大阪城に3つほど残ってました。
鉱滓(スラグ・のろ)は、鉄鉱石に含まれる鉄以外の物質と、
石灰石やコークスや、炉の内側の煉瓦ライニングの消耗部分などが、
高熱によって溶解された混合物です。
アツアツのドロドロのスラグを出す出滓口が、炉底にありますので、
運転している時は問題ありません。
溶解した鉄よりも、溶解したスラグのほうが、比重が小さいので、
出銑口よりも、出滓口のほうが、高い位置にあります。
でも、鉄よりも重い銅や鉛などの不純物は、炉のいちばん底に溜まります。
定期的な補修や、部品の取り替えの時に、炉の火を落として、炉底を解体します。
その時に、重金属や、鉄の中でも鋼(はがね)などは、
出銑口よりも下に残って固まっていますので、ごそっと、抜き出します。
この塊りを、サラマンダーと言います。
手前の、でかい水盤がそれ。
故障や事故などで、予定外に火が落ちることもあって、
鉄よりも重い物質だけでなく、銑鉄やスラグやコークスなどの、
よく溶けていない燃え残りまで、炉の底で固まってしまいますので、大変みたい。
サラマンダーを見れば、炉の大きさや形だけでなく、
定期的な部品の取り替えか、それとも予期せざる運転停止によるものだったかが、わかるそうです。
大阪砲兵工廠は、何度も絨毯爆撃に遭って、不発弾がいっぱい埋まっていたの。
弁天島(今のOBP大阪ビジネスパーク)に、高層ビルができるまで、
立入禁止になってました。
不発弾処理のために、自衛隊が駐屯していたの。
子供の頃、大阪城に行った時に、うちのお兄さんが自衛隊の囲いの中に入って、
シェパードに噛まれて、医務室で手当を受けました。
出てくるまで25分間ぐらい、わたしは一人、囲いの外で待っていました。
思い出の地です。
一般の民家は、焼夷弾で燃やされたけど、大阪城は東洋一の軍需工場だったんで、
1トン爆弾をたくさん落とされました。
陸軍の工場だから、ちょっとやそっとの爆風では、
びくともしないように作ってあったと思います。
爆弾が落ちると、地面に穴ぼこが出来るでしょう?
その範囲は、被害が出ても仕方ないけれども、
爆風や、破片が飛んで来るだけの範囲では、
びくともしないように、頑丈に作ってあったのではないかしら。
溶鉱炉そのものに命中したら、仕方ないけど。
砲兵工廠の古い写真を見ると、高炉のような背の高い溶鉱炉はなかったみたいで、
その他の種類の溶鉱炉の、サラマンダーと思います。
大阪砲兵工廠では、自前の鋼を作っていましたが、
高炉がなく、銑鋼一貫生産でありませんでしたから、
どのような種類の製鋼炉を使っていたのか、
サラマンダーを見ただけでは、わたしには全然、見当がつきませんでした。
転炉って楕円形の炉底かしら。でもあれは、溶銑を原料にするのでしょう?
キューポラみたいなのかしら。それって鋳物を作るための炉でしょう?
反射炉かしら。平炉って今は昔で、見たことがないから、知らないの。
電気炉だったら、やさしすぎるしね。
砲兵工廠が戦時中に、どんな種類の製鋼炉を使っていたか、
検索しても出て来ませんでした。軍事機密かしら。
サラマンダーって、古代インドから古代ギリシャにかけての、精錬の神様。
中世ヨーロッパで持てはやされました、錬金術の関係で。
現代日本でも、サラマンダーが製鉄関係の用語になっています。
それとも陸軍は外国に爆撃されるなんて思っていなかったので、
砲兵工廠は脆く出来ていたのかしら。
後ろほうの煉瓦造りの建物は、大阪砲兵工廠の化学分析場で、
1919年に建てられたものです。
数年前(2010年現在)まで自衛隊が使っていましたが、
今は廃屋になって、お庭は駐車場として貸し出されています。
砲兵工廠は、空襲で80%が破壊されたと言いますが、
化学分析場の外観は、あまり傷んでいません。
機銃掃射の痕がないんです。
爆弾で傷んだ部分は補修せざるを得ませんけど、
鉄砲の弾の痕形は、建物全体にニキビ痕みたいに小さな傷が残るので、
煉瓦造りの建物の場合は、どうしようもないでしょう?
大阪でも東京でも、銃撃を受けた鉄筋コンクリートのビルや、
煉瓦造りや石造りの建物を、わたしの子供の頃は、
たいてい機銃掃射の弾痕を気にせずに、そのまま使っていました。
穴ぼこの奥に、ひしゃげた金属の弾が埋まってたりね。
でも、砲兵工廠の化学分析場は、女の子みたいに奇麗な肌なので、
少なくとも機銃掃射は受けていないと思います。
うちのお母さんも、田んぼで草取りをしていると、
急に、谷あいの地べたを這うように、山かげから戦闘機が現れて、
ダダダダダッて、機銃掃射をして行ったので、
痴漢に遭ったみたいに、土手にへばりついて、
しばらく心臓が凍り付いたまま、土手から離れられなかったそうです。
お肌に当たらなかったので、何ともありませんでしたけど。
砲兵工廠の兵の意味を、御存知ですか。
兵隊とか兵士とか勇者とかの、人を指す意味と、
武器とか兵器とかの、物を指す意味とがあるんです。
砲兵工廠の兵は、武器弾薬などの物を指しています。
廠って、屋根はあるけれど、お部屋も壁も塀もない、伽藍とした建物のこと。
戦争が始まってから1年ぐらい経つと、砲兵工廠は暇々になりました。
原料や燃料が入って来なくなったので、仕事ができないんです。
学徒動員された子が、お手伝いに来るから、
なんにもすることがなくなって、毎日毎日ぶらぶらしていたそうです。
うちのお父さんもお母さんも、大阪砲兵工廠で働いていました。
お父さんは徴兵されて、工廠から戦地に行ったけれど、
お母さんは、工廠に付属していた女学校を卒業して、新制の高卒と同じ扱いなんですよ。
お母さんのほうが高学歴。
工廠で働きながら女学校で勉強して、卒業しても結婚するまで勤めてたから、
子飼いの女工ね。
漆をアツアツに沸かして、刷毛で大砲の弾に塗るの。
結婚する前から、許嫁(いいなずけ)だったそうです。
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