これが今年の紅葉の終わりと思います。
イロハモミジかしら。
紅葉もさることながら、午後4時頃でしたら、
すでに黄昏(たそが)れていますので、
健常な性自認って、ありません、と書いたので、
文句が出ているそうです。
Wikipedia(ウィキペディア) の性自認の項目を読めば、
GIDの人の、精神の病気が、わかるかも知れません。
ただし、あの内容だけでは、精神の病気と断定できません。
GID(性同一性障害)の人に共通の精神症状を合わせると、
あの項目の内容は、全部、精神の病気の症状と言えます。
一つだけでは、なかなか、病気と言えません。
他の症状と合わせて、ワンセットにすると、病気と判断できます。
アイヌの地名には、崖とか、湿地とか、滝とか、湖とか、
川の湾曲部とか、川の合流点とか、
その土地の状態を表す言葉があります。
日本の田舎の、辺鄙(へんぴ)な地名が、
アイヌの言葉と同じだったとしても、
日本語も、アイヌ語も、たくさんの単語がありますから、
偶然に、アイヌの言葉のような地名がついていることもあります。
一つだけでは、なかなか、
アイヌの地名の名残(なごり)と判断できません。
でも、一つの川添いの、幾つもの集落に、
アイヌ語の川沿いの地形を表す言葉が、
ぞろぞろと、ワンセットで出てくると、
アイヌの地名でないかと、強く疑われます。
日本海側では、石川県あたりまで、川添いの地名と、地形の現況が、
アイヌ語の意味に、ぴったりと一致するように、
ワンセットのシリーズで残っていて、
アイヌ人が暮らしていたと、推測できるそうです。
ウィキペディアの性自認の項目も、
筆者の人たちに、GID(性同一性障害)の症状が出ているとするなら、
記事全体の内容が、GIDの精神症状と言えます。
GIDの精神症状には、GIDに特徴的な症状のほかに、
他の精神障害にも共通の症状が、たくさんありますので、
筆者の人たちが、同性愛を嗜(たしな)み、
子供がいないのに、生殖を拒否して、
カミングアウトをする精神症状をきたしていましたら、
記事の内容は、必ずしもGIDの精神症状でなく、
他の精神障害の精神症状かも知れません。
わたしは、性分化疾患の人たちに、
SRS(性別再判定手術)による治療を行なっていました。
患者さんには、体の病気についての、
医学的な治療法や予後などを説明した上で、
SRSを受けて、戸籍の性別を訂正することも可能であると、
教えてあげます。
性分化疾患の患者さんは、体の病気の事情から、
男女の識別の困難な、性器の形状になっていることがあり、
自分が男なのか、女なのか、悩みます。
健常な人が、患者さんの気持ちを想像しても、
十分に共感可能な悩みです。
体の形が、男女判別困難ですから、
男か女か、悩むのは当然です。
生活に困り、周囲の人からも、怪訝な目で見られて、
差別されているかも知れません。
誰でも、悩んで苦しむのが、当たり前です。
けっして、GID(性同一性障害)の、
心の性別や性自認のように、
一般の人の共感を、断固、拒絶するかのような、
神秘的とも言えるヒステリーの、
理解不能な直観ではありません。
このままにしておくと、今後、この体がどう推移するのか、
世間の差別が激しくなりはしないか、
戸籍の性別のままで、暮らして行けるかを、
合理的に客観的に見積もります。
どのような治療をすれば、どのようになるかを、
お医者さんは医学的に説明して、
これまでの御本人の気持ちや生活を、教えてもらいます。
患者さんに、どちらの性別で暮らしたいかを、尋ねます。
自分の心を、どちらの性別と思って来たかを、尋ねます。
いつ頃から、今の戸籍の性別に、心が馴染むようになったのか、
いつ頃から、疑問を持つようになったのか、
それは、体や性器の形の事情に、疑問を持ったからか、
それとも、両親や他人に言われたからか、
それとも、両親や他人の言葉に、
釈然としない点があったからか、
それとも、御自分の生理や性欲などに、
疑問を持ったからか、などと、
いろいろと、御本人の気持ちと生活を、教えてもらいます。
御本人の気持ちと、希望と、
治療による体の成り行きと、社会生活などを、
円滑に整合させる必要があるからです。
患者さんが苦しまずに、最善の道を選べるように、
コーディネーターに徹して、
患者さんに客観的な知識を提供します。
誰だって、体の事情が、男女判別困難なら、悩みます。
それが健常です。
性器の形状が、男らしく見えるように手術をするのは、
技術的に困難なことが、少なくありません。
女に見えるように変更するほうが、
性器の外科手術は楽かも知れませんが、
着衣の見掛けは、男に見えるように変更するほうが、
容易かも知れません。
御本人が女の戸籍で育っているのでしたら、
女の生活の事情に通じていても、
男の事情は、少しも知りません。
男として、やって行けるのか、御本人は不安です。
たとえば、女なのに膣がないのはおかしいと、
御自分で、はっきりと気づくのは、思春期です。
ペニスを作るのは、技術的に困難ですし、
女として育てられていますので、
男として暮らして行ける自信がありません。
心は活発で、男まさりと、人から言われていますし、
顔や体型を、男と言われたことも、少なくありません。
それでも、不安です。
自分は男なのか、女なのか、悩んでしまうのが、普通です。
性自認がどうのこうのと、
抽象的な心を、大上段に振り上げる人は、
精神の病気を併発していなければ、
性分化疾患の人には、いません。
自分の心は、戸籍の性別と違うと、
はっきりと確信する人も、まず、いません。
心の性別や性自認という言葉に、
GIDのようにこだわる人がいれば、
精神の病気を併発している可能性が高く、
治療方針が大きく変わって来ます。
心の性別や性自認を確信している、と言う人がいても、
こう生きるべきだ、こう主張すべきだ、
こちらの性別で生きるほうが良いと、
御本人が考えた結果を、
心の性別や性自認を確信している、という言葉を使って、
表現しているだけかも知れません。
病気を明らかに教えなかった御両親に対する反抗や、
医療政策に対する反発からも、
自分はこれこれの性別を確信していると、
性分化疾患の患者さんは、よく言います。
言葉の綾(あや)に、惑わされてはいけません。
合理的で客観的な認識や思考ができなくなっていれば、
性分化疾患でも、精神科の患者さんかも知れません。
心の性別や性自認は、精神状態を知る目安の一つになります。
正直なところは、みんな、迷うのが普通です。
悩むのが当たり前です。
けっして、性自認などと言われるような、
神秘的な直観を恃(たの)んだ心の突っ張りでは、
性分化疾患は解決しません。
自分の体を見れば、男か女か、迷います。
その通りに、気持ちも迷います。
戸籍の性別は、事務的に男女を二分しますから、
割り切れない気持ちが、取り残されます。
戸籍の性別で育てられた事情から、
どちらか一方の性別に、馴染んで来た経験があります。
その経験が気持ち良ければ、未練が残りますし、
虐(いじ)められて、笑われて、不快な経験でしたら、
嫌気(いやけ)がさして、性別を変更したいと、
望むかも知れません。
反対の性別に、馴染んで来た経験がありませんので、
夢や恐れを、抱(いだ)いているかも知れません。
具体的に現実的に、切々と苦しむ日々です。
体の見掛けや声などを差別されて、
悶々と過ごしてきた人も、少なくありません。
性自認という神秘的な直感や抽象概念のために、悩んだことは、
健常な精神でしたら一度もないはずです。
何人もの人に、SRS(性別再判定手術)や、
戸籍の性別訂正に向けた治療を説明しても、
実際に手術を受けて、性別を訂正した性分化疾患の人は、
ごくわずかです。
SRSでない形成外科の手術は、
性分化疾患では、珍しくありませんが、
SRSを受ける人は、もしかしたら、
GIDと同じ精神の病気を、併発しているかも知れません。
一部の人は、GIDと異なる先天的な精神障害を、
併発していますが、
その他の人は、差別や苦悩による二次的な精神症状が、
GIDに酷似します。
健常な精神でしたら、性分化疾患の人は、
体の性別が不確実さの通りに、心も悩みます。
体の性別の不確実さに影響されずに、
超越的に独立して存在する心の性別や性自認などは、
全くありません。
それがあれば、精神の病気を疑います。
全く無いにもかかわらず、
性分化疾患の人は、性別や、性別の心のことで、悩みます。
戸籍の性別と反対の性別を選んだとしても、
心の性別や性自認という抽象的で神秘的な直観は、
健常な精神の性分化疾患の人には、全くありません。
心の性別なる抽象的直観と、体の性別とが、
一致しないから悩むのでなく、
体の性別が判然としないから、悩みます。
日常生活の具体的な困難や差別から、悩みます。
ある人は、戸籍の性別が女性なのに、
女風呂に入れない体です。
つい最近まで、お風呂のある家に入居できないほど、
貧乏でした。
戸籍が女性なのに、着衣の見掛けが男性でしたから、
雇ってもらえませんでした。
それでも、SRSを受けることや、
戸籍の性別を訂正することなどは、
躊躇(ちゅうちょ)しました。
性自認などの、抽象的な直観を振り上げて、
心の悩みを訴える人でしたら、
SRSに待ったをかけられるかも知れません。
御本人の性別の希望や、
自分のことを、どちらの性別と思って来たかを、
お医者さんは、大切にします。
二つが、ほとんど同じ意味でなければ、
精神の病気を併発している可能性が高く、
性別を訂正するためのSRS(性別再判定手術)を受けても、
心がうまく適応できないかも知れません。
自分の体や病気の事情を知れば、
どちらの性別と思って暮らしてきたかと問われても、
悩みながら暮らして来たと答える人が、ほとんどです。
知らないうちは、戸籍の性別の通りと思っています。
体や病気の事情を知らないのに、
戸籍の性別と違う性別と思っていた人は、まず、いません。
まれに、自分は何も知らないのに、他人が知っていて、
性別を揶揄されて、理由もわからずに苦しんだ人がいます。
性分化疾患でないにもかかわらず、
体の性別の通りの着衣でありながら、
着衣の体の見掛けが、異性に酷似している人がいて、
たいへん差別されて、虐待されていました。
そのために、自分の性別に不快感を持ち、
性転換したいと訴える人がいました。
そういう人たちも、
性自認や心の性別などという直観的なものを訴えたことは、
一度もありませんでした。
その人たちは、現在で言うGIDですが、
性分化疾患であろうが、GIDであろうが、
性自認や心の性別などを理由にした神秘的な性転換は、
わたしの行なった治療では、一人もありませんでした。
全員、目で見て手で触って、
具体的に知ることのできる体の現実的な理由から、性転換しました。
性分化疾患では、御本人の体の病気が原因でしたし、
わたしの治療したGIDでは、
周囲の人の偏見のせいで、異性に似た体の見掛けを差別虐待されて、
御本人が性転換を望む羽目(はめ)になりました。
体が異性に似ていると、虐(いじ)められます。
生きて行けないと訴えて、患者さんは性転換しましたが、
虐められて苦しんだことから、精神に異常をきたして、
体や脳の機能にも、異常をきたすようになっていました。
ウィキペディアの性自認の項目を見れば、わかるように、
性分化疾患の、現実的で具体的な体の病気から来る悩みや苦しみが、
性自認と現実との違いによって起こるかのように書かれています。
GIDの患者さんの、精神の病気の症状が、このような曲解を招きます。
一部の性分化疾患の人は、精神の病気を併発して、
GIDに酷似の精神症状をきたしています。
精神の健常な性分化疾患の患者さんは、体の事情に苦しんでいます。
体が、男女判別困難な状況ですので、悩んで苦しむのは、当たり前です。
病気の体なら、だれでも、苦悩に満ちた精神状態になります。
体が男女判別困難なので、心が悩むのは、現在の文化では当然です。
体のことから、自分は男なのか、女なのか、心が悩みます。
体のことから、生活の差別や困難をきたします。
GIDのいう性自認の精神症状とは、まったく異なります。
ウィキペディアの記述では、体の病気の事情にかかわらず、
ちっとも揺らぐことのない確信に満ちた心の性別というのが、
あることになっています。
GIDという精神の病気の人は、それを性自認と言いますが、
そんな確信は、性分化疾患の患者さんのうちの、
精神の健常な人には、まったくありません。
GIDの捏造です。
性分化疾患の人は、誰でも悩みますけれど、
永遠に悩み続けて、何も行動をしないわけには行きませんので、
いつも暫定的に、仮の結論を出して、試行錯誤します。
うまく行けば、これで良かったと、
自分の判断に自信を持てるようになります。
うまく行かなければ、別のことをやってみます。
うまく行くまで、悩み続けて、確信を持てません。
性分化疾患の人にも、精神の病気の人がいます。
たぶん、全人口の5%ぐらいの人は、
生涯に渡る慢性的な精神の病気ですけれど、
性分化疾患では、それよりも高い比率で、
生涯、精神の病気に苦しむかも知れません。
一部の人は、先天的な精神障害であり、性分化疾患と関係しています。
一部の人は、体の事情による差別や苦悩から来る二次的な精神障害です。
両方の人もいます。
精神の病気を併発している性分化疾患の人が、
一般の精神の病気の人と同じように、
性自認のような、神秘的な直観に頼ったとしても、
何ら不思議でありません。
事実、GIDの患者さんには、性分化疾患の人が混じっています。
その人たちは、性自認を確信しています。
性分化疾患の大部分の人は、
御自分の性別を、男女どちらと思っているかと、尋ねられても、
絶対にこちらと、確信したものを答えられません。
何を根拠に、男女のどちらの心と思えば良いのかと、悩みます。
体の事情の通りに、心も悩みます。
健常な人が、性分化疾患の人の心を思いやっても、
悩むのが、当たり前のように見えます。
体の性別が、判然としないのですから、悩んで当然と共感します。
性別の不確かな体の事情や、周囲の差別や生活の困難が、
悩みの原因です。
確固たる性自認などは、ありません。
GIDの人たちは、体の性別に、何の病気もありません。
体の性別は、はっきりとしています。
どうして、性分化疾患の人の、悩ましい体と同じと言うのかしら。
性自認が体の性別と一致しない、と言います。
性分化疾患の例をあげて、正当化しようとします。
性分化疾患の人が性別で悩むのなら、
性自認を共通項にして、
GIDの人が性別で悩むのも、当然であるかのように、
ウィキペディアは記述していますが、
思春期未満の知能まで退行している、と言う人もいます。
性分化疾患は、体の病気。
そのせいで、心が悩みます。
GIDは、精神の病気です。
そのせいで、健康な体の破壊を、強く望みます。
性分化疾患の人でも、精神の病気を併発している人は、
GIDと同じように、体の破壊を望むかも知れません。
知能検査で測られるGIDの知能は、おそらく正常ですが、
現実検討能力が低下していると言いわれています。
4~10才ぐらいまで低下している、と言う人もいます。
今で言うGIDの人に、性分化疾患のことを教えたのは、
わたしの前任者でした。
彼女は、1970年代後半に、半年間ぐらい、
当時の半陰陽に関する知識を、
インターセックスの言葉とともに、
MtFのTV(トランスベスティズム)の人たちに教えましたが、
すぐにやめました。
当時のTVの人たちは、半陰陽のことを何も知りませんでした。
自分のことを、子供の頃から女の子と思っていたと、
自称していたにもかかわらず、
思春期から青年期の女性が読むような、
生理や結婚や妊娠や育児などの本を、
まったく読んでいませんでした。
そのような本には、戦前から一貫して、
半陰陽の存在が紹介されていました。
半陰陽の赤ちゃんが、必ず一定の割合で生まれて来ますから、
女の子に教えて、予備知識を持たせておかないと、
実際に半陰陽の赤ちゃんを授かった時に、
狼狽(ろうばい)して、
必要以上に精神的に苦しんでしまいます。
でも、TVの人たちには、
半陰陽の知識も、結婚や妊娠や育児の知識も、
まったくありませんでした。
子供の頃から、自分の心は女の子と思っていながら、
衣服は、女物の下着を身につけるくせに、
知識はなく、生活は男性でした。
TV(トランスベスティズム)の人たちは、
今でいうGIDのことを、紳士の社交と言っていましたが、
後に、大部分のTVの人が、エストロゲン剤を使用して、
女装でのフルタイムの生活やお仕事を望むようになり、
TG(トランスジェンダー)と自称するようになりました。
性自認を叫ぶようになったのは、この頃からです。
1980年代前半でした。
TVの人たちに、半陰陽のことを、
インターセックスとして教えると、
たちまち、世間の人に、自分たちのことを、
インターセックスと偽るようになり、
体は男だが、心は女であることを、
正当化しようとするようになりました。
わたしの前任者は、
インターセックスという言葉も、半陰陽の知識も、
TV(トランスベスティズム)の人たちに教えることを、
ただちにやめたそうです。
彼女は、後々までも後悔して、反省していました。
今で言うGIDの人たちは、人が知らないのをいいことに、
人を騙(だま)して、楽をして生きようとしますので、
医学知識を教えてはいけないと。
でも、社会全体から見ると、
GIDの人たちは、痴呆老人のように、
いい鴨(かも)にされている立場です。
この人たちにたかって、いい目をしているのは、
マスコミや、一部の学者や医師や弁護士かも知れません。
法律を作って、GIDの人たちを保護してあげれば、
右から左に、税金がGIDを素通りして、
マスコミや学者や医師や弁護士の懐(ふところ)を
潤(うるお)せば、一番良いのでしょうが…
素通りをせずに、GIDにお金が落ちても、
一向に差し支えありませんが、
最終的に、マスコミや学者や医師や弁護士などに、
お金が転がり込まなければ、商売になりません。
中曽根という総理大臣が推奨したように、
内需拡大になっていいかもね。
お陰でバブルになり、20年間も不況が続いていますが。
埼玉が性転換医療を公然化してくれたので、
うちでは、性転換医療から、手を退くことが出来ました。
新しく性転換に参入する医師にとっては、
性転換の公然化は、
医師が逮捕されないようにするための、免罪符でしたが、
以前から非公然の性転換を行なっていた医師にとっても、
性転換から足を洗う契機になりましたので、
有り難いものでした。
その後、体が異性に似ているために、差別されている人を、
しばらく手元に留め置いていましたが、
ほぼ全員、治癒しましたので、
今では、治癒した人と、お友達として、
おつき合いを続けているだけです。
性分化疾患のSRS(性別再判定手術)は、
今でも行なっていますが、
GIDを併発して、性自認を訴える患者さんの治療は、
行なっていません。
差別されて精神障害をきたした人や、
生まれつきの精神障害の人を診ています。
埼玉以後のGIDの予後に、注目していました。
治癒が遅れるきらいがありますが、
だいたい同じ傾向ですので、安心しています。
治る人は、ひとりでに治り、
治らない人は、他の精神症状が目立つようになり、
GIDに特徴的な症状が希薄になります。
治らない人は、痴呆に向かい、
一部の人は統合失調症と診断されます。
ごく一部の人は、いつまでもGIDの仲間内の社会に居残り、
GIDであることを売り物にして、生計の糧としますが、
実際に儲けている人は、
芸能人や水商売の人だけかも知れません。
御両親の残してくれたお金があり、食べるに不自由しない人は、
道楽をして、何もしない人生を過ごします。
道楽の一つが、性転換であるに過ぎません。
お金がないのに、道楽をしようとした人は、
GIDを口実にした後に、他の精神の病気に逃げて、
最後は痴呆に嵌(は)まるかもね。
自律神経失調症や、虚弱体質やらと言って、
引きこもる人が、一番多いのですが。
新聞社の人や、学者や医師や弁護士などが、
殺されないように、祈っています。
わたしは、大昔からの半陰陽の治療を、
引き継いだ結果になりましたが、
高度経済成長のお陰で、日本人が豊かになり、
お金を出して、医療を受けることができるようになりました。
結核やハンセン病などの、
いわゆる業病(ごうびょう)に対する宗教的な迷信が、
なくなる時代でしたので、
半陰陽の治療についても、合理的な医学的判断と、
精神科による手当を勧めて、
信仰による性転換を排除しました。
宗教的に、半陰陽が優遇されていましたので、
健常な体の人が、わざわざ性器の外科手術を受けて、
半陰陽になる現実がありました。
それを廃止しました。
性分化疾患の人のSRS(性別再判定手術)と、
体が異性に似ているために、差別虐待されて、
精神的に異常をきたして、
SRS(性転換手術)を受けたいと望む人や、
性欲が無いと言い、高い蓋然性で自殺する人などに、
性転換による治療を行なっていましたが、
徐々に、性転換を減らして、
心理療法による治療に、代えて行きました。
現在は、性分化疾患の人の治療も、
GIDの精神症状が現れていれば、SRSを控えています。
精神の病気に対しては、一切、性転換治療を行ないません。
ここまで漕ぎ着けるのに、40年かかりました。
今は、性転換医療そのものよりも、
お友達として、おつき合いを続けている人たちの、
戸籍に纏(まつ)わる事情のほうが、気になります。
形成外科や内分泌科や産婦人科や泌尿器科などでしたら、
体の予後のほうが、気になるかも知れません。
精神科は、治癒した人が再発しないように、用心しています。
治らなかった人は、一般の精神科の患者さんと同じですが、
身体治療の後遺症を抱えることになった人には、
申し訳ないと思っています。
反省しています。
実際には、治らなかった人は、通院しなくなります。
ホルモン療法も、やめてしまうのが、普通です。
藪医者には、掛からないでください。
埼玉以後の公然医療を受けたGIDの人のうち、
治らない人の比率が、どれぐらいになるのか、注目しています。
初診から25~30年ぐらい経てば、わかってきますが、
追跡する必要があります。
うちでは、治る人と治らない人は、だいたい半々です。
治る人は、初診から10年以上経過してから、
治癒傾向に転じます。
自分から、どちらの性別でも良い、と言い出しますので、
すぐにわかります。
体の性別に合わせて、
心は、どちらの性別にも、適応できると言います。
どちらのほうが、適応しやすいかを、
合理的に判断できるようになりますので、
SRSを受けている人は、大部分の人が、
性転換後の性別で暮らし続けるほうを、選びます。
一部の人は、生まれ育った性別のほうが、
リラックスした気持ちになれると言い、
わざわざ、元の体の性別で暮らします。
SRSを受けていない人は、
全員が、体の性別でも一向に構わない、と言いますので、
問題ありませんが、
性転換の有無にかかわらず、
家族以外の人に、カミングをしている人は、
元の体の性別の暮らしに戻るのが、厄介です。
ホルモン療法をやめる算段も必要ですので、
計画的に性転換の後遺症を軟着陸させます。
最も難しいのは、治りかけのときに、
後悔の念や自責感が強く、
抑鬱症状や自殺が、現れやすくなることです。
あらかじめ、予備知識を与えて、予防します。
転職の必要になる人も、少なくありません。
治りかけてから、完治したと言えるまで、
最低、数年を要します。
GIDは、治癒の有無にかかわらず、一過性の症状です。
10~30年で、症状が変化します。
GIDの症状が、いつまでも続くことはなく、
恒常的な性自認も、ありません。
変わらぬ性自認は、幻想です。
ごく僅かの、性転換を売り物にして、
生計を立てている人だけが、いつまでも、相変わらず、
心の性別や性自認などを、宣伝し続けます。
商売ですから、需要のある限り、
リップサービスを怠りません。
テレビや、水商売のお店では、
仮病(けびょう)もへったくれも、ありませんから。
性転換で儲けている人は、ちゃっかりしています。
いつまでも、へこたれずに、現金です。
GIDの専門医を自称する人や、特例法を作った人も…
マスコミの記者や編集者が、
GIDのことを親身になって考えていると言えば、
読者のGIDは、お腹を抱えて、大笑いすべきかも知れません。
マスコミの記者が、記事に書いた一人一人の読者のことを、
親身に考えていると思いますか?
GIDの人って、それを真顔(まがお)で信じて、
清水の舞台から飛び降りるように、
エイッとばかりに、性腺を摘出して、性器を変形して、
金輪際、生殖を拒否します。
固い意志の証(あかし)なのよ、性転換って。
図(ず)に乗って、
ウィキペディアの記事のようなことを、言うかも知れません。
そういう精神の病気です。
わたしの前任者の医師は、
自分自身が性分化疾患の人でしたけれど、
GIDのグループに、命とお金を出せと、脅迫されました。
一般の人や、性分化疾患の人には、
GIDっていう病気が、なかなか見えて来ません。
直接に見たことがなかったり、
マスコミが綺麗事を煽り立てたりするからですけれど、
自分自身が、精神障害ってこともあります。
GIDが自分たちを煽るように、
精神の病気を併発した性分化疾患の人も、
自分の首を締めてしまいます。
前任者の医師も、GIDの人と結婚の約束をしたことが、
GIDに脅迫された原因になりました。
2000年頃に、GIDに脅迫されたことが遠因になり、
サンフランシスコで病死しました。
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