れない体です。
     つい最近まで、お風呂のある家に入居できないほど、
     貧乏でした。
     戸籍が女性なのに、着衣の見掛けが男性でしたから、
     雇ってもらえませんでした。
     それでも、SRSを受けることや、
     戸籍の性別を訂正することなどは、
     躊躇(ちゅうちょ)しました。
 
     性自認などの、抽象的な直観を振り上げて、
     心の悩みを訴える人でしたら、
     SRSに待ったをかけられるかも知れません。
     
     御本人の性別の希望や、
     自分のことを、どちらの性別と思って来たかを、
     お医者さんは、大切にします。
     二つが、ほとんど同じ意味でなければ、
     精神の病気を併発している可能性が高く、
     性別を訂正するためのSRS(性別再判定手術)を受けても、
     心がうまく適応できないかも知れません。
 
     自分の体や病気の事情を知れば、
     どちらの性別と思って暮らしてきたかと問われても、
     悩みながら暮らして来たと答える人が、ほとんどです。
     知らないうちは、戸籍の性別の通りと思っています。
     体や病気の事情を知らないのに、
     戸籍の性別と違う性別と思っていた人は、まず、いません。
     まれに、自分は何も知らないのに、他人が知っていて、
     性別を揶揄されて、理由もわからずに苦しんだ人がいます。
 
性分化疾患でないにもかかわらず、
体の性別の通りの着衣でありながら、
着衣の体の見掛けが、異性に酷似している人がいて、
たいへん差別されて、虐待されていました。
そのために、自分の性別に不快感を持ち、
性転換したいと訴える人がいました。
 
そういう人たちも、
性自認や心の性別などという直観的なものを訴えたことは、
一度もありませんでした。
その人たちは、現在で言うGIDですが、
性分化疾患であろうが、GIDであろうが、
性自認や心の性別などを理由にした神秘的な性転換は、
わたしの行なった治療では、一人もありませんでした。
 
全員、目で見て手で触って、
具体的に知ることのできる体の現実的な理由から、性転換しました。
性分化疾患では、御本人の体の病気が原因でしたし、
わたしの治療したGIDでは、
周囲の人の偏見のせいで、異性に似た体の見掛けを差別虐待されて、
御本人が性転換を望む羽目(はめ)になりました。
 
体が異性に似ていると、虐(いじ)められます。
生きて行けないと訴えて、患者さんは性転換しましたが、
虐められて苦しんだことから、精神に異常をきたして、
体や脳の機能にも、異常をきたすようになっていました。
 
ウィキペディアの性自認の項目を見れば、わかるように、
性分化疾患の、現実的で具体的な体の病気から来る悩みや苦しみが、
性自認と現実との違いによって起こるかのように書かれています。
GIDの患者さんの、精神の病気の症状が、このような曲解を招きます。
一部の性分化疾患の人は、精神の病気を併発して、
GIDに酷似の精神症状をきたしています。
 
精神の健常な性分化疾患の患者さんは、体の事情に苦しんでいます。
体が、男女判別困難な状況ですので、悩んで苦しむのは、当たり前です。
病気の体なら、だれでも、苦悩に満ちた精神状態になります。
体が男女判別困難なので、心が悩むのは、現在の文化では当然です。
体のことから、自分は男なのか、女なのか、心が悩みます。
体のことから、生活の差別や困難をきたします。
GIDのいう性自認の精神症状とは、まったく異なります。
 
ウィキペディアの記述では、体の病気の事情にかかわらず、
ちっとも揺らぐことのない確信に満ちた心の性別というのが、
あることになっています。
GIDという精神の病気の人は、それを性自認と言いますが、
そんな確信は、性分化疾患の患者さんのうちの、
精神の健常な人には、まったくありません。
GIDの捏造です。
 
性分化疾患の人は、誰でも悩みますけれど、
永遠に悩み続けて、何も行動をしないわけには行きませんので、
いつも暫定的に、仮の結論を出して、試行錯誤します。
うまく行けば、これで良かったと、
自分の判断に自信を持てるようになります。
うまく行かなければ、別のことをやってみます。
うまく行くまで、悩み続けて、確信を持てません。
 
性分化疾患の人にも、精神の病気の人がいます。
たぶん、全人口の5%ぐらいの人は、
生涯に渡る慢性的な精神の病気ですけれど、
性分化疾患では、それよりも高い比率で、
生涯、精神の病気に苦しむかも知れません。
一部の人は、先天的な精神障害であり、性分化疾患と関係しています。
一部の人は、体の事情による差別や苦悩から来る二次的な精神障害です。
両方の人もいます。
 
精神の病気を併発している性分化疾患の人が、
一般の精神の病気の人と同じように、
性自認のような、神秘的な直観に頼ったとしても、
何ら不思議でありません。
 
事実、GIDの患者さんには、性分化疾患の人が混じっています。
その人たちは、性自認を確信しています。
 
性分化疾患の大部分の人は、
御自分の性別を、男女どちらと思っているかと、尋ねられても、
絶対にこちらと、確信したものを答えられません。
何を根拠に、男女のどちらの心と思えば良いのかと、悩みます。
体の事情の通りに、心も悩みます。
 
健常な人が、性分化疾患の人の心を思いやっても、
悩むのが、当たり前のように見えます。
体の性別が、判然としないのですから、悩んで当然と共感します。
性別の不確かな体の事情や、周囲の差別や生活の困難が、
悩みの原因です。
確固たる性自認などは、ありません。
 
GIDの人たちは、体の性別に、何の病気もありません。
体の性別は、はっきりとしています。
どうして、性分化疾患の人の、悩ましい体と同じと言うのかしら。
性自認が体の性別と一致しない、と言います。
性分化疾患の例をあげて、正当化しようとします。
 
性分化疾患の人が性別で悩むのなら、
性自認を共通項にして、
GIDの人が性別で悩むのも、当然であるかのように、
ウィキペディアは記述していますが、
思春期未満の知能まで退行している、と言う人もいます。
 
性分化疾患は、体の病気。
そのせいで、心が悩みます。
GIDは、精神の病気です。
そのせいで、健康な体の破壊を、強く望みます。
 
性分化疾患の人でも、精神の病気を併発している人は、
GIDと同じように、体の破壊を望むかも知れません。
 
知能検査で測られるGIDの知能は、おそらく正常ですが、
現実検討能力が低下していると言いわれています。
4~10才ぐらいまで低下している、と言う人もいます。
 
     今で言うGIDの人に、性分化疾患のことを教えたのは、
     わたしの前任者でした。
     彼女は、1970年代後半に、半年間ぐらい、
     当時の半陰陽に関する知識を、
     インターセックスの言葉とともに、
     MtFのTV(トランスベスティズム)の人たちに教えましたが、
     すぐにやめました。
 
     当時のTVの人たちは、半陰陽のことを何も知りませんでした。
     自分のことを、子供の頃から女の子と思っていたと、
     自称していたにもかかわらず、
     思春期から青年期の女性が読むような、
     生理や結婚や妊娠や育児などの本を、
     まったく読んでいませんでした。
 
     そのような本には、戦前から一貫して、
     半陰陽の存在が紹介されていました。
     半陰陽の赤ちゃんが、必ず一定の割合で生まれて来ますから、
     女の子に教えて、予備知識を持たせておかないと、
     実際に半陰陽の赤ちゃんを授かった時に、
     狼狽(ろうばい)して、
     必要以上に精神的に苦しんでしまいます。
 
     でも、TVの人たちには、
     半陰陽の知識も、結婚や妊娠や育児の知識も、
     まったくありませんでした。
     子供の頃から、自分の心は女の子と思っていながら、
     衣服は、女物の下着を身につけるくせに、
     知識はなく、生活は男性でした。
 
     TV(トランスベスティズム)の人たちは、
     今でいうGIDのことを、紳士の社交と言っていましたが、
     後に、大部分のTVの人が、エストロゲン剤を使用して、
     女装でのフルタイムの生活やお仕事を望むようになり、
     TG(トランスジェンダー)と自称するようになりました。
     性自認を叫ぶようになったのは、この頃からです。
     1980年代前半でした。
 
     TVの人たちに、半陰陽のことを、
     インターセックスとして教えると、
     たちまち、世間の人に、自分たちのことを、
     インターセックスと偽るようになり、
     体は男だが、心は女であることを、
     正当化しようとするようになりました。
     わたしの前任者は、
     インターセックスという言葉も、半陰陽の知識も、
     TV(トランスベスティズム)の人たちに教えることを、
     ただちにやめたそうです。
 
     彼女は、後々までも後悔して、反省していました。
     今で言うGIDの人たちは、人が知らないのをいいことに、
     人を騙(だま)して、楽をして生きようとしますので、
     医学知識を教えてはいけないと。
 
     でも、社会全体から見ると、
     GIDの人たちは、痴呆老人のように、
     いい鴨(かも)にされている立場です。
     この人たちにたかって、いい目をしているのは、
     マスコミや、一部の学者や医師や弁護士かも知れません。
 
     法律を作って、GIDの人たちを保護してあげれば、
     右から左に、税金がGIDを素通りして、
     マスコミや学者や医師や弁護士の懐(ふところ)を
     潤(うるお)せば、一番良いのでしょうが…
     素通りをせずに、GIDにお金が落ちても、
     一向に差し支えありませんが、
     最終的に、マスコミや学者や医師や弁護士などに、
     お金が転がり込まなければ、商売になりません。
 
     中曽根という総理大臣が推奨したように、
     内需拡大になっていいかもね。
     お陰でバブルになり、20年間も不況が続いていますが。
 
     埼玉が性転換医療を公然化してくれたので、
     うちでは、性転換医療から、手を退くことが出来ました。
     新しく性転換に参入する医師にとっては、
     性転換の公然化は、
     医師が逮捕されないようにするための、免罪符でしたが、
     以前から非公然の性転換を行なっていた医師にとっても、
     性転換から足を洗う契機になりましたので、
     有り難いものでした。
 
     その後、体が異性に似ているために、差別されている人を、
     しばらく手元に留め置いていましたが、
     ほぼ全員、治癒しましたので、
     今では、治癒した人と、お友達として、
     おつき合いを続けているだけです。
 
     性分化疾患のSRS(性別再判定手術)は、
     今でも行なっていますが、
     GIDを併発して、性自認を訴える患者さんの治療は、
     行なっていません。
     差別されて精神障害をきたした人や、
     生まれつきの精神障害の人を診ています。
 
     埼玉以後のGIDの予後に、注目していました。
     治癒が遅れるきらいがありますが、
     だいたい同じ傾向ですので、安心しています。
     治る人は、ひとりでに治り、
     治らない人は、他の精神症状が目立つようになり、
     GIDに特徴的な症状が希薄になります。
     治らない人は、痴呆に向かい、
     一部の人は統合失調症と診断されます。
 
     ごく一部の人は、いつまでもGIDの仲間内の社会に居残り、
     GIDであることを売り物にして、生計の糧としますが、
     実際に儲けている人は、
     芸能人や水商売の人だけかも知れません。
     御両親の残してくれたお金があり、食べるに不自由しない人は、
     道楽をして、何もしない人生を過ごします。
     道楽の一つが、性転換であるに過ぎません。
 
     お金がないのに、道楽をしようとした人は、
     GIDを口実にした後に、他の精神の病気に逃げて、
     最後は痴呆に嵌(は)まるかもね。
     自律神経失調症や、虚弱体質やらと言って、
     引きこもる人が、一番多いのですが。
     新聞社の人や、学者や医師や弁護士などが、
     殺されないように、祈っています。
 
     わたしは、大昔からの半陰陽の治療を、
     引き継いだ結果になりましたが、
     高度経済成長のお陰で、日本人が豊かになり、
     お金を出して、医療を受けることができるようになりました。
     結核やハンセン病などの、
     いわゆる業病(ごうびょう)に対する宗教的な迷信が、
     なくなる時代でしたので、
     半陰陽の治療についても、合理的な医学的判断と、
     精神科による手当を勧めて、
     信仰による性転換を排除しました。
     
     宗教的に、半陰陽が優遇されていましたので、
     健常な体の人が、わざわざ性器の外科手術を受けて、
     半陰陽になる現実がありました。
     それを廃止しました。
 
     性分化疾患の人のSRS(性別再判定手術)と、
     体が異性に似ているために、差別虐待されて、
     精神的に異常をきたして、
     SRS(性転換手術)を受けたいと望む人や、
     性欲が無いと言い、高い蓋然性で自殺する人などに、
     性転換による治療を行なっていましたが、
     徐々に、性転換を減らして、
     心理療法による治療に、代えて行きました。
 
     現在は、性分化疾患の人の治療も、
     GIDの精神症状が現れていれば、SRSを控えています。
     精神の病気に対しては、一切、性転換治療を行ないません。
     ここまで漕ぎ着けるのに、40年かかりました。
     今は、性転換医療そのものよりも、
     お友達として、おつき合いを続けている人たちの、
     戸籍に纏(まつ)わる事情のほうが、気になります。
 
     形成外科や内分泌科や産婦人科や泌尿器科などでしたら、
     体の予後のほうが、気になるかも知れません。
     精神科は、治癒した人が再発しないように、用心しています。
     治らなかった人は、一般の精神科の患者さんと同じですが、
     身体治療の後遺症を抱えることになった人には、
     申し訳ないと思っています。
     反省しています。
 
     実際には、治らなかった人は、通院しなくなります。
     ホルモン療法も、やめてしまうのが、普通です。 
     藪医者には、掛からないでください。
     埼玉以後の公然医療を受けたGIDの人のうち、
     治らない人の比率が、どれぐらいになるのか、注目しています。
     初診から25~30年ぐらい経てば、わかってきますが、
     追跡する必要があります。
     うちでは、治る人と治らない人は、だいたい半々です。
 
     治る人は、初診から10年以上経過してから、
     治癒傾向に転じます。
     自分から、どちらの性別でも良い、と言い出しますので、
     すぐにわかります。
     体の性別に合わせて、
     心は、どちらの性別にも、適応できると言います。
 
     どちらのほうが、適応しやすいかを、
     合理的に判断できるようになりますので、
     SRSを受けている人は、大部分の人が、
     性転換後の性別で暮らし続けるほうを、選びます。
     一部の人は、生まれ育った性別のほうが、
     リラックスした気持ちになれると言い、
     わざわざ、元の体の性別で暮らします。
 
     SRSを受けていない人は、
     全員が、体の性別でも一向に構わない、と言いますので、
     問題ありませんが、
     性転換の有無にかかわらず、
     家族以外の人に、カミングをしている人は、
     元の体の性別の暮らしに戻るのが、厄介です。
     ホルモン療法をやめる算段も必要ですので、
     計画的に性転換の後遺症を軟着陸させます。
 
     最も難しいのは、治りかけのときに、
     後悔の念や自責感が強く、
     抑鬱症状や自殺が、現れやすくなることです。
     あらかじめ、予備知識を与えて、予防します。
     転職の必要になる人も、少なくありません。
     治りかけてから、完治したと言えるまで、
     最低、数年を要します。
 
     GIDは、治癒の有無にかかわらず、一過性の症状です。
     10~30年で、症状が変化します。
     GIDの症状が、いつまでも続くことはなく、
     恒常的な性自認も、ありません。
     変わらぬ性自認は、幻想です。
 
     ごく僅かの、性転換を売り物にして、
     生計を立てている人だけが、いつまでも、相変わらず、
     心の性別や性自認などを、宣伝し続けます。
     商売ですから、需要のある限り、
     リップサービスを怠りません。
     テレビや、水商売のお店では、
     仮病(けびょう)もへったくれも、ありませんから。
 
     性転換で儲けている人は、ちゃっかりしています。
     いつまでも、へこたれずに、現金です。
     GIDの専門医を自称する人や、特例法を作った人も…
 
     マスコミの記者や編集者が、
     GIDのことを親身になって考えていると言えば、
     読者のGIDは、お腹を抱えて、大笑いすべきかも知れません。
     マスコミの記者が、記事に書いた一人一人の読者のことを、
     親身に考えていると思いますか?
 
     GIDの人って、それを真顔(まがお)で信じて、
     清水の舞台から飛び降りるように、
     エイッとばかりに、性腺を摘出して、性器を変形して、
     金輪際、生殖を拒否します。
     固い意志の証(あかし)なのよ、性転換って。
     図(ず)に乗って、
     ウィキペディアの記事のようなことを、言うかも知れません。
     そういう精神の病気です。
 
     わたしの前任者の医師は、
     自分自身が性分化疾患の人でしたけれど、
     GIDのグループに、命とお金を出せと、脅迫されました。
     一般の人や、性分化疾患の人には、
     GIDっていう病気が、なかなか見えて来ません。
     直接に見たことがなかったり、
     マスコミが綺麗事を煽り立てたりするからですけれど、
     自分自身が、精神障害ってこともあります。 
 
     GIDが自分たちを煽るように、
     精神の病気を併発した性分化疾患の人も、
     自分の首を締めてしまいます。
     前任者の医師も、GIDの人と結婚の約束をしたことが、
     GIDに脅迫された原因になりました。
     2000年頃に、GIDに脅迫されたことが遠因になり、
     サンフランシスコで病死しました。
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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