ハンノキ 213 顔の擦り傷

雄花穂の蕾(つぼみ)です。
落葉樹ですけれど、冬から早春の、葉の芽吹く前に、穂状の花が咲きます。
今頃、蕾が出来ているの。
 
雌花序のほうは、冬から早春に咲いた後、
10月に、2センチぐらいの、松ぼっくりみたいな、
毬果(きゅうか)が熟します。
探したけれど、上のほうだったので、撮影できませんでした。
風があったから、手で枝先を押さえていないと、撮れません。
高いところは、手が届かなかった。
 
ハンノキって、根っこに、放線菌の類の、細菌が共生していて、
空気中の窒素から、アンモニアを作ります。
根粒菌ね。
ニトロゲナーゼっていう酵素を分泌して、触媒とします。
ニトロって、窒素の意味。
だから、痩せた土地でも、よく育ちます。
 
窒素は、植物の成長に、必要ですけれど、
植物って、空気中の窒素ガスを、利用できません。
アンモニアの化合物に、窒素が含まれていますから、
それを、水に溶かして、根っこから吸収します。
だから、農地に、硫安や硝安などを、窒素肥料として、撒くと、
作物が、よく育ちます。
安って、アンモニア。
 
崖崩れなんかで、丸裸になった土地に、
土の流出を防ぐために、植樹する時は、
ニセアカシアのような、マメ科の木や、
ヤシャブシや、ハンノキのような、
カバノキ科ハンノキ属の木を、よく使います。
根粒菌が共生するので、肥料っけのない土地でも、よく育つの。
 
田んぼに、レンゲソウの種を蒔くのと、同じね。
マメ科の草花だから、空気中の窒素を固定してくれます。
田んぼに鋤き込むと、肥やしになるの。
 
ハンノキ属でしたら、西日本は、ヤシャブシ、
北日本は、ハンノキを使います。
ハンノキは、寒さに強いだけでなく、水にも強いので、
堤防や、田んぼのはたに、よく育っています。
写真のハンノキも、池のはたでした。
ハンノキの枝に、長い竹や木を渡して、
収穫した稲を干すための、はざ掛けに利用します。
 
ハンノキって、ハリの木の音便で、ハリは榛と書きます。
奈良県や静岡県に、榛原(はいばら)って地名がありますけれど、
ハンノキの茂る湿地だったのかしら。
 
     北アルプスの針ノ木岳は、夏でも雪の残る山ですけれど、
     針ノ木峠に因(ちな)んで、山の名前がついたそうです。
     針ノ木雪渓を登り詰めた所が、針ノ木峠ですけれど、
     黒部湖のほうに下りる谷が、針ノ木谷で、
     ハンノキが、生い茂っていたと、
     明治時代の、ウォルター・ウェストンという宣教師が、
     書き残しています。
     上高地のウェストン祭の人です。 
 
     佐々成政という戦国時代の武将が、1584年の冬に、
     富山側の西から、立山連峰のザラ峠を越えて、
     東側の黒部川に下り、
     後ろ立山連峰を、西側の針ノ木谷から、登り返して、
     稜線を歩き、北葛岳から、東側の鳩峰、高瀬川へと下りて、
     信州に出たそうです。
 
     彼は、織田信長さんから、
     富山城を、任せられていましたけれど、
     信長さんが殺された後、豊臣秀吉さんと仲が悪く、
     小牧・長久手の戦いで、
     徳川家康さんが、秀吉さんに勝っていたのに、
     和議になりましたので、
     最後まで戦って、秀吉をやっつけてしまえと、
     家康さんを、煽(あお)るために、
     富山から、真冬の北アルプスを越えて、浜松に行きました。
 
     さらさら越えって、言いますけれど、
     夏でしたら、北アルプスを越える峠道は、
     戦国時代から、幾つもありました。
     でも、雪が降ると、当時は、
     登山靴やアイゼンなどというのが、ありませんでしたから、
  
MtFのGIDの人に、自分の顔を、タオルで擦って、
一生、治らない擦り傷に、してしまった人がいます。
エストロゲン剤のせいで、皮膚が薄くなり、
冬には、乾燥がひどくなっていました。
 
GIDの発症前には、石鹸をつけて、タオルで顔を擦っても、
男の皮膚でしたから、何ともありません、
発症後には、全部、肉を削ぐような、擦り傷になってしまいました。
SRS(性転換手術)の、予後の思わしくない時期でした。
 
御本人は、知能も学力も高いのに、そのことに気づきません。
美容外科医も、形成外科医も、皮膚科医も、耳鼻科医も、
患者さんの顔を、何カ月も、何年も診て、誰も気づきませんでした。
4人もの医師が、診察していながら、
まさか、自分で、痕形の残る擦り傷を作るとは、想像できませんでした。
 
このうち、美容外科医と、形成外科医は、
普段から、たくさんのGIDを診ている医師で、
患者さんは、ホルモンとSRSのことで、
数年間、継続して受診していました。
皮膚科医は、GIDを診ていない医師でしたけれど、
皮膚の異常を訴えて、受診しているのに、気づきませんでした。
耳鼻科医は、風邪をひいて受診した時に、
顔の皮膚のことも、訴えています。
 
わたしは、初めて診て、顔を洗う時に、何かで擦っていないかと、
こちらから問いました。
患者さんは、ハッとして、気づきましたが、もう、遅すぎました。
 
その後、急速に、GIDの治癒傾向が現れましたが、
顔は、一生、治らないかも知れません。
すでに、SRSを受けていましたので、女性として暮らしていますが、
戸籍の性別は、変更しないと、言います。
GIDを発症してから、今は、10年を超えていますので、
普通でも、そろそろ、治癒傾向の、現れてくる頃ですけれど。
 
患者さんの心は、性転換から遠ざかっています。
ホルモンのことがあるので、
近所の産婦人科医を、受診していますが、
今後、男性ホルモンを使いたいと、言い出すかも知れません。
 
SRSを受けた後、経過の思わしくない時期でしたので、
気持ちが、滅入っていたのかも。
御本人は、どうして、こんなことをしてしまったのかと、
わたしに、尋ねましたが、
御本人が気づいた時は、もう、わたしの解釈よりも、
御本人自身で、自分の気持ちを思い出すほうが、確実でした。
わたしは、一般的な、GIDの発症や治癒の仕方を、
教えてあげただけです。
 
顔の一件は、SRSの予後や、職場での差別など、
幾つものきっかけが、重なっていますが、
MtFのGIDでは、たまに見掛けます。
根本的には、体型や体質から、心に無理のある性転換でした。
 
1970年前後に、SRSを受けたMtFの人たちは、
体型や声などの、第一印象が、女性としか、見えませんでした。
これでは、中学校や高校で、男の子から、差別虐待を受けるはずと、
すぐに、わかりました。
身長は、150センチ台で、
大人になっても、声変わりをしていない人もいました。
 
日常生活では、精神障害者の多い、貧乏な家庭で、
家事や育児などに、女性の役割を受け持ち、
御近所の女性に、普段から、日常のことを、相談していました。
お料理や、お裁縫や、育児などは、
思春期に、すでに平均的な女性よりも、遙かにお上手で、
女性的な生活や、話し方や、考え方に、慣れていました。
 
1960年代後半になると、中学生なのに、新左翼のヘルメットを被り、
ガリ版で、ビラを刷り、集会を催し、教育委員会と交渉して、
女子として、セーラー服での通学や、家庭科の授業を、
勝ち取った人も、出て来ます。
たんに、女子としての扱いを、希望したのでなく、
当時流行の、新左翼のやりかたを真似て、生徒達の人気を得るように、
差別を回避する目的で、御本人は必死で、工夫していました。
教育委員会や学校や先生と、敵対しても、
生徒の信頼を、得ようとしました。
 
それに比べて、タオルで顔を擦った子は、
差別を受けるような、体型や声でありません。
男性の社会は、女性的な形の頭蓋骨や、顔の皮下脂肪でも、
あまり差別されません。
中学や高校では、身長や、華奢な体つきや、
ぎこちない受け応えの会話や、友達のいない、自閉的な性格などが、
差別虐待の対象になります。
精神や、声などは、大人になってからも、虐待の対象になりますが、
体の差別は、少なくなります。
 
現に、異性に似ている体のせいで、継続的に、差別を受けている事実と、
学童期や思春期の、異性の社会に適応した生活経験と、
乳幼児期以来の、家庭や御本人の、病的な精神状況などが、
GIDの発症と、治療に、大きく関係しています。
 
体のことで、差別を受けていないし、
異性の生活に、適応した経験もなく、
乳幼児期から、精神の病気に、縁のなかった人が、
ホルモン療法や、SRSを受けるのは、無理があります。
流行に乗って、取って付けたような、性転換に見えました。
 
たぶん、ヒステリーのように、
自分から、GIDの症状を、呼び込んでいますけれど、
身長と、女性に似た顔かたちや、皮下脂肪のつき方などから、
美容にかまける気持ちが、
背伸びして早とちりして、性転換ということになったような…
 
タオルで擦ってしまったのは、色ボケですけれど、
SRSの予後が悪く、かなり、応えていたと思います。
みんなと一緒に、協調して暮らす気持ちが少なく、
何か功を焦り、自分一人だけ、抜け駆けをしようとして、
転んだような気がします。
まるで、一方的に独立宣言をするように、みんなにカミングしたので、
相談できる人や、アドバイスしてくれる人が、
周囲にいなくなり、孤立していました。
性転換のことを、自分一人で、判断するようになっていました。
 
一方的に独立宣言を、打ち上げれば、
周囲に小突き回されるのは、当たり前ですけれど、
精神障害という理由で、庇護されているのが、GIDかしら。
自分は精神障害でないと、突っ跳ねていますから、
人を寄せ付けない人間関係を、期待しているかのようです。
心の性別なんて、御本人にしか、わからないのに、
それを楯に取って、カミングするって、
周囲の人が、取り付く島のない気持ちになるのを、
御本人は、計算しているはずです。
 
美容に凝るみたいに、黙っていても、楽をして、
顔だけで、人の評価を得ようと、思わないほうがいいかも。
SRS(性転換手術)を受けるって、精神の病気の症状とされるほど、
心が、あさってになっています。
患者さんは、自分の心でなく、別人の心を生きているような、
解離した精神状態です。
 
SRSの時には、自己責任で物事を判断するなんて、不可能なのに。
美容外科や形成外科のお医者さんは、わかっていないかも知れません。
言葉が支離滅裂でなく、まともなのと、
心が上の空でないのとは、別なんです。
GIDでは、統合失調症のように、
言葉の辻褄が合わなくなることは、ありませんけれど、
右も左もわからない戦場を、
無我夢中で駆け抜けるような、非常事態の精神になっています。
目を瞑って、生きているようなものです。
 
     FtMでは、女性のお化粧や衣服や美容に、適応できませんと、
     言う人もいますけれど、
     男の体や生活を、美容の観点で見ている人が、
     少なくありません。
     まるで、歌舞伎みたいに、
     ステレオタイプの、男の形にこだわります。
     女々しいと言われると、
     殴り合いの、取っ組み合いの喧嘩をする、
     と言うFtMもいました。
     おそらく、女同士の、同性愛の社会から、
     一歩も出たことがなく、甘えています。
     心が男とは、到底、思えません。
 
     性転換が、闇医療から、公然化されたのは、
     GIDのためと、思っている患者さんが、少なくありません。
     お医者さんが、逮捕されないようにするために、
     決まっています。
     患者さんのことなんか、お医者さんは、考えていないかも。
     毎日、死ぬ人は、死ぬんだから。
 
     医者の不養生って、言いますけれど、
     GID医療をやっているお医者さんの、
     だれとだれが、患者さんの、顔や体や心を、
     おなかを抱えて笑っているかって、
     嫌と言うほど、目撃しているもんね。
     一流大学の、大先生もいますから、
     医者の不養生って、精神の病気のことかと、
     疑いたくなります。
     笑うのなら、性転換医療から、手を引けばいいのに。
     精神障害者を笑って、性転換医療ができますか。
 
     欧米では、公然化されているのに、
     日本は、闇でしたから、簡単でした。
     欧米は、こうだって、言えば、
     日本人はみんな、もろ手を上げて、賛成します。
 
     性転換は、美容外科が開拓しましたから、
     縄張りを、失いたくありません。
     ホルモン療法は、一生、続きますので、
     自由診療でしたら、手間入らずで、ぼろいの。
     ホルモンの保険取り扱いを、美容外科はしないでしょう?
 
     わたしは、寛容で優しく、冷静であって欲しいと、
     FtMの男性に、期待しています。
     顔や体のかたちなどで、人を判断しないように、
     悠揚迫らぬ自信を、持って欲しいと思います。
 
     こんなことを言うと、うちの亭主は、きっと、
     食ってかかって来ます。
     自分のことを、当て擦られたように、勘ぐるんです。
     情けない。
     FtMの男性って、言っているのに…
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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