バオバブ 206 性欲の制御

           ※ 写真は、wikipediaバオバブの項目から無断引用
マダガスカルの、モロンダバって所です。
パンヤ科って、カポックしか、知らない。
葉っぱが、五出掌状複葉。
柄の付いた小葉を、手のひらみたいに、5枚1組で、
一枚の複葉とします。
喫茶店に、よく置いてある鉢植えのカポックと同じね。
 
アフリカやオーストラリアの、バオバブは、
マダガスカルのと、種類が違い、
サンテグジュペリが、星の王子様に書いているのは、
幹の中ほどから、枝分かれが多く、
ありきたりの、太い木に見えます。
 
マダガスカルでも、ほとんどが、ふつうの木に見えるバオバブや、
ちっちゃい種類の、バオバオだそうです。
モロンバのバオバブだけが、Adansonia grandidier って種類。
 
バオバブって、Adansonia属10種を、総称しているみたい。
ヨーロッパで使われているけれど、アフリカの言葉ですので、
場所や民族によって、別名が、たくさんあります。
Adansonia は、フランスの博物学者の、名前だそうです。
grandidier も、フランスに多い姓に、聞こえるけれど…
真相は知らない。
  
マダガスカルのモロンバのは、観光資源になっていますが、
住民は儲からないので、大切にしないそうです。
絶滅寸前とか。
 
写真を見ても、おみやげ屋さんが、ありませんから、
山を焼いて、畑を作る農民は、燃やしてしまいたいのかも。
水分を、たくさん蓄えているので、なかなか燃えないみたい。
風で、倒れるそうです。
 
わたしは、マダガスカルのバオバブを見ると、
 
性転換って、手術をするお医者さんが、考え出した商品です。
性ホルモン剤で、顔を変形したり、お髭を生やす手も、ありましたから、
内科や産婦人科や皮膚科の先生も、闇で関わりました。
精神科は、お邪魔虫です。
儲かりませんから。
 
わたしが、1970年代に知った患者さんは、
性分化疾患や、生殖機能の病気とは、言えないのに、
体型や体質が、文化的な、男女の体の範疇から、
著しく、はずれていました。
 
女なのに、男のように、ごつい体格で、毛深い人や、
男なのに、華奢で、お乳が大きくなるようなもので、
検査をしても、体の病気を発見できず、
体質としか、診断できませんでした。
 
女性の背の高い人や、男性の背の低い人と同じで、
一定の比率で、必ずいます。
他の体の特徴を見れば、いくら、背が高くても、女性ですけれど、
肩幅の広い、胸郭の大きな、骨盤の狭い特徴などの、
様々な、体質的な個性が、
符丁を合わせたように、異性の特徴に似て来ますと、
どうしても、異性に見えてしまいます。
 
体の検査をして、原因を探りますが、
どれをとっても、体質としか、言えませんので、
幾つも、合わさっているのは、偶然に過ぎません。
異性との識別を、紛らわしくするような、根本的な体の病気は、
何も発見されません。
 
背が高いだけで、「女でない。男だから、オカマ」と、
虐待されるのは、文化の問題です。
お乳が小さいから、「整形しろ、性転換しろ」と言われて、
差別されるのも、文化が悪い。
 
美容外科が、この種の悪い文化の、発信源になっていることが、
よくありますけれど、
もともと、絵描きさんや、写真家や、俳優さんや、芸術家などには、
美や、黄金分割などと言い、
顔や体の性的な形や、感情や気分や印象を求めて、
心の世界を、ふらふら、ほっつき歩く人が、少なくありません。
 
さもなければ、ヨーゼフ・メンゲレや、ヒトラーのように、
優生学や形質人類学などを、信奉して、
やたらに、人を殺したくなりますから、
美容や性交渉に凝っていたほうが、無難です。
ヒトラーさんには、鉄砲を持たせるよりも、
絵筆を持ってもらったほうが、人類の幸せに繋がりました。
 
彼を不合格にした美術アカデミーや美術大学の教授は、あほです。
ヒトラーさんは、徴兵拒否して、浮浪者の施設に入所しましたが、
美容外科のお医者さんが、精神症状を持つ人に、
美容手術をしてあげる気持ちが、よくわかります。
 
一種の精神外科に、違いありませんけれど、
精神の病気の人に、自分から生殖を拒否させて、優生医療に導くのは、
ヒトラーさん自身が、後に行なった政策です。
戦争になりましたので、
断種のような、面倒なことをする余裕がなくなり、
収容所に誘って、ひと思いに殺しましたけれど、考え方は、同じです。
彼は、精神障害者だけでなく、形質人類学や美学に基づき、
数百万人ほど、殺しました。
 
美術アカデミーに入学させて、精神障害を持つ人を、性転換に導けば、
病気のガス抜きになり、惨事を未然に防げたのかしら。
毒を以て、毒を制するのは、医術の基本ですけれど…
 
すぐに、人殺しに走ってしまう脳の素質や躾と、
お化粧や、ファッションや、美容や、性的快楽などに、溺れる資質とが、
酷似していることに、
精神外科を自認する美容外科医でなくても、気づきます。
 
美容外科は、そのような精神の、治療であるそうです。
粗暴な虐待や、人殺しなどに、走らないように、
美や性欲や芸術などを、患者さんに嗾(けしか)けて、
もっぱら、自分の顔や体を、自傷するように、精神を誘導します。
他害よりも、自傷のほうが、まし、と言うことです。
 
昔の、三島由紀夫さんを見ていると、そういう気がしましたけれど、
幼児の頃から、気持ちがあさってになる発達障害に、
周囲の人は、気づいていたそうです。
お勉強させて、東大に入学して、財務省のキャリアになるように、
周囲の人は、仕向けましたけれど、
自決する数年前には、毛ほどの些細な事にも、耐えられずに、
嫌な事に出くわせば、チックや蕁麻疹などの身体症状を、
盛んに出していました。
  
GIDの人は、美容医療のような、性転換医療が理想と、言います。
美容外科って、ヒトラーのような人の精神症状を、
美容手術に導いて、他害を自傷に、振り替える医療です。
美学って、優生学や、形質人類学などと、一緒になって、
ヒトラーや、ホロコーストや、美容手術などを、産みました。
精神障害の人をカモにして、お金を儲けるのは、
精神科も同じですけれど。
 
GIDって、美容外科の、思う壺に嵌まった人たちですが、
わたしは、どつぼに嵌まった猫を、思い出します。
どつぼって、野壺のことで、田畑に糞尿を溜めて、発酵させました。
程良い匂いになると、柄杓で田畑に撒いて、肥やしにします。
野壺だけでなく、家庭の便所壷にも、猫がよく落ちました。
GIDの人の、確信した言動が、
わたしには、猫の泣き声のように、聞こえます。
 
つい最近の、荒川沖の犯人や、108号事件の永山則夫さんなどが、
法廷で主張した哲学は、GIDの人の確信と、ほとんど同じように、
わたしには聞こえます。
 
女なら、これこれの体、男なら、これこれというのは、
性器の外観の形のほかに、決まったものは、ありません。
性器の形を指標に、雌雄を識別するのが、医学の定義です。
これに従い、戸籍の性別も決まります。
 
生物学的には、生殖機能によって、雌雄を定義しますが、
人間は、多くの生物の生殖機能を、
性器や配偶子の形態から、類推します。
生物のほうは、形態よりも、動物のフェロモンのように、
体外に放出された化学物質によって、自動的に、生殖に導かれます。
 
性別は、生殖のためにありますが、
人間では、フォロモンを使う機能が、退化していますので、
自動的に、生殖できません。
 
人間は、性器の外観から、生殖機能の雌雄を、類推しますので、
医学的にも、男女は、性器の外観によって判定すると、
定義されています。
簡便で、多くの人の支持があり、例外が少なく、確実性が高い、
と言う意味で、性器の形に勝る指標は、ありません。
 
性器の形と、生殖機能の関係に、例外や、識別困難な例があれば、
性分化疾患と言われ、体の病気とされます。
 
人間の性自認の異常などの、知的なものは、
性器の形にも、生殖機能にも、直接の関係はありませんが、
間接的に、生殖機能に異常をきたしますので、精神の病気とされます。
知的障害の一種ですが、知能検査や学力検査などの、
比較的客観性が高い、と言われている検査によっては、
計測できませんので、便宜的に知的障害と言わずに、
それ以外の発達障害や、精神の病気などと言われます。
 
そこまでしか、発達しなければ、広範性発達障害とされ、
健常に発達していた能力が、おもに思春期以後に低下すれば、
器質に異常を認めない時は、統合失調症やうつ病や解離性障害などの、
精神の病気と言われます。
GIDは、軽症の発達障害から、
思春期以後に、精神の病気をきたしたものです。
 
軽症の発達障害は、漠然と、
小学校の普通学級などの、普通教育の就学が可能で、
学校での、特別な配慮を、必要としないにもかかわらず、
生活に支障をきたしているものを言います。
 
性器や生殖機能に、異常がなければ、性別に関して、体は健康です。
心も、生殖を実行できれば、性別は正常です。
でも、体も心も、正常なのに、
着衣の、体の各部分について、体質的に、異性に似ていると、
世間が、異性に違いないと、確信します。
間違いですが、世間が、変更を拒否して、
女なら、これこれの体の形、体質、男なら、これこれという文化を、
良いものとするなら、
大多数の世間の声を、尊重せざるを得ません。
間違いでも、多数の人の意志が優越するのは、民主的です。
 
世間の文化が、生物学的、医学的な、性別の定義や、
戸籍や公文書の定義などと、異なります。
 
体の形や体質などが、異性に似ている人は、
差別や虐待を回避しようとして、精神的に過酷な目に遭い、
さまざまな精神症状をきたし、
自分から、性転換を求めるようになります。
 
「差別がなければ、性転換したいとは、思わなかった」と、
御本人は、自覚しています。
 
わたしが引き継いだ患者さんは、そういうMtFの人たちでした。
1970年前後に、SRS(性転換手術)を受けていました。
エストロゲンを投与される以前から、女性に酷似した体でしたので、
一般の内科で、検査や治療を受けました。
 
同性の人口20万人に1人程度の、異性に似た体質だったそうですが、
1000人や1万人に、1人程度なら、見当がつきますが、
20万人に1人というのは、わたしには、想像外でした。
勘が、働きません。
 
病気でなく、体質でしたが、精神症状の治療を、薦められたそうです。
御本人たちは、精神の病気でないと、抗議しました。
性転換を望みませんでしたが、
おもに心身症状の苦しさから、夜の歓楽街で得た情報を元に、
エストロゲンの投与を、闇で受けるようになりました。
 
すると、激越なホットフラッシュや、戦場を翔るような苦痛は、
嘘のようになくなりましたが、
到底、女としか見えなくなり、外国でのSRSに至りました。
 
この人たちには、幼児期に、女の子のような言動をとったので、
母親に連れられて、小児科を受診した人が多く、
幼児期の体なのに、なぜかは、よくわかりませんでした。
小学校に入学すると、自然に治りましたが、
思春期以後に、差別虐待を受けたときに、精神症状をきたした脆さが、
幼児期以来の素質に、関係があるかも知れません。
 
思春期になっても、男性に対しても、女性に対しても、
性欲を催しませんでした。
 
現在のGIDでは、体型体質的に、異性に似ている人から、
まったく似ていない人まで、様々です。
体型や体質や、世間の差別よりも、
御本人の、精神症状をきたしやすい素質が、小さくない人もいます。
 
     一般に、通常の異性愛と同様に、
     異性装や同性愛も、色恋に溺れやすく、
     色ボケをきたせば、殺人や自殺まで、
     ひと思いに、走ってしまいます。
 
     通常の異性愛と、異性装や同性愛とは、
     文化的流行によって、簡単に入れ替わります。
     健常な人では、流行に応じて、満遍なく適応できますが、
     精神症状をきたしやすい人は、詰屈峨峨として、
     自分の趣味でないものを、許容できません。
 
     性愛に溺れやすい人には、精神症状をきたしやすい人が多く、
     生殖拒否や、育児放棄や幼児虐待などの、
     性愛そのものの症状のほかに、
     社会生活では、これと言って特定できないほど、
     ありとあらゆる社会性を脅かす症状が出てきます。
 
     昔から、飲む、打つ、買う、と言う通りですが、
     MtFのGIDでは、売りが多く、
     同性愛を好む人のうち、
     生殖を拒否する精神症状を持つ人では、
     売り買いの、いずれもが、お盛んです。
 
     生殖しなければ、滅びますので、文化は生殖を煽りますが、
     制御できなければ、喧嘩や戦争になりますので、
     自制して調停する道徳も、同時に教育します。
     
     GIDや、同性愛でありながら、精神症状を持つ人が、
     現代のように、心の性別が違うとか、
     性的マイノリティとかと言えば、
     文化的に、頭を撫でられて、褒められて、煽られるばかりで、
     自制する道徳を、教えられなければ、
     動物のよりも、無惨な結果になるのは、
     火を見るより、明らかです。
     断種して自滅する現実が、それを端的に現していますが、
     それだけで済むとは、限りません。
 
     第二次世界大戦の直前まで、
     石器時代のように暮らしていた人たちが、
     いきなり、現代社会の、
     進歩したお酒や、鉄砲という文明の利器を知ると、
     飲む、打つ、買うに加えて、喧嘩や戦争と、
     貧乏やエイズの蔓延(はびこ)る人生や社会になりました。
 
     通常の異性愛であろうが、異性装や同性愛であろうが、
     性愛の快楽という意味では、
     流行の形が異なるだけで、中身の心は同じです。
     生殖や育児などの、社会道徳の必要性を拒否すれば、
     たちまち、昔からの、ありきたりの、
     お酒や博打(ばくち)に溺れる自堕落な人生や、
     杓子定規も、へったくれもない、野放図な人間関係や、
     融通の効かない、頑固な精神症状などを、きたします。
 
     性的快感は、生まれつきの、自動的な仕組みから、
     湯水のように得られますが、
     動物の性欲が、自然に冷めるように、
     自動的な制御機構が、人間では、
     生まれつきに、備わっていませんので、
     生まれた後に、努力して、
     文化的に、学習しなければなりません。
     脳味噌の生理から、性欲は溢れ出ても
     性欲の制御は、自然に出てきません。
 
     通常の異性愛では、色ボケにならないように、
     やかましく躾けられますが、
     異性装や同性愛は、誰にも教育されない無法地帯です。
 
     アフリカや、ニューギニアや、南太平洋の小島や、
     アメリカインディアンの保留地などでは、
     お酒に溺れて、ひがな一日、博打に耽る人たちを、
     よく見掛けました。
 
     バヌアツの島の一つでは、
     目の前の奇麗な海の、お魚を獲らなくなり、
     男はお酒を飲み、博打に興じ、缶詰ばかりを食べて、
     空き缶や、家庭電器製品の、無惨なゴミの山が、
     島の周囲の、奇麗な珊瑚礁の海を、
     生活に身近な所から、なし崩し的に、破壊して、
     いつのまにか、村の人たちは、
     男も女も、ゴミに囲まれて、暮らすようになりました。
 
     昔の日本の、被差別部落の人たちの家に、よく似ていますし、
     現在でも、統合失調症の患者さんの家では、よく見掛けます。
 
     アフリカでは、御主人が娼婦と遊び、
     奥さんとお子さんが、エイズに感染します。
     カンボジアでは、鉄砲を持たされた素朴な農民が、
     子供のように、怒りにまかせて、
     100万人ほどを、虐殺しました。
     
     フロリダのインディアンたちは、生活保護を受けて、
     毎日、お酒と博打に溺れて、遊んで暮らしていましたので、
     日本のGIDを支援していた経済組織が
     カジノの経営を提案して、観光客を誘致しました。
     いわゆるインディアンカジノです。
 
     フロリダの観光客の多くが、
     10万トンを超える豪華客船に乗り込み、
     数千人単位で、カリブ海のクルーズを、楽しみます。
     奇麗な海を見たいのでなく、船の中のカジノが目的ですので、
     予約もなく、手軽に楽しめるインディアンカジノは、
     大当たりしました。
 
     でも、飲む打つ買うの、インディアンの生活は、
     向上しませんでした。
     フロリダのインディアンは、
     セミノールと言われる人たちで、
     部族や民族と言うよりは、アメリカに追われて、
     スペイン領のフロリダに逃げ込んだならず者たちの、
     混血の子孫でした。
 
     先祖代々の、戒律や道徳などの、
     社会や性欲を、制御する知恵が、
     伝承されていなかったのかも知れません。
 
     一般に、妻帯者が入植した北アメリカに比べて、
     独身男性が、一旗揚げようとした中南米は、
     混血が多く、性道徳が廃れ、
     怠け者や嘘つきの、多い社会になったと、言われています。
 
     フロリダのセミノールには、中南米の気質が、
     息づいています。
     彼らの先祖は、ジョージアや、サウスカロライナの、
     白人入植者を襲っては、
     スペイン領フロリダに逃げ込んだインディアンや、
     黒人や白人などの、札付きの、ごろつきでしたが、
     スペイン領フロリダでは、
     アメリカとの戦争の、主たる戦力でした。
 
     戦争の、悲惨な結果を、教えなければ、
     子供たちは、遊ぶように、喧嘩をして、
     楽しむように、人を虐待して、
     競争するように、戦争の人殺しに走ります。
     永遠に、現在の日本のような、平和は生まれません。
     教えられなければ、子供たちは、
     戦争の悲惨を、みずから体験するまで、
     平和の価値を、軽蔑し続けます。
     これでは、いつまでたっても、人類は、
     人生の長さよりも、賢くなりません。
     
     1億人を超える人が、暮らしているのに、
     第二次世界大戦後、戦争を知らない日本の平和って、
     奇跡的と言えます。
     戦争をしてはいけないと、教える努力を怠れば、
     カンボジアや、ボスニアヘルツェゴビナのように、
     たちまち、昨日、生まれたばかりの赤ちゃんが、
     勇んで、人を殺すようになります。
 
     GIDの色ボケは、それに違いありません。
     性欲を自制する術を、教えられずに、
     行け行けと、煽られて、自分から、生殖を拒否して、
     性的快感に浸りっ放しになり、痴呆を招きます。
 
     生殖して、育児すると、動物は、性欲を自動的に制限します。
     身体の仕組みが、生まれつきに、そうなっています。
     でも、人間は、自動的な体の機構が、退化しました。
     その代わりに、文化的に、
     社会みんなで、生殖や育児を思いやって、性欲を制御します。
     生殖しない異性装や同性愛やオナニーなどは、
     性欲の自制を、拒否しています。
 
     通常の異性愛を制御するように、
     異性装や同性愛やオナニーなどの、性欲に拮抗させて、
     生殖や育児や道徳によって、性欲を社会的に調節しなければ、
     人間が、歯止めを失った動物のように、
     性欲に溺れる羽目になるのは、当然です。
     GIDや、生殖を拒否する同性愛の運動が、それかも知れません。
     持続的な色ボケに、長期間浸って、痴呆になるのは、
     まだ、ましなほうです。
     わたしは、荒川沖や、108号事件などを、思い出します。
 
     欧米の人は、今、始めて、
     異性装や同性愛を、公認されたばかりの、
     何も知らない赤ちゃんです。
     日本では、江戸時代よりも以前からの、同性愛の伝統を、
     メジャー文化として、きっちりと、受け継いでいます。
 
     同性愛だからと言って、自堕落で野放図な、
     精神病のような、生活や社会になりません。
     異性装や同性愛と、生殖の拒否とは、根本的に違います。
     異性装や同性愛を口実に、生殖を拒否する精神症状を、
     けっして、普及させてはいけません。
     
     江戸や明治の、写真を見ると、
     こんなものかしら、と思いながら、見飽きることもなく、
     食い入るように、見つめてしまいます。
     ポーズをとった写真は、大部分が、やらせのようです。
 
     アメリカやオーストラリアでは、
     砂漠の中の、医療や教育手段として、
     一般の人が、インターネットで、都会の医師や先生と、
     連絡をとっています。
     中南米やアフリカやアジアでは、
     電話線のインフラが、整備されていませんので、
     携帯電話は、とても安上がりで、便利です。
 
     わたしは、ロサンゼルスやヒューストンの、
     超高層ビルを見ると、
     田舎の国は、世界中どこも、こんな感じかしらって、
     納得します。
     アメリカの車社会って、田舎ほど、よく発達します。
     ロサンゼルスやヒューストンなどは、
     ノリリスクのような、シベリアの人工都市を思い出します。
     町そのものが、引きこもりのようで、
     人が恋しければ、酒場で踊るか、イベントに出掛けるか、
     さもなければ、二人だけの密会しかありません。
     ふつうの社会がないのかしらと、疑いたくなります。
 
     ノリリスクって、鉱山で働かせるための、
     強制収容所の面影が、今も残っています。
     ZATOと言われる閉鎖都市に、指定されていますので、
     ロシア人でも、許可証がなければ、入れません。
     企業の塀の中の、従業員のための住宅が、
     町になったような感じで、
     極北の地ですので、塀の必要はありません。
     企業と言っても、鉱山と精錬所で、強制労働をさせるための、
     収容所でした。
     ノリリスクニッケルというロシア最大の非鉄金属の会社の、
     企業城下町です。
     
     通常の異性愛でさえ、性欲に溺れないように、
     きっちりと、子供を躾けなければいけません。
     いちばんいいのは、社会生活をさせることです。
     GIDの異性装や、同性愛なども、言うまでもありません。
     性欲に溺れて、生殖機能を失うことのないように、
     しっかりと、教えなければいけません。
     
     生殖を拒否する精神症状の出ている人が、
     精神症状を正当化するために、
     GIDを口実にしているのでないかと、言われています。
     GIDの言う性自認は、ヒステリーでないかと。
 
     性欲の制御を拒否して、自滅する精神の病気です。
     通常の異性愛も、異性装や同性愛も、
     性愛の、健常な具体例にすぎません。
     GIDの病気は、具体例の種類が、通常の流行でないことでなく、
     生殖を拒否して、性欲を制御せずに、自滅を目指すことです。
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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