大阪砲兵工廠のサラマンダー 0013

大阪城に3つほど残ってました。
鉱滓(スラグ・のろ)は、鉄鉱石に含まれる鉄以外の物質と、
石灰石やコークスや、炉の内側の煉瓦ライニングの消耗部分などが、
高熱によって溶解された混合物です。
 
アツアツのドロドロのスラグを出す出滓口が、炉底にありますので、
運転している時は問題ありません。
溶解した鉄よりも、溶解したスラグのほうが、比重が小さいので、
出銑口よりも、出滓口のほうが、高い位置にあります。
 
でも、鉄よりも重い銅や鉛などの不純物は、炉のいちばん底に溜まります。
定期的な補修や、部品の取り替えの時に、炉の火を落として、炉底を解体します。
その時に、重金属や、鉄の中でも鋼(はがね)などは、
出銑口よりも下に残って固まっていますので、ごそっと、抜き出します。
この塊りを、サラマンダーと言います。
手前の、でかい水盤がそれ。
 
故障や事故などで、予定外に火が落ちることもあって、
鉄よりも重い物質だけでなく、銑鉄やスラグやコークスなどの、
よく溶けていない燃え残りまで、炉の底で固まってしまいますので、大変みたい。
サラマンダーを見れば、炉の大きさや形だけでなく、
定期的な部品の取り替えか、それとも予期せざる運転停止によるものだったかが、わかるそうです。
 
     大阪砲兵工廠は、何度も絨毯爆撃に遭って、不発弾がいっぱい埋まっていたの。
     弁天島(今のOBP大阪ビジネスパーク)に、高層ビルができるまで、
     立入禁止になってました。
     不発弾処理のために、自衛隊が駐屯していたの。
 
     子供の頃、大阪城に行った時に、うちのお兄さんが自衛隊の囲いの中に入って、
     シェパードに噛まれて、医務室で手当を受けました。
     出てくるまで25分間ぐらい、わたしは一人、囲いの外で待っていました。
     思い出の地です。
 
     一般の民家は、焼夷弾で燃やされたけど、大阪城は東洋一の軍需工場だったんで、
     1トン爆弾をたくさん落とされました。
     陸軍の工場だから、ちょっとやそっとの爆風では、
     びくともしないように作ってあったと思います。
 
     爆弾が落ちると、地面に穴ぼこが出来るでしょう?
     その範囲は、被害が出ても仕方ないけれども、
     爆風や、破片が飛んで来るだけの範囲では、
     びくともしないように、頑丈に作ってあったのではないかしら。
     溶鉱炉そのものに命中したら、仕方ないけど。
 
     砲兵工廠の古い写真を見ると、高炉のような背の高い溶鉱炉はなかったみたいで、
     その他の種類の溶鉱炉の、サラマンダーと思います。
     大阪砲兵工廠では、自前の鋼を作っていましたが、
     高炉がなく、銑鋼一貫生産でありませんでしたから、
     どのような種類の製鋼炉を使っていたのか、
     サラマンダーを見ただけでは、わたしには全然、見当がつきませんでした。
 
     転炉って楕円形の炉底かしら。でもあれは、溶銑を原料にするのでしょう?
     キューポラみたいなのかしら。それって鋳物を作るための炉でしょう?
     反射炉かしら。平炉って今は昔で、見たことがないから、知らないの。
     電気炉だったら、やさしすぎるしね。
 
     砲兵工廠が戦時中に、どんな種類の製鋼炉を使っていたか、
     検索しても出て来ませんでした。軍事機密かしら。
     サラマンダーって、古代インドから古代ギリシャにかけての、精錬の神様。
     中世ヨーロッパで持てはやされました、錬金術の関係で。
     現代日本でも、サラマンダーが製鉄関係の用語になっています。
 
それとも陸軍は外国に爆撃されるなんて思っていなかったので、
砲兵工廠は脆く出来ていたのかしら。
後ろほうの煉瓦造りの建物は、大阪砲兵工廠の化学分析場で、
1919年に建てられたものです。
数年前(2010年現在)まで自衛隊が使っていましたが、
今は廃屋になって、お庭は駐車場として貸し出されています。
 
砲兵工廠は、空襲で80%が破壊されたと言いますが、
化学分析場の外観は、あまり傷んでいません。
機銃掃射の痕がないんです。
 
爆弾で傷んだ部分は補修せざるを得ませんけど、
鉄砲の弾の痕形は、建物全体にニキビ痕みたいに小さな傷が残るので、
煉瓦造りの建物の場合は、どうしようもないでしょう?
大阪でも東京でも、銃撃を受けた鉄筋コンクリートのビルや、
煉瓦造りや石造りの建物を、わたしの子供の頃は、
たいてい機銃掃射の弾痕を気にせずに、そのまま使っていました。
穴ぼこの奥に、ひしゃげた金属の弾が埋まってたりね。
 
でも、砲兵工廠の化学分析場は、女の子みたいに奇麗な肌なので、
少なくとも機銃掃射は受けていないと思います。
 
うちのお母さんも、田んぼで草取りをしていると、
急に、谷あいの地べたを這うように、山かげから戦闘機が現れて、
ダダダダダッて、機銃掃射をして行ったので、
痴漢に遭ったみたいに、土手にへばりついて、
しばらく心臓が凍り付いたまま、土手から離れられなかったそうです。
お肌に当たらなかったので、何ともありませんでしたけど。
 
砲兵工廠の兵の意味を、御存知ですか。
兵隊とか兵士とか勇者とかの、人を指す意味と、
武器とか兵器とかの、物を指す意味とがあるんです。
砲兵工廠の兵は、武器弾薬などの物を指しています。
廠って、屋根はあるけれど、お部屋も壁も塀もない、伽藍とした建物のこと。
 
戦争が始まってから1年ぐらい経つと、砲兵工廠は暇々になりました。
原料や燃料が入って来なくなったので、仕事ができないんです。
学徒動員された子が、お手伝いに来るから、
なんにもすることがなくなって、毎日毎日ぶらぶらしていたそうです。
 
うちのお父さんもお母さんも、大阪砲兵工廠で働いていました。
お父さんは徴兵されて、工廠から戦地に行ったけれど、
お母さんは、工廠に付属していた女学校を卒業して、新制の高卒と同じ扱いなんですよ。
お母さんのほうが高学歴。
工廠で働きながら女学校で勉強して、卒業しても結婚するまで勤めてたから、
子飼いの女工ね。
漆をアツアツに沸かして、刷毛で大砲の弾に塗るの。
結婚する前から、許嫁(いいなずけ)だったそうです。
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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