フウって、書きにくい。
だって、漢字で書くと楓(ふう)だから、カエデと混同してしまいます。
しょうがないから、紅葉楓って書きますけれど、
モミジバフウって、読めます?
大きな掌状(しょうじょう)の、カエデ型の葉っぱをつけますけれど、
カエデにも、イタヤカエデみたいに、
大きな葉っぱをつける種類が、たくさんあります。
カエデの葉っぱは対生で、モミジバフウは互生なの。
カエデは、プロペラみたいな形の実で、
フウの実は、丸く大きな、いがいがの雪洞(ぼんぼり)さんの形です。
フウって、マンサク科ね。
紅葉がすごく奇麗だから、公園に植えるには、丁度いいのかも。
カエデは、カエデ科。
モミジバフウは、北アメリカ原産で、
アメリカフウとも言いますけれど、
日本の都会でも、排気ガスにめげずに、よく育ちます。
フウには、もう一つ、サンカクバフウってのがあり、
台湾原産なので、タイワンフウとも言います。
朝顔みたいな形の葉っぱで、
法律は、個人の責任能力や自由などを、設定して、
人は嘘(うそ)をつくことができる、と考えます。
これって、王様が支配していた世の中を覆(くつがえ)して、
フランス革命を起こす時に、
当時の人が必要と考えた思考の手続きです。
昔の人は、すべて神様の思(おぼ)し召(め)しと、
考えていましたので、
王様が王様であるのも、人が人に殺されるのも、
運命や宿命のように、納得すべきと思っていました。
イスラエルの人が、自分たちは神様に選ばれた民であると、
思っているのと同じね。
人間って、嘘をつけないと感じるのが、素朴な気持ちでした。
神様を騙(だま)すように、嘘をついて、
運命に逆(さか)らえる、とするのは、
啓蒙思想以後の、フランス革命の考え方です。
人間は嘘をつけない、とする伝統的な考え方が、
どうして、10万年以上も続いたかを、よく吟味してください。
その上で、人間は嘘をつくことが出来るとして、
個人には自由がある、とするフランス革命以後の、流行の考え方と、
よく比較してください。
昔ながらの、決定論的な世の中を否定して、
個人主義や民主主義や合理主義などの、
近代国家の政治や法律の考え方を打ち出すには、
どうしても必要な定義がありました。
無条件に、これはこうだって、決めつけてしまう原理が、
幾つも必要でした。
個人とか、責任とか、自由とかっていうスローガンを、
無条件の政治原理として、定義しました。
あまり、論理的な必然性や、哲学的な知性はないけれど、
フランス革命当時の、血気をそそるスローガンを、
現代の、政治や法律や文化も、しきたりのように、受け継いでいます。
パリの石畳(いしだたみ)の、せせこましい道に、
荷車や机や椅子を積み上げて、バリーケードを築きました。
蹄鉄を響かせて、馬に乗った王様の軍隊がやってくると、
バリケードの陰から、市民は鉄砲を撃ちましたけれど、弾がない。
敷石を剥がして、石を投げて、国王の軍隊をやっつけました。
殺し合いに夢中になって、血気に逸(はや)る人たちのスローガンね。
個人には、自由と責任能力がある。
ほんとかしら。
人をやっつけると、報復されて殺されるのと、違うのかしら。
今も、日本の裁判官が、判決を下す気持ちは、
命知らずの市民革命の、血気盛んな若者たちの勢いを、
儀式として受け継いでいるようなものです。
変な気持ちみたい。
学生さんが、機動隊に向かって、石ころを投げる気持ちよさね。
火炎瓶を投げる気持ちかしら。
あの気持ち良さに浸って、
裁判官の人が、判決文を読み上げなければ、嘘です。
それが、正常なの。
フランス革命の、ギロチンの儀式です。
お役所仕事みたいに、判決文を書いて、
棒読みをしているだけみたいにも、見えますけれど、
弛(たる)んでいるだけです。
ロベスピエールもダントンも、法律家でした。
マラーは、お医者さんだったので、
石ころみたいに、投げられたのかしら。
ジャック=ルイ・ダヴィッドって人の描いたマラーの死っていう絵は、
すごく妖艶です。
日本の憲法も、フランス革命の盲目の信奉者ですって、
張り子の寅(とら)みたいに、威張っている気がします。
日本人に、そんな人って、いないのに。
戦争に負けたから、仕方がないけれど、
日本国憲法も、性転換したMtF(male to femal)みたいに、
玉がないのかも。
日本の裁判も、連合赤軍の総括や、オウムのポアと、
さして変わりません。
赤軍派の人も、オウムの人も、
GID(性同一性障害)に、よく似た人たちでした。
憲法にしても、裁判にしても、これぐらい幼稚にならないと、
統治の実務って、遂行できないかも知れません。
法律家や、お医者さんって、つまらない兵隊さんかもね。
現代の政治って、250年前の、新しい因襲や迷信を、
実行していますけれど、
ロシア革命みたいに、そのうちに行き詰まるのは、
わかり切っています。
生物は必ず死ぬって言っておけば、当たるでしょう?
盛者必衰(しょうじゃひっすい)のことわりだから。
自民党や民主党や共産党などの、
フランス革命の考え方から派生した政党も、
公明党みたいな、お釈迦さん系の宗教政党も、どんぐりの背比べなのに。
欧米には、キリスト教系や古代ギリシャローマ系の、政党もあります。
共和制や民主制って、それでしょう?
なんで民主主義は社会主義なのかしら。
わたしも、政治のお勉強をしておけばよかった。
政治家なんか、あほと思っていたから、
国会議員や総理大臣になりたいと、思いませんでした。
医学部が一番で、法律学科や政治学科なんか、落ちこぼれだったもん。
あほになるのは嫌(いや)と思っていましたから、子供でした。
人間なんて、じきに灰になって土になるから、
あほが、どれだけ素晴らしいか、学校を出ると、わかります。
人情の厚いのがいいって。
知的障害者や、お年寄りや、病気の人の世話をして、
子供たちや、GIDの人たちの、襁褓(おむつ)を洗ってあげて、
男どもの面倒を見て、人生は終わりです。
性転換医療って、精神科のお医者さんが、フランス革命の因襲や迷信を、
部落解放運動のように、実現しようとしたのでは、
行き詰まる気がします。
ためにする医療に、そそのかされては、いけません。
だって、フランス革命の、自由や責任や個人とかって、
頭のいい生徒さんが、あほな生徒さんを、こき使うためみたいなもの。
国王に従うお百姓さんでは、頭のいい人たちが、豊かになれないの。
王様から、お百姓さんを奪い取って、
あほどもを、工場でこきつかうための、革命だったみたい。
フランス革命の考え方によって、
あほな人たちのための、性転換医療を行なうのは、
もしかしたら、エリートのお医者さんや弁護士さんが、
個人的な欲望や楽しみのために、
痴呆老人のような民衆をそそのかして、
上手(うま)く儲けているにすぎないのかも、知れません。
GID医療の専門医を自称している人や、特例法を作った人なんかを、
将来、弁護してあげないといけないと思うと、気が重くなります。
中途半端ですいませんけれど、眠たいから寝ます。
ごめんなさい。
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